ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる   作:九条空

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血糸ヴィラン・ビットヴァイン②

 ラットロードから向かうように指定されたのは、オフィスビルだ。

 

 名目は、危機管理総合センター。

 

 ざっくばらんすぎる。

 一応、災害等の対策として存在している機関ということになっているらしい。

 

 ビルの前の門標を眺めて立ち止まっていると、いつのまにか澪が、人間の姿で隣に立っていた。

 神出鬼没なので、突然現れることにはすっかり慣れている。

 

「アタシ、ここから先へはついていけないわ」

「あ? へえ、それは澪の気持ち的に? 能力的に?」

「どちらもかしら」

 

 俺が要らないと言っても、かたくなに俺の護衛を続けてきた澪だ。

 傍から離れる際は、薄墨の件であったように、渋りながら、かつ俺に必ず伝えて来る。

 

「これでもアタシ、指名手配されてるのよ――つまり、公安の暗殺者たちにね」

「あー」

 

 澪の言う指名手配は、やはり公安からの、という意味だったらしい。

 警察署やニュースとかでは見ないしな。

 

「アタシは隠れるのがうまいほうだけれど、向こうには見つけるのがうまいのもいる。というか、とっくに見つかってて、一旦お目こぼしされているだけなのよ。それはきっとアナタのおかげね、祈」

「なんで俺が関わってくるんだ?」

 

 澪は肩を竦めた。

 

「そのうちわかるわ。アタシの口からは説明できないことなの、ごめんなさいね」

「それだけ聞ければ充分だ」

 

 なぜ俺が公安からそれほどちょっかいをかけられていないのか、という謎には、明確な答えが存在するようだ。

 澪は俺に向け、こなれたウインクをした。

 

「とにかくアタシが公安に乗り込んだら、全面戦争になっちゃうか・も♡」

「物騒なことをセクシーに言わねえでくれるか?」

 

 これより先は、孤立無援ってことでいいんかね。

 ラットロードは俺の味方ではなく、公安の所属だ。

 面影がいたら俺についてくれそうだが、それはそれで面倒だからやめてほしい。

 

「それでも、そうねえ。祈の叫び声でも聞こえたら、すぐに駆け込むわ」

「いやいいよ、めっちゃデカい声でツッコミいれる羽目になっただけかもしんねえし」

 

 眉間に皺を寄せて口を開きかけた澪を制し、俺は続けた。

 

「1時間で戻ってこなかったら踏み込んできてくれ」

「ええ」

 

 俺にだって危機感はある。

 正直、公安っての現状、半分くらいは悪の組織だからな。

 ヴィランの排出率、異能者を殺した人数とか考えると、そう判断せざるを得ない。

 その分、治安を守ってきたのだろうが――自分が治安のために排除されるのは勘弁だ。

 1時間くらいなら殺され続けても死なねえだろ。知らんけど。

 

 澪は数歩下がって、俺に言った。

 

「お願いだから、無事に帰って来てちょうだい」

「努力はするぜ」

 

 それだけ言って、俺は公安の本部――本部なんかな? 支部かもな? に踏み込んだ。

 振り返らない。1時間ってのは案外短いからな。

 

 受付で名乗れば、あっさり奥へ通された。

 トントン拍子に話が進み、俺はあっさり面会までたどりつく。

 指定された部屋の扉を開ければ、記憶通りの彼女がそこにいた。

 

 ビットヴァインは褐色の肌を持つ、赤毛の女性だ。

 

 俺が入ってきた扉側に背を向け、片腕で逆立ちしている。

 ふざけているわけではなく、トレーニングだろう。

 プリズナートレーニングというやつかな。

 囚人扱い――まあヴィランだから仕方ねえのか?

