帰りに鬼滅の刃を見てきた、心臓バクバク…ずっっと動いたまんまなんですけど。
「……来ないねぇ」
「……ですねぇ」
そこはとある一室…闘技場に備え付けられた待合室の一つ…そこで、二人の少女がのんべんだらりと雑談を始めていた。
「今日なら問題無いって言ってたのにねぇ…」
そう言いながら少女はポチポチと机の上に置いてある菓子折りに手を伸ばす、白い髪の上でぴょこぴょこ動く髪色と同じ色をした狐の耳が何処か暇そうにぐで〜っとしていた。
ポリパリとお菓子を食べる、ゆらゆらと揺れる身体に反応するように白くモフモフとした尻尾が揺れ動く、ポフンポフンと座席を叩くその姿は胸中の不満を吐き出しているようだった。
「…やっぱり、怒ってるのかな、あの時のこと」
そう言って不安そうに表情を歪めるのはもう一人の少女、黒く長い髪とその頭の上に存在する狼の耳を不安気に揺らしながら沈んだ声色で口を開く。
沈んだ様子で地面へとへにょりと落ちる尻尾、力無くのの字でも書いてしまいそうな程に弱々しく動くその尻尾の姿からは如何に彼女が不安であるかを示していた…そんな彼女を元気づけるように白い尻尾が彼女の尻尾へと絡みつく。
「大丈夫だって…今更昔のことを引っ張り出してくるような子じゃないってことはミオも知ってるでしょ? 司くんも気にしてないって言ってたし、大丈夫だよ」
元気ハツラツとでも言いたげな表情を浮かべながら少女は…白上フブキは自身の親友へと言葉を紡ぐ。
大丈夫、あの子はそんなこときっと気にしない…単なる励ましにしか過ぎないその言葉に、しかし彼女は…大神ミオはほんの少しだけその表情を綻ばせる、元気一杯な親友の姿に不安が少し解れたらしかった。
そんなミオの姿にフブキもまた安心したのか、座っていた椅子の背中に大きく身体を預けながら時計へと目をやる…約束の時間まであともう少しと言うところまで来ている時計の針を見ながらふとしたように口を開く。
「それにしても本当に来ないねぇ…試合まであともう少しなのに」
「うん、珍しいよね…時間は守る子のはずなのに」
かつての青春…中学時代での後輩の姿を思い出しながら両者は共に口を開いた、かつての彼のままであるのならば時間はキッチリも守るどころかそれよりも早くに来ては待機しているのが普通であったのに…今日に限ってはギリギリまで通達が来ていないその事実にフブキとミオは何やら胸騒ぎのようなものを覚えていた。
そう、具体的に言ってしまえば何かとてつもないことを見逃しているような感覚、決して見落としてはいけないはずの何かを盛大に見落としたような感覚をフブキとミオは感じていた。
そして───
「…そういえば、あやめちゃんは?」
その感覚が後に正答であったことを知るのは、この言葉を発した約数分後のことであった。
「───ァァアアァァアッッ!!!!」
「───オォァァァオァァッッ!!!!」
咆哮と雄叫び、互いに獲物を振り抜き激突させた両者の周辺の物体が激突と共に弾け飛ぶ、降り注ぐ雨がその空間だけをくり抜かれたかのように存在しないその場所で両者は更に激突を開始した。
あやめが刀を振るうその瞬間に合わせるように司が蹴りを放つ、刀が到達しきるかしきらないかの直前で直撃した司の蹴りはあやめの身体を大凡後方五歩分程へと弾く。
重たい一撃、空気を吐き出しそうになる感覚を気合で押し込みながら前を向き、ふとしたように飛んできた曲刀を既の所で躱す。
ジャラリと舞い踊る鎖の音…鎖を巻き取り近接へ、相手が離れたら巻き取った鎖を解いて中距離及び遠距離戦へと移行する…二つのスタイルをさも当然のように
ジャラリと鎖が踊る、横払いの一撃を躱されたことを認識してからのくるりっと一回転によって勢いを付けてからの大上段の一撃、ジャラララッと引き裂くような音を響かせながら鎖が蛇のように動き出す。
唸る曲刀、五歩分離れた所から振るわれる鎖鎌が如き連撃、雨を切り裂き地面を抉りながら迫るそれら刃達を百鬼あやめは必死の形相で捌き続けた。
チッと頬を掠める曲刀の刃、両手の刀を連続して振るい続け火花と鉄音を掻き鳴らしながらあやめは歯を強く噛み締める。
ほんの少しでも気を抜けばそこを起点に直ぐ様此方の命を食い破られると、そう確信してしまう程に苛烈で鮮烈な猛攻…振るわれた曲刀を跳んで躱し、そうして跳んで躱した先へと振るわれる鎖単一の攻撃。
ジャラリと鎖が唸る、刃の取り付けられていないはずのその一撃は、しかしあやめの目から見てみれば蛇が大口を開けて牙を剥き出しにしているようにしか見えなかった。
