好奇心で首を突っ込んだら攻略難易度ルナティックの黒幕美少女に目を付けられた件 作:ああああああ
秋晴れの空の下、文化祭は始まった。熱気が充満した体育館には、汗と歓声が混ざった独特の「文化祭の匂い」が立ち込めている。色とりどりのクラスTシャツを着た生徒たちが廊下を走り回り、教室からはお化け屋敷の悲鳴や模擬店の食欲をそそる香りが漏れ出す。活気あふれるムードが校舎全体を包み込み懐かしい喧騒を感じる。
メインステージでは、照明がスポットライトのように輝き騒ぎを作り出している。
「何とか終わった」
語は、控え室に戻る廊下で大きく伸びをした。肩の力が抜けるのを感じる。クラスの劇は、大盛況のうちに幕を閉じた。
「お疲れ様です、
振り向くと結芽がいた。劇のヒロイン役を見事に演じきった彼女はすでに冷静で、高揚などは感じ取れない。他の演者は、まだ興奮状態で熱に浮かされているが。
白雪姫は女子高生である、そう定義した今回の劇の都合上、劇中で着ていた服は華やかなドレスではなく学校指定ではない架空の制服だ。淡い紫のシャツとチェックのスカート姿に着替えている。
「ホントにキスしたら俺は消されてるぞ。お前のファンに」
「台本ではキスして目覚めると書いていたはずなのですが、まさかそちらを優先ですか」
「無駄な怒りは買いたくないな」
語は腕時計を見た。
「私のために買ってくれませんか」
「買わない」
「即答…」
「くだらないことを駄弁っている朝凪結芽さん、今暇か?この後、文化祭を見て回るけど」
その誘いに一瞬硬直した少女は、ブラシで髪を整えつつ「何かと因縁のある美術部に行きたいですね」そう口にした。
二人は控え室の喧騒を後にし、美術室へと向かう。廊下は劇が終わり自由時間になったことで、さらに人がごった返していた。人混みを縫うように進む二人だが、自然と結芽が少しだけ語の後ろを歩く形になる。語は時折、後ろを気にしてペースを落とす。
語と結芽が、廊下の窓からグラウンドを見下ろす。そのちょうど中心で、キャンプファイヤーが赤々と燃え盛っている。火の周囲に転々と赤いものが見えるのは、おそらく防火のための水を入れたバケツだろう。花を植えたプランターが四つ、キャンプファイヤーを囲んでいた。
文化祭が終わった後、後夜祭で火を囲む学校があるという話は聞いたことがあったけれど、実際にやっているところを見たことがない。流石、ギャルゲーだ。管理がなにかと問題になるからなのであろう、類焼の危険が少ないグラウンドの真ん中でとはいえ、堂々と火を燃やせるのは努力の賜物と言うべきか。
「あのキャンプファイヤー、校長が近隣の住民に働きかけ成立したらしいな。詳しくないが木坂から聞いた」
「ああ、友達が少ない語君が聞くとしたらそこですよね」
「急に刺してくるな」
「曰く、若者の青春を脅かすのか?殺すぞ!といった説得をして、消防団と自治会を頷かせたようで有名なんですよ」
「それはもう脅迫だな。あの校長、何者なんだ?」
結芽も苦笑している。
「校長の奥様がキャンプファイヤーで告白した方ですから、固執したみたいです。まあ、離婚して今は一人ですが。切ないですね」
「最後で台無しだな」
そんなことを話していたら、美術部の部室に着いた。そこは廊下とはまた違った静寂に満ちた落ち着いた空気が流れていた。生徒たちの個性豊かな作品が、スポットライトに照らされて並んでいる。油絵、デッサン、彫刻、デジタルアート。
「こういうの朝凪はよく見るのか?」
「そうですね。友人………姉代わりと友人と苦手な相手、この平均のような関係値の先輩が芸大に進学したのでよく目にするのです」
「突っ込みどころしかない関係値だな」
踏み込んだら爆発しそうな処理不可能地雷が見えるが、それでも前に進むのがやめられない男が語である。
「姉代わりってことは姉がいたのか?」
本人に聞かなくとも調べることは十分できるが、語は本人の口から聞きたかった。その上で、裏取りをし乖離があればその訳を解剖したい欲望があった。
