すだまから連絡があったのは、ネムネムランドの入り口で待つ、ということだった。
遊園地の中に入る段階で、澪はいつのまにかいなくなっていた。
神出鬼没なのはいつものことだ。今回は入園料を浮かせたかったのだろうか。
問題は、すだまがどこまでを「入口」だと思っているのか、という話だが――荷物検査を終え、ゲートをくぐると、こどもたちがわいわい騒いでいる。
中心に見えるのは狐耳である。迷子にはならなかったようで一安心だ。
「きつねさ~ん! こんこんして~!」
「しかたがないのう。ほら、こ~んこん」
すだまがこどもたちに向け、両手を狐の形にし、本物の狐とは似ても似つかない鳴き真似をする。
場はドッと沸いた。すっげ。教育番組みたい。
すでにこどもたちの心はすだまに鷲掴みにされているらしい。
「祈!」
俺に気づいたすだまは顔を輝かせ、すぐにこちらへ駆け寄って来た。
すだまに群がっていたこどもたちが、不満げな顔をしている。
中には俺を睨みつけてくるやつすらいる。将来有望だなおい。
「おう、すだま。馴染みすぎて、ここの
「ここではゆっくり話もできぬ。おいで」
間髪入れず、すだまは俺の手を握った。
そのまま歩き出したので、先ほどまで構われていたこどもは皆悲しみ、不満そうな顔になる。
うお、俺が悪役みてえ。
「きつねさん~!」
「いっちゃうの~?」
すだまは、不満を言いに近寄ってきたこどもたちの頭を、ひとりひとり撫でた。
「すまぬな。縁があればまた会えるじゃろう」
最後に、落ち込んだ顔をしていたものの、すだまには寄ってこなかったこどもには、すだまから近づいていって、頭を撫でてやっていた。
その子は顔を輝かせて、にこにこと手を振りながら、俺たちを見送った。
――ファンサが手厚すぎる。
もうこりゃグリーティングだ。
この一瞬で、未来ある彼らの性癖が、おかしくなっちゃっていなければいいが。
「マジでなんで遊園地?」
手を引かれながら、俺は聞く。
すだまはいつになく早歩きで、俺はついていくため必死に足を動かしていた。
「ネムネムとやらは、お主の友と聞いておったが?」
「ああ。そりゃそうなんだけど、なんでネムネム?」
「向こうから来おった。仁と
「ああ、俺ではねえな」
アイアンクラッドとライデンの争いへ、
ネムネムランドには城がある。名前はそのままネムネム
パークの中央に存在しており、ランドのどこにいても見える名所だ。
だが、ネムネム城はアトラクションではない。一般入場不可。
背景にして、写真を撮るだけの施設だ。
なぜなのか?
皆は「ネムネム城には、ネムネムが住んでいるから」と納得している。
事実、パレードの際には城門から、たくさんのネムネムが現れるのだ。
夢のないやつは、ネムネム城を、控室、事務室、バックルーム、と思っているのだろう。
俺は逆に夢を見ていて、ネムネム城の中はマジの城砦になっていてほしい派だ――とはいえ、実は中に入ったことがある。
入ってすぐのエントランスまでだ。
ネムネムは城の中を案内したがったが、俺は城砦説を失いたくなかったため断った。
あとはなんかこう、遊園地のバックヤード的な場所って、見ちゃいけないもの多そうだからだ。
そんなネムネム城、城門の前にすだまと俺が立つと、内側から勝手に門が開いた。
俺は何度入っても緊張するが、すだまはなにも気にしていない様子で俺を引っ張っていく。
城内に一歩踏み入れた瞬間、外の喧騒は一瞬にして遠ざかった。
赤い絨毯が真っ直ぐに伸び、その両脇に大階段が左右対称にそびえ立つ。
天井から吊るされたシャンデリアの光がきらめき、石造りの壁と、そこに飾られたタペストリーを照らし出す。
足音が高く反響して、まるで本物の城に迷い込んだかのようだ。
ただ、隅に光る非常口の緑の表示だけが、ここが遊園地であることを思い出させた。
ホテルのエントランスのように、いくつかの机とソファが置いてある。
俺がネムネムとゆっくり話す――無論発音しているのは俺だけだが――際には、よくそこを利用したものだ。
今は、死ぬほど、いや、殺しそうなほど不機嫌な仁がソファで貧乏ゆすりしていて、石壁の隅っこにD.E.T.O.N.A.T.E.が立ち尽くしている。
やはり俺の心配事はあたったようだ。
荘厳な城が一気にお化け屋敷みたいになってるじゃねえか。
一般人が立ち入りできないエリアにいてくれてよかった。
「さて、ゆっくり話せる場所まで来たな」
すだまは手をはなし、俺と向き合った。
「では問おう――その
言われた瞬間は、なんのこっちゃ、と思った。
だがすぐに思い当たる。俺ってドッグフードのにおいでもしてんのかなと思ったばかりだ。
野良猫撫でて帰ったら、家猫に嫉妬されるみてえなアレか?
