ビットヴァインは唇を突き出して、公安への不満を顕にした。
「あいつらのやり方は真逆。とにかく隠したい。普通の人しかこの国にはいないんだよって誤魔化すの、さすがにもう限界でしょ。切り替えが遅いよね、時代遅れ」
「だよなあ、俺もそう思うわ」
「いのりっち、話わかる〜」
これにはすぐ同意できた。
今まで見事に異能者を隠しきった手腕は確かに見事だ。
やり方はともかく、賞賛に値する。
だがヴィラン・デルタが出てきた時点で、潮目が変わった。
過去の栄光に縋ったところで、もう元の日本が戻ってくることはない。
いい加減切り替えて、別の策を講じるべきだ。
デルタが公安職員を次々にヴィランへ導いている以上、既に後手後手だ。
「デルタに会ったことあるか?」
「あるよ。話が通じるようで通じない人だったかなー」
「ぎゃはは!」
すげえ。思わず笑っちまったが、俺は感心した。
多くの人間が心を揺さぶられ、ヴィランへの道を余儀なくしてきたデルタの演説も、ビットヴァインには響かなかったらしい。
ヴィランをやっていたのはあくまで己の意思。デルタは関係がないというわけだ。
「ヒーローに興味あるか?」
「え、あるある! ヴィランになって後悔したのってさ、うわーヴィランじゃなくてヒーローとして暴れればよかったー! ってことだもん」
「ぎゃはは、それな」
ビットヴァインにはヒーローの素質があると思っていた。
やり方を少し間違い、急ぎ、焦りすぎただけだ。
更生の機会は与えられるべきだと思う。
「でもヒーローは大変だぞ? 好感度を管理しなきゃならん」
「なんそれ?」
「つまりだ。事件を解決するだけじゃ不足なんだよ。市民に好かれねえといけねえ。そうなると、市民が嫌がるようなことはできない。効率が悪くても、人命や建物を優先して守り、普通の人が不快に思うような特殊能力は見せられねえ。お前の血を操作する能力もたぶん怖がられるから、かなり制限かかるぞ」
「えー! 差別じゃん!」
「そうなの。でもまだその差別をなんとかしようって段階に、俺たちは達せてねえわけ。今は国の言うこと聞かないなら、とりあえず殺しとくかで処分されてんだから」
「うわー。世の中ってサイアクー」
「ねー。サイアクー」
ギャルとしゃべるとギャルが移る。関西弁と同じだ。
今は見た目が美少女だからさほど違和感がないが、おっさんが「ウケる~」とか言ってたらキモいので気を付けなければならない。
立て板に水とばかりにしゃべり続けたビットヴァインは、ここでようやく言葉を区切った。
言いにくそうに唇をなめた後、うつむき、上目づかいに俺へ尋ねる。
俺よりデカい女の上目遣いってやばいかも。性癖おかしくなっちゃう。
「……その、ウチのこと嫌いじゃないの?」
「なんで?」
「いのりっちがあんまり普通にしてるから謝るタイミング逃しちゃったんだけどさ、ウチ酷いことしたじゃん?」
「残念ながら、お前にされたことを酷いと感じられるほど、順風満帆な人生を送ってないもんでな」
謝る必要もねえよ、と続けようとした言葉が喉に引っかかる。
これまで纏っていた和やかな雰囲気が失われ、ビットヴァインがスッと目を細めたからだ。
「体真っ二つになるより酷いことされてきたってこと?」
ビットヴァインの得意とする攻撃方法は、己の血液で作成した、血の糸を作成してのトラップだ。
それと血流操作による身体能力向上を組み合わせて戦っていた。
血液の糸で
狙いは主に政治家、手段はデモ活動、対戦相手はライデン。
ヴィランの中でも至極真っ当な部類という認識だ。
好んで人を傷つけることはなく、ライデンとも対話が成立していた。
ラットロードにD.E.T.O.N.A.T.E.くらい話が通じないと言われた意味がわからない。
それともD.E.T.O.N.A.T.E.は意外と話通じるよねっていう逆の褒めだったのか、あれは?
俺はうっかり、ビットヴァインの血の糸に引っかかって、体を真っ二つにしたことがある。
正確にはまず足首を引っ掛けて右足を吹っ飛ばした後、変な転び方をして胴体もズバン。
そんなことになると思っていなかったのか、ビットヴァイン本人も驚いていたのを強く覚えている。
その動揺を突かれ、ライデンに倒されたわけだが――実は謝るなら俺なんじゃねえか?
動揺を誘って捕獲する作戦みてえになっちまったよあん時は。
でも真っ二つになった俺を見て、ライデンもめちゃくちゃ動揺してたからな。
動揺vs動揺だったので、ある意味フェアだったのかもしれない。
綺麗な切断面だったので、その後体はくっついた。
下半身が消失していたとしても、たぶん生えてきたような気もする。
俺には足を生やした実績が既にあるからな。
ビットヴァインはうつむき、そのために長いまつ毛が影を落とした。
「ねえ、ウチだって加害者だけど――被害者にそれが当たり前って顔されると、すんごいムカつくね。いのりっちに酷いことした人のこと、代わりに殴ってあげようか?」
やはり、ビットヴァインはいいやつだ。
俺が傷つけられて当たり前だと思っていることに、怒りを覚えている。
人のために怒ることのできるやつは、優しいやつだ。
「ありがとな。俺にはもう怒る元気もねえから、代わりに怒ってくれるやつがいると嬉しいよ」
ビットヴァインはしばらく俺の顔を眺め、犬歯を見せニカッと笑った。
そのまま壁に繋がれた鎖をいとも容易く引きちぎって、立ち上がった。俺は驚かない。
右の拳を左の手のひらに叩きつけ、意気揚々と言った。
「じゃ、今からそいつら殴りに行こうよ! 最後にはウチのこと殴っていいからさ、そしたらトモダチになろ!」
「ぎゃはは、すぐ有言実行しようとすんのカッケェ〜! でもいいよ、間に合ってっから」
俺は本気を出したビットヴァインの馬鹿力を知っている。
だから俺の知らない特殊技術が裏で使われていない限り、こんな拘束はすぐに外せるはずだと思っていた。
目の前でヴィランが解放されたことで、警報が鳴り響き、部屋の外でドタバタ走り回る人の足音が聞こえてくる。
だから、ビットヴァインはヴィランの中でもずっと良心的なのだ。
わざわざ自分から捕まっておいてくれた。公安はそれを理解していなかったらしい。
「友達ってのはさ、ギブアンドテイクだけじゃねえだろ? 俺はお前にそこまでされても、返してやれるもんがねえから、恩を感じて対等に思えねえかもしれねえ。だから今の俺たちのままで、ダチになろう」
「いいね!」
ビットヴァインは手首につきっぱなしになっていた手錠を手のひらで砕いて身軽になってから、俺に手を差し出した。
握手求める前動作にしては恐ろしすぎねえか?
お前の手を砕いてやれるって威嚇に捉えられるとは、思ってもいないらしい。
しかし俺も、ビットヴァインならそんなことはしないと知っていた。
俺は笑いながらその手を取った。