「ご想像にお任せします。知りたいなら暴いてください、得意でしょう?探偵さん」
薄く微笑を浮かべる彼女は美しくも、覚悟を問う笑みに見えた。それを引き際と判断し、一時撤退。語は再び展示を眺め始める。
「お二人さん、たこ焼きいらない?後輩が買ってき過ぎちゃって」
そう声を掛けてきたのは同じクラスの美術部員だった。受付に座る彼女の机には、大量のプラスチックパックが積まれていた。
やけに派手な装飾の紙ラベルに『ロシアンたこ焼き、激辛ルーレット!』という大仰な名前が掲げられている。
「一つだけとんでもない激辛ソースが入ってるやつか」
「バレー部の店で出していたものですね」
「これを買ってきた後輩は〆たんだけど捨てるのも忍びないし」
物騒なことを言うクラスメイトをスルーして語は一つ、手に取った。
「せっかくだし貰う。まだ何も食べてないからな」
「………激辛ですか。いいでしょう。食べるのを手伝いますよ」
パックには合計六個のたこ焼きが入っている。結芽と語で三人前ずつ計六個だ。語は早速一つを楊枝で刺し口に運んだ。熱々のたこ焼きを息で冷まし、慎重に咀嚼する。
「普通。鰹節とソースの慣れ親しんだ味だ」
語は安堵の表情を見せる。
「では私ですね」
結芽は淡々と二つ目のたこ焼きを口に含む。彼女は熱いものへの耐性が人一倍あるのか、冷ます様子もなくすぐに飲み込んだ。
「………確かに普通の味です」
結芽の表情に変化はない。二人は黙々と一つ、また一つとたこ焼きを減らしていく。
「残りは二つだな」
「ですね」
語は少し拍子抜けしたような顔をした。結芽の目が、残された二つのたこ焼きを捉える。語が楊枝を手に、最後の二つを交互に見る。語はある一点を捉えた。
「そういうことか」
二つのうちの一つを選び口に運んだ。
「勝った。朝凪、最後の一つが激辛のたこ焼きだ」
残るたこ焼きは一つ。それは結芽の分だ。
「………まだ、語君がバカ舌で知らず知らずのうちに食べてしまった可能性もありますから」
結芽が露骨に嫌そうな顔で爪楊枝を弄った。
「その答えは自分の舌に聞くんだな?さあ、食べろ」
語は余裕を含んだ笑みを浮かべる。
「………」
結芽は残りのたこ焼きを口に放り込んだ。その瞬間、結芽の顔がわずかに強張った。
咀嚼の途中で結芽の目尻にうっすらと涙が滲み始めた。口を開けて何かを言おうとするが、激辛ソースが喉を焼くのか声が出ない。結芽は慌てて持っていたペットボトルのお茶を呷るが焼け石に水だ。
「~っ!」
結芽の目からはとうとう涙がこぼれ落ちた。非常に貴重な光景だ。癖の扉が開きそうだな、語は思った。
結芽は、その場に蹲りそうになりながら口元を手で覆った。
「語君………当たりがどれかわかっていたのでしょう」
涙目になりながらも結芽は語を睨む。その目は、少し赤くなっていて感情的だった。
「………あのたこ焼き、激辛ソースが混ぜ込まれてるんじゃなくて上からかけられてたんだ。他のたこ焼きは、ソースが均一にかかってたが、一つだけ明らかにソースのムラがあるたこ焼きがあった。普通のソースと激辛ソースで粘度が違うんだろうな。よく見れば、周りのソースと混ざりきってなかった。だから、気が付けた」
「………私の注意力が散漫だったのが敗北の理由ですか」
「あー、甘いもの買ってきてやるから」
語は恨みで殺されてはかなわないので、甘いものを購入しに外に向かった。本来であれば、呪い水の件を聞くはずが予定が狂ってしまった。
この後、何とか甘味を献上して許しを請う語が目撃されたとか。
学年でも人気の高い結芽は他の友人にせがまれ、女子グループで文化祭を1時間ほど回ることとなった。つまり、文化祭が終わり後夜祭が始まるまでの1時間が空き時間となったのだ。
輝夜や木坂は部活や他クラスの手伝いで忙しいらしく、一人で校内をぶらつくこと数分。
