ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる   作:九条空

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八束糸絡③

 ――それは異様に縦へ長い男だった。

 

 再び公安に赴いた俺は、お偉いさんと対峙していた。

 どんなのが出て来るかと身構えていたが、初見の印象はそれだった。

 

 彼のスーツがオーダーメイドと断言できる理由は明確だ。

 ()()()()()()。つまり、彼には腕が複数あった。

 複数あるのは腕だけではない。

 

 男は4()()の視線を俺に向け、すべての目を細めながら、俺へ自己紹介をした。

 

「いやはやお会いできて光栄です。八束(やつづか)糸絡(しらく)と申します」

 

 足は2本。腕は6本あった。目は8つ。年頃は40代ってとこか。

 目の大きさは不揃いで、最も人間らしい位置にある、2つの目が一番大きい。

 これもまたオーダーメイドであろう眼鏡のレンズは、右と左であわせて6つ。

 一番下にあるひと揃いの目には、レンズがかかっていなかった。

 

 ともかく、蜘蛛だろう。

 

 幼馴染が狐耳のじゃロリであり、友タコのいる俺にとって、異形はそれほど驚きに値しない。

 ビットヴァインの白目と黒目の反転した眼球や、ラットロードのネズミ耳に関しても、フーンてなもんだ。

 だからこの男について気になることといえば、これくらいである。

 

「一番下の目は視力良いのか?」

「ここにだけコンタクト入ってるんですよ。なはは」

 

 計6つの、丸いレンズのある眼鏡。

 目の数が8つなので、それではレンズが足りない。

 網羅しきれていない目は視力がいいのかと思いきや、コンタクトレンズでカバーしているらしい。

 

「他の目に入れない理由は?」

「面倒だからです」

「そりゃそうだわな」

 

 毎日8回もコンタクトいれなきゃいけないとなれば、面倒すぎる。

 1dayのコンタクトだとすれば消費スピードもやべえし。

 

 この時点で、彼は俺の好感度をそこそこ稼げていた。

 会話が成立して、常識もそれなりに近そう。

 

 なんだ、薄井ちゃんがやばそうなこと言ってたから警戒してたが、ちゃんと話通じるじゃねえか。

 初手殺されるくらいの覚悟は決めてきたんだが、そんなもんはいらなかったらしいな。

 俺はわずかに肩の力を抜き、相手は既に知っているだろうことを述べた。

 

「片桐祈だ、よろしくな」

「全ての手をはなしてお話しできないことを謝罪いたします」

 

 糸絡の腕は6本ある。

 そのうちの一本が握手を求めてきたので、俺は快く応じた。

 

 単に腕が多いだけでなく、同時に複数の作業ができるほど器用なようだ。

 現に今も、2本の腕でスマホを2台持って操作し、1本の腕でノートパソコンを支えながら、両腕でタイピングしている。

 唯一あいていた一本の腕で俺と握手したわけで、実質彼は全部の腕を同時に使っている。

 

 多忙が過ぎるだろう。一人で何人分の仕事してんだこの人。

 いやこれでスマホでやってんのがSNSだったらウケちゃうが、そんなことはないのだろう。

 そうだとして、情報収集をSNSでやってますと言われたら納得してしまう。

 

 上から2段目の、他の目より大きい眼球がひと揃い、俺を見ている。

 それ以外の目は別々に動き、スマホの画面やPCの画面を見るのに忙しそうだ。

 脳みそはひとつだと思うんだが、マルチタスクっぷりが人間離れしている。

 

「構わねえよ。口が使えりゃ充分だろ」

 

 こちとら、D.E.T.O.N.A.T.E.やネムネムを相手にしてきてるんだ。

 一般的な日本語で会話が成立するだけで、どれほどありがたいかは理解している。

 糸絡は8つの目を再び細めて――それでもやはり画面上の文字を追ういくつかの目は忙しそうだったが――にこにこ笑った。

 

「しかしあなたがそうですか! 久多羅(くだら)の秘蔵っ子片桐祈さん!」

「なにその二つ名、初耳なんだが」

 

 久多羅は、地元の名前だ。

 俺の実家はそこにあるし、すだまの神社もそこにある。

 父もそこにいるし、すだま以外の幼馴染も、たぶんまだそこに住んでるだろう。

 

 秘蔵されていた覚えはない。勝手に地元を代表する云々にしないでほしい。

 俺以外地元から出てきてないから、勝手に俺が代表しちゃってるみたいなことか?

 全員引きこもってんの? 確かに居心地のいい田舎ではあったが。

 

 出られねえ、軟禁されてる、とかじゃねえよな。

 俺は普通に上京してきているし、父や友人に快く都会へ送り出された。

 ナナメさんやすだまがついてきたのが実は監視で、執行猶予みてえな状況になってたらどうしよう――俺の地元って、地獄じゃなくて監獄だった?

 

 思考の海に沈みかけたが、糸絡が口を開いたので意識を戻す。

 

「祈さんとは是非にお会いしたかったので無理矢理時間を作ったんですよ。娘と仲良くしていただいているようで恐縮です」

 

 ――流れ変わったな。

 

 時の権力者と喋っているつもりだったが、相手が突然、友人の親になった。

 そういうのは最初に言っといてほしい。

 人間というのは相手によって言動を使い分ける生き物だろう。

 そういうモードじゃなかったぞ俺は。

 

 恐る恐る尋ねた。

 

「……娘さんのお名前はァ?」

「紡です」

 

 ――ビットヴァインだ。

 たしかに、縦に長いところは、共通するところがあるかも、しれない。

 つむちゃんは背が高かった。頭も良かったしその辺は親譲りなのかもしれない。あとは……うん。

 

「に……にて……似てるかもな?」

「なははは。お察しの通り紡は母似ですよ」

 

