ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる   作:九条空

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幻煙ヴィラン・ヘイズフォグ⑦

 これが本当のおはようだ。

 

 目を覚ました俺は、いつも通り支度をする。

 デルタに異変を悟られてはならない。

 ヴィラン・デルタがどんな能力を持っているかは未だに不明だ

 だから今俺を監視している可能性だって、無きにしも非ずである。

 

 救出作戦は極秘で進める。

 つっても、俺には戦闘能力がない。どうしような。

 

 戦闘能力のあるヒーローやヴィランに手伝ってもらおうにも、俺はヘイズフォグのようにうまく立ち回れない。

 言葉にして伝えれば、それは常にデルタの耳に入るかもしれない危険性がある。

 俺が迂闊なことをすれば、ヘイズフォグの人質は殺されるだろう。

 

「よ~し。仁、俺は出かけるが、付いてくんなよ?」

「あ?」

 

 新聞から顔を上げた仁は、眼鏡の奥で目つきをさらに悪くした。

 あまのじゃくな仁はこれでいい。

 わざわざこんな風に言ったことはないので、それが気になってついてくるならそれでよし。

 ついてこないならこないでよし。戦力には数えないでおこう、俺に扱える男じゃねえ。

 

 フラックス、澪は勝手についてくるからこのままでよし。

 あとはD.E.T.O.N.A.T.E.か――うーん、デルタも頭が良さそうだからな。

 D.E.T.O.N.A.T.E.と初めて出会ったあの日聞こえた機械音声、あれがデルタだとすれば、デルタもデトネイト構文は理解している。

 ならば、普段は暗号かよと突っ込まれる俺とD.E.T.O.N.A.T.E.の会話でも筒抜けになってしまう。

 

 俺はクローゼットを開け、D.E.T.O.N.A.T.E.の顔を見た。

 D.E.T.O.N.A.T.E.は扉を開けた俺の顔を見た。

 じ、っとピンク色の目を見つめれば、きょろきょろと忙しなく動いていたD.E.T.O.N.A.T.E.の視線が留まり始める。

 やがて、俺とD.E.T.O.N.A.T.E.はしっかり視線を交わした。

 

「よし」

 

 D.E.T.O.N.A.T.E.もこれでいいことにする。

 満足した俺はクローゼットの扉を閉めた。

 仁がイカレた人間を見るかのような、哀れみの視線を向けてくるのを無視して、次はすだまだ。

 

「ちょっと出かけて来る。帰るのが遅くなったら迎えに来てくれや」

「む、それは構わんがどこに行くんじゃ?」

「あー、後でスマホに連絡するわ」

 

 とか言ったが、スマホでの連絡すらハッキングで読まれる可能性がある。

 連絡するのは無理だ。だからあとは、すだまがどこまで自力で頑張れるかにかかっている。

 スマホのことでわからないことがあれば俺に聞けと言ってあるので、俺からの連絡がなかったらスマホ片手に俺を探しに来るだろう。

 

 薄墨は読んでいる少女コミックから目線を上げないまま、俺にこう言った。

 

「お出かけですか、レレレのレ」

「ああ。別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」

「おほほ、それはそれは。ご武運を」

 

 俺と薄墨が意味のわからないオタクトークをするのはいつものことなので、誰もなんのリアクションもしなかった。

 薄墨は漫画のページをめくる作業に戻った。

 

 俺は家を出た。特に目的地はない。

 

 残る面子はヒーローだ。

 それはなあ……この場にいねえし、助けを求めるのは難しい。

 

 だからあとは――助けてくれるのを信じるしかねえわ。

 

 俺はゆっくり体が気体に変化していくのを感じていた。

 ふと、ひときわ強い風が吹き、俺は()()()()()()その場を去った。

 

 頼むぜヒーロー、俺を助けてくれ。

 

 

 

 次に目を開けると、俺は薄暗い場所にいた。

 足元には線路――地下鉄か。それも普段は使われていないような、廃線?

 そんなもんが、こんな都会の地下に現存してるとはな。

 

 くわえ煙草のヘイズフォグは、俺を目の前にしてこう言った。

 

「さ、祈ちゃん。タイムリミットは短いぜ。もうおじさんの裏切りはバレてると思った方が良いや」

「急かすなよ。そう言うってことは人質の場所に心当たりあったんだな? 言っとけや。あんとき頭下げたから、なんも知らねえんだと思ったわ」

「いやあ、祈ちゃんが誰かに口滑らしたら、猶予がもっと短くなっちまうかと思ってな。これはおじさんが悪いわな、命を預けた相手はもっと信用すべきだったわ」

 

 信頼関係について修復するのは後だ。

 命がなけりゃそんなこともできやしない。

 