尿意を感じた語は急ぎ足で渡り廊下を歩いている。
少しして、奇妙な現象に巻き込まれた。静かなのだ。文化祭の喧騒がこの一角だけを切り取って静かにしたようだった。
語は薄暗い渡り廊下。体育館への近道として誰もが利用する場所だが今日は妙に人が少ない。そんな静寂の中、彼は唐突に声を掛けられた。
「すみません………迷子になってしまって」
声の主はまるで夜空を閉じ込めたような深い黒のロングヘアが印象的な人物だった。長い髪は照明の光を吸い込み、肩口でゆるやかにカールしている。その合間から覗くのは、鮮やかな青のインナーカラー。控えめなのに、一度見たら忘れられない、どこか非現実的な色彩だ。年は大学生くらいである。
語は思わず足を止めた。相手は、この学園祭の雑踏の中では明らかに浮いていた。
「えっと、どこに行きたい感じですか?」
尋ねる語の言葉は、女性の顔立ちをまともに見ることができず、宙を彷徨った。透き通るような白い肌。線は細いが、驚くほど整った顔立ちはまるで彫刻のようだった。色素の薄い瞳が、語を真っ直ぐに見つめている。周囲の生徒たちは息を呑んで彼女を遠巻きに見つめている。まるで、美術館の展示品を見るかのように。
彼女はふわりとした掴みどころのない雰囲気を醸し出していた。どこか不思議でフワフワしている。まるで深い夢の中から抜け出してきたばかりのようだ。
「んー、おすすめの出し物ってありますか?」
声もまた外見と同じく、どこか夢見心地で静かなトーンだった。
「………行きたい場所があったのでは?」
「特にない、よ?目指す場所がないから迷子。迷子ってそういうもの、でしょ?」
ベクトルは異なるがおそらく結芽や舞よりも顔がいいと感じた。というか下手なアイドルの数倍は目立っている。
「………」
語の思考は困惑と興奮で冷静さを失いかけている。するとフワフワとした雰囲気を纏った彼女が、コテンっと少し首を傾げ語の心臓を射抜くように言葉を発した。
「焦ってる?原因は私じゃなくて、他の誰か………後は困惑と興奮?」
語は思わず息を飲んだ。心臓がドクリと跳ねる。
「——————ッ?」
「ああ、ごめんね?トイレに行きたかったんだ?
彼女は優しく微笑んだ。その微笑みは昼下がりの光のように穏やかで一瞬で周囲の喧騒を消し去るほどの力を持っていた。
「あれ?動揺してる?ごめん、デリカシーのない言葉、だった?」
語は確かに動揺していた。それは尿意を当てられたからではない。自信なさげに他人の感情をドンピシャに当てるその姿が、転生特典を使いだした時の自分と同じだったからだ。確信があった。彼女は、方法は不明だがこちらの抱く感情がわかっているのだ。
「い、いえ。あの、とりあえずトイレに行ってきてもいいですか?おすすめは他の生徒に聞いてくれれば」
「待ってる、よ?終わるまで」
思考をやめた語がその場を後にしてトイレから戻ると、彼女はまだそこに立っていた。結局、無視することはできず、語は溜息を吐いた。
「おすすめは美術部と後は2-Aの演劇。お姉さんが占い好きなら3-Bがやっている占いの館もいいと思います」
「ありがとう。君、名前は?」
「………木坂といいます」
咄嗟に語は偽名として木坂の名前を利用した。この流れで名前を言いたくないと思ったのだ。そして、もう一つは―――
「嘘、だよね?理由はわからないけど………罪悪感と好奇心?で嘘ついてるでしょ?」
ああ、やはりだ。語は確信した。目の前の女性は他人の感情が手に取るようにわかるのだ。
「………自分から名乗ってくださいよ」
「そう、確かに。私の名前は白崎無垢………大学一年生………ぶい」
そう名乗った無垢という名の女性は二本の指でVサインを作ってふわりと笑う。語は終始ペースを壊されながらも名乗った。
「風見語です」
「そう、君が」
その女性は一礼すると、長く美しい黒髪を揺らしながら体育館の方向へと歩き出した。その背中を見送る語の心臓はまだ高鳴り続けていた。