「起こしてごめんなさいね。でもきっと、今訪ねて来ているのは、会っておいた方がいい人よ」
「いいよ。寝てなかったからな」
横たわっている布団に、誰かが近づいてくる気配はしていた。
澪は気配なく移動できるので、わざわざ俺がわかるようにしてくれたのだろう。
憂鬱な気持ちのまま、顔を洗う。
寝間着のままだったが、今はまだ日も昇らない、深夜か早朝か曖昧な時間帯だ。
非常識な時間に尋ねて来る人間に対して、わざわざ普段着に着替える義理もないだろう。
まあ人間じゃないのかもしれないが。
深いため息をついてから、ドアチェーンをつけたまま玄関の扉を開ける。
ドアの隙間から、向こうに立つ人物を確認して、俺は目を見開いた。
「生きてたのか!」
ことはちゃんだった。
ついさっき訃報を聞いたばかりである。誤報だったのか。
俺が次を言うよりもはやく、ことはは頭を下げていた。
「ごめんなさい。期待をうらぎって。しんでいます」
「……ゾンビ?」
「まあ、はい」
俺の気分は、再び沈んだ。
友達を喪った事実は変わらず、なんならもっと厄介な出来事に巻き込まれているのかもしれない。
ゆっくり扉を閉め、ドアチェーンを解除した。
ゾンビだろうが、理性はありそうだった。
いきなり噛みつかれるようなことはないだろう。
そもそもそんなことがあるとすれば、澪が間に入ってくるに決まっている。
ドアを大きく開け、ことはちゃんの姿を改めて確認する。
見た目は生きていた頃のままだ。
欠けている部位もない。
特に腐臭もせず、肩は呼吸のたびに上下している。
俺がドアを開けるまで深く下げていた頭を、ことはちゃんはゆっくり上げた。
唯一出会ったときと異なる部分がある――瞳だ。
眼の色が違う。
焦げ茶だったことはちゃんの瞳は、灰色になっている。
ことはちゃんの能力は心を読む、サイコメトリーだ。
俺が知る限り、2つ以上の能力を持つ異能者はいない。
世界は広いので探せばいるのかもしれないが――まあ全然いそうだな。
なんならナナメさんだってテレパスと未来視の複合能力みたいなもんだ。
ともかく、誰の能力なのかはさして問題ではない。
「そういう能力者が公安にいる?」
「はい。あなたもおあいしていますよ。落合トメさんです」
「……把握した」
ダストなんとか。本人はうろ覚えのヴィラン名を、そう言った。
文脈によっては、灰を意味する。
結局、トメさんの能力を聞くのはすっかり忘れていた。
俺の知らぬトメさんのヴィラン名を、ことはちゃんが教えてくれた。
「ダストリユニオンです」
ダストリユニオン。
「蘇生の条件については秘匿させてくださいね。トメさんの利害にかかわることですから」
「了解だ」
こうしてことはちゃんに能力を行使しているのならば、トメさんの生存は確実だろう。
澪の言っていた通りだ。ことはちゃんの死亡も含めて、情報に間違いはない。
蘇生には条件があるらしい。
当然だ。万能な能力は存在しない。
先述の通り、ことはちゃんは、その能力に関して深い説明をしなかった。
しかし間違いなく、心を読む力は、そのまま保持しているのだろう。
「わたしもD.E.T.O.N.A.T.E.さんとおなじことばを、あなたにかけていいですか? 英語の発音はじしんがないので、くちにはできませんが」
D.E.T.O.N.A.T.E.とは数え切れない言葉を交わしてきたが、ことはが指す言葉がどれなのかは、すぐにわかった。
大切な人を喪ったD.E.T.O.N.A.T.E.へ、すべては俺のせいかと聞いたとき、言われた言葉だ。
俺の表情を見て、ことはちゃんは苦く笑った。
「ごめんなさい。じぶんの言葉にじしんがなくて。あなたがこころゆさぶられた言葉を勝手に引用して、おきにさわりましたか?」
「いや。引用魔の友がいるから慣れてる」
「ふふ。そのカテゴリーにいれてくれるのはうれしいです」
引用魔なのは当然、ナナメさんのことである。
ナナメさんの場合は、
言葉を引用する人間の生きた時代や国を、俺に近づけてくれると真実わかりやすくなるだろうが、人ではないナナメさんにはそのあたりの機微がいまいち理解できないようだ。
人間は人間、でひとくくりなのかもしれないな。
引用元を調べるのも面白いので、ナナメさんはあのままで構わない。
