踊るように雷が飛び散る、刀を中心として発せられてた紅い雷が降り注ぐ雨を伝ってあやめの周囲へと拡散される…その光景を見て、司は思わず舌を打った。
───『遺物』…いや、単純に『霊具』とかその類か? まぁ、何方にしろ───
「そういうタイプかよお前っ…!!」
そう歯噛みするように、堪えきれぬよう文句を曝け出すように言葉を吐き出した司…そして、それを合図としたかのように百鬼あやめの刀の…妖刀の雷光が増大する。
キヒリッと笑みが溢れる、雷の音に掻き消されて誰の耳にも届くことはなかったが…それでもその瞬間、百鬼あやめは確かに…嗤った。
「───『雷公』」
呟かれたその言葉と共に、雷が嘶く。
刀単体からから全身へ迸る紅い雷、重点して見るまでもなく肌で感じ取れてしまうような高出力、肌を這うようにして発生する電流が百鬼あやめの長髪を浮かび上がらせる。
「───行くよ?」
ふと、そんな言葉が司の耳へと届き、それと同時に百鬼あやめの姿が掻き消える。
バチリッという音だけ残してその姿を消した百鬼あやめ、あまりに一瞬のことに司は目を瞬かせ…その次の瞬間には、あやめは司の背後にいた。
───速っ…!?
消えたとしか認識出来ないような超高速移動、正に雷如き瞬間移動で以て司の背後へと回り込んだあやめはその狂笑を貼り付けたまま、刀を首筋目掛けて振り抜いてくる。
咄嗟に曲刀を振り抜く、半ば生存本能に身を任せた動きでこそあったが…それ故に司の迎撃行動はあやめの一撃に間に合った。
重苦しい鉄の音、ピカッと光った後にやってくる雷特有の轟音と重さに司は思わず全力で歯を食い縛った、百鬼あやめの振るった一撃はそれほどまでに重かったのだ。
ガァィンッ!! と司の身体が曲刀ごと弾かれる、大きく背面へと下がった自身の腕と身体によって体勢が大きく崩れる…その向こう側からやってくる、狂笑を携えた鬼の一突き。
もう片方の刀による突き、露骨に目玉を狙ってきたその一撃を顔を逸らすことでなんとか躱す…が、体勢が崩れていることに変わりはなく、そうして崩れていた肉体へとあやめの前蹴りが突き刺さる。
「───ッッッ…!!!」
当然その一撃は重い、腹の中に詰まっているもの全て口から出てくるじゃないかと…そう思ってしまう程の強い衝撃が司の身体を突き抜けた。
更にそこに『雷公』の発動によって付随した雷がやってくる、打撃と共に伝わってくる痺れと電熱による痛み、ジュッと僅かに焦げたような音さえ聞きながら司の肉体は後方へと思い切り吹き飛ばされた。
「───ガッ」
背中から木々へと叩きつけられる、大きく軋みを上げる木々の音が間近から聞こえてくる。
折れるまではいかずとも大きくへしゃげたような形に変形した叩きつけられた木々、座り込むような形でズルズルと地面へと落ちた司は荒く息を吐き出しながら瞬時にあやめの姿を確認しようとする。
「───『炎帝』」
そこに在ったのは、一種の悪夢だった。
呟かれたその言葉、恐らく解号か何かであったのだろうその言葉が司の耳へと届いたその瞬間、羅刹から溢れ出すように現出する地獄の業火が如き滅殺の焔がまるで泳ぐようにその場に在った。
