ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる   作:九条空

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毒霧ヴィラン・薄墨④

 家にいるというのも暇だ。

 

 俺の家にはものがない。

 すだまが来てから、あいつが勝手に色々と買い揃えて行っているので徐々に生活感が出てきたが、なんなら俺は大学で寝泊まりすることもあるほどだ。

 

 寮を出た一番の理由がそれだ。

 大学の中にずっといて、研究を続けたい。

 しかしその結果、寮の門限を破ることになる。寮も大学の管轄だ。

 最終的に寮母が俺の研究室に怒鳴り込んでくるまでになってしまったため、家を借りるしかなくなった。

 

 この家を家だとあんまり思っていなかったので、ものは全然置いてない。

 だから仁を連れ込んでもスペースがあったし、そこにすだまが加わってもなんとかなった。

 

 ちなみにテレビは仁が拾ってきた。

 家電を直す才能があるらしい。それで生活費稼いでくんねえかな、と思うが、今んとこタダ飯ぐらいだ。

 俺が勝手にネットオークションとかで売ればいいんかね。

 なくなったらまたどっかから拾ってきて直すんじゃねえか。

 その前に仁は俺のことを殺しそうだな。やめておくか。

 

 俺は自分のパソコンとスマホくらいしか電子機器を持ってない。

 地上波のテレビを久々に眺め、知らない芸能人が喋っているのを聞く。

 俺ってこういう世間のこと全然知らねえな、やべえかな。

 

 家の中での暇の潰し方などわからない。

 テレビ拾ってきてくれてありがとう仁。

 1日しか経ってねえのにもう引きこもり生活がしんどくなってきた。

 

 そう思っていると、シンクの蛇口からたらりと澪が流れてきた。俺は喜んで迎える。

 

「お、澪。もう帰って来たのか。はやかったな」

「心配だから超特急で終わらせてきたのよ。無事だったかしら?」

「見ての通りだ」

 

 俺はピンピンしている。澪との約束通り、死んでいない。

 傷だってひとつも負ってねえさ。完璧だ。どや。

 そのやり取りを見て、仁が無言でクローゼットを指さす。

 

「あ、D.E.T.O.N.A.T.E.しまっといたの忘れてた」

「は?」

 

 俺は立ち上がり、クローゼットの扉を開けた。

 中にはD.E.T.O.N.A.T.E.が立っている。扉を閉めた。

 座ってもいいのに立ってんだ。ちょっと怖いわ。

 

「何!?」

 

 澪は水面を波立たせ、叫んだ。声を荒らげるのは珍しい。

 

「何ってD.E.T.O.N.A.T.E.だ。こないだ顔見ただろ。それより前から知り合いっぽかったし」

「アタシがいない間に何があったのよ!? なんかすごいことになってるじゃない!?」

「D.E.T.O.N.A.T.E.くんは五号だ」

「……住むの!? 嘘でしょ!?」

 

 居候五号。D.E.T.O.N.A.T.E.はそういう称号を増やした。

 澪は水面を波立たせるあまり、飛沫をあげる。

 動揺するとこうなるんだな。いつも冷静だから知らなかった。

 

「まあまあ。クローゼットでいいんだってさ。細いし収納できる。コードレス掃除機くらいコンパクトだ」

「スペースの話じゃないわよ」

「悪いやつじゃないって」

「日本で一番人殺してるヴィランよね?」

「殺しは数じゃねえだろ」

「まるでフォローできてないわよ。何? アタシの方が質で勝ってるって?」

 

 澪はよっぽどD.E.T.O.N.A.T.E.のことが嫌いらしい。

 これほど感情をあらわにするのは珍しい、どころか初めて見るかもしれない。

 いつも余裕そうに微笑んでいるし、大人の余裕ってやつを忘れないでいた。

 いやあ、友達の新しい顔を見るのは面白いな。

 

「会話もできない狂人だと思ってたんだけど……いえ、そうよね。あの日祈はD.E.T.O.N.A.T.E.と会話を成立させてたわ。どうやって?」

「澪は英語わからんの?」

「わかるわよ。でもあれはわけわからないわよ」

「それほど難しい単語ばっか並べてたわけじゃねえけどな。バクロニム(Backronym)って知ってるか? 短縮形ありきで作られた頭字語だ。こいつは英単語をD.E.T.O.N.A.T.E.になるよう並べてしか喋れねえし、その喋り方されねえと本人も言われたこと理解できねえ」

 

 澪は少し黙ってから、こう言った。

 

「狂ってるわ」

 

 まあ、それはそう。俺もD.E.T.O.N.A.T.E.が狂人であることは否定しない。

 だが狂っているのと善悪は別の話である。狂気は悪ではないと俺は考えている。

 

「デルタに脅されて、指示通りにあちこちで爆発してたんだ。能力はこないだお前が推測した通りであってるよ。しかもバラバラになるときはともかく、爆風で吹っ飛ぶときは怪我するリスクあるから、失敗すると()()んだと。充分同情の余地あると思うけどな。少なくとも俺は罪悪感がある。俺がちょっかいかけたせいでD.E.T.O.N.A.T.E.は人質を殺された」