無理に体勢を変えて鎖を躱す、目の前を通過していった鎖はその直前上に存在した太い木々へと激突し、まるで根こそぎ抉り取るかのようにその太っ腹を食い破っていく。
倒れる木々、宙へと投げ出されるように放られた木々が地面へと落ちて水飛沫を上げる…そんな光景を目の当たりにしたあやめは冷や汗を流すと共に反射的に刀を振るった。
衝突、火花が散らばり辺りを照らす…無茶な体勢となっていたあやめへと瞬時に接近した司は曲刀を振るい、それに合わせる形であやめもまた刀を振るっていた、それ故の衝突。
ギャリギャリと宙で鍔迫り合う両名、互いに歯を剥き出しにして殺意を隠しもしないその姿は傍から見れば顔面蒼白ものであろう。
刃を逸らしてあやめが蹴りを振るう、右へと刃を逸らしてからの体重を乗せた横蹴り、踏みしめる大地も無いと言うのに振るわれた蹴りは音を裂く勢いを保ちながら司へと向かっていく。
そうして放たれた蹴りに対して司は曲刀から手を離して振るわれた蹴りへと手を添える、防ぐのではなくそっと振れるようにして放たれた蹴りへと一瞬触れた司は、そこから勢い良く前方へと高速で回転、そのまま勢いと速度と体重を乗せた踵落としをあやめの脳天へと叩き込んだ。
「───ガッ」
自らの一撃を利用したかのような動きから繰り出された脳天への踵落としにあやめは口から息を吐き出し、そのまま地面へと高速で落下していく。
ズドンッと轟音を立てながら地面へと土煙を上げながら激突するあやめ…痛む身体を、刀を杖代わりにしながら起き上がらせ…次いで、吹き出すように笑った。
───まただ…また速くなった。
痛みに軋む身体を立たせながら考えるのは牧村司という人間の変化…一合一合、刃を交え突き合わせる度に錆を落とすかのように動きが洗練され、速度が次第に上がっていく…そんな光景を、あやめはこの戦いの最中に何度も目の当たりにしていた。
気の所為でも何でもない、本当に速くなっている…その事に気がつくのに時間は掛からず、その原因を探るという思考に至るのにもまたそこまで掛からない…そうして、原因が分からないという結論に達するのもまた同じく。
追撃としてやってくる司自身による突撃、落下による加速を乗せた上方向からの斬撃、自分ごと地面を砕き割るであろうその一撃をあやめは身体を転がして躱し───
「───かハッ…!!」
吐き出すように、嗤った。
何故かは知らないが速くなった、能力による身体能力上昇なのかそれとも単に本気を出していなかっただけなのか、或いはそれら全てに妥当しない体質のようなモノなのかは分からないが…それでも牧村司は先程よりも速くなった…それだけ分かればあやめとしてはどうでもよかった。
追い詰められている…そう追い詰められているのだ、純粋な近接戦闘によるものだけでこそあるが、それでも牧村司という人間に百鬼あやめは心底追い詰められているのだ。
転がって躱した先に鎖の音が響く、音を引き裂いて迫る鎖付きの曲刀が離れた距離を潰してくる、それを更に距離を取りながら躱したあやめは心底愉快そうに口の端を吊り上げる。
───良いよね…もうここまで来たんなら良いよね…?
問いかけるのは過去の友達、口酸っぱく注意してくる狼耳が特長的な彼女の言葉が頭の中で反芻する中で百鬼あやめは言い訳でもするかのように言葉を重ねる。
───ここまで…ここまでやられたんなら、ここまで追い詰められたんなら…もう、やっちゃっても良いよね…?
脳内の友達が駄目だよっ!! とまたもや口酸っぱくその言葉を否定する中で、そんな友達をその親友が宥める中で…百鬼あやめは、堪えきれぬように…呟いた。
「───『羅刹』」
───ごめん…余、何も聞いとらんかったわ。
瞬間…雷が踊った。
「───ッッ!?」
突如として弾けるようにその場に顕現した雷、降り注ぐ雨を伝って周囲に暴威をばら撒いたその電流は当然の如く、司自身へも襲いかかる。
迸る痺れと痛み、あまりに唐突にやってきたその一連の流れに咄嗟に動くことすらままならない…なんとか武器を手放さないように強く握り締めながら、司は強く歯を噛み締める。
バチリッバチリッと放電する刀身…刀身の色に反映したかのように紅く光を発する稲妻を身に纏いながらも、妖刀の刀身は今まさに清水に濡れたかのような艷やかさを放っていた。
深く暗い夜闇の中の曇天、最早霧でも出ているのかと思いたくなるような悪視界の中で、その紅い稲妻は自らの存在を誇示するように光を放ち───
「───きひっ」
そんな光を放つ妖刀の主は、狂気に濡れたような笑みを浮かべながら凶悪に口の端を吊り上げた。
妖刀が…謳う。
妖刀『羅刹』
一言で言うなら大嶽丸みたいな能力持った半天狗。