赤く紅く広がる朱い炎、傍から見ようと目の前から見ようと…何処からどう見ようとも高出力という言葉を平然と飛び越えていきそうな程に苛烈に存在するその炎に司は思わず目を奪われた。
妖刀が掲げられる、片割れを地面へと突き刺し両手持ちへと切り替えたあやめはその瞳をギラギラと輝かせながら溢れ出た炎を収縮し、圧縮していく。
現出した地獄の業火、ただ溢れ出ては泳ぐだけであったそれらが羅刹を中心として一つへと纏まっていく、糸を束ね合わせるかのように炎が練り上げられていき…次の瞬間、花火のように炎が弾けた。
ズオォッと音を立てて空へと伸び上がる真っ赤な炎、火山の噴火を思わせるその光景に司は息を呑む、真っ直ぐと空へと伸びたその赤色は一定の高さに届いた瞬間にその動きを止めた……それは、何処からどう見ても必殺の一撃の前兆以外の何者でもなかった。
練り上げられた炎、今正に眼前にて音を立ててその存在を他者へと示し続ける必殺の一撃を前に、司はある感情を抱いていた。
抱いた感情は恐怖でもなければ絶望でもない、かと言って綺麗に思ったわけでも羨ましいと思ったわけでもない…ただただ強大で、鮮烈的な存在感を放つその炎に、司は───
「───ちょっ…おまっ…ふざっけんなぁっ!!」
歳柄もクソもなく、キレ散らかした。
キレた、それはもうキレた、こんなことがあっても良いのか言わんばかりの表情で目の前に立ちはだかった理不尽に対して牧村司という人間は盛大にキレ散らかしていた。
抱いた感情は怒り…ただし、現在の司が発露しているその感情は世間一般的に定義されている怒りの感情と言うよりかは、ゲームのボスに対して強すぎんだろっ! と文句を付けるゲームプレイヤー特有の感情に近しい…要するに、とてつもなくコミカルな感情とでも言うべきものなのである。
此処に机でもあればそれこそ台パンでもしていたかのような見事なまでのキレっぷり、頭の上に怒りマークを浮かべながらプンスコと汽笛を上げる司にあやめはニヤリとした顔を浮かべ───
「───ごめん、何も聞こえん」
なんてこと無いように、その絶望を振り下ろした。
振り下ろされる一刀、迫る業炎…容易に広範囲へとその暴威を振りまくであろうその一刀、雨水すら蒸発させながら迫るその一撃を見て、牧村司は悟った…逃げられない、と。
受け止めること自体は出来るだろう、目の前に迫る一刀よりも遥かに重い一撃を受け止めたこともあるのだ、出来る出来ないで言えば恐らくは出来るのであろう…しかし、その際と現在とではあまりに状況が違い過ぎた。
その時は雨が降っていなかった、相手が水を使う能力者というわけでもなかった…つまりそれは、血蔵の使用が可能であったことを意味している。
血蔵の利点…強大な一撃に対してより品質の良い武具を取り出す、或いはその攻撃や異能に対して効果的な武具を瞬時に取り出すと言ったことが可能であったのだ。
瞬時に武装を切り替え、状況に合わせた戦法を繰り出し繰り広げる…それが出来るから司は血蔵の存在を有難がったし、それが出来たから牧村司という人間は過去の戦いを乗り切ることが出来た……では、今は?
