愚者は羊と地獄に落ちる   作:ラム方

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 学園都市キヴォトス。数千の様々な学園と、広大な土地を有するこの都市を運営するのは各学園より優秀と認定された生徒で構成された連邦生徒会である。

 生徒、子供の組織と侮るなかれ。連邦生徒会長をトップに据えて、その下に十一の部署で業務を行う行政委員会と、それら委員会を取りまとめる統括室によって構成される。

 

 その一つ。主に連邦生徒会の武力を担当し、直轄の組織としてヴァルキューレ警察学校の指揮権も有する部署がある。

 防衛室と呼ばれる主にキヴォトスの治安維持を任せられた部屋。

 

 室長は、不知火カヤ。小柄で、決して武闘派とは言えないが荒事部署のトップに就いているのは彼女の政治手腕に因る所が大きい。

 そして、そんな彼女の懐刀がこの部署には配属されている。正確には、カヤが連邦生徒会入りを果たした際に一緒に引き込んだ幼馴染の存在だ。

 

 竹柴(たけしば)サモン。防衛室の副室長に据えられた、少年であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――全く!どいつもこいつも、ふざけてますよねぇ…………!」

 

 ダンッ!と勢いよくテーブルの上に手を振り下ろして、不知火カヤは苛立ちを露とする。

 権力を握る自分に対して、無駄に楯突く羽虫の何と多い事か。

 苛立ちのまま、彼女はその糸目を開くと鋭い目を部屋の隅に突っ立っている木偶の坊へと向けた。

 

「そう思いますよね!?サモン!!」

「ッ!う、うん……そ、そうだね。カヤちゃん……」

 

 気炎を上げるカヤに対して、オドオドと視線を彼方此方に彷徨わせながら俯き答えるのはクリーム色の髪をした少年だった。

 頭の上に浮かぶのは、竹の葉が象られた緑のヘイロー。連邦生徒会の白い制服に身を包み、その胸に抱くようにして一振りの白い拵えの刀を携えている。

 

 竹柴サモン。防衛室の副室長にして、不知火カヤの幼馴染。

 

 自信が無く、どこか挙動不審の彼にカヤは蟀谷に井桁を浮かべた。

 

「前にも言いましたよねぇ?私の事を、そう呼ぶな、と。室長と呼びなさい、このグズ!」

「ご、ごめん……室長」

「まったく!分かれば良いんですよ、分かれば!コーヒーでも淹れてください!」

「う、うん」

 

 カヤからの指示を受けて、室内に設置された給湯コーナーへと向かったサモン。

 その背に鼻を鳴らして、彼女は椅子を回すと背後にあった窓から外を見下ろした。

 

 現在のキヴォトスの治安は、世界恐慌の株価以上のスピードで悪化の一途をたどっていた。

 

(会長が消え、あの乳メガネが権力を握ってから厄介な事ばかりです。凡人はさっさと席を手放せば良いものを。そうすれば、超人の後継者足るこの私が舵取りをして差し上げるというのに)

 

 どいつもこいつも愚物ばかり。カヤは内心での罵倒を止める事は無い。

 

 実際、防衛室長である彼女の元には少なくない、いや時間を追うごとに爆発的に増えてくる救援要請が山のようになっていた。

 既に、ヴァルキューレ警察学校も総動員済み。カヤとしてはその上乗せとして、連邦生徒会長が消えた結果宙ぶらりんとなったSRT特殊学園の戦力を取り込もうとしたのだがそこは他室長並びに統括室に阻まれる形となっていた。

 

 あらゆる全てが、カヤを苛立たせて仕方がない。ただ、そんな彼女も心安らぐ瞬間と言うものはあった。

 

「し、室長……出来ました……」

 

 机に置かれるソーサーとカップ。その傍らに添えられるミルクポットにシュガーポット。

 椅子を回して机へと向き直り、カヤはカップを手に取った。

 豊かな香りが鼻腔を擽り、一口飲めば深みのある苦みと程よい酸味が逆立った気持ちを鎮めてくれる。

 

「ふぅ……このコーヒーの味があれば、貴方を置く意味があるというものです。そうは思いませんか?サモン」

「あ、ありがとう……」

 

 刀を胸に出して、もじもじと手遊びをするサモン。上目遣い気味にカヤの事を確認しては直ぐに視線をずらす事を繰り返す姿は小動物のソレだ。

 だが、残念ながら穏やかな時間は続かない。

 

 唐突に鳴り響く着信音。カヤの蟀谷に浮かぶ井桁。

 カップがソーサーの上に置かれて、苛立ちに震える手が受話器を取った。

 

「……はい、こちら防衛室。室長の不知火です」

『――――』

「……ええ、居ますよ」

『――――』

「はい?どうしてそうなるのですか?いえ、そもそもこちらの出せる戦力はほぼほぼ出してしまっているんですけど?」

『――――』

「矯正局からの脱走……七囚人が…………だから言ったじゃありませんか!SRTをそのまま防衛室の下においておけば良かったと!そうでなくとも、会長代理の貴女が手綱を握れば良かったではありませんか!」

