ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる   作:九条空

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氷室幸也とその仇

 幸也がD.E.T.O.N.A.T.E.を呼び出したのは、近くの公園であった。

 祈からの信頼を得られてはいるようだが、一応は元ヴィラン。

 それも、日本で一番人を殺した、と言われるほどの凶悪犯である。

 いざというとき誰も巻き込まないように配慮した幸也は、人がいない夜、公園にやって来た。

 

 公園の街頭に照らされたD.E.T.O.N.A.T.E.は、一層不気味に見えた。

 猫背のまま俯いたD.E.T.O.N.A.T.E.は、独り言のように呟いた。

 

本当に、あまりにも明白だ(Davvero Era Troppo Ovvia,)逃げ道などなかった(Non Abbiamo Trovato Escampo.)

 

 単語の意味は理解できるが、D.E.T.O.N.A.T.E.の言葉は詩的だ。

 もっと多くの前提条件を知らないとその真意をわかってあげるのは難しい。

 祈にそう言ったのは真実だった。

 だが、幸也は、あのときわからないと言った彼の言葉の意味を、本当はおおよそ理解していた。

 

 Dunque, Eri Tu Ormai(当然、お前なんだろう。) Nel Atto Terminale, Eh(もう終わりに向かっているのだな)?

 D.E.T.O.N.A.T.E.はそう言った。

 それは処刑を待つ罪人の言葉だった。

 彼は幸也が何者か、すでにわかっているのだ。

 

教えてくれ(Dimmi,)お前の仕業だったのか(Era Tua Opera?)? あの人に触れたのか(Non Avrai Toccato Ella?)?」

 

 幸也の母はヒーローだった。

 幸也の母はD.E.T.O.N.A.T.E.に殺された。

 その前提条件があれば、彼の言葉を理解するのは、それほど難しくない。

 

 D.E.T.O.N.A.T.E.はかすれた声で、幸也の問いに答えた。

 

彼女は恐れられていた(Di sicuro Era Temuta:)高貴な夜の女王(Oscura, Nobile.)任務が失敗してくれればと、私は願っていた(Auguravo Tutto Errasse.)

 

 幸也の母のヒーロー名はGelonotte(ジェロノッテ)――凍てつく夜の名を持ち、イタリアの夜を守っていた。

 だから、D.E.T.O.N.A.T.E.が明確に、母の話をしているのがわかってしまった。

 

 祈の言葉を疑っていたわけではない。

 だが、本当はそうではなくて、祈が騙されていればいいのにと、思わなくもなかった。

 今すぐ、この怒りや悲しみをぶつける相手がほしかった。

 

 軽く身じろぎをした自分の靴がジャリ、と音を立ててハッとする。

 地面にはすっかり霜が降りていた。能力を制御できていない。

 きっと氷点下になっている。それでもD.E.T.O.N.A.T.E.はなんでもないようにそこに立っていた。

 

 深く息を吸って、吐く。

 思い出すのは、初めて祈に出会った日。

 彼女を凍り付かせ、命を奪ってしまったと絶望したあの瞬間。

 

 やり直しの機会を与えられたのは奇跡だ。

 だからもう二度と、同じ失敗をしてはいけない。

 

 D.E.T.O.N.A.T.E.の表情は動かず、ただそのピンクの瞳孔だけがあちこちをさまよった。

 到底まともな人間には見えない。

 

 ただ、その声色だけは人のようだった。

 イタリア語のイントネーションを完全に再現したD.E.T.O.N.A.T.E.の声は、ひどく疲れ切っていた。

 

死ぬ覚悟はできている(Disposto Essere,)恐れるものなど、もうない(Temo Oltre Nulla.)この命はすでに捧げるべきものだ(Appartiene Tutta Esistenza.)だが、私を憎む者は数えきれない(Dare Esame, Tanti Odiano. )まだ迷っている(Non Affido Tutto )――全てをお前一人に預けていいのか(Esattamente.)。」

 

 復讐はできないと、もっとはやくにわかっていた。

 D.E.T.O.N.A.T.E.はとっくの昔に、復讐で殺されることを覚悟している。

 彼はすっかり生を諦めていた。

 ただ、死ぬのが今か、後か。殺される相手は誰か、それだけを迷っている。

 

侮らないでくれ(Disprezzarmi Errato.)俺はあなたを敵と思っていない(Tu Obiettivo Non Abbatti,)あなたには、生きていてほしい(Tu Esisti.)。」

 

 腹立たしい。

 幸也の心象を反映して、季節外れの雪がちらつき始めた。

 幸也の体は最初から冷え切っていて、吐息が白くなっているのはD.E.T.O.N.A.T.E.だけだ。

 

母が戻ってきたなら(Davvero, Ella Tornata,)きっと俺たちの行動は(Ogni Nostra Azione) 彼女の共鳴を得ていた(Troverebbe Eco.)だから力を貸して(Dammi Energia, )いま、手を取り合おう(Tendiamoci Ora.)諦めないで、君(Non Arrenderti, Tu. )ともに歩もう(Eseguiamo insieme.)。⁠⁠」

 

 殺したくないと思いながら殺して、それをずっと後悔している人に、うまく慰めの言葉をかけてやれない自分に腹が立つ。

 きっと祈ならもっとうまく言葉にするのだろう。

 幸也はそんなことを考えて自嘲した。

 

 きょろきょろと忙しなく動き続けていたピンクの瞳孔は、やがて動きを遅くし、しばらく幸也の手元にとどまった。

 D.E.T.O.N.A.T.E.は、幸也が差し出した手をじっと眺め、呟く。

 

たいてい(Di solito,)人の輪に入れば友情が芽生える(Entrare Tra Opersone Nasce Amicizie:)君を尊敬する(Ti Estimo.)

 

 D.E.T.O.N.A.T.E.にはわかっていたのだろう。

 幸也は、心の底からD.E.T.O.N.A.T.E.を許せたわけではない。

 本当は、ほんの少し、ほの暗い思いを抱いている。

 

 だがそれも、もう少しD.E.T.O.N.A.T.E.のひととなりを知れば失われるだろう。

 

 D.E.T.O.N.A.T.E.はきっと、幸也がD.E.T.O.N.A.T.E.を恨めなくなることを心配していた。

 仲良くすれば、おのずと友人になってしまう。

 そうすれば幸也は、恨みや殺意をぶつける相手を失う。

 相手を失った感情は、きっと幸也自身に向かうだろう。

 

 デルタの存在は未だ遠く、しっぽを掴むのはまだまだ先だ。

 その間、幸也は己の無能さに苦しむことになる。

 それでも。それでもだ。

 

 きっと母ならこうする。

 幸也がそう思う度、心の中の母は「私のせいにするなよ」と笑うのだ。

 だからすぐに思い直す。

 いつでも母へ胸を張れる自分であるために、自分はこうしたい。

 

 幸也は言った。

 

今日、君の友でありたい(Desidero Essere Tuo Oggi. )離れないで(Non Allontanarti. Ti prego.)踏み込んでくれ(Entra.)

 

 D.E.T.O.N.A.T.E.と幸也は、夜の公園で握手を交わした。

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