大学から帰ってきたら、俺の家がなくなっていた。
更地になっている。
瓦礫はいくらか積みあがっているが、それがかつて俺の家だったとは信じたくない。
規制線がはられ、パトカーや消防車が何台もとまっている。
一応、目の前の光景が幻覚でないかを疑い、目を擦っておいた。
フラックスではなく、人間の姿で、澪がいつのまにか俺の隣に立っていた。
そして、俺の肩にそっと手を置く。
「残念だけど、現実だわ……」
「誰のせいだと思う? 俺はね、俺のせいだと思うわ」
「そんな悲しい
なんというか……そりゃ、こういう日もあるだろうなあ……という感じである。
ヴィランが寿司詰め状態の狭い家は、いつ崩壊してもおかしくはなかった。
こうも物理的に崩壊するとは……いや、正直少し、覚悟はしていた。
だが、俺の覚悟は甘かったらしい。思っていたよりもショックだ。
これからどうしようなあ。しばらく呆然としてしまった。
ぼんやりしていると、忙しなく動き回る警官たちの中に、見覚えのあるヒーロースーツが見えた。
警官と軽く何かを話しているようだ。
事情聴取されているのか、警察と連携をとっているのかはわからないが、後者であってくれ。
向こうも俺に気づいたらしい。
軽く手を振ってやる。
すると瞬きの間に、ライデンが俺の目の前までやってきた。
「いいとこに。ライデン、ハグしようぜ」
「何!? え、な……何!?」
俺の申し出に対し、ライデンは数歩後ずさった。
嫌ってことか。
「じゃあ澪でいいや」
俺が方向を変え、澪に向き直ると、俺と澪の間にライデンがチョップで割り込んできた。
「お待ちください」
「急に敬語」
澪は笑顔で両手を広げた。
「じゃあアタシとライデンでハグしましょ♡」
「俺も混ぜろよッ! 俺が提案者だろッ!」
「本当に何!?」
困惑するライデンを放置し、俺は2回地団太を踏み、それから深呼吸をした。
じっとりした目でライデンを睨む。
「まったくお前は察しが悪いな。しんどいことがあって心が弱ってんだ、極まってんだよ。ストレス緩和にハグが有効であることに関してはいくつも論文があるんだぜ、どれかは読んだことあるだろ」
「祈。学生じゃない、普通の人は、自発的に論文を読まないんだよ。特に専門外の論文はね」
「嘘だろ?」
心理学がヒーローの専門外であるかどうかの議論は一旦置いておこう。
だって薄墨は……あいつが普通の人なわけがなかった。医療畑だ。
仁だって……ヴィランって普通の人間ではない?
すだまも……あいつ人間じゃなかった。
異能を持たない知り合いは、ほとんど学生だ。
文系理系に関わらず、論文を読んでいて当たり前である。
俺の交友関係がおかしいせいで、俺の中の普通という軸が狂っている?
新事実に困惑し、俺はうろたえた。
「じゃあ……この場で講義するか? レジュメはねえけど、論文なら記憶してるから……」
「わかった、とりあえず祈がとても弱っているということは」
ライデンは俺の発言を途中で制した。
俺はもっと困惑した。今のどこに弱っている要素が?
「どうぞ」
先ほどまでキョドっていたとは思えないほどあっさり、ライデンは堂々両手を広げた。
経緯はよくわからんが、目的は達成できそうだ。
俺は遠慮なく、そこに抱き着いた。
ライデンの胸元に顔を押し付け、くぐもった声で俺は叫んだ。
「家がねえーッ! 俺の借家がーッ!!」
「……ここに住んでたの!?」
俺がなぜ落ち込んでいたのか、ライデンはようやく把握したようだ。
そうだよ、ここに住んでたんだよ。なんにもないから信じられねえよな。
まずここに家があったという事実さえ信じがたいほどなにもなくなっている。
ストレスをなんとかしたくて、ライデンに頭をぐりぐり押し付ける。
体幹がしっかりしているため、微動だにしない。
胸筋も腹筋も硬え。くそっ羨ましいな。
ライデンに抱き着きながら頭突きするような体勢のまま、俺は言った。
「ヒーローなら落ち込む市民に慰めの言葉くらいかけろや」
「大変申し訳ございませんでした。原因究明を徹底し、再発防止に努めていきたいと考えております」
「謝罪会見?」
ボケかと思ったが、この感じは違うようだ。
つまり……ライデンは俺に、謝罪の必要があると考えている。
ってなると、大体理由は見えてくるな。
ライデンの背後に回した手で、ぽんぽんと背中をたたいてやる。
「いいよライデン、気にするな。こうなったのが誰のせいだろうが、結果は変わらねえからな」
「本当にごめんね。何度も戦ってるのに、アイアンクラッド相手だと被害を抑えるのが難しくて」
「ふうー……」
やっぱちょっと結果が変わるかもしんねえ。
もしかして俺が見てない間に、俺の家が変形合体して巨大ロボになったりしたか?
