1.其れは枯れ葉
「断っておきますが、私に何をしてもこれからありとあらゆる方法で貴方のアーツを妨害し、制止し、場合によっては”破壊”する手段が伴っています。試験的な試みとはつまり、それ相応のフェイルセーフを前提としているという点。理解とその執行の同意を願います」
「此処に居る時点で、全ての同意は終わったともみなせると思うけれど?」
誤魔化しか? と思ったが、黒真珠めいた瞳に嘘が見えない。所詮俺の印象だが。
仕草そのものは育ちの良さが伺えた。射千玉の髪、整えられた衣服、乱れない所作、変わらぬ表情。上品さとは不自然さであり、不自然さの中でもとりわけ定義づけされた状況なものを指している(らしい)。
「常に契約は態度でも感情でもなく、発生と署名と確認に基づくものです」
「私に対する”試験的な試み”には、私の契約の体系の理解は入らない?」
「私個人は興味がありますが、入りません」
「つまり貴方は興味がある、ということかしら?」
すごい勢いでペースを持っていかれそうだ。急いで話を転換しよう。
言葉の一つ一つ手を引いてくるようで、油断するとそれに乗ってしまいそうになる。危険というより、苦手だ。
「ええ。ですが今は議論をしません、”したくありません”。まずは同意を明示してください」
「せっかちさんなのね。分かった……あらゆる措置に関して、ロドスが同意を求める文言全てに同意したものと見なしてもらって問題ないわ。私は不信を前提にロドスの一切に関わりたいとは思わないもの、そう理解されないためなら楽器を側に置くことも厭わない」
随分思い切りのいい人だ。第一印象はそんな感じである。
こちらに信用を表明したいのだ、と体で演奏してくるような人間で、一体俺の側に控えてるアーツドローンがどれだけ殺傷力を盛っていると思っているんだ、という感想が次に来た。身振り手振り、眉一つすら彼女は軽率に動かすべきではないんだから。
しかし仮にも音楽家ともなれば演出を理解している、その状況下だからこそ果断に、恐れを持たず、明瞭で大胆に表現をしてみせた。ロドスは、というより俺はまず一本取られている。
「ありがとうございます。念の為詳しい同意誓約書についてはこちらに、ご確認ください。必ず」
「あら、随分慎重に進めたいみたい。でも、本当に読まなくても大丈夫。十二分にプログラムが流れたと思うし、それら全てで一貫したものは見えているから」
話を聞いていないのだろうか。
「そうですか、では義務ということで」
「ふふ、言葉が上手。そう言うのなら」
俺の返しに満足したのかニコニコとしたまま読み始めた。極めて不審な人だが、今ので読み取れたことがある。
この人は伴奏しか出来ない。俺の言葉を反復して(いや、都合よく解釈して、隠された意図を探そうとしていると言った方が良い)、その奥にある見えない何かといつもワルツでも踊りだしたそうにしている。
つまり、俺の言葉を率直に受け取る感じはない。言葉を何かの表面だと思いたがっていて、言葉そのものが大事なのだということにはちょっと距離がある人。難しいな、俺は割とストレートにしか喋れない。
その困惑すらこの人は解釈し、裏を取ろうとする。ボードゲームは上手いんだろうな、素人に負けやすそうだけど。
今も俺の表情を見て、口元の緩みは一層広がっていた。
「はい、署名させてもらいました。これで、貴方の考える契約は成り立ったかしら?」
「問題ないですよ。ではテストに移りましょうか…………」
俺は幾つかの説明事項を説明する義務と、この”テスト”における特殊な役割が存在する。
彼女…………アルトリア・ジアロに関しては、ラテラーノからもリターニアからも文書にするとそれだけで人を圧殺するような数の項目があり、その中に含まれる”特別な心理テスト”の要求が今回に関係する。
紙を渡して記入を促すと、少し目を丸くしてから手を付け始めた。まだ素直だな、まだ。