 

 彼女は背が高い。

 2mくらいあるだろう。大抵の成人男性より、よほどタッパがある。

 

 正確な年齢は知らないが、かなり若いはずだ。

 俺と同じくらいかもしれない。

 そういえば俺って若えんだったな、未成年だ。

 

 俺がドアを開けた音が聞こえたのだろう。

 ビットヴァインは逆立ちを止めたが、未だ俺に背を向けたままだ。

 床に落ちていたタオルを拾い上げ、わしゃわしゃと頭を拭いた。

 

 公安からの依頼とはいえ、ビットヴァインにしては俺が勝手に入ってきた、くらいの感覚かもしれない。

 挨拶は俺からすべきか。

 

「突然悪いな。身支度の時間が必要なら一旦出ていくけど」

 

 タオルを首にひっかけたビットヴァインは、手櫛で髪を整えてからこちらを振り返った。

 長い前髪で、顔の左半分が覆われている。

 

 基本的に人の顔を見るようにしている俺だが、つい視線が下に降りた。

 

 ウエストの細さに対して、バストが大きすぎる。

 そもそも背も高い。

 一般的な規格の服飾ではサイズがあわないだろう。大変だろうな。

 ちゃんと食ってるのかも心配だ。

 女の子って無茶なダイエットしてそうだからな、若いと特に。

 

 この胸の大きさは――かなり意識して、視線がそちらに向かわないよう、己を律さなければいけない領域だ。

 背が高いため、中途半端に視線を上げると顔よりも胸で一旦止まってしまう。

 人はでかいものをつい見ちゃうからな。

 

 俺はD.E.T.O.N.A.T.E.みたいに視線をぐるっとさせて誤魔化した。

 

 ダイエットのし過ぎを心配する必要はないようだった。

 ビットヴァインはへそが出る丈のトップスを着ている。

 その腹筋は割れていた。トレーニングの効果は順調のようである。

 

 そして、腕には鉄の手錠がついている。

 手錠についた鎖の先は壁に繋がっていた。

 囚人扱い――よりもひどいかもしれない。猛獣?

 

 俺の知る限り、ビットヴァインは武闘派だ。

 血液を操作する能力を持ち、血流を操作することで高い身体能力を発揮することもできる。

 かっこいいし、有用な能力だ。

 

 俺の姿を見るや否や、ビットヴァインはニカッと笑った。

 鋭い犬歯が目立つ。

 

「おお、アンタか! 会いたかったー!」

 

 声色は明るい。俺のことを覚えていたらしい。

 俺が襲われたヴィランを覚えているのは当然だが、襲ってきたヴィランが俺を覚えているとは限らないので、これは意外なことだった。

 

「そう思っててもらえたなら嬉しいよ。俺をいじめたいからだったら前言撤回するぜ」

「きゃはっ、そんなことしねーよ! ウチらの仲じゃん!」

 

 どんな仲だかわからないが、彼女は俺に対し、それなりの好感を持っていてくれているようだ。

 ビットヴァインは、澪とはまた違うタイプのギャルだと思うんだよな。

 どちらかと言えばレディースとかそっち寄りの、ややガラの悪いタイプだ。

 

 だが、俺はギャルが好きだ。

 よくしゃべり、思考を開示してくれる性質を愛している。

 

「前々から仲良くなりてーと思ってたんだ。アンタの血を初めて飲んだ時から!」

「俺のこと食材だと思ってるか?」

「吸血鬼じゃねーんだからさ! きゃははは!」

 

 吸血鬼みてえなことを言ったのはこいつなんだがな。

 大笑いするビットヴァインの口からは、やはり犬歯が覗いている。

 やっぱり、吸血鬼って言われたらはいそうですかっていうビジュアルだけどなあ。

 褐色の肌をしているので、日光を嫌う吸血鬼らしいイメージからは多少離れるが、髪も赤けりゃ目も赤い。そんで美人だ。俺は美人に弱い。やりにくい。

 