家の中にいる間にそんなことになったらふざけるなと思うが、外にいる間だったらちょっと見たかったが?
やっぱ家がなくなったのは俺のせいだったな。
仁を家に置いとく以上、こうなることくらい誰にでも想像できる。
長くもった方だと思おう。
弁償責任が俺に降りかかるようだったら、考えを変える。
アイアンクラッドはヴィランだし、俺の家に不法侵入していたという線でなんとかならねえだろうか。
俺は金のない苦学生だ。アパート一棟などどうしようもない。
ともかく、怪我人が出ていないことを祈るばかりだ。
すだま大丈夫かな。このくらいの時間なら、スーパーの安売りへ繰り出している気もするが。
「ヴィランが集団脱走したらしくて、ちょっと俺も手が回らなくてさ」
「あー」
頭の上から降ってきたぼやきに、雑に相槌をうつ。
公安がヴィランを拘束していた建物が破壊されたことで、かつてライデンが捕まえたヴィランが何人も逃げ出した。
当然頭が痛いだろう。胃も痛くなっているかもしれない。労しいぜ。
「俺ももうちょっと頑張ればよかったな」
「祈は何を頑張る気だったの?」
そりゃあ、ヴィランの懐柔である。
俺がもっと多くを仲間へ引き込めていれば、ライデンがもう一度捕縛に動く回数も減っていたはずだ。
2番目にサイコメトリーを紹介するのは間違いである。
絶対俺が摩耗するだろ。もっと簡単なのがいたはすだ。
難易度順ではなく、是非に仲間にしたい順――あれは真実だったのだろうか?
俺に協力的なヴィランを増やしすぎない、という糸絡さんの策だったのか?
ま、考えても無駄だ。
日本の政治を転がしているような男の考えは、俺にはわからん。
「危ないことしてないよね?」
ライデンから疑いの声をかけられ、俺は別の人間に判断を任せた。
「どう思う、澪」
「してると思うわよ」
一瞬で澪に裏切られた。
澪の手が届かない、公安内部に踏み込んだ件への意趣返しかもしれない。
「祈、ちょっと話そうか?」
「ヴィランの集団脱走で手が回らねえって話はどうなった?」
俺の言葉にライデンは、くっ……! とひるんだ。レスバに弱すぎる。
誠実に生きているやつは大変だな。
俺は適当にやらしてもらっているので、世間様からの好感度の管理はしていない。
悪いやつだと思われてもいいからな。あげ足を取るのにもためらいがないぜ。
「っし、だいぶ元気になったわ。ありがとな、ライデン」
ライデンに抱き着くのを止め、俺は親指を立てた。
ライデンも軽い調子で、親指を立てて返してくる。
「ヒーローだからね。お役に立てたならなにより」
「この礼は体で返すわ」
「はあ!?」
おっといけねえ。俺は未だ、自分が美少女である自覚を完全に失うことがある。
今のはえっちな意味にとられて当然の発言だった。
おっさんが言ったら、バカヤロ、となるだけの冗談なんだがな。
改めて言い直す。
「お前がしんどくなったらハグしてやるよ。いつでも来な、何処までもクレバーに抱きしめてやるぜ」
「ああそういう。いや、クレバーに抱くのがどんななのかはわからないけど」
「今やってみせてやろうか?」
俺も知らないので勘になる。
ライデンは肩をすくめた。
「また今度ね」
「おー。それまで死ぬなよ」
「そっちこそ!」
そう言って、稲妻のようなスピードでライデンは去った。
俺の再生能力を山ほど見てきたはずなのに、ライデンが未だにそんなこと言ってくるのがおもしろかった。
ま、ナナメさん曰く、俺も死ぬことがあるらしいからな。
俺はライデンの言葉を、素直に受け止めることとした。
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