ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる   作:九条空

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赤沢雛とその父

 そこには、家族の対面とは思えない緊張感があった。

 

「知ってるかもしれないけど……私、ヒーローやってるの。インフェルナ」

「……ああ」

 

 自宅を訪ねてきた父に、雛はそう言った。

 なんの用事で来たのか、父は言わなかった。

 だが、この話を聞きたかったのだろうということが、雛には不思議と理解できた。

 

「そうじゃないかとは思っていた。そうでなければいいのにとも」

 

 父は驚く演技すらせず、淡々とそう言った。

 

「秘密を話してくれてありがとう。代わりとは言えないが、私も秘密を教えよう」

 

 そう言いながら、父は眼鏡を外した。

 何かを尋ねる前に、父の頭は一瞬にして()()()

 

 その姿は雛と――インフェルナとよく似ていた。

 

「う、うそ。いままでそんな、いちども」

「ああ。一度も見せたことがないし、一度も話したことがなかった。すまない」

「そんな! だって、一緒なんだったら! 私と一緒なら、私の苦しみだって……」

 

 自分の髪の毛先が燃え始めたことに気づき、雛の言葉はしりすぼみになった。

 

 父は完璧にこの秘密を隠し通した。どんな時でも、雛の目の前で頭を燃やしたことがない。

 この30年間、たったの一度も、父は失敗しなかった。

 それは、つまり、父にとっては、炎を隠すのは()()()()()()()ということなのではないか。

 

「お前の苦しみはよく理解していた。だからこそ言えなかったんだ。頭が燃えないよう気を遣って生きるのは、お前にはとても難しいことだったろう。だが……私は一応、それなりにやれてしまっているからな。私と比較して、お前に傷ついてほしくなかった」

 

 すぐに頭の炎を消して眼鏡をかけ直した父を見ながら、雛は開いた口がふさがらなかった。

 

 頭の炎を隠しながら生きるのは、とんでもない苦痛だった。

 こんなにつらいことは、他にないと思っていた。

 この苦しみを理解してくれる人は、一生現れないのだと。

 

 だが、父がいた。

 同じことをしようとして、当然のごとくやりきっている。

 雛は、自分がとんでもなく落ちこぼれなのではないかと思って、腹の底が縮こまるような気がした。

 

 できないのは、こんなことさえできないのは、この世界で私だけなのか。

 

「……つらくないの?」

「つらいさ」

 

 父は表情を変えずに言ってのけた。つらいと思っているようには見えない。

 しかし、これほど秘密を隠すのがうまい父ならば、感情さえも隠しきってしまうのかもしれない。

 

 それも……これはきっと、父の本当の顔ではない。

 頭の炎を消すのに、感情のほとんどすべてを心の内にしまわなければならないことを知っている雛には、それが理解できた。

 

 ああ、父が笑う度に、そこにどこか嘘くささを感じていた理由は、もしかして。

 

「お前がお前のままに生きられる道を、私は見つけてやることができなかった。ヒーローとして活動しているお前を見て、怪我をしないか、死んでしまわないか、ずっと心配だった。同時に、人を助けるお前が誇らしくもあった。しかしできることならば、()()に生きて欲しいとも。だが、生きる意味を見つけられるのだとすれば、私はその活動を応援したい」

 

 ヒーローについてどう思っているか、父は初めて口にした。

 

「雛、お前は私を完璧だと思っているだろう。そんなことはないんだよ。だが、お前がそう思ってくれているのが嬉しくて、私は欠陥をお前に見せることができなかったんだ」

 

 確かに、雛は父を尊敬していた。

 妻を亡くし、妻を殺した子を1人で育てた。

 医師としても優秀で、若くして院長をやっている。

 

 そんな父に憧れて、医者を目指したこともあった。

 結局は挫折して、医療事務をやっていたが、それすら雛には続けられなかった。

 

「この世界には、それなりに我々のような人間が存在する。日本では存在が秘匿されるため、政府に認知されれば、選択を迫られることになる――服従か、死かだ」

 

 政府、公安という存在は、祈から聞いて雛も知っていた。

 

「私は服従を選んだ。政府のために、それなりに働いたよ……いや、ここに来て濁すのは、意気地がなさすぎるな。言われるがままに人を殺した。今も病院で勤務しながら、政府のために様々な事実を隠蔽するのに手を貸している」

 

 だが、その公安と父に関わりがあるなどとは、思ってもみないことであった。

 

「医学部へ進もうとするお前を止めたのは、なにもお前の頭の良さを信じていないわけじゃなかった。女医への当たりが強い、そういう問題だけでもない。お前が私の後を継いで、国に同じことをさせられるんじゃないかと、怖かったんだ」

 

 今までの人生で、自分は何を見てきたんだろう。

 

「できる限り世界の暗く、悪く、汚いところを知らないまま、幸せに生きて欲しい。それが私の願いだった――だが、私は結局、雛を苦しめてしまった」

 

 父は後悔を、やはり淡々と語った。

 

「お前が特別な力を持っていることを世間に隠せなくなれば、私のように政府から選択を迫られることになるだろう。服従か、死か。どちらを選んでも、幸せじゃない。政府をお前から遠ざけて、普通に生きさせることが、お前の幸せになるに違いないと、私は信じ切っていた。そう思うのが、己にとって都合が良かったからだ」

 

 ここまでの父の話を、雛はどこかぼんやりと聞いていた。現実感がない。

 

「お前が頭の炎を隠さなくてもいい道だってあっただろう。だが、私はお前に、そうしたいと言われるのが恐ろしくて、提案することができなかった」

「……そうしたいって、私が言ってたらどうなってたの?」

「公安の職員になって、言われるがまま人を殺していただろう」

 

