魔王   作:杜甫kuresu

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5.二柱目の悪魔

「作戦が失敗したというより、その過程のノイズで現状は硬直しているのです」

 

 先程摩天楼を眺めていた時に、明らかに崩れた建造