「沙百合さん、局長が来たら私の姿を見てないって言ってね」
翌日、私はデスクの下に身を隠している。
昨日のヤトベ確保の件で発生した被害が局長の耳に入ったことで機嫌が悪いらしいと事務局の子が言っていた。
普段から怖い顔をする彼女がいつにも増して険しい顔になっていたらしい。
きっとカンカンになって私を探しているのだろう。
「はい、姿は見えません」
沙百合さんはデスク下に居る私を少し呆れたように一瞥すると隣の席へ戻って行った。
「頼んだよー」
携帯電話を取り出し同期へメッセージを飛ばす。
彼のデスクは入り口近くにあり、人の出入りがわかりやすい。
まだ来てないとすぐに返ってきた。
時間に余裕があるなら珈琲でも淹れてくればよかったな。
しかし、すぐに状況が変わる。
きた、と彼から短く返答が返ってきた。
奴さん来やがったぞ。
息を殺して身を潜めた。
「ケイ、居るか?」
早速局長の声が聞こえる。
沙百合さんの返答が状況を左右する。
頼むぞ、沙百合さん。
私は心中で祈った。
「沙百合、ケイを見かけなかったか?」
「ケイの姿は見かけてません」
彼女の問いに沙百合さんが返答した。
愛してるよ沙百合さん、今度のメンテは高いコースを依頼してあげよう。
「そうか、今沙百合は何を言い渡されている?」
局長の思案する声と共に沙百合さんへ質問が投げかけられた。
「仕事の依頼はされておりません、その為待機の状態です」
「追従待機?指定位置待機?」
「追従待機です」
彼女の問いに沙百合さんは答える。
しまった、指定位置待機させるべきだった!
カツカツと局長の足音が近づいてくる。
終わった、私の負けだ。
局長がデスクの下を覗き込む。
私と目が合った。
「お前は何をしているんだ」
叱責ではなく困惑した声をかけられた。
「まず、今回のヤトベ確保はご苦労だった」
彼女の執務室に呼び出された私達は応接ソファーに向い合って座っている。
「今回の損害は目をつぶろう、彼から引き出せた情報で捜査部門はお祭り騒ぎで喜んでいる」
彼女は愛用のマグカップに口をつけた。
かわいい犬のプリントがされている。
沙百合さんはと言うと出されたドーナツを食べさせるべく私の口に押し付けている。
いや、私の好物だけどさ…向こうが手をつけてないのに食べるわけに行かないじゃん。
隣の彼女は少し不機嫌そうだ。
「今後も業務に邁進してくれ」
局長はそんな私達の様子を興味深そうに眺めている。
「あり…」
局長の言葉に返事をしようと口を開いた瞬間、ドーナッツが飛び込んだ。
チョコの味が口に広がる。
隣の彼女は薄く微笑んだ。
口元に運ばれてくるドーナッツを手で静止し珈琲で口の中身を流し込んだ。
「ありがとうございます。」
ドーナッツを食べさせようとする沙百合さんに首を横に振る。
あまり変わらない表情にしょんぼりとした印象を受けた。
「それで早速だが、仕事だ」
局長は側から書類を取り出した。
国防軍の紋章が印刷されたファイルに輸送ルートと装備目録。
「なんで防衛隊の装備輸送計画書?」
「今朝、輸送隊が襲撃を受けた」
深刻そうな表情の局長から只ならぬ事態なのだろう。
「隊員のパンツなんて物珍しい強盗も居るんだね」
書類の装備目録には基地内売店の商品である下着や煙草などそこら辺の商店でも手に入りそうな物が多い。
そんなに深刻なのだろうか?
「問題はその輸送隊は電子部品を積んでいたんだ」
眉間を揉み始めた局長は深く溜息を吐いた。
視界の端に食べかけのドーナッツが見える。
「FCSソフトの輸送も同時に行っていた、ヤツらの狙いもそれだろう」
「戦車の火器管制システムなんて何に使うんだか」
「このソフトの対象はアンドロイドだ、非常事態に備えて導入される予定だったんだ」
「それはマズイ」
アンドロイド等の武装には免許や国の認可が必要である。
その為、承認されていない民間機への火器管制システムの搭載も違法である。
犯罪者等がアンドロイドに武装させる際にはホース等を用いた放水作業や塗料塗布作業のシステムを改造していた。
今回のシステムが闇市に出回れば殺人アンドロイドが世に解き放たれるのと同意義だ。
「現在、特別情報部門が捜査を行っている」
彼女は珈琲をひと啜りするとこちらを真剣に見つめてくる。
「他の班員にも聞いたんだが」
「今回の事案は危険度が高い、やってくれるか?」
彼女の問いに横の沙百合さんに視線を向ける。
ドーナッツを片手にこちらを見る彼女は少し心配そうな表情である。
「はい、喜んで」
「できることなら、できるとこまで」
脳裏に昔聴いた曲の歌詞が浮かんだ。
局長は少しホッとしたような顔で一息吐くと笑顔を見せる。
「内心断られるかと思ったぞ、沙百合は心配性だからな」
「それは私の仕事だからです!」
彼女は困ったように笑うと沙百合さんは不服そうに抗議する。
無理もない、ここで働き始めた時、彼女はここの部署の所属ではなかった。
私が初めて業務中の負傷をした時は凄いもので、彼女に噛みついていたほどだ。
その後の過保護も凄いものだったが。
職場に足繁く通う様はある意味名物となってしまったぐらいだ。
彼女は瞳を閉じて一呼吸すると口を開いた。
「でも今度は大丈夫です、局長」
「私がそばに居ますから」
開いた瞳がこちらを向く、カメラアイの奥に確固たる意思が宿ってるようだった。
その返事に満足そうに頷くと局長は自身のデスクに足を運ぶ。
「よかったら、一緒に食べないか?」
見慣れたドーナッツ店の箱を手元に抱えて振り返った。
私と沙百合さんは顔を見合わせて頷いた。
誤字脱字有れば教えてください。