やんなっちゃうな(ヤニカス並感)
皆様、さらに暑くなるらしいので水分補給は忘れずにご自愛くださいませ。
「頑張って、お兄様!」
「もう十分頑張ってるよ!」
霞の応援にアキトが虫取り網を振り回す。
ここは我が街にあるドール製造工場、職員の通報で現場に急行した。
「めんどくせぇ、散弾銃で全部撃ち落とそうぜ」
「お兄様、頑張ったらご褒美あげますから」
霞が無駄のない所作で網を振るうとプロペラ音を奏でるドローンが捕獲された。
セミを持つように彼女は掴むとドローンの電源ボタンを押した。
そんな彼女の隣でアキトが捕獲するべく網を振るう。
彼を嘲笑うように小型飛行ドローンが通過する。
「あー!クソッ!」
意地が焼けて来たのかヤケクソ気味にアキトは網を振り回した。
私達、機動任務部隊に飛び込んで来た事案はなんとも言えないものだった。
製造ラインの品質検査ドローンが暴走、製造ライン上を縦横無尽に飛び回っていた。
企業側としては発砲による設備損害は避けたいらしく、署内の何でも屋とされつつある私達に出動の命が下され今に至る。
もしかして署外にも噂広がってたりしないよね?
「ケイ、ぼーっとしてないで手を動かしてください!」
「はいはい、やりますよぉ」
「ハイは一回!」
顔を顰めた沙百合さんにケツを蹴られて作業を再開する。
子供の頃以来触ることの無くなった虫取り網を構える。
目の前を悠々と飛んでいるドローン目掛け網を振り下ろす。
やっと一匹捕まえた。
機体に付いている電源ボタンを押して強制シャットダウンを行う。
頭上を見上げればまだまだ奴らが飛んでいる。
退勤したくなって来た。
「見て見てご主人様!」
楽しそうな声が響く、燕の声だ。
大きなビニール袋には沢山のドローンが詰められていた。
「おー!燕偉いぞ!」
燕の報告にナオが喜び頭を撫でる。
屈んで彼女は受け入れていた。
「まるで大型犬だな」
「ケイ?」
手が止まっている私に沙百合さんは声を低くした。
私は虫取り網を持ち直す。
ナオが虫取り網を振り上げ、逃げるドローンを追いかけていた。
燕が楽しそうにその後を追っていく。
アキトはやっと捕まえたドローンを霞に見せびらかす。
霞が微笑ましそうに小さく拍手した。
ここは一体何の森なんだ?
そんなくだらない事を考えながら現実に向き合えば無数にドローンが飛んでいる。
まだまだ退勤までは遠かった。
あの後、無事全てのドローンを捕獲し終えた私達はCPに報告を上げた。
他の業務も無く、面倒ごとに対応してくれた私達を気遣ってか退勤の許可が降りる。
署に車両を返せば丁度16時、早く上がれることだろう。
ナオの運転する装甲車に揺られそんな事を考えていた。
「ご主人様!私頑張ったでしょ?」
「そうだね」
燕の問いにナオが素っ気なく返した。
「頑張ったよね?ね?」
「おかげで助かったよ」
彼女の圧にナオが少し言葉に感情を込めた。
「そうだよね!今夜は素敵なレストランで食べたいな!」
「優しくしてね、私のお財布に…」
楽しそうな声が運転席から響いてくる。
彼の財布は生きて帰れないだろう。
あと、イチャつくのやめてくんないかな、仮にも同僚を乗せてんだからさぁ…
胸焼けしそうな空気を紛らわせるためアキトと雑談しよう。
私は視線を彼に向けると疲れたのか船を漕いでいた。
無理もない、あれだけおちょくられてたのだ。
しばらくするとカクンと彼は眠りについた。
霞がゆっくりと彼の頭を自身の膝の上に誘導し、横にする。
こちらに顔を向けると人差し指を立てて微笑んだ。
「ケイ、私も疲れました」
いつもの仏頂面の彼女だが、少し瞼が閉じかけている。
無理もないか、飛んでくるドローンを掴んでは投げて掴んでは投げてと大活躍していたのだ。
まぁ、人間のように疲れて眠くなる事はないのでこの状況にかこつけて甘えようとしているのだろう。
「はいはい、安物の枕ですがどうぞ」
私が膝を軽く叩くとコテンと沙百合さんが頭を預けてくる。
彼女の排熱温度が伝わってきた。
ドールの排熱は疑似血管の中を通る冷却液が疑似皮膚を通して排熱している。
結果的に機体表面が人間らしい温度となっている。
コイツが意外に厄介でサーマルカメラ等の判別ではドールと人は見分けがつかない。
識別灯が付いていなければ尚更だ。
唐突に沙百合さんが私の膝の上に顔を埋め深呼吸を始めた。
足に空気が吸い込まれる感覚が伝わる。
「沙百合さん?」
「ケイ素が欠乏していたので補給しました」
「ケイ素ってシリコンかよ…」
確かに彼女はシリコンで出来てるけど…
キリッとした表情でこちらを見上げる彼女。
昔からたまにバグった事をする子ではあった。
ハグは健康に良いとのテレビ番組情報を間に受けてハグを求めてきた時もあった。
暇さえあればハグを求め最終的にはくっつき虫となっていたのは懐かしい。
霞が微笑ましそうにこちらを眺めている。
しかし、その手は絶えずアキトの頭を撫でていた。
そのうちアイツの頭ハゲるんじゃないか…?
