魔王   作:杜甫kuresu

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弾頭の嘶きが獲物への宣告であるならば、彼女の調律は魂に対するピリオドである。
その真意は意味も必要性も持ち合わせず、ただ静かに楽譜をなぞって世界を再定義し続けるのだ。


魔弾の射手
4.狙われた狩人


 しかし彼は行方不明だった。

 ヴィルトゥオーサは嫌う人物が少ない方であるが、あのオペレーターが絡めば何処となく上機嫌だ。これはイグゼキュターの目から見れば一目瞭然であるが、他の職員からするとやや理解しづらい変化という捉え方も出来る。

 

 イグゼキュターはかつて、何故あの普通にすら見える男に個別の反応を示すのか尋ねたが

 

『人を選んでいるつもりはないのよ。楽器は必要な時に、最も輝ける舞台で、限りなく透き通った音を出すようにすることが一番だもの』

 

 と言っていた。イグゼキュターには意味がわからなかった。

 その彼が、行方不明である。

 

「アルトリア、貴方は如何なる状況でも任務遂行中に私の監視下を恣意的に離脱することは推奨されていません」

「分かっているわ、フェディ。これは“偶然“なの」

 

 それは彼の仕掛けた落とし穴に優雅に落ちている根拠としては、些か説得力に欠ける。

 

 イグゼキュターは彼女を引っ張り上げるとほぼ同時に、手足を縛り上げようとし、無事に他のオペレーターに止められることとなった。

 落とし穴で、既に閾値は超えていたからである。

 

 

 

 

 

「部隊の意向により、貴方の自由意志による行動の制限を緩和します。ただし、私が常に半径3メール以内に立っていることがこの契約の履行条件であり、これは我々が守るよりむしろ、貴方が積極的に守ることで権利を保全することを前提とされています」

 

 ヴィルトゥオーサが払い損ねた肩の落ち葉を、遅れてイグゼキュターが払う。同時に出てきた勧告がこれである。

 この作戦は典型的な潜入作戦に近い形式のものであり、ヴィルトゥオーサ達が駆け付けたのは大詰めに差し掛かって些かの時間を置いてからのことである。

 

 問題は“彼“が行方知れずになっていたということで、これに兎に角ヴィルトゥオーサは何とか一枚噛もうと権謀術数未満の子供騙しを続けていた。

 努力は方向性を間違えても何らかの結果自体は出るもので、こうしてイグゼキュターの根負けによる部分了承を彼女は勝ち得た形となる。

 

「ようやく分かってくれたみたいね。私を拘束しようとするのは、感性を縛りつけようとするぐらい難しいことよ」

「いえ、五月蝿いと苦情が来た為対応しただけですが」

「本当に人の心がわからないのね? フェディ」

「私も貴方の法理解については平均15分に一度は疑っています。特に道路交通法」

「失礼ね、忘れていただけよ」

 

 少なくとも片方は事実を列挙しているだけであり、イグゼキュターは実際に眉ひとつ動かすことはなかった。

 判断能力の検査として「名目上保持していた」資格に伴い運転をさせた際も、横のイグゼキュターは小言しか言わざるを得なかった。アバウトなものに執着するせいで規律と物質に対してかなりおざなりだ。

 

 ヴィルトゥオーサは不満そうにイグゼキュターに視線を浴びせてみたが、彼は当然のように無視する(理解できなかったのではなく、拒否した)。

 

「アルトリア、当然ですが貴方は今日に至ってもアーツの使用は禁止されています。これは、貴方の平時の活動に比べてこれから行える調査が極めて制限の多い或いは不自由なものになるという警告であり、制約の再確認です」

「分かっているわ。ここにわざわざ雑音を入れようだなんて、私如きが出過ぎたことをするつもりはないの。今も楽章は続いているのだから」

 

 “彼“との約束でもあるから。

 そんな言い回しはわざわざしない。聞かれれば眉を顰め、いつもの硬い顔付きのまま

 

『私は貴方と何の契約も結ばなかったし、結ぶ予定がない。ロドスが既に十二分に手続きは行った、後はただ人間として対等に振る舞うだけです。勝手に私に束縛癖を付加しないでいただこう』

