「そうね…………貴方はこれがいいかしら」
「どれのことですか」
まだ何も言っていない、とクスクス笑われた。いや、ただ見てる時間も多いから聞き逃ししてるんじゃないかと心配になって…………。
話を聞くほど危険でもなく、規律の逸脱などをする人でもなく、なんだか無実の人を勾留しているみたいで暇だった。暇と思うのは、要するに申し訳無さが立たないのは、単にこの人は何を言おうが履歴として問題があるからというだけだ。
アーツドローンが相変わらず忙しなく俺とアルトリアをウォッチしているが、正直現状はあまりに山も谷もなさすぎて記録価値が推し量れない。俺は、無さそうな感じがする。
「善良であることの条件。これは受け売りだから、あまり私が声高々に語るべきものでもないけれど」
「それでは文字で学ぶ誰も語ることは許されないでしょう、よければお聞かせください」
口角がまた上がっていた。狙い通りということなのか、興味を持ったことが喜ばしいのか。意図は考えるだけ無駄だろうし、良い状況にも繋がらない。
憶測や予測というのは自分の頭の中で行うものだから、究極的には自己探求だ。アルトリアは自己探求をしている時の僅かな緩みから中に押し入ってこようとするようなタイプで、ひたすら迂闊に思考しないことに限る。
アーツがなくてもこの調子で、トランスポーターとしてもかなりの腕…………特殊な身分を考えた上でも、ロドスに居れば確実に戦略と手段が広がる。
「例えば貴方がラテラーノに旅行に来て、ガイドに道案内された先が全く違う場所だった…………という時、どう感じる?」
「ふむ…………グルでたらい回しにして稼ごうとしている、と警戒します」
「そうよね。でも、それは人を信じていないという表現の仕方も出来てしまうの」
なるほど、言いたいことが見えてきた。
組み替え続けてきた両足を努めて地面につき直し、少しだけ背筋を伸ばす。無意識にやっていた、多分改まった気持ちになったんだろう。
「つまり、知性があるせいで公平な評価が”出来てしまう”、そしてそれは善良さを欠く?」
「と、言う考え方もあるわ。善良さってそういう語られ方をしていると思うの、常に犠牲あれかしと言われているようには感じない?」
まあ、さもありなんという感じだ。犠牲にそれほどの値段はつかないと俺個人は思うが、世界は無償について過大評価をしたがる。無償は軽率でもあるし、同時におざなりでもあるんだが…………。
ロドスアイランドはそれについてはいつも本気で悩んできた。オリパシーを解決したいというのも、力になりたいというのも悪いことではないが、思う程度ならいつかどこか、無数に起きた感情の隆起のはずで。
如何に誠実に、実態を持ち、公正に行うか。結局は、そこで俺達は頭を痛め続けている。
綺麗事しか言わないとも言われるし、何も出来ていないとも言われる。いつだって、それは間違いじゃない。悪目立ちしているからだとも思うが、そんな子供みたいな言い草で切って捨てて良いことじゃない。
正しいことは、多分愚かなんだ。そして、苦しい。
「無知であることを前提とする必要はないと思う」
「そうなのね。貴方の意見も聞かせてくれるかしら?」
「思うに、心根からどうするかについて議論すると、世界に善良な人間なんて出てくるはずもないでしょう」
何より、奥底を不躾に評価するのはあまり利口に思えない。俺達は誰一人として賢しくはない。
むしろ愚かであるからこそこうなった。何も出来ないし、すぐに争うし、正しくあり続けられない…………それを悔やむから、ロドスアイランドやこういう考え方が生まれてきたはずなんだ。
何も足りないことを殺してしまおうとしなくていいはずだ。
「どうしているか、ではないでしょうか。私はそのガイドに、笑って礼を告げる事が出来るなら、騙されたと思ってしまってもいいと考えます」