『――――』

「財務室長?ハッ!数字しか見ていない人間の言葉に踊らされただけではありませんか。その上で、そちらは私に何を求めるんです?」

『――――』

「会長の作った組織?……その代表の護衛…………ハァー……分かりました。良いでしょう。ただし!これは、貸しです。ただでさえ、こちらは戦力捻出に限界が来ているというのに」

 

 それから幾つかの言葉を交わして、カヤは叩きつける様にして受話器を戻した。

 そして徐に、その草食動物の目にも見える横一本線の瞳孔を部下へと向けた。

 

「か、カヤちゃん?」

「室長と呼びなさいと言ったでしょう!……んんっ!サモン、出向です。期限は、連邦捜査部シャーレの人員が確保できるまで」

「しゃ、シャーレ?」

「会長の置き土産だそうです。本日、その責任者となる方がやってきたようで、防衛室からはその方の護衛としてサモン。貴方が選出されました」

「う、うん……い、今から?」

「ええ、そうです。全く、あの乳メガネめ!もっと早くに言うべきではありません!?だから、凡人は嫌なんですよ!だいたい、アレと財務室長!何かに付けて、予算予算と!馬鹿の一つ覚えのように!」

 

 再び苛立たしそうに机を叩くカヤ。コーヒーが零れていない事から、最低限の理性は残っているらしいが先程消した苛立ちは無駄になってしまったらしい。

 オロオロとカヤを見る、サモン。だが、声を掛けようにもどうしたら良いのか分からない。

 そんなウジウジとした態度に、カヤの八つ当たりが飛ぶ。

 

「貴方も早く行きなさい!あの、乳メガネに借りを作ったんですから!完璧に熟すんですよ!?」

「う、うん……い、行ってくるね、カヤちゃん」

 

 肩を跳ねさせて、小走りにサモンは部屋を出ていった。

 その背中を見送り、カヤは大きく息を吐き出す。

 

「ふぅぅぅぅぅ…………誰がカヤちゃんですか、誰が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――こちらからも、戦力を回します。先生の護衛を兼ねる生徒ですよ」

 

 サンクトゥムタワーのエントランスにて、七神リンは眼鏡の位置を直しながらそう告げた。

 彼女の前には四人の少女たちと、それから一人の成人女性。

 

「リンちゃん。それって、さっきの電話の件かな?」

「誰がリンちゃんですか……んん!ええ、そうです。既に連保生徒会の保有する戦力は治安維持に駆り出されていますが、完全に残数がゼロであった訳ではありませんので。防衛室の方から、一人回して貰いました」

「……一人増えた所で、焼け石に水ではありませんか?」

 

 怪訝な表情を向けるのは、背の高い大きな黒い翼を生やした少女。

 彼女だけではなく、残り三人も少々解せないという表情だ。

 

 しかし、リンが引っ張り出した戦力は生半可ではない。

 

「ご安心を。()を出して貰いましたから」

 

 彼?という疑問が少女たちの口から出る前に、リンと女性の背後にあったエレベーターが動く。

 一度上に上がり、再び降りてきた事が光の動きで判断でき、扉が左右に開く。

 

「お、お待たせしました七神代行。ぼ、防衛室副室長、た、竹柴サモン。現着しました」

 

 エレベーターの中からリンの背中を視認したのかクリーム色の髪をした少年が、刀を胸に抱えて小走りに駆けよって来る。

 駆け寄ってきた少年を横目に確認してから、リンは改めて女性へと彼を紹介する。

 

「先生。彼が今回貴女の護衛を務める生徒です」

「た、竹柴サモンです。よ、よろしくお願いします……!」

「あ、うん。よろしくね、サモン君」

「は、はい!」

 

 どこか挙動不審にも見える態度だが、先生はそんな少年の様子を気を悪くした様子はなかった。

 一方で、彼を知っているのか黒い翼の少女は目を見開いた。

 

「まさか、“防衛室の懐刀”を出してくるとは……成程、彼でしたら問題は無さそうですね」

「知ってるの?」

「はい現在脱獄している囚人の内、約半数を捕縛したのが彼だと言われています。連邦生徒会における武力を担うのが、彼です」

 

 黒い翼の彼女の言葉に、ツーサイドアップに髪を纏めた少女は改めて少年を見やる。

 

 キヴォトスは、銃社会だ。同時に、生徒たちはそれぞれに相応以上の戦闘力を有している。

 その中でも、各学園に置いて一人で戦略兵器クラスの戦闘能力を有する者達が居る。その存在は、各学園ごとのパワーバランスを担っており、他校にも名を知られている場合が多かった。

 

 そんな中で、各学園の代表者が集まる連邦生徒会は、戦闘力よりも政治力、事務処理能力が評価される組織。裏を返せば、所属する生徒たちの戦闘能力は一般生徒並みか、そこに毛が生えた程度。動ける者は居るかもしれないが、それでもその大半は非戦闘員だ。

 だからこそ、戦える者が居ると目立つ。件の少年は、その一例であった。

 

 顔合わせも終えて、交流を深めたい所だが時間がない。リンは、咳ばらいを一つ挟んで眼鏡の位置を整えた。

 

「ソレでは、先生。よろしくお願いします。サモン、粗相の無い様に」

「任せておいて」

「は、はい……!」

 

 行軍が始まる。

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