雨であるが故に血蔵が使えない、そのせいで普段の戦闘スタイルを使用出来ない、それに加えて目の前の一撃を防ぐ為の手段すら取り出すことが許されない…故に、防げない。
確かに眼前の一撃を受け止めることは出来る…しかし、その次の瞬間には司は防御に使った武器ごと肉対を斬り裂かれている…武器の性能が絶望的なまでに現在の状況に向いていないのである。
現在、司の使用している武器は某獣狩りの夜をモチーフとしたかのような形をした湾曲の曲刀、鈍く鋭い鉄の輝きを放つこの凶器は相手を斬り裂くことを得意とはしていても相手の強烈無比な一撃を防ぐことには適していない、そもそもそういう風に設計されていない。
だから負ける、だから破られる…目の前に迫る一撃を防ごうと思ったその時点で敗北が決定してしまう。
ならば避ければ良いと思うだろう、ならば逃げれば良いと思うだろう、一目散に背を向けて全力で範囲内から外れれば良いと、そう思うのだろう…それが出来るのなら苦労しないのである。
断言しよう、現在の
それは司自身も分かっている、見るだけで分かってしまう程の圧力を司はあの一撃に感じていた…だからこそ、司はあぁも盛大にキレ散らかしたのだから。
要するに詰みなのである、防げば多少はダメージは減らせるであろうが主武装を完全に失う…鎖と短刀諸々で勝てるほど、百鬼あやめは甘くはないだろう…ほぼ確実に、負ける。
だからと言って防がずまともに受ければ司自身どうなるか分からない、かと言って避けようにも範囲が広く速度も速い、現在の司では避けるのは難しいと言わざるを得ない。
防ぐも無理、避けるも無理…無理無理尽くしだ、嫌になる。
だから、仕方が無いから、このままでは本当にどうしようもなかったから…だから牧村司は───
「───『
封を、切ることにした。
轟音が響く、燃え広がる赤い炎、天へと昇る火柱が夜闇を真昼のように照らしてしまう…恐らく、近場にいる者や高い場所に居る者には容易に目に出来てしまうような『煙』を上げてしまった百鬼あやめは、あちゃーっと言ったように表情を歪めた。
まるでやりすぎてしまったことを悔いるような顔付きだ…振り下ろし、未だに炎を纏う羅刹を一振りして炎を祓い、突き刺した片割れの刀を引き抜いた。
霧と見紛う煙が辺りを包む…雨を蒸発させた際の蒸気も含まれているのだろう、振り下ろした際の景色が容易に見えない程度には視界が悪かった。
どうなったのか、あれで終わったのか、あれで勝てたのか…視界の悪さ故に結果が分からないことにヤキモキしながら、百鬼あやめは前へと進み出よう足を一歩踏み出した…その瞬間だった。
百鬼あやめの…首が落ちる。
切断された自身の首、ズレ落ちる視界にえっ? と疑問の声を漏らしながらあやめの首は地面へと音を立てて落ちる……そんな光景を、あやめは幻視した。
足を引っ込め後方へと飛び退く、首へと手をやって自身の首の有無を認識する、首筋に感じる生命の温かさに安堵の息を吐くことすらままならず、百鬼あやめは驚愕の視線を霧の奥へと投げかけ…そして、見た。
霧は既に大凡晴れていた…未だ僅かに残る蒸気の煙、その奥でシュルシュルと蠢く紅い影、触手のような動きで動くソレは…赤い紅い、血で彩ったかのような茨だった。
「…本当は、使いたくはなかったんだ」
霧の奥から、声が響く。
紅い茨の更に奥、丁度百鬼あやめが『炎帝』による一撃を振り下ろした箇所…そこに声の主は…牧村司は居た。
シュルリッシュルリッと侍るように司の周囲を蠢く紅い茨、何かに跪くように鞘に納められた刀を支えにした膝立ちの体勢で司は俯いていた。
刀は抜かれていなかった、鞘と柄へと掛けられた手、まるで逆手による抜刀を行おうとしているかのようなその姿勢に百鬼あやめは警戒を顕とする…そんなあやめへと応えるように、司は片膝立ちの体勢から立ち上がりながら、言葉を続けた。
「だって、そうだろう? …使えばきっと───」
───手合わせなんかじゃ、済ませられない。
それはきっと、殺意だったのだろう。
極寒を発する司の圧力、先程までの司に比べてみれば雲泥の差とも言えるような気配と殺気を叩きつけられたあやめは知らず知らずの内に息を呑んでいた。
流れ落ちる汗が地面へと落ちる、夜闇の中で蠢く茨が紅い軌跡を生み出し、その主であろう牧村司はただ静かに息を吐き出す…その瞳は、紅く染まっていた。
刀が抜かれる…逆手によって僅かに顕となるその刀身、血のように紅い刀身にそこへと刻まれた絡み付いた茨のような波紋、徐々に徐々にゆっくりっと引き抜かれたその色は人心を狂わせるような妖しさを放っていた。
「───『
主の呼び声に応えるように、『妖刀』は封を解く。
───妖刀『野薔薇』…抜刀。
これより先、死線の領域なり。
私は…カグラバチが好きなんです、好きなんですよ皆さん。