 

 ぐらいの返しがくることをヴィルトゥオーサは知っている。いや、何回もされた。

 考え込み、チェロに固く巻き付けられたバックルを摩る。

 イグゼキュターはその反応がドクターや一部の相手に見せるようになった独自の様式であると考えていたが、無意識に指摘を避けていた。

 

 この男も、変わっていっている。

 

「加えて、行動隊Z-1の方々の業務妨害も禁止します。彼らは今現在も氏の安否確認を含めたロドスアイランドの業務に従事しており、不要な行動や過分な干渉は業務妨害と解釈します」

「フェディ…………私を子供だと思っているのね?」

 

 なんか違うんか、という顔をした。

 

 言い直そう。見るからに不満そうにするので、“貴方の精神状態は自己言及の通りかと“と言いかけたが、その下りは毎度長い為、効率の面で省略された。

 実際に邪魔なのではないか、とイグゼキュターが危惧することはしばしばあった。俗っぽく言い直せば、ヒヤヒヤさせられる時がある。

 

「兎に角、行動は迅速かつ簡潔に。まずは部隊長のフェイスレスさんにお話を伺うべきです」

「そう無理にリードしなくても、フェディの考えていることはわかってるわ。手短に、印象的に。そうでしょう?」

「印象は何でも良いかと」

 

 

 

 

 

 

 だが、ヴィルトゥオーサの手は明らかに止まっていた。

 其れは屋上からこの文明の結実たる無機物の群生を静かに見つめており、柔らかい笑顔、血を溶かしたような緋の瞳が、夕暮れや火の中を想像させるような詩的な気配を纏っていた。

 

 “彼“と同じ。黒い髪の人。ロドスの制服はテーマカラーに全く似合っておらず、それでも不格好なりに着こなそうとしているように見えなくもない。

 彼女は遠くを見ている。報告を聞く姿はまるで動物が手をよじ登っているのを眺めているかのように静謐で、何か世界との一体感めいたものがある。

 

「貴方が本作戦についての聴取をしたいと仰っていた、ヴィルトゥオーサ氏ですね?」

 

 ヴィルトゥオーサが思わず硬直する。今の一瞬で自分の目の前に現れ、あまつさえそれに平然としているのが不可思議な光景だったからだ。

 

「アルトリア、どうしたのですか。体調に異変があるのであれば報告を」

 

 一瞬だけヴィルトゥオーサは考え込んだが、すぐに思い至った。

 どうやら想像するよりずっと、固まったまま動いていなかったらしい。女性は尚も笑顔を動かすことがなく、さながらヴィルトゥオーサと合わせ鏡のようでもある。

 

 憶測から修正をする、人の顔色で対応しきれていないようだった。

 

「…………ごめんなさい、少し見惚れてしまっていたのかも。凄く印象的で、毅然とした後ろ姿なものだから」

「それは光栄です。かの音楽家から振る舞いの良し悪しを褒められるというのは、中々ないことですので」

 

 つい直前までオペレーターと話していた姿とは別人に見えた。

 暗い影に隠れた面貌は既に彼女の前に詳らかにされており、彫刻めいた黄金比は有機性に取って代わられている。

 

 何より。

 その女性からは“音“が聞こえないのだから。

 

「行動隊Z-1の隊長を務める、Nyarlathotepと申します」

 

 イグゼキュターの眉が僅かに動く。

 

「フェイスレス、と聞き及んでいましたが勘違いでしょうか」

「名前など何でも構いませんよ。では今は、Facelessということにいたしましょう」

 

 そうなってしまった。Facelessは含みありげに笑い声を喉奥から吐き出し、改めてヴィルトゥオーサと視線を交錯させる。

 ヴィルトゥオーサは非常に強い興味があった。

 心が複雑な存在は無数に見てきたが、全く聞き取れないというケースが今までに皆無に等しかったからだ。

 

 彼女のアーツは防護出来ないわけではないが、実害に乏しく理解も容易ではない。目の前のFacelessも例外ではないはずなのだ。

 

「アルトリア、本題に」

「またぼうっとしてた?」

「えぇ、体調の異常は申告をしてくださいと言っていますが」

 