しかし、事態はそれほど呑気なものではなかった。
すだまの殺気は本物だ。
普段仁を相手にしているんだ。殺す気があるかないかくらい、すぐにわかる。
「どこの馬の骨に穢された。――いや、いや。言わぬでよい。においで充分追える。わしが
「待て。すだま、待て」
毛を逆立たせているすだまに、落ち着くよう呼びかける。
しばらく、瞳孔の開ききった目で俺を見ていたすだまは、大きく口を開けてため息をついた。
真っ赤な舌と、鋭い牙が覗いている。
「わしの祈に、いい度胸だのう。まったく、少し目を離したらこれじゃ。あまり魅力を振りまくでない」
瞬間、俺の全身が燃え上がる。
「うおーっ!? なにやってんだ!?」
青い炎だ。情緒をおかしくしたインフェルナを思い出す。
だが、熱くはなかった。
すだまはなんでもないように、説明した。
「浄化じゃな。清めるには水か炎がよい」
「すだま……! おま、お前さあ……!」
火はすぐに消えた。
だが、俺の心臓は早鐘を打っている。
なにしろ俺は、最近全身丸焼けになったばかりだ。
「おおすまぬ、怯えさせてしもうたか。わしの未熟さ故、祈の事情にまで考えが及ばなんだ」
「それでお前の気が済むんならいいけどよ……」
遊園地なんて火気厳禁に決まってんだろマジで。
俺は山ほどある文句を、なんとか飲み込んだ。
一応こいつ、俺がこんがり焼けたのをその場で見ているはずなんだが?
しかし、今のすだまは情緒がおかしくなっている。下手に刺激しない方が良いだろう。
すだまは耳を手前に傾け、しゅんとしている。
「すまぬ……」
「いいよ、許す許す。俺も今度から犬に舐められねえようにすっから」
「よい心がけじゃ」
すだまは満足そうに頷いて、こう言った。
「わしは用事を思い出した。わしらがここにきた、詳しい事情は他のものから聞くがよい」
「それはいいが……殺すなよ? なあ? 大丈夫だよな?」
「ああ。
すだまはにっこり笑ったが、瞳孔が縦に割けている。
「言葉が理解できぬものへのやり方を、してくるだけじゃからな」
指の骨をポキポキと鳴らし、やる気満々のようだった。
かつてすだまにD.E.T.O.N.A.T.E.を紹介した際、「知能が足りないあやかしへの対応」とやらをやろうとした。
具体的な内容としては「まず上下関係を教えるために叩きのめす」。
……不思議犬、南無。
よっぽど邪悪な存在でなければ、すだまが面倒見るだろう。
すだまは根っからの世話焼きだからな。
「やりすぎんなよー」
すだまの背中に声をかけ、見送る。
さて、こいつらがここにいる事情を聞こうにも、まともに喋れる奴がここにはいない。
仁の言葉はすぐ罵倒になるし、D.E.T.O.N.A.T.E.はD.E.T.O.N.A.T.E.だ。
ネムネムは見当たらないが、ネムネムもジェスチャーしかできない。
……やはり俺はすだまを引き止めるべきだったのでは?
まあいい。順番にやるべきことをやっていこう。
「仁、俺に言いたいことある?」
「……」
「ないならいいんだわ。新しい家みっけたら住む?」
「はァ?」
仁は素っ頓狂な声を上げ、意味がわからないものを見る目で俺を見た。
その程度のリアクションは想定内だ。動じることはない。
俺は再び、同じ提案をした。
「住む?」
「……広いならな」
仁はそっぽを向きながら、そう言った。
ツンデレのデレなんかな、これ。
直前に家破壊されてるからあんま嬉しくねえかも。
俺では仁を扱うことはできないが、俺以上に仁を扱えるやつもいねえんだから仕方がない。
小粋なジョークを言って、仁の殺気を紛らわせられるやつが、俺以外にもいたらいいんだけどな。
「次家壊すなら、変形合体ロボにした上で俺に見せてくれるか?」
「死ね」
まあ、この小粋なジョークは不発に終わったわけだが。