ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる   作:九条空

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大妖怪・すだま

「やれやれ。心配で来てみれば、随分厄介なことになっておる」

 

 すだまの声がして目が覚めた。

 

「こんな大火事は、江戸で見た以来久しぶりじゃのう」

 

 俺の体はまだ動かない。

 ひとまず意識だけは戻ってきたようだ。

 

「それもあやかしが原因の火事じゃ。むごいのう、ここは人の世だぞ。弁えい」

 

 遠くから雪狐の「えーっ!?」という声が聞こえる。

 狐耳のじゃロリ巫女を見ただけにしてはデカいリアクションだった。

 気の抜けた声から深刻ではなさそうだが、驚くような何かがあったのだろう。

 

「しばらく暮らしてわかったが、ここいらには顔役がおらなんだ。おかげで随分荒れておる。お節介が過ぎると思い、手を出さんようにしとったが――わしの大事な祈に手を出すのなら、話は別じゃ」

 

 ぐるるる、と獣が唸るような音がした。

 

「祈はわしのじゃよ。わしの場所で、わしが育てた。なにを勝手なことしておるんじゃ、仕置きが必要じゃのう」

 

 勝手なことを言っている。

 俺には両親がいて、父は未だに健在なんだが?

 まあ結構育ててもらったところはあるし、あの辺がすだまの縄張りだというのなら間違ったことは言っていない。

 

「これでも昔はぶいぶい言わせとったんじゃよ」

 

 茶目っ気のある声が聞こえる位置は、どんどん高くなっていく。

 

「かわゆいかわゆい、ややこの頃から我が子のように大事にしてきた祈を、こんな目にあわせおって」

 

 すだまはすぐに笑い、すぐに怒り、すぐに泣く。

 感情表現がストレートで、思っていることを隠さない。

 

 だが今聞こえるすだまの声からは、感情が読み取れなかった。

 発言からは恨み、咎めるようなニュアンスを感じ取れるが、すだまが怒っているのか、悲しんでいるのかがわからない。

 

 何を考えているのかわからない――いや、そもそも人間なのかわからない声に、どんどん変わっていく。

 

「おお、かわいそうに。もうどこかへ閉じ込めて、誰にも触れられぬよう、なにものからも守ってやりたいほどじゃ」

 

 狐耳のじゃロリ巫女にヤンデレの属性を付与するのは装飾過多では?

 毒霧が衝撃を受けすぎて後方に吹っ飛ぶかもしれない。

 

「さて。仕置きで済ませられるか、自信がないのう」

 

 目を開く。正確には新しく眼球を作った。焼けて潰れたからだ。

 ようやくなにがどうなっているかわかる。

 

「もはや――」

 

 俺の目の前には巨大な影がいて、低く、ゆっくりと吠えた。

 

「 喰 っ て し ま お う か 」

 

 人間の声色ではない。

 おどろおどろしく、人間に害なすものの声だ。

 そうか。昔はぶいぶい言わせていたというのは真実だったらしい。

 

 一体なにがあって人間が大好きになったのだろう。

 元々は違う意味で好きだったのだろうか、食べ物的な。

 かつては人喰いの化け物ってことでいいんすか、ロリ婆ちゃん。やんちゃしてたなあ。

 

「すだま」

 

 俺は立ち上がった。声帯もなんとかして喋れるようにした。

 その程度にはなんとか回復してみせた。

 露出したままの肉に皮膚を張りながら、すだまに語りかける。

 

「もういいよ。大丈夫だ。戻ってきてくれ」

「あいわかった」

 

 すぐにいつもの声色に戻り、すだまはいつもの、のじゃロリに戻った。

 変幻自在。変化に関しての自信は飾りでなかったようだ。

 変身スピードは面影よりもさらにはやい。

 

 すだまは人を贔屓すると公言していた。

 すだまにとって、雛は人間ではなくあやかしなのだ。

 なぜ焼かれても死なない俺が、すだまにとって人間の範囲なのかわからない。見た目?

 

 ようやく瞼が再生されたので、俺はすだまにウインクした。

 

「あっちの姿もかっこよかったぜ」

「まったく、相変わらずたらしの才能があるのう。あまり適当なことを言うなよ、わし相手ならともかく」

 

 眼球の再生が追いつかず、大してよく見えなかったことはお見通しらしい。

 なんかデカかったけど、あれなに? やっぱ第二形態とかもあんの? ラスボス?

 

 しかし聞きたいことはもっと別にある。

 祈はわしのじゃよ発言については、後日問い詰めることにしよう。

 

 おいすだま。お前がヴィランになったら今度こそ手に負えねえよ。

 

 後ろから、肩に上着がかけられた。

 オーバーサイズだ、澪のだろう。

 そういや今更だが、澪は着ている服も液状にできるんだな。

 ライデンにやられたとき全裸じゃなかったし。

 

 有り難く借りよう。俺は全裸だし。

 全部焼けたのに服だけ無事とかそんなお約束は適応されない。

 上着の前を閉める。服の下の再生は後回しにできるな。

 

 すだまが後方で目を光らせる中、俺は雛に声をかけた。

 もうあたりを無差別に放火するようなことはしていない。

 火はどこにもなく、あたりは灰まみれだ。

 

「雛」

「あ、え、祈さん」

 

 崩れ落ちて泣いていた雛は、俺の声を聞いて顔を上げた。

 すっかり意気消沈して、頭の炎すら消えている。

 

「俺の声が聞こえるか?」

「わ、私、あんなことするつもりじゃなくて」

「わかってるよ。最初に会った時だってそうだっただろ。お前はそんなやつじゃないもんな」

 

 雛は笑った。自嘲だ。

 

「いいえ、祈さん。私はそんなやつなんです。本当はなにもかも燃やし尽くしてしまいたい」

「すべてを灰にしたら、もう燃やすもんなくなっちまうだろ。少しは取っておけよ」

「私は灰から生まれました」

 

 俺の軽口を無視して、雛は語り始めた。

 

 雛と始めて会った時もそうだった。

 話は少々飛び飛びで、自分のことをぺらぺらとよく喋った。

 

 今まで誰もこいつの話を聞いてやらなかったのかもしれない。

 

 ならば俺は聞こう。

 俺の話を聞いてもらうためには、まず雛に語らせる必要がある。

 いつも割を食って、黙らされて来たんだろう。

 

 声を上げなければ、苦しんでいることを知ってはもらえない。

 誰も助けてくれないと人を恨む前に、誰か助けてくれと言わなければならない。

 

 かつての澪がそう言ったが、その通りだ。

 

 俺は雛からの「助けて」を聞きたかった。

 

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