「実直で、それでいて温かな考え方をしているのね。貴方から聞こえる音は常に熱を持っていて、隠し事やコンフリクトを覆い隠す負担を知らない…………硝子のような、透き通った形」
持って回った言葉回しに、どうにも触れたくない熱量を感じる。湿度、と言い換えても良いのだろうか。
「褒め方が独特ですね。私は普通の人間ですよ、つまらないぐらい」
「それこそが良いことなのではないかしら」
そういう考え方もあるか。
小さい頃はよくつまらない男と言われた、より厳密には本で見た英雄によく似ていると。子供の手が届くように手を加えられた英雄っていうのは、結局細かな矛盾を知らないように生きていて、とても現実で生きていくに適してないとは思う。
「貴方は抽象的で…………変化がない。同じ音を出し続ける、弾き手を問うのだろうけれど、今はとても整ってるように見えるわ」
「抽象的に言えばそういう言い方もあるのでしょうが、“細部に神は宿る“です。貴方の評価は理想主義者めいていますね」
極東は簡潔で教育的な言葉に困らない、サガと一緒に学んでいるが、甲斐がある。言語化した数だけ、俺は現実と戦う武器を手に入れる。
アルトリアは喋りながら、予想よりは遥かにテストシートに指を滑らせていた。俺は無意識に彼女がずっと自分と顔を合わせて喋っていたように錯覚していて、何であれば記入を促そうかと思ったのだ。
夢見心地で、確信犯的。これがアルトリア・ジアロの危険性か、と思う。マルチタスクの中ですら、俺はまるで近く寄って見つめられながら、滔々と歌われているような気分にさせられている。
まるでアーツだな。
「うん、面白い。また会う事は出来るのかしら」
「私はオペレーターです。貴方が私達の活動に協力的であれば、機会はいくらでもありますよ」
「あら、お誘いが上手で困ってしまうわね…………」
どっちがだよ。俺は内心ガチガチである。
「でも、実際には時と大地が私をロドスからいつか引き裂くものなの…………そうね、貴方の活動はどういうものだったの?」
「私ですか」
不味い、素が出た。
うわ〜めっちゃニヤつかれている。くそっ、なんか乗せられると悔しいな。
「…………“私“の活動なんて教本通りですよ。このテストを最後までやり遂げてくだされば、作戦記録の雪崩に招待だって出来る」
「私は貴方達が唇を噛み締めた記録だけが見たいわけじゃないの…………」
何故か残念そうだった。
この人の経歴を思うと不思議だ、あれだけ死体と苦難を人に与えた当事者だというのに。
「貴方の、持っている楽譜が見たいの。音符も、楽器も、手触りも。経済と貨幣が無駄だと切り捨てる貴方の思い出を、私にも一緒に聞かせて欲しいの」
「…………」
この女、マジで言ってるのか。ひっくり返る。
こんな口説き文句を真顔で言う奴はミッドナイト以外で初めて見たかもしれない、しかも無自覚。
今度は幻覚ではなく本当に視線がぶつかり合って(主観としてはもつれ合った)、息を呑んで苦しくなる。
どう返そう。気まずい、これ記録されてるんだが。
「まず、私は仕事中です」
「? 分かっている、と思う……」
「次に、個人情報の開示は個々人に権利が帰属しています」
「そう。だからお願いしたの」
「端的に言うと嫌ですね」
普通に嫌に決まってるだろ、この人は何を考えてるんだ。
「残念…………」
「そんな顔をしても嫌なものは嫌です。貴方は記憶への触れ方が下品で、しかも少々不躾だ」
「…………あら、そんなに。ごめんなさいね、少し静かにしていようかしら」
俺が悪いみたいになって、10分ぐらい人生でトップクラスに気まずい時間が続いた。
私はリコーダーが怪しいです、一応カラオケは程々。
アルトリアがボディパーカッションで子供に音楽を教えてるところと、カラオケに初めて行ってオペラを歌い続けるも楽しそうなので妙に馴染むのが見たい。