「ビットヴァイン――紡ちゃんは当然、無事ですよ。糸絡さんがそんなヘマするわけがありませんから」
「そっか。なら安心だ」
つむちゃんが無事なのは嬉しい。
その上で、糸絡さんが娘を愛する気持ちが本当らしい、という事実に安心できる。
「異能者における死者はわたしくらいですよ。あんしん……は、できませんね。協力的でないヴィランは、みんな逃げ出してしまいましたから」
憂鬱になる報告だった。前半も、後半もだ。
ヴィランが逃げ出したのは頭が痛い。今頃ライデンが泣いているかもしれない。
あれだけ苦労して捕まえたというのに。
それから――公安に所属する、異能者ではない人は、もっと死んだのだろう。
「月島教授はぶじですよ」
「そうか」
ことはちゃんが、
「ごめんなさい。わたしの死を、そんなに悼んでくれるとはおもってなくて」
「……悲しいよ、そりゃ。またこうして会えるのか?」
「はい。祈さんがいやでなければ、またあいにきます」
「俺が嫌じゃないかは、ことはちゃんの方がわかるだろう」
へにゃりと眉を下げたことはちゃんは、おずおずと言葉を口にした。
「わたしと話すのは疲れますよね。負担になってしまうのは、本意ではないので」
「D.E.T.O.N.A.T.E.の言葉を引用したんだ。過去の俺がどう感じたのか、というのも読めるんだろう。君が死んだという話を聞いて、俺がどう思ったのか、わかるよな?」
無言でことはちゃんを見つめると、彼女の目尻からぽろりと涙がこぼれた。
ぎょっとしてしまったが、ある意味当然だった。
俺の気持ちをそのまま理解できるのなら――ことはちゃんなら、俺の代わりに泣いてくれる。
「……悪い。悲しませたいわけじゃなかった」
「いいえ、これはうれしなみだですよ。なんだか、生きていてよかったなあっておもったんです。いまは死んでますけど」
笑えないジョークだ。
「祈さん、それは杞憂です。トメさんの能力がそれほど万能だったら、世の中にはもっと死者がうろうろしているはずでしょう?」
「面影がいるだろ?」
面影ならトメさんの能力をコピーできる。
増やせる死者の量は2倍になる――いや、あのトメさんがホイホイと公安の言うことを聞くとは思えないが。
面影ならばホイホイ言うことを聞くところを想像できる。
「ふふ。祈さんったら。面影さんを扱いやすいとおもっているのは、あなたくらいですよ」
「まァじ?」
あんなに御しやすいのに?
主人と決めた人間以外には噛みつきまくる狂犬なんかな。
何分、俺を前にした面影しか観測していないため、いまいちイメージできない。
しかし、心を読める人間が面影を厄介と称するのなら、それは真実なのだろう。
「でも、わたしもあなたに、面影さんみたいにおもわれたいです。こまったらきっと、わたしを頼ってくださいね」
「おおう……」
「七夕の短冊にはそうかきたいなって、いまはおもいます」
「そっか」
できるだけ難しいことを考えるのはやめた。
いつもならば思考から逃げているような罪悪感を覚えるが、ことはちゃんを目の前にしている今ならば、彼女への配慮として言い訳にできる。
ことはちゃんと対面するのは疲れるが、同時に、リラックスできる部分もあった。
不思議でおもしろい感覚だった。
できれば彼女が生きている間に、もっとそれを楽しみたかった。
ことはちゃんは、俺に死亡を知らせるために来たらしい。
もう帰りますと言って、死んでしまった不幸を感じさせない笑顔を見せた。
「地獄もあんがい、いいところですよ。現世とさほど、かわりません」
「そりゃ……人によっちゃ、絶望する発言なんじゃねえかなあ……」
俺は心が読めないので、ことはちゃんの発言が
不思議な力を使う生き物が、世の中にはたくさんいるのだ。
死後の世界くらいあったって、不思議じゃない。
閻魔大王ってマジでいるのかもな。
適当なこと言いまくってるから、俺は死後舌を抜かれるだろう。やだー。
「いつかは遊びにきてくださいね」
「ああ、いつかな」
死ぬ楽しみが一個増えたな、と俺は思った。
すごすぎて実感わいてないんですが、D.E.T.O.N.A.T.E.のぬいをつくってもらいました
で、D.E.T.O.N.A.T.E.のぬい!? https://privatter.me/page/68b2b03611109?p=4