「走った方が良いか? 俺体力ねえぞ、足も遅え」

「はいはい、おじさんが担いでいきましょうねえ」

「おお、意外に力あんな、薄井ちゃん」

「その呼び方が採用されたんだねえ」

 

 担ぐ、と言いながらヘイズフォグの手つきは丁寧だった。モテそう。

 片手でのお姫様抱っこのような体勢だ。意外とムキムキなのか、煙をうまく使っているのか。

 ヘイズフォグは軽快に走る――これは滑る、あるいは流れると言った方が近いかもしれない。

 俺を抱えて走っているのに、ほとんど揺れを感じなかった。

 

「人質は薄井ゆら。この先に放置されてる電車の車両の中に繋がれてる。拘束を解くのにそれほど苦労はしねえが、問題は周囲に仕掛けられた爆弾だな。やっこさんこの地下空間ごと埋めるつもりだわ」

「爆発まであと何秒?」

「300秒」

「秒で聞いたけど分で返してくれねえかなって期待は打ち砕かれたわ」

「5分」

「言い直してくれてありがとな」

 

 どっちでも変わらねえが、秒で聞いた方が数字いっぱいあって長い気がするかなと思ったんだよ。

 でも300秒って聞くと短えし、5分と聞いても短かった。

 1秒が300個もあるならなんとかなるか~。なんとかするしかねえんだよ。

 

「爆発物は車両に搭載されてるか?」

「2か所」

「外せるか、薄井ちゃん」

「20秒」

 

 かっけ。

 

 必要な秒数だけを宣言したヘイズフォグは俺を車両の中へそっと降ろし、煙に消えた。

 車両の中で縛られていた女の子は、涙で頬を濡らしながら、呆然と呟く。

 年の頃は中学生か高校生――いや、最近の子は発育がいいから小学生という可能性もあるな。

 

「お、お姉さん、誰……?」

 

 苗字が一緒だったんで、人質はヘイズフォグの親族だろうという予測はついた。

 妻かと思ったが、年齢的に娘だったな。姪かもしれん。

 場違いなほどに明るく、俺は立てた人差し指と中指をピッとやってあいさつした。

 

「よっ、俺は片桐祈。ヒーローの真似事をしにきた」

「ヒーロー……!?」

「安心しな、ゆらちゃん。絶対助ける」

 

 俺にできることはそれほどないが、できることはすべてやろう。

 絶対に大丈夫だと、安心感を与えるためには、自信のなさを見せてはいけない。

 

 俺がなにか言う前に、ゆらちゃんが縛られていた縄は解けた。

 一瞬燻ったような匂いがしたので、ヘイズフォグだろう。仕事がはやい。

 

 そして。

 

 あれだけあちこちにフラグを立ててから来たというのに、一番に来たのはライデンだった。

 

 俺がヒーローを代理するのは非常に短い時間で済んだ。

 本物がここにいるんだ、お役御免である。

 ライデンは今回、俺と正しい距離を保って登場した。いつもの疾風迅雷だ。

 

「無事!?」

 

 相変わらず慌ててはいる。

 ヒーローやって長いのに、こいつには落ち着きってもんがなかなか身につかねえな。

 ヘイズフォグと似た気質な気がするし、ライデンももうちょい歳食ったらあのくらい落ち着きを得るだろうか。

 いや、ヘイズフォグは信用ならない適当おじさんの雰囲気が出過ぎているから、ヒーローとしては不適切だな。

 

「無事。ヘイズフォグともやり合わなくていいぜ、そんな時間はねえ。あちこち爆弾まみれだ、逃げねえと木っ端みじんだぜ、あ~ぜって~いやだ。本気出してくれライデン」

「おかしなことを言うなあ! いつだって俺は本気だけど!」

 

 ライデンがいつでも全力なのはわかっているが、ここで俺の知らない超・必殺技を出してすべてを解決してくれねえかなって淡い期待くらい持っても良いだろうが。

 

 残念ながらそういうのはなさそうだ。

 できることをやるしかねえな。

 

「澪、薄井ちゃん、先行してできる限り線路の障害取り除いてきてくれ」

「当然いるって思ってくれてるのは嬉しいけど……すべてのヴィランと友達になれるわけじゃない、って言ってたわよね?」

 

 ライデンが来たなら、澪も追いついていてもおかしくないと考えたが、実際そうだったらしい。

 

「すべてのヴィランとは仲良くなれねえけど、薄井ちゃんとは仲良くなれた」

「はあ……オーケー、後で話しましょ」

 

 水に溶けた澪は、線路に沿って素早く移動していった。

 薄井ちゃんはもう先に行っているだろう。仕事の早い男だ。

 

 俺はライデンに向きなおり、車両の先を親指で示した。

 

「ライデン、車両動かせるか? インディージョーンズみてえに、ド派手に逃げようぜ」

「できなくたってやるよ。それがヒーローってもんだろ」

 

 かっけ。

 

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