 つむちゃんが苗字を名乗らなかったのは、家族仲が悪いからだろうか。

 名前をつけてくれたおじいちゃんに関しては、それほど悪い感情を持っていなさそうだったが、父へはわからない。

 

「忙しさを隠せず申し訳ありませんね。急遽時間をつくったために取り繕う暇もありませんで」

「俺はいいけど、ちゃんと娘と話してっか? 仕事人間は家族から嫌われんぞ」

 

 俺も忙しい人間だ。

 腕や目がたくさんあって、全部バラバラに動かして、複数の作業を同時にこなせるのを見せつけられては、素直に羨ましいと思う。

 

 だが、効率を求めるが故に誠意を失いそうなプレイングである。

 俺は糸絡を多忙なお偉いさんとして相手してるから特に何も思わんが、これが自分の親とか兄弟だったら、嫌な態度と思うかもしれない。

 真面目な話してんのにちゃんと聞いてんのかこいつ、聞けてるかどうかじゃなくて聞こうとする態度がなってねえな、とキレる可能性はある。

 少なくとも、つむちゃんはそれでキレてそう。

 

 糸絡は俺と先ほど握手した腕――つまり唯一あいている手で自分の胸元を押さえた。

 

「素晴らしい! 初対面でこれほど私の心をえぐった方は初めてですよ!」

「それって褒めてる?」

「もちろん。敵に回したくありませんね祈さん。これ以上耳に痛い言葉を聞きたくありませんから」

 

 攻撃でなく、善意による忠告のつもりだったが、糸絡には思いのほか刺さりすぎたようだ。

 図星ってことだろう。親子仲悪いんだろうな。

 

「さてヴィラン懐柔の件につきましては是非に仲良くなっていただきたい順番でご案内してもいいですか?」

 

 糸絡が話題を戻したので、俺は対友人の親相手の顔から、対お偉いさん相手の顔に切り替えた。

 

「いいよ。懐柔できる保証はねえからな」

「もちろん承知の上です。こちらとしてもあまり安全を保障できないのですがどうします?」

「努力してくれんなら構わねえよ」

「ええ努力はいたしましょう精いっぱい」

 

 なんちゅうか……俺は嘘だろうが、こういうことを言ってくれる相手の方が好きだ。

 少なくとも今、嘘を感じなかった。

 そもそもこの男からは、大した感情の起伏を感じ取れねえってことではあんだけど。

 

「そんじゃ早速――あ、待てよ。アンタ忙しそうだから今言っとくわ。治療薬に興味ねえか? 今俺が開発中なの知ってるだろ? 人材なり金銭なり支援してくんねえ?」

「暗黙の了解で薄墨をお貸ししている時点で多少のお力添えをさせていただいているつもりでしたが足りませんか?」

 

 ならばもしや、フラックスも、同様に俺に貸しているとでも言うのだろうか。

 ありそうで嫌だ。俺はわざとそのあたりを深く聞かないことにした。

 

「足りねえ。時間がねえ。俺がやりたいことできたら、アンタにもメリットあると思うけど」

 

 俺が自分の右手首を指さすと、4対の目をぱちくりさせたあと、1対の手で拍手を始めた。

 あいている手と、スマホを持っている手の手首あたりを叩くことによる拍手だ。

 

「よくお気づきで!」

 

 そこまで褒められるほどのことでもないと思ったが、ま、褒められるのは嫌いじゃない。

 なんというか、ここまで多忙な人間が、一時的にでも作業を止めて拍手してくれてんだなと思うと、割に嬉しいもんだな。

 

 俺が指摘したのは、糸絡の()()だ。

 

 具体的に言うと、今はノートパソコンを支えている一番下の右腕、その手首から先が義手だった。

 糸絡はすべての手に白い手袋をはめているのでわかりにくかったが、一応俺も再生医療を専門にしている。

 大して動かしていない今の状態では、一見して普通の手に見える。

 

 もっとも大きな違和感は音だ。

 ノートPCの排熱音に隠れた、わずかな機械音。

 腕時計かと思ったが、糸絡は一番上の左腕にスマートウォッチをしているのみだったので違う。

 

 腕の数が多く、目の数も多い人間は、奇異に思われるだろう。

 ならば初対面で、もう一歩踏み込んで、さらにおかしな場所を探すのは、なかなか難しいことなのかもしれない。

 

 糸絡は空いている手を顎に添えた。

 

「私にはたくさんありますのでそれほど困ることはありませんがそうですねえ。大切な部下たちの生存率に関わるお話ですから是非にご検討させていただきますよ」

「やりィ!」

 

 6つあるから1つくらい手がなくとも困らない、というのが真実なのか、強がりなのかは判断できない。

 話は以上だ。お互い多忙の身なので雑談している暇はない。

 糸絡はすぐに別れを切り出した。

 

「それでは祈さん。またお会いできることを心から祈っております」

「だじゃれみてえ」

「祈さんが愉快なお方で嬉しいですよ。何分多忙で仲良くお喋りしてくれる相手がいないんです。いつも裏があるのではないかと疑われ続けて駆け引き駆け引きの繰り返しでは疲れますからねえ。あなたのようにざっくばらんとお話しできる方は大好きです」

「お、じゃあ仲良くできそうだな。俺も人の顔色伺ったりすんの苦手だから。また今度ゆっくり話そうぜ~」

「はあ。そんなことができるようになるまで一体何年かかることやら。手を増やすためにも是非にご助力くださいね祈さん」

 

 6本の腕では、まったく足りていないらしい。

 公務員は大変だな。




初期案では眼鏡3つかけさせてたんですけど、あまりにも作者の贔屓が丸わかりでは!? と思いレンズ6つの多眼用眼鏡に変更。ふう、これなら大丈夫だな。
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