好奇心で首を突っ込んだら攻略難易度ルナティックの黒幕美少女に目を付けられた件 作:ああああああ
語は橙色に染まり始めた空の下、賑わいを失い始めた商店街を抜けていた。西の空には、もうすぐ沈む太陽が、最後の力を振り絞るように強烈な光を放っている。
いつもの横道に入った時、ふと視界の隅で黒い影が動いた気がした。次の瞬間、背後から強烈な衝撃と、口元を塞ぐ布の匂いが鼻腔を襲った。喉の奥から悲鳴を上げようとしたが、声は虚しく空気に溶ける。抵抗する暇もなく体がふわりと宙に浮いた。全身の力が抜け、意識は暗転した。
次に語が目を覚ました時、まず感じたのは全身を襲う激しい痛みと冷たい湿気だった。
「ん……」
うめき声を上げ、身じろぎしようとして体が動かないことに気づく。手首と足首に、食い込むようなロープの感触。目を開くと、そこは廃墟だった。コンクリートの壁はひび割れ、薄汚れた窓ガラスからは辛うじて午後の終わりを示すかのような灰色がかった光が差し込んでいる。埃とカビ、そして古い鉄の匂いが混ざり合った陰鬱な空間。
語は椅子に背中を預けるようにして縛られていた。ロープは何度も何度も巻きつけられ、少しでも動くと皮膚に擦れて激痛が走る。
「………えぇ。これ何関連の事件だ?」
自分の声が、異様に静まり返った空間に響く。ここはビルの地下かあるいは使われていないフロアの一室だろう。周りを見渡すと、古い事務机や中身が散乱した段ボール箱が転がっている。所々に血が固まったナイフやドラマの中でしか見ない器具が散乱している。いわゆる拷問器具だ。
「目が覚めたな」
静寂を破って響いたのは冷たく感情の読めない男の声だった。
語は反射的に顔を上げた。視線の先にいたのはスーツに包んだ数人の黒服だった。目の前の男以外は皆、サングラスをかけ無表情で直立している。まるで壁の一部であるかのように動かない。
「お、俺、何で攫われた感じ………ですか」
恐怖と混乱をねじ伏せ語は冷静に言葉を出そうとして、踏みとどまる。油断を誘った方がいい気がしたのだ。
男は一歩、また一歩と、靴音を響かせながら語に近づいてくる。その一挙一動が異様な重圧となって語を押し付けた。
「そんなに焦らなくてもいい。ここはお前と我々が話をする場所だ」
「無理でしょ。明らかに堅気じゃないし、そもそも俺に聞きたいことなんてなさそうだ」
思わず、素で反応してしまった。
「何?」
男の視線が語を捉えた。数人が語の言葉に反応したが、反応しなかった人間も数人いた。
「あんたらかなり手馴れてる感じだったが、なおのこと俺に用はないはずだ。その辺に転がっている道具は尋問用に見えるけどだったら周りにぶちまける必要もない。もっと使いやすい位置においておけばいい。場所にしてもそう。まるで俺に恐怖を与えるためのセットみたいだ」
「うるせえ口だなッ」
黒服の一人が語の腹に拳を放った。呻き声を垂れ流す語だったが、その間も周囲の観察と転生特典を使用し続ける。
「………勝手なことをしていいのか?」
「んだとッ!調子こいてんじゃねえぞ!!!!!」
「俺は絶体絶命だけど、お前も怒られるだろ。ここにいる一番偉い奴に」
「ふん。ちょうど俺もうるさいと思っていたところだ。こいつの行動を―――「違うな」あ?」
進み出てきた黒服に確信を得た笑みを浮かべた。常に黒服たちはその人物に視線を送っていた。恐怖と遠慮と憧れがその人物に集まっている。何より、その人物は反応した黒服に対し、呆れを抱いていた。
だから確信があった。
「あんたらのボスはそこに立ってる女だ。黒スーツを着てても骨格で性別はわかるし、そもそもあんたらの視線や言動、不自然なんだよ」
「ははっ!」
彼の視線の先にいた女は声を上げて笑い出した。
彼女は手を叩いて楽しそうに笑った。その後、そこまで言い切った語に女は感心したようにサングラスを外し、スーツの上着を脱いで正面のパイプ椅子に足を組んで座る。