 それは……そんなことは、雛だってしたくなかった。

 だが、頭の炎を隠して生きることだって、同じくやりたくなくて、つらく苦しいことだった。

 

 いざ目の前にその選択肢があったら、自分がどちらを選んでいたかわからない。

 そんな危うさを、父も感じていたのだろう。だから提案できなかった。

 それは父のせいではなく、己の不安定さのせいだと、雛は思った。

 

「こんな私でも、まだ父と呼んでくれるだろうか」

 

 父は深く、深く項垂れて、その顔を見ることができなかった。

 そのせいで、雛は父の気持ちが、よくわかったような気がした。

 つくっている顔を見ないで、声色だけ聞けば、なんのことはない。父の気持ちはわかりやすかった。

 

 雛は随分、自分が見た目に囚われていたことを知った。それもそうだろう。

 頭の炎を消して、ずっとまともに見えるような見た目を追求してきたのだ。

 

「ねえ、この際だから正直に言ってほしい。母さんを焼き殺した私が、憎くないの?」

「私はお前に恨まれるのが恐ろしかった。私は自分の頭が炎であることを知っていたんだよ――お前の母さんも知っていた。それでも私を選んでくれたのが嬉しかった。だが、それと、子供を儲けるかどうかは、別の話だった。私は後悔している」

 

 雛は覚悟を決めた。

 この人生、ずっとこう言われると思っていたのだ――お前など、産まなければよかったと。

 父がそう言うことは、たったの一度もなかった。だから今、聞けるのかと、雛はそう思ったのだ。

 

「私の子供ならば、炎を持って産まれてくるかもしれない。そんなことは予想できた。だが私たちは、きっとそんなことにはならない、なんとかなる――そういう楽観でお前を産もうとした。結果は母さんの焼死だ。こんなところに産まれて来るんじゃなかった、母さんが死んだのはお前のせいだと、雛に責められるのが恐ろしくて、私は己の炎をお前に隠し通してきた」

 

 どうして私だけ燃えているのだろう。

 なぜ私だけがこんな化け物に産まれてしまったのだろう。

 人生の間で、何度そう思ったかわからない。

 

 そんななぜ、は呆気なく解決した。

 父がそうだったからだ。

 雛はそれを嬉しく思うべきか、恨めしく思うべきか、わからなかった。

 

「幸い、隠すのは簡単だった。母さんのことを考えれば、私の頭に炎は宿らない」

 

 簡単に言ってのけるが、雛は父のようにはうまくいかない。

 雛の頭は悲しみでも燃えてしまうのだ。泣いて叫びたくなると、どうしても。

 

「母さんの死は、私のせいだ。雛、お前のせいではない」

「そんな……そんなことないよ……」

「いいや。そんなことある」

 

 父は強く断言した。

 

「お前にこれほど強い罪の意識を植え付けてしまったのは、間違いなく私だ。その罪悪感を消す方法を知っていたのに、私は自分を守るために秘密にした。すべては私のせいだ。お前には私を殺す権利がある」

 

 先の問いと繋がっているのだろう。

 まだ父と呼んでくれるのか、父はそう問うた。

 それが無理ならば、殺してくれ――そう言っているのだ。

 

 なんでこんなに極端なんだろう。

 そんな場合じゃないのに、雛はなんだかおかしな気持ちになった。

 選択肢のひとつが必ず「死」になるのは、そうか。きっと遺伝なんだな。雛はそう思った。

 

「私のこと、恨んでる?」

「いいや。お前が私を恨んでいるんだろう」

「ううん。そんなことないよ」

 

 あの日――意気地がなくて、父を殺さなかったあの日。

 あれで良かったのだと、雛は思った。

 ヴィランのように暴れ回って、大好きな人を傷つけてしまったあの日でさえ、自分には必要だったのかもしれない。

 すべてがあったから、今日この日、こうして話す機会を得られた。

 

 雛は父に、ずっと思っていたことを告げた。

 

「私は私のことを恨んでいる。努力をしてくれているのはわかっていたのに、それでも父を恨めしく思う自分がずっと情けなかった。ここまでの話を聞いても、私はお父さんを尊敬しているよ、凄い人だって。自分が同じ立場だった時、そうしたいと思っても、ここまで完璧にはできなかっただろうなって」

「私は完璧なんかじゃないんだよ、雛」

「うん、そうなんだね。私、お父さんがそうだったらいいのにって、理想を押し付けてたみたい。ごめんね」

 

 それを聞いて、父は目を閉じた。

 

「お前はもう雛鳥ではないんだな」

「ねえ、ずっと聞きたかったんだけど、どうして私に雛って名前を付けたの?」

 

 子供の頃から気になっていたが、どうしても聞けなかった。

 生まれた時のことを話すと、母の死に関して、なにか恐ろしいことを言われるのではないかと恐れていたのだ。

 

 雛は幼いものという意味だ。こんな名前だから私は一生、一人前になれないのではないかと、見当違いな恨みを抱きそうになったこともある。

 

「お前が不死鳥であればいいと思った」

 

 父の願いはこうだった。

 

「灰の中から何度でも蘇るフェニックス。あるいは、お前が母さんの生まれ変わりだったらいいのにと――そう思ったみじめな私もいた。だが、やっぱりお前はお前だ。母さんじゃない。雛、お前は不死鳥だ。何度だって生まれ変われる。これからの人生は、きっといいものになるよ」

 

 この言葉があれば、もう一度羽ばたける。そんな気がした。

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