「改めて、仲良くするなら名前くらい教えてくれ。俺は片桐祈だ」

「いのりっち! かわいいじゃん! ウチは(つむぎ)だよ」

「つむちゃん、かわいいじゃん」

「わかるー!? じいちゃんがつけてくれたらしいんだけど、時代遅れ感なくて気に入ってんだよね」

 

 爺ちゃんっ子なのだろうか。

 なんにせよ、家族が好きなのはいいことだと思う。

 この時代、家族と縁を切るのはなかなか難しい。

 ならばそれなりに友好的な関係を築けている方がいいに決まっている。特に未成年ならば。

 

「つむちゃんはなんでヴィランになったん?」

「その方が世界よくなるかなって思ったんよねー。やり方乱暴すぎたなって今では反省してんよ!」

「え、偉〜! 反省できるやつは強いぞ〜」

「きゃはは、めっちゃ褒めんじゃん! せんきゅー!」

 

 鉄のいかつい手錠をつけられた両手で、つむちゃんはダブルピースをして見せてくれた。

 

「でも公安から問題児扱いされてんのはなんで?」

 

 話せば話すほど、なぜ公安から危険視されているのかがわからなくなる。

 ずっと話が通じているし、今んとこいいこだなあという印象しかないがな。

 

 つむちゃんは唇をつきだし、ほっぺたをぷっくり膨らませた。

 二次元的な不満の表し方だが、二次元くらい特徴的な美少女なので絵になっている。

 

「あいつらのやり方じゃ世界良くなんないもん」

「どういう世界が目標なんだ?」

「ウチらみたいな力持った人が、他の人のために働ける世界がいいよね」

 

 本当に、めちゃくちゃいい子な気がしてきたな。

 オタクくんはギャルに弱いというのは定番の属性関係だ。

 このまま完封されるかもしれねえ。

 

「他の人とは違う力を持ってるんだから、もっと色んな方法で人の役に立てるはずなんだよ。ウチだってさ、たとえば造血のスピードちょーはやいから、輸血パックいっぱいつくれるよ。医療勉強したらもっと色々、特殊な手術とか? できそうだし」

 

 素晴らしく向上心のある発言だ。

 俺が人事だったら絶対面接通してるんだけどな。

 公安の判断基準は俺とは異なるらしい。

 

「輸血パックは俺も作れるだろうが、たぶん倫理的にあんま、よろしくねえんじゃね? 怒りのデスロードみてえになる……いや、この例えは通じねえか……」

「牛から牛乳しぼるようなもんじゃね?」

「その例えはマジでよくねえよ」

 

 乳牛は家畜だし、うら若き乙女があっさりと乳の話題を出さないでほしい。

 俺はつい乳へ視線を向けようとして、再び眼球をぐるっと回した。

 つむちゃんは犬歯を見せながら、再びニカッと笑った。

 

「でもウチあんま頭良くないから医者は無理かな! ギリ看護師? 注射で採血しなくても、ちょっと血舐めたら健康状態わかるよ!」

「絵面がどうなんだそれは」

 

 そんな健康診断が開催されたら、ギャルに血をぺろっと舐められたいだけの変態が集ってしまいそうだろ。

 

「ウチだけじゃなくて、他の超能力者もさ、そういう感じで便利な力持ってるわけじゃん? 協力しあったら世の中もっと良くなると思わん?」

 

 俺は素直に肯定できず、吐息のような笑いをこぼしてしまった。

 眩しすぎる理想だ。俺もそうなったら良いと思う。

 

 そうだなと肯定するには、俺は世間を知ってしまった。

 簡単に、彼女の理想とする世界へはたどり着けないだろう。

 ほんの一瞬で、山ほどの障害を思いついてしまう。

 

 ()()()()()というのは、それをやらない理由にはならない。

 しかし、()()()には充分だ。

 

 こりゃ、公安のくたびれた人間どもが精神をやられそうだ。主にラットロード。

 俺でもちょっとしんどいぜ、中身はおっさんだからな。

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