仁との会話中、気になっていたものがある。
もちろん、隅っこで棒立ちしているD.E.T.O.N.A.T.E.のことではない。
奥にある扉から、こちらを遠慮がちに覗いている男性のことだ。
目が合うと、ビクッと肩を揺らし、扉がバタンと閉まった。
見たことない顔だが、ネムネム城の中にいるということは、ネムネムの関係者か?
あるいは仁やD.E.T.O.N.A.T.E.側の――こいつらに友達いるわけねえか。
向こう側でしばらくドタバタと音がしたかと思うと、両開きの扉はゆっくり開いた。
扉を開ける役目を果たしたのは――2匹のミニネムネムだ!
ミニネムネムがパレードに参加しているのは見たことあるが、俺と会う時のネムネムはいつも等身大であるため、これほど近くでミニネムネムを見るのは初めてだ。
白と黒のミニネムネムたちの間をゆっくり歩いて出てきたのは、ドアの隙間からこちらを覗いていた男性だった。
先ほどは少ししか見えなかったが、今は全身が見える。
彼は杖をついた壮年の男性だった。
体重のかけ方から、右足に問題があることがわかる。
杖をつけば歩けはするようだが、非常にゆっくりとした歩み方を見るに、彼が足に抱える問題は深刻そうだ。
壮年の紳士は、仕立てのよいスリーピースに身を包み、片眼鏡の奥から静かな眼差しを向けていた。
右足を庇うように杖を突く姿は、それでも威厳を損なわず、むしろ一歩ごとの間に気品を漂わせている。
その杖の先には、場違いなほど愛嬌のあるネムネムが金細工で飾られており、重厚さと滑稽さが奇妙に調和していた。
紳士は俺の目の前で立ち止まり、杖を持っていない方の手を、ポケットの中にいれた。
取り出したのは、ネムネムのキーホルダーだ。
そのキーホルダーを自身の顔の脇まで持ち上げ、紳士は微笑んだ。
目尻の笑い皺が強調され、チャーミングである。
俺は彼の動作、その意味を考えた。
この感覚には覚えがある。
まるでジェスチャーゲーム。
変な交友関係を持っている俺だが、言葉を介さずに意思疎通を行わなければならない相手は、そういない。
「……ネムネム?」
紳士は笑みを深くし、頷いた。
ネムネムのキーホルダーを、そのまま差し出してくる。
くれるということ――いや、違う。
そのネムネムのキーホルダーには、見覚えがある。
全体的に灰色がかったカラーリング。
こないだ俺が、ゆらちゃんとお揃いで買ったキーホルダーの片割れ。
俺が手を差し出すと、紳士は俺の手のひらの上に、そっとネムネムキーホルダーを置いた。
俺の記憶より、キーホルダーのネムネムはくたびれていた。
非常によく繕われているが、首元に修繕のあとがある。
首がちぎれたか、ちぎれかけたかしたのだろう。
すだまは、ライデンとアイアンクラッドの争いを、ネムネムが仲裁したと言った。
そのネムネムは――もしかしてこのキーホルダーのネムネム、なのか?
俺の家からネムネムランドはそれほど近いというわけではなかった。
それに、遊園地の外にネムネムがいるのを見たこともない。
だからなぜ、ネムネムが俺の家に来たのか、不思議だったのだ。
ネムネムは複数いる。複数同時に動いている。
着ぐるみのネムネムだけでなく、お土産として売られているぬいぐるみやキーホルダーも、ネムネムなのか?
手の中のキーホルダーが、動き出す気配はない。
「ネムネム……で、いいのか?」
キーホルダーを受け取ったときと似たようなことを、俺は再度口にした。
だが、今度は意味が異なる。目の前の紳士への問いかけだ。
紳士は笑みを深め、なにもかもわかっていると言いたげに、ゆっくり頷いた。
俺は少し考えた後、キーホルダーをポケットにしまい、再び手を差し出した。
紳士は意図を察し、俺が差し出した手を握って、握手してくれた。
体温を感じるし、人間の皮膚だと思われる。
そういう
D.E.T.O.N.A.T.E.のときにも思った感想だ。紳士は少し、人間味というのが薄かった。
この場合はひとまず、彼がネムネムを操作している能力者、という認識でいいのだろうかね。
幻滅はしないがビビるよ。
いいのか? 俺、中の人見ちゃっても?
