俺とネムネム、そして澪は同じテーブルにつき、歓談していた。
目の前にいるネムネムが人間の姿をしているのには、流石にまだ慣れない。
別のテーブルでしかめっ面をしている仁と、相変わらず隅っこで立っているD.E.T.O.N.A.T.E.に視線をやりつつ、俺は問うた。
「澪は知ってたか? ネムネムの中身」
「お会いするのは初めてね。きちんと人間って種族らしい、なんてことを知ったのも初めてよ」
「うわ、公安すら知らねえかもしれん情報を俺に? ちっとばかしプレッシャーだな。口は堅い方だけどよ、拷問されるのは好かねえぜ」
「好きな人がいるわけないじゃない?」
そりゃそうだ。
拷問されてもネムネムのことを話さない、という決意はすでにある。
拷問されたら嫌すぎるだろ、の気持ちも、すでにあるというだけだ。
物騒な話題に、ネムネムが眉をしょんぼり下げた。
おっといけない。俺と澪の会話は、倫理と配慮を失いがちだ。
話題を変えてくれたのは澪である。
「彼の姿は知らなかったけれど――ネムネムランドのことは、公安やヴィランなら誰でも知っているわ。この遊園地はね、ネムネムの領地なの。彼の国なのよ」
「おん」
俺の生返事を受けて、澪はより詳しく説明した。
「ほとんど言葉通りの意味よ。この領域は治外法権だから」
「話変わってきたな」
ネムネムランドにおけるランドが、マジの
日本の中に別の国があると? 初耳だぜ。
驚きの目線を込めてネムネムを見るが、彼は穏やかに微笑んでいるだけだ。
「具体的にどういう特権があるのかは糸絡が詳しいのでしょうけれど、つまり、ネムネムは糸絡と張り合えるくらいには力があるわ」
「……単独で、公安トップクラスのお偉いさんと?」
「単独にして群だからでしょ」
聞いたことのない言葉だ。確かにネムネムはいっぱいいるが、そういう意味だろうか。
ネムネムは俺たちの話を聞きながら、はにかんでいる。
ちょっと照れるなあ、で済ませて良い話の規模じゃねえ気がするんだが。
澪の発言に対して疑問を投じる前に、別の声がかかる。
「おい」
とてつもなく珍しいことに、俺に声をかけたのは仁だった。
自分から話しかけてくることなど滅多にない。
ってなると、まあ厄介ごと、忠告、あるいは事件だろうな。
「仁、どした?」
「きなくせェ」
つい、鼻をすん、と鳴らしてにおいを嗅いでしまうが、特に火や煙のにおいはしなかった。
不穏な空気という意味だろう――仁が警察犬、あるいは海中のサメほどの感覚を持っているなら、話は変わってくるが。
見た目からはあまり想像できないが、仁は情報通だ。
とにかく耳が早い。
俺達の中で、インフェルナの闇落ちにもっともはやく気づいたのは仁だった。
今回仁は情報端末を持っていないので、どういった方法で事件を察知しているのかは不明だ。
センサーでもついてんのか?
金属を操る能力からはあまり想像できねえが、能力は応用してなんぼだ。
可能性は否定できない。実はどっかにアンテナがついてたり?
途端、城門が激しい音を立てて開いた。
やって来たのはネムネムだ――これは、着ぐるみの方である。
クリーム色をしたネムネムは、人型のネムネムへ、手旗信号のように素早くジェスチャーを繰り出した。
俺には半分も理解できなかった。
なにか大変なことが起きているので、急いで来てくれ、くらいはわかった。
澪が呟く。
「敵襲ね」
「な……! 澪、お、お前、俺よりネムネムのジェスチャーを理解して……!?」
ショックで俺が口元を覆うと、オパール色の瞳をきらきらさせながら、澪も軽く口を覆った。
「嫉妬されるのは好きだけど、今回のはちょっと複雑なキモチね」
嫉妬。これは嫉妬なのか。
そうかもしれない。
ネムネムとの付き合いは俺の方が長いはずだ。
そのくせ、澪のほうがネムネムを理解しているような気がして、俺は拗ねているわけだ。
自分が何に動揺しているか理解すれば、頭は冷静になる。
俺は口元を覆っていた手を外し、頭の後ろで両手を組んだ。
「しょうがねえだろ、俺だってまだガキだぜ。友達が友達にとられた気分になることくらいあるさ」
「ガキの物言いじゃないのよ、そういうのが……」
椅子の背もたれにぐでんと体重を預けた俺を見て、澪はため息をついた。
「種明かししてあげますけどね、ジェスチャーの一部に公安でも使われてる
「なーんだ。どれかは教えてくれるのか?」
俺の言葉に応えたのは、先ほど駈け込んで来たばかりの、クリーム色のネムネムだった。
右の手を持ち上げ、手のひらをグーとパー、交互に繰り出すこと3回。
先ほどバタバタと繰り出していたジェスチャーの中に、確かに含まれていた動作だ。
当然、ネムネムは喋れないから、意味を解説してくれるのは澪だ。
「殺してもいいから排除せよ、ね」
「うおーい思ってたより物騒なジェスチャーじゃねえか」
そんなことを、こんなにかわいいネムネムが表現したのか? 本当に?
疑わしげな表情をネムネム(着ぐるみではない)に向けると、彼ははにかんだ。
――その意味で、そのジェスチャーを使ったということで、良いらしい。
いや大丈夫だ。
まだ、この程度で俺の中のかわいいネムネム像は崩れない。
ネムネム(着ぐるみ)が目の前で大虐殺を始めたらさすがに崩壊すると思うが、そこまでいかなければ、うん、耐えられるはずだ。
「心配しなくて大丈夫よ。遊園地が創設されて以来、この領域が揺らいだことは一度もないの」
「そりゃ、経営難っつー話は聞いたことねえけどお……」
当然、そういう話ではないのだろう。
「事情を知らない人には、呑気な響きに聞こえるのでしょうね――ふかふかの番人、って呼び名は」
今のところ俺にも、その呼び名は間抜けに聞こえる。
ネムネムの中――後ろ? に人がいるということがわかった今でも、ふかふかの番人って結局なんだよ、という疑問はあるし。
クリーム色のネムネムはとてとて歩き、城の門を開けた。
出ていくのかと思いきや、こちらを伺い、門を押さえたまま留まっている。
椅子から立ち上がった人間の方のネムネムは、俺に手を差し出した。
手の角度的に握手じゃねえな、さっきやったし。
少し迷ったが、俺はネムネムの手に、自分の手を重ねた。
これは、エスコートってやつである。
性にあわんので断ろうかと思ったが、ジェスチャーでしか意思を伝えられない相手に対し、適切なお断りをできる自信がなかったので、受けた。
さて、これから俺はどこに連れてってもらえんのかね。