ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる   作:九条空

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変身ヴィラン・面影①

 大学に通うために上京してきたため、俺の家は大学の近くにある。

 最初は寮に入っていたが、院生になるにあたって出たのだ。

 俺はよく門限を破る問題児だったしな。金はかかるが自由の利く方が良い。

 ああして仁を連れ込めたわけだし。

 

「珍しいな、ネズミだ」

 

 歩道を歩いていると、足元をネズミが走り抜けた。

 全然いるっちゃいるんだが、歩道のど真ん中を堂々と走り抜けていくのは珍しい。

 それもなんと、俺の足元で止まった。

 

 踏まないように足を止めるが、ネズミはその場に留まる。

 前足を上げ、こちらを見上げた。うわ~かわい~。

 

「どうした、人懐っこいな。野生じゃなくて飼いネズミか? おっと、行っちまった」

 

 屈んでネズミに手を差し出すと、すたこら逃げて行ってしまった。と思ったら戻ってきた。

 再び俺に臀を向け、チチチッと鳴きながら先に進み、少し行って俺を振り返る。

 

「わかった、ついて来いってことな」

 

 ジェスチャーゲームが苦手ですまない。

 ネズミに関する知り合いがいるというのに、このリアクションは鈍すぎた。

 しっかり忘れてた。ドーナツを食わせた仲だというのに。

 

 駆け足でついて行くと、路地裏にまで連れて行かれる。

 鉄のようなにおい。不本意ながら、俺はこのにおいをよく知っていた。

 

 血だ。

 ネズミを追いかけていくと、先に進めば進むほど地面に血痕が目立つようになっていく。

 にじったような、引きずったような血のあとは、誰かが傷だらけのまま体を引きずって、奥へ奥へと逃げていく様を想像させる。

 

 予想通り、そこにはネズミ男爵・ラットロードがいた。

 

「生きてるか?」

 

 返事はない。返事ができないのだ。

 ラットロードの胸元には、ナイフが突き刺さっていた。

 どこかで下手をこいたのだろう。逃げ足が速いで評判だったはずなのに。

 

 チチチッ、とさっきのネズミが鳴いた。

 

「わかった、なんとかしてやる」

 

 俺は荷物から注射器を取り出した。

 アイアンクラッドに投与したものと同じ薬だ。

 改良する方法を考えているが、今のところうまくいっていない。

 だが、少なくともアイアンクラッドに対しては効果があった。

 

「死んだら俺を恨んでいいぜ」

 

 意識が既になく、治験に参加する意思を確認することはできない。

 ラットロードの腕を取り、注射を打つ。

 そして胸元のナイフを引き抜いた。出血はすぐに止まる。薬の効果は出ているようだ。

 持っていたハンカチでナイフを包み、荷物にしまった。

 俺の指紋がついた凶器を置いて行くわけにはいくまい。

 

「澪、こいつ運べる?」

「目立たないよう家に運んどくわね」

 

 マンホールの蓋が外れ、フラックス姿の澪が出て来た。

 当然いると思って声をかけたので、突然のことでも驚きはしない。

 

 澪はラットロードの体を顔が出るように飲み込んで、ずるりとマンホールに引きずり込んだ。

 絵面が随分ホラーだった。スピルバーグが書きそうなバケモンじゃん。

 マンホールには「おすい」と書かれていたが、ラットロードはもともときたねえネズミ男だったから問題ないだろう。澪が気にしないのは意外だ。ま、清濁併せ呑んで生きてきたのかね。

 

 このまま大学に行くという選択肢もあるが、これを放置してはさすがに気が気でない。

 講義はなく、実験室にこもって研究をするつもりだった。

 場所が変わるだけで、薬についての研究をやるってのは変わらないな。

 ラットロードの経過を観察しなければ。

 

 自宅のドアを開けると、玄関にラットロードが転がっていた。

 家の中にまではあげなかったらしい。まあきたねえしな。

 エプロンを着たすだまが、ひょこっと顔を出す。

 

「なんじゃ、忘れ物でも……ぎゃあーっ! 祈がまた男を拾って来おったーっ!!」

「叫ぶこたねえだろ」

「だめんずが好きなのか!?」

 

 すだまは長生きながら、常に流行に追いつこうと努力している。

 澪もそう分析していたが、それは正しい。若者言葉を積極的に使う。

 だがだめんずは結構前の流行な気がする。ダメなメンズでだめんず。

 まるでだめな男で、まだお、の方がまだ通じそうだな。

 

「見ただけでだめんずって決めつけんなよ、可哀想だろ」

「役者でもないのにそんなボロボロの服を着ておったら誰でも……いや、傷つけられてそうなったのか? であればすまぬ、迫害を受けておったのだな。同じく獣の血が流れるものとして同情しよう」

「こいつ普段からボロボロで汚ねえし風呂入んねえんだとよ」

「きったないのう!!」

 

 手のひらを回転させるのがはやい。

 すだまは「まったく世話が焼ける!」と言いながら、ラットロードを風呂場まで引きずって行った。

 経過観察する前に洗浄が必要か。それは確かに。

 

 すだまは俺が連れてきた男がマトモかどうかは気にするが、ミュータントであることはどうでもいいらしい。本人も狐だからだろうか。

 

 ラットロードは多少小ぎれいになって帰って来た。

 俺の部屋着を着せられている。

 すだまにクローゼットを勝手に開けられているが、気にならない。

 早速この家はすだまに管理され、洗濯はすべてすだまがやっているから、もう好きにしたってくれって感じだ。

 俺はオーバーサイズの男物が好きだから、小柄なラットロードにはちょうどいいくらいだった。

 

「で、こやつはどうするんじゃ。保護するのか?」

「どうするか悩み中~。本人の意向もあるしな。そして家に収容できる人数が限界を突破している。すだま、茶釜にでも化けてスペースを節約してくれ」

「やじゃ!」

 

 すだまがスーパーの安売りに行くというので、それを見送る。

 

 どんどん家に人が増えちまうぜ。俺はどうしてこんなにヴィランを拾うんだ?