ヒーローの素顔見るよりも、いけないことしているような気がするのだが。
俺が黙っていると、穏やかな面持ちだった紳士は眉を下げた。
杖を腕にひっかけ、両手の人差し指を立て、指同士をつんつん、と合わせている。
もじもじ、気まずい、不安、といったジェスチャーだろう。
「ああいや、たぶんお前の心配は無用だよ。別のことを考えてた」
きっと、こんなのがネムネムの正体で、幻滅したかどうか、を気にしたのだろう。
俺がその程度を気にするわけがないことは、友達を一覧にして並べたらわかることだ。
困惑した理由は別にある。
「んー……良かったのか? お前の姿ってのは、別に大した秘密ではない?」
紳士は首を縦に振った後、横に振った。
俺に姿を見せるのは構わないから、うん。
姿を晒すことは大した秘密だから、いいえ。
「俺はお前から、信頼を得られてるってことで良い?」
うん、うん、と何度も大きく頷く、この紳士の動作には、非常に覚えがある。
ネムネムの頷き方にそっくり――やっぱり目の前の紳士が、ネムネム本人なのだ。
だったらちょっとは納得できるよ、ふかふかの番人・ネムネムって称号が。
てかこの場合、ふかふかの番人&ネムネムなのでは?
この紳士本体の名前がネムネムでいいんか?
ジェスチャーで名前まで聞けねえよ。
「お前のことは、変わらずネムネムって呼んでいいのか?」
紳士は再び、うん、うん、と何度も大きく頷いた。
あっという間だが、もうすでにこのネムネムに慣れてきた。
なにしろ動きがまったく同じなのだ。
ネムネムとの会話は動きで行ってきたのだから、尚更見た目よりも動作が本人証明になる。
「そっか。いやしまったなァ~……だったら手土産買ってくればよかった。ネムネムが何燃料にしてるかがわからんかったんでやめたが、菓子折り食う口あるんじゃねえか」
ネムネムは愉快そうに肩を揺らした。
俺の発言のどこかが面白かったらしい。燃料かな。
ネムネムが軽油で動いてるって言われるよりは、人間が操作してますって言われるほうが夢が壊れない。
「で、だ。ここに俺の居候くんたちがいる詳しい事情は、他の奴に聞けってすだまに言われたんだよ。ネムネムに聞いていいのか?」
深くゆっくり頷いたネムネムは、杖をついていない方の手を、頭の上に置いた。
これに近いジェスチャーは見たことがある。
「雪狐?」
紳士のネムネムは杖をついているので、片手しか使っていない。
だから片耳だけを表現したのかと思ったが、ぶんぶん首を横に振られた。
しかし、耳という線はあっていそうだ。たしかに、狐ならもう一匹いたな。
「すだま?」
にっこり笑ったネムネムは、続いて、手で親指と、残りの指をパクパクさせた。
「すだまの言った内容?」
ネムネムは、ビシッと親指を立てた。
すだまの発言――どれだよ。
とりあえずはネムネムランドに来てからの発言でいいのか?
「んじゃ全部順番に言うから、当たってたら頷けよ。ここではゆっくり話もできぬ。おいで」
ネムネムは首を横に振る。
「すまぬな。縁があればまた会えるじゃろう」
ネムネムは首を横に振る。
「ネムネムとやらは、お主の友と聞いておったが?」
ネムネムは手を頬へ添え、はにかんだ。
これの発言について言及したかったようだ。
「早めに正解があってよかったわ」
「聞いてるこっちは面白かったわよ」
いつの間にかフラックス姿の澪がいて、俺とネムネムのやり取りを面白がっていた。
すだまの物まねをする俺を見て楽しんでいる場合か。
「こいつ入園料払ってないが、ネムネム的に侵入者じゃねえ? 大丈夫? 俺が代わりに払っとくか?」
ネムネムは笑いながら、手をひらひら振った。
構わないよということだ。
太っ腹だ。どうせ仁もD.E.T.O.N.A.T.E.もすだまも、誰も入園料払ってねえんだろう。
俺だってネムネムに押し付けられた年間パスポートでの入園だから、金を払っていないのと同じようなものだが。
話を戻そう。
ネムネムが言いたかったのはすだまの発言「ネムネムとやらは、お主の友と聞いておったが?」だった。
俺がネムネムに尋ねたのは、なぜ俺たちを匿ってくれているのか。
その答えがそれなのだとすれば。
「つまり――俺とネムネムが友達だから、助けてくれたってことか?」
ネムネムは杖を持ち上げ、軽くカツンと床へ打ち付けた。
「友達の友達は友達、ということ?」
ネムネムは満面の笑みで、うん、うん、と何度も頷いた。
「やっぱネムネムはいいな、解釈一致だ」
着ぐるみから人間になろうが、本質は変わらない。
そもそも人間は最初っからいて、裏でネムネムたちを操っていたわけだ。
俺だってそういう可能性は当然考えていた。
そりゃあ、ぬいぐるみの種族がいるファンシーな世界だったら夢があるなあ、とはちょっとばかし期待していた。
しかしその予想が外れたところで、俺とネムネムの友情が消えてなくなるわけではない。
おじさんを美女に変えたので、マスコットをおじさんに変えても怒られないかなって……