「ええ胆力やな、クソガキ」
「そうでもない。美人とはいえ、怒った顔はちびりそうだしマジで拷問が始まったら速攻で何でもしゃべる」
偽りなき語の本音だった。
「生意気なガキは嫌いやけど、わかったうえで頭回して挑んでくるバカは嫌いじゃない」
視線を逸らしつつ、冷や汗を流す。
「喚くつもりがあらへんのなら、殴ったりはせんよ。退屈なら連れてこられた理由くらいは教えたるで?あんたはただのえさやしな」
「姐さん!」
演技をしていた黒服のリーダーが焦った表情で口を挟む。女はピタリと笑いを止め、ギロリと黒服を睨みつけた。
「ガキに二度もやり込められた馬鹿がなんか言いたいんかいな?」
黒服は青い顔で引き下がった。
「………二度?」
語の疑問に女はタバコを箱から取り出して答える。
「クソガキはお友達を釣り上げる餌なんや。うちらから薬を掠め取った女を釣る餌」
「………薬?」
「正確には毒薬。要人暗殺用に研究された毒薬や。近頃、海外マフィアがちょっかいを掛けてきててな、その相手をしとる時に取引しとった物を落としちまったんや。やらかした本人曰く、取られへんように隠したそやけどそれを見つけてひろたガキがいたらしい」
「…あんたらもしかして………酩酊連合か」
「せや。自己紹介がまだやったな。うちの名前は蓮花。酩酊連合若頭補佐の四条蓮花や。よろしゅうな」
語は顔を引き攣らせるしかなかった。見た目30歳前後の女が若頭補佐というのもあるが、酩酊連合はこのご時世に未だに力を持っている数少ない反社だからだ。そして、毒を拾った人間は間違いなく、朝凪だと語には理解できる。
「ご丁寧にどうも。自己紹介した方がいいですか?」
「いらんよ。風見語君。朝凪ってガキのお友達やろ?」
「…ちなみに朝凪は殺される感じですかね」
「場合によるなあ。うちらの手落ちで紛失した物やし、どちらかといえば拾ったって解釈やから態度次第では弾くのはやめたるよ」
「じゃあ殺さなくていいのでは?」
「メンツの問題や。拾ってそれで終わりならいいんやけど、あのガキ毒薬を他の奴に渡してしかも使用を唆しおった。落とし前はつけてもらう」
語がこれは二人とも死んだかもなっと諦めかけた瞬間、廊下から鈍い金属音と人間が倒れる重い音が響いた。
「おい、どうした!!!!」
見張りの黒服の一人が警戒しながら扉を開ける。その瞬間、鉄の味と衝撃が彼の顔面を襲った。
「ぐあっ!?」
踏鞴を踏んで体勢を崩す。侵入者のローファーの底が黒服の顎を正確に捉える。男の巨体が唸りをあげて吹っ飛び、壁に激突。周囲の黒服は瞬時の出来事に硬直した。
扉の先に立っていたのは、制服の少女。朝凪結芽だった。まだ高校生のあどけなさを残した顔立ちだがその瞳には凍るような怒りが宿っている。
残っていた黒服が、慌てて腰の拳銃を引き抜く。その銃口が結芽へ向いたまさにその時。
「ちょっと待ちなはれ、アホども」
蓮花の声が響いた。結芽と黒服そして語の視線が、声の主へ集まる。
蓮花の口元には、獲物を見定めたかのような薄い笑み。
「そないなもん、軽々しく向けるもんやないで。お客さんや」
静かに、しかし有無を言わせぬ威圧感を放っていた。その言葉は、まるで鋭い刃物のように女の抑揚に乗って響く。
銃を向けた黒服は、幹部の言葉に体が硬直しゆっくりと銃を下ろした。
「攫わせに向かわせたはずやけど、先に場所を突き止めて乗り込んでくるとは驚きや」
「私も驚きました。まさか一般人を攫って人質にして誘い出すなんて。安い手段を取られますね」
「うちらのオーソドックスや。覚えとくんやな」
蓮花の赤い瞳が結芽の瞳と交錯する。
「私が拾った毒薬の件で逆恨みですか?」
「拾ったもんは警察に届けないとあかんよ?こわーいお姉さんに命を狙われるからな」
この時点で語は違和感を覚えた。蓮花から結芽への殺意があまりにも希薄だった。黒服は怒気と殺意を抱いているというのに。どちらかといえば、好奇心と憐みすら覚えている。