 ヒーローも拾ってる? 雛の懐き具合を見ると、そうかもしれない。

 幼馴染の狐耳のじゃロリも田舎から出てきてしまうし、もっとでかい家を借りればよかった。

 ぼんやりしていると、ラットロードがヂヂヂッと低く鳴いた。

 

「お、起きた。元気か実験者二号」

「ここは……あの世?」

「バッカ誰が天使のような美女だ」

「ははあ。こりゃデルタが狙うわけだ。さしものあのデルタでも死にたくねえってことなんでしょう」

 

 俺のジョークはスルーされた。

 ラットロードは、再生が進んでいる自分の体を検分して感心した。

 そんで、やんす口調を完全に忘れている。

 あの薄汚れたボロい服を着ないと気分が出ないということだろうか。

 

「俺の治癒能力が目当てなんだとすれば、デルタが何回も殺しを指示してきてんのはおかしくねえか? 薬が欲しいなら生け捕りじゃねえと意味ねえだろ」

「ヒーロー側が治癒による支援を受けて強化される前にその芽を摘んでおく、という方針かもしれねえですな。致命傷でも助かるんだ、奇跡のようなもんでしょう。なんにせよその力を欲しがる者は大勢いる。あるいは誰かの手に落ちる前に消しておこうと思う者も」

「そうでやんすか」

「……そうでやんす!」

 

 ラットロードにやんすを思い出させてやる。

 やっぱこいつ頭いいな。小賢しいというべきか。

 気まずげに頭を掻きながら、ラットロードは姿勢を正した。それでも猫背だが。

 

「しかし、この御恩を一体どう返せばいいのやら……」

「気にするな、情けは人の為ならずだ。ラットロード、お前が俺にデルタのことを教えたから、俺は治療薬を持ち歩くようになったんだぜ。お前の命を救ったのはお前自身だ」

「お嬢に薬は必要ないでしょう。自前のがある」

 

 俺に再生能力があることくらいはさすがにもう知っているようだ。

 

「俺を殺すために巻き込まれた誰かのためだ。ラットロード、お前がそうでないことを祈るぜ」

 

 険しい顔になったラットロードは、チチチと鳴く。

 ネズミ語はわからんので、イエスなのかノーなのか不明だ。

 

「そういや俺をお前のところにまで連れてったネズミには礼を言ったか? 感謝しろよ、お前が助かったのはあいつのおかげでもあるんだから」

「ええ、当然感謝してるでやんすよ。あいつらがいなけりゃあ、あっしはもっと前に死んでるでやんす」

 

 ネズミ男爵を名乗るくらいなのだから、ある程度ネズミを従える力があるのだろう。

 ネズミ語を喋れるのか、もっと深い意思疎通ができるのかはわからないが、ネズミの話が聞けるのなら情報収集にはもってこいだ。情報屋は天職だろう。

 

 玄関の扉が開く音がして、人が帰ってくる。すだまではない。

 

「……おい、まだ増えるのか」

 

 帰宅早々、不機嫌になったのは仁だ。

 俺に拾われてからここで暮らしているが、四六時中家にいるというわけではない。

 

 どうやら、筋トレとかランニングをするために外に行っているらしい。

 たまに喧嘩もしている、というのはすだま談だが、すだまが言う喧嘩はヴィランとの戦闘のような気がする。

 アイアンクラッドは俺が見てないところでダークヒーローやってるかもしんない。

 

 傷の走るヤクザ顔を、フードを被ることで誤魔化しているようだが、それはそれでどうなんだ。

 フードを被っていない状態の方が、ギリギリ不審者具合が上回っているかもしれない。

 

 仁がフードを被っていると不審者っぽいが、服がスポーツウェアなのでギリギリ一般ランナーに見える。

 マッチョなのが逆に説得力を出している。

 これだけムキムキならそりゃ毎日走ってますよね、と誰もが思うのだ。

 プロボクサーとでも思われてんのかもしれないな。都会は筋トレが趣味の男も多い。

 

「仁どうするー? ラットロード殺すー?」

「家が汚れる」

 

 ラットロードを一瞥した仁はそう吐き捨てて、奥に引っ込んだ。シャワーでも浴びるのだろう。

 

 アイアンクラッドは金属を操る。

 攻撃方法は単純で、基本的には金属、あるいは金属のように硬い手で殴ったり蹴ったりだ。

 ラットロードを殴ったら潰れてしまうので、この場ではやりたくないということだろう。

 

 誰でもとりあえず殺そうとする仁が、殺意を引っ込めるのに納得できる理由だ。

 

「良かったなラットロード、お前に血が通ってて」

「あのお方には血も涙もないようでやんすがね」

 

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