 

 勝手に話していい事情かはわからんが、D.E.T.O.N.A.T.E.は会話が困難である。

 許可をとるのも面倒だし、いいだろう。

 今まで誰にも理解してもらえなかったんだ、ちょっとくらい。

 

「日本で一番人を殺しているヴィランはデルタだろ?」

「……そうね」

 

 デルタがD.E.T.O.N.A.T.E.を道具のように使用していたというのなら、今までの犠牲者はD.E.T.O.N.A.T.E.ではなくデルタが殺したのだ。

 その理屈で納得する人間は少ないだろう。少なくともD.E.T.O.N.A.T.E.本人は納得していない。

 だが、澪は俺と似た感性を持っている。だから許したのだろう。

 

「えーと、それで薄墨(うすずみ)だっけ? 和解できたのか?」

「アタシ、薄墨を捕縛しにいったんだけど?」

「公安に任せてたら殺されると思ったから助けに行ってやったんじゃなかったのか?」

「はあ。お見通しってわけね。そうよ」

 

 居場所の特定が進んでいるのはラットロードの言葉からわかった。

 そして公安は今も、かつての澪のような暗殺者を抱えているだろう。

 ラットロードは俺に護衛として紹介する異能者を見繕おうとし、澪がそれを強く否定したことから推測できる。

 

 薄墨が公安上がりのヴィランならば、公安の知ってはいけない部分を知っている。

 公安にとって、非常に優先順位の高いターゲットだろう。よく今まで無事だったものだ。

 

「政府はミュータントの公安職員を喉から手が出るほど欲しがってるのよ。はみ出し者ははみ出し者で対処しようって方針ね」

「ああ、暗殺者として育てるってこと?」

「そう。薄墨ももともとそうだったの。だから――ちょっとオイタしたけど、出戻りになるわ」

 

 公安が薄墨を殺そうとしていたのに、その公安が薄墨を再雇用するのか?

 

「マジか。国ってやりたい放題だな」

「どの口が言ってんのって気もするけど、そうよお~。育成って時間がかかるから、もう育ってる経験者の中堅がいるならそっち採用したいに決まってるわ」

「ああ。人事の事情は普通の企業と変わんねえんだな、暗殺者も」

 

 暗殺者の中途採用ってすごいな。履歴書に殺した人数を書くのか?

 なるほどな。ラットロードがやけにあっさり面影を連れて帰ったと思ったんだ。

 

 あいつももう育ってる経験者の中堅、ということか。

 立ち回りの上手いラットロードを殺すだけの力があるのだから、面接は通るだろう。

 あいつこそ履歴書に書ける内容なんもねえだろ、記憶ねえんだから。

 

「まだミュータントに関する法律がないからよね。人権ないうちにやりたい放題よ。もうすぐできなくなりそうな雰囲気もあるしね」

「ヒーロー出てきちゃったからなあ」

 

 この世界には超常現象が存在しない、というテイで長い時間意識の共通がとれていたのは、こうした政府の努力があってのことだ。

 目立つ異能者は殺して排除し、表面上の平和を保つ。

 薄氷の上を渡るごとき所業を、100年以上やってきたというわけだ。やるね。

 

 しかしそんな政府の努力を台無しにしたのがヴィラン・デルタだ。

 

 公安が手に負えないほどのヴィランが複数出現し、世の中は混乱した。

 それにあわせてライデンも登場し、この国の人々にとって異能力はファンタジーではなくなりつつある。

 

「はあ。ちょっと目を離しただけでこんなことになるなら、行くんじゃなかった」

 

 澪はD.E.T.O.N.A.T.E.が入っているクローゼットを横目で見て、再びため息をついた。

 D.E.T.O.N.A.T.E.があのタイミングで俺を訪ねてきたのは、間違いなくフラックスの不在にあわせてだろう。ボディガードとして成立してたんだな。

 

「おいおい、薄墨ちゃん泣いちゃうぞ。お前のこと好きだったんちゃうんか」

「そういう感じじゃないの。気の合う同僚がいなくなったから転職したって感じ」

「あ~。そりゃ同僚に澪いたらまあまあブラックでも耐えられそうだもんな」

「ありがと。まあまあどころじゃないブラックよ、殺しやってんだから」

「国家公務員なのになあ」

 

 ……まあ国家公務員はブラックか。

 

「一応、祈のためにもなるかと思って薄墨を確保したのよ?」

「あん?」

「薄墨は毒の専門家。毒っていうのは薬と同じ。すべては使いようだもの。薬作ってるんでしょう、祈」

「……!」

 

 俺は澪に飛びつくように抱きついた。

 液体の体だが濡れはせず、ウォーターベッドに抱きついたような感触である。あるいは水風船。

 

「お前ってホントにサイコー!」

「こんなに喜んでくれるなら、やっぱり行って良かったわね」

 

 くすくす笑いながら、澪は俺を抱えてくるりと回った。

 ドレスのような液体の裾野が広がって、さながら舞踏会のようであった。

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