「よくあれの使い方がわかったもんや。拾ったケースに使用方法なんて書いてなかっただろうに。どの程度希釈すれば人が死なないかなんて、うちらでも把握してない。何処で知ったんや?」
「不思議なこともあるものですね」
ニコリと笑みを浮かべる結芽はこの状況を恐れているようには見えなかった。
「まあええよ。暴力で情報を吐かせるっていうのも芸がない。うちなぁ、今回の件はアホどもの失敗でもあるからガキを進んで殺したいわけじゃないんや。だから、こうしよう」
言葉の切れ目に結芽の右足に当たったものがあった。当たった──というより、当てたというほうが適当かもしれない。それが床に落ちているということは、むろん事前に認識していたからだ。結芽は、蓮花から一時的に目を離してそれを拾い上げた。
それは、リボルバーの拳銃だった。横で語が息を呑んでいる。
「ロシアンルーレットって知っとるか?」
「ええ、自分のこめかみに銃を突きつけてどちらかが死ぬまで交代で引き金を引き続けるゲームですね」
「せや、ロシアンルーレットでうちに勝ったら全部水に流したる。黒服たちにも手は出させんし、うちが負けて死んでもそれは守られるはずや」
「信用できませんね。それに仕掛けもし放題ですよね?」
「いいや、それでもやってもらう」
蓮花は全く譲らない。
「ここにいる風見君の命はあんたが負けて死んでも保障する。だけど、受けなければここで殺すわ」
結芽は蓮花の言葉を本心だと思っている。しかし、転生特典で見れば自分を殺すつもりはないのがわかる。だから、口をはさんだ。
「朝凪、受けるな。お前の危惧は正しい。約束が守られる保証はない」
その言葉は一瞬で切って捨てられた。
「………構いません。余興に付き合ってあげましょう」
「決まりや。先行と後攻は決めさせたる。あと、シリンダーは回すな」
「では後攻にします」
結芽は拳銃を蓮花に投げ渡した。受け取った蓮花は不敵な笑みを浮かべ、自分のこめかみに突きつける。引き金を引いた。カチンっと撃鉄が寝起きするだけの音がする。セーフだ。蓮花は薄く笑って──拳銃を投げ返し問いかける。
「………なあ、
「別に何も。いいも悪いもありません。当人が必要だと思うかどうかですね」
結芽は、左手で髪を弄りながら右手でそれをキャッチし、先ほど彼女がしたのと同じように、己のこめかみへ突きつけて躊躇わず引き金を引いた。撃鉄の音だけが響く。あまりにも軽い音だった。
「ええなあ。半端者とは違う綺麗な目やわ」
今度は、彼女が引き金を引いた。両者ともにまったく動じていない。黒服もその様子を恐ろしく思っている。
ロシアンルーレットの確率は、回転式拳銃の弾倉に1発だけ弾丸を装填し一度目に引く場合の確率は約16.7%とされる。その確率を嘲笑い恐れを抱かない両者は、残り3発でも変わらず引き金に触れる。
己の手中にある拳銃を見つめながら結芽は言う。
「なるほど…そういうことですか。ロシアンルーレット………たこ焼きでは負けてしまいましたが今回は勝てそうですね。一点、聞いてもよいでしょうか」
「なんや」
「何回でも連続して引き金を引いても構いませんか?」
「——————は?」
結芽は答えを待たずこめかみへ銃を突きつけ、二度引き金を引いた。空撃ちの音と結芽の歓喜の声が零れる。
「アハッ!」
そして結芽は──乱暴に拳銃を投げ返した。一同はドン引きしていたし、蓮花は面食らった顔をしてはいたものの、ぎりぎりで両手でキャッチした。だが、その後、己のこめかみに持っていくことはしなかった。ただ愉快そうに笑みを浮かべるだけだ。
「うちの負けやな」
蓮花はこめかみに銃を突きつけ、引き金を引いた。乾いた空撃ちの音がした。
「———————試されたわけですね」
「ゲームセット。帰ってええで」
最初から弾など入っていなかったことを悟った語はその場で腰を抜かしそうだった。