 申告するまでは看過する。頭でっかちなのか親切なのか分からなくて、ヴィルトゥオーサは苦笑した。

 Facelessの表情にも慣れてきた、ヴィルトゥオーサはどうやら彼女を見つめすぎると時間が飛び去ってしまうらしい、という仮説を立てた。

 

 当然ながら、尋常ではない。

 

「Faceless、貴方の部隊の強襲担当…………“彼“について、聞きたいことがあったの。少し退屈な演奏になるけれど、付き合ってくださるかしら?」

「構いませんよ。横入りした仕事にだけ御勘弁を」

 

 当然、とにこやかに返した。

 しかし、了承した先からFacelessはわざとらしく不思議そうな表情を浮かべる。

 

「しかし、ヴィルトゥオーサ氏が特定個人に強い関心を寄せているのは意外ですね。“彼“が面白いですか?」

「えぇ、興味深い即興演奏にいつも目を閉じて聴き入ってしまうの。“彼“は…………つまるところ、音叉のような人でしょう?」

「確かに」

 

 珍しく明瞭な同意をすぐに返されたことに、ヴィルトゥオーサは少し上機嫌そうだった。

 

「あの精悍で調律された弦のような体の中で、演奏が反復している様を味わうこと。その行為、その時間が、私がこうして楽器に囚われてしまった理由に、もう一度触れさせてくれる大切な灯りになっているの」

 

 イグゼキュターからすると“貴方に限らず影響されない生命体は少ないかと“とでも思うところであるが、Facelessは目尻を下げてゆっくりと頷いていた。

 

 言葉とは音符である。否、人生とは二度と再演されない演奏であり、歴史とは演奏が重なり合った完全なる音の事を言う。

 音楽史は歴史に近しく、ヴィルトゥオーサの知る音は魂に近い。即ち芸術そのものが人であり、ヴィルトゥオーサこそが灯火でもある。

 

 実態は彼女自身が、人を照らしている。

 

「でも、あなたはあまり焦っているような様子がないのね。アレだけ明瞭で、何より澄んだ音を出す人も少ないと思うのだけど」

「焦っていますよ。それを表現して、貴方に何が出来るというのですか?」

 

 無数に出来る。

 チェロを静かに撫でる。

 

「貴方を聞き、手を取り、叩くべき鍵盤を示せるわ。他ならぬ、あなたの定めたスコアをなぞってね」

「それは自ずからやる事であり、貴方はてんで無力なことです。意志とは湧き上がるものではなく、あるべくしてあり、放つべくして放つのですから」

 

 何の音も聞こえない女が言うと、それなりに不思議な味わいだった。

 しかし“彼“もやはり似たような事を言うのではないかと言う印象がある。世界とは厳然とあるものであり、感情とは魂の流転から吐き出されるベクトルに過ぎず、そして本質はそれを生み出すストリームである。

 

 そのような見解がずっと漂っていた。

 アルトリア・ジアロに対するアンチテーゼ。だから彼女は興味を持つ。

 

「弾き方も教わらずに弦を張る事はないのよ。誰しも、誰かが書き残した指導の中を巡っていくの。私は、偶々分かりやすい記号で示されているだけ」

「詩的な表現が上手な方です。しかし温かな言葉遣いだ、“彼“の意見はさておき、貴方の生涯を私は歓迎しましょう」

 

 生涯を歓迎する、奇妙な言葉だった。

 意外にもイグゼキュターはその意味が取れている。

 

 ロドスアイランドのヴィルトゥオーサではなく、ラテラーノの音楽家、アルトリア・ジアロと対話すると言う表明である。

 

「しかしこの舞台は些か装飾華美だ。落ち着いて話せる場所にご案内しますよ」

 

 仰々しく。芝居がかった仕草でFacelessが靴先から影を蹴り、静かに階段を降りた。

 まるで拍手喝采の中から降りるかのように、ヴィルトゥオーサは判別困難な期待に口元を緩ませながら彼女に続く。




“彼“の身内でのあだ名は「Unko-Man」です。
オリキャラがちょいちょい出ますが、原則ヴィルトゥオーサ主軸なので安心してもらって大丈夫です。
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