「この質問の一覧、貴方は目を通したの? かなり変わった項目が多く見えるけど…………」
「当然。結果も出ていますよ」
「隠し事があるのね、目が泳いだ。言葉も震えてる」
気づくのが速すぎる。一応声が震えたりはしてなかったと思うんだが、この場合の”言葉”は多分何か俺が想像しているものと違う。アルトリアは心理状況を聞くことが出来るらしいから、恐らくそれのせいだろう。
それも含めて、単に俺という第三者を介しての反応を試す。彼女は伴奏を好む音楽家であるから、それに沿ったテストではどのような結果が出るのかをロドスアイランドは知りたいようだった。
何故俺なのかはさっぱり分からない。ケルシー先生曰く、俺は今回の案件に一貫した理由を持って採用されていて、別に余った人員だったり部分的な合致から採用されたわけではないと聞かされている。
ま、どうでもいいことか。意図を理解するべきなら説明があるだけだ。
「それと、私とお話していても怒られないかしら?」
「かもしれませんね」
「それは悲しいわ。貴方もきっと悪い人ではないもの、必要なら大事なことだけ進めてもらっても構わないのよ?」
「いえ、私はこうするつもりだったので。無理に話を進められてるとは思っていませんよ」
もっとずっと前から、糸が引かれているだけだ。アルトリアはそれに気づかない人間でもないだろう、であればどうやってラテラーノから首尾よく離れ、リターニアの有力者達の庇護を受け、こうして雁字搦めをロドスに強要できる?
俺と彼女の駆け引きは恐らく破綻している。今していなかったとしても、突然に破綻する。レベルが違うっていうのはそういうことだ、それを含めて俺は正しい人選で此処に居るというのであれば。
破綻するまでを忠実にこの部屋を通じて記録するだけだ。
「それなら良かった」
淡く微笑む。これだけ見れば、とても穏やかな人だと言うのに…………何を思ってここまでなるまでしでかしたのやら。
連れてきていた光輪の黒いサンクタも、中々面白い評判らしいし。
「でも、表情が硬いわ。私のことは苦手かしら?」
「…………あぁ、それは失礼しました。単に仕事となると固くなるだけです」
ドーベルマン教官に体の力が入りすぎ、という名目でしこたま絞られた経験だってある。
「貴方もロドスに入るまでの経歴があって、入ってからの努力があって、私の前に座ることになったのよね。興味があるの、こういうのを相思相愛って言葉にするオペラも沢山見てきたわ」
「お言葉ですが、興味は必ずしも距離を縮めるものでしょうか? 良い方向性で変化しているかすら分からない」
「あら、反論は初めて。思うところがあった?」
思うところがあったか? まあ、無いわけでもない。
単純に、力には属性がつきもので、属性を度外視した力の評価は暴力的な混沌の助長である。みたいな定義を俺が持っている、これは実戦経験と教官達からの学びから出した結論だ。
助けた感染者がとんでもない連中を引き連れてきたこともあるし、何なら当人の家族に石を投げられたこともある。過去を聞こうとしたら引き出してはいけない過去を聞いて逆上されたこともあったし、考えの違いを理解しようとして攻撃と解釈されたこともある。
それは俺の興味、行動の方向性が意識されなかったから。相手がどう反応するか、背景の把握と予測をしなかったから。不可抗力がないとは思わないが、不可抗力だからと全てが相手の瑕疵にならないし、だからと責任が宙ぶらりんになることもない。
そんなところだ。アルトリアはこれを聞きたいのだろうが、言う気がでない。
「経験上、力は属性ありきだと思っているだけです」
「愛は力なの? ロマンチストで素敵ね」
「からかっているんですか?」
「とんでもないわ、本当に素敵な考え方だと思っているだけ」
「あぁ、そうなんですね。とは言え、からかってる人しかその言い方にならないですよ」
そんなことはない、とアルトリアは困ったように笑っていた。
アルトリア・ジアロ難しいです。