「よそ見しないでください」
沙百合さんの手が下から伸びて頭を固定する。
首が取れそう。
彼女が嫉妬深いのは今に始まった事ではない。
円形の掃除ロボを買った時や音声アシスタントロボを買った時もそうだった。
掃除ロボより先に家をピカピカに掃除して勝ち誇ったように胸を張っていたり、音声アシスタントに必死に喋りかけて"教育"を行っていたりと思い返せば懐かしい。
今では掃除ロボにマルと名前をつけて自分が掃除で集めた塵ゴミを餌と称して与えている。
音声アシスタントにはアナスタシアちゃんと名前をつけて楽しそうに会話している。
たまに私達の知らない言語で会話するのはやめてほしいが。
「はいはい、悪かったよお姉ちゃん」
わざとらしく姉呼びする。
彼女にお願いする時や機嫌が悪い時は大体コレで解決できた。
チョロくて助かっている。
彼女はフフフと笑うとこちらの顔をじっと眺めていた。
「大きくなりましたね」
嬉しそうに、しかし何処か寂しそうにそう呟くと私の頬を撫でた。
確かに、昔は私が見上げていた彼女は今では私が見下ろすようになっていた。
だんだんと成長していく内に彼女の手助けが必要無くなっていた。
彼女が不貞腐れてしまい、ご機嫌を取った事もあったな。
今では掃除や料理などを二人で分担して生活している。
最初は猛反対された、彼女にとっては自分の存在意義を奪われる行為だから尚更だ。
お互い話し合って妥協した結果、今の状態に落ち着いたのだ。
最近少し不満なのか部屋の掃除を勝手に行うようになってしまった。
頼むからスケベ雑誌の感想を書き置くのやめてくれないかな?
あと、買い物リストに姉モノの成人向け作品をリストに入れるのもやめて…この間、間違って買いそうになったから…
「もう何年経ってると思ってるの?」
「これからお姉ちゃんの知らない女と結婚して、子供ができてパパになって、そうしてシワクチャのお爺ちゃんになってしまうんですね」
「なんかジメジメしてきたな」
私の問いに彼女の口から出て来たのはじっとりとした重い感情。
膝の上で加湿器となった彼女に苦笑する。
「知らない女なんかにお姉ちゃんのケイはあげません!」
「少なくとも姉を名乗る者だけどね」
頬をわざとらしく膨らませる彼女の頭を撫でた。
短く切り揃えられた前髪と顎辺りで切り揃えられた黒髪。
なんか歯ブラシみたいな前髪だな。
目を一瞬見開くと瞼を下す。
されるがままの彼女を見るに続けろとの事だろう。
「長生きしてくださいね」
「嫌だと言っても許してくれないでしょ?」
「当たり前です、お姉ちゃんですから」
ご機嫌にそう彼女は告げると目を開く、二酸化ケイ素の瞳には確かな想いが宿っていた。
沙百合「ケイの事は貴女より先輩のお姉ちゃんがやります、貴女は引っ込んでてください。」
音声アシスタント「すみません、よくわかりません」
音声アシスタント「検索の結果、こちらが見つかりました」
(表示されるアンドロイドの修理サービス会社のHP)
音声アシスタント「お問い合わせしますか?」
沙百合「お姉ちゃん、頭にきました」
(拳を振り上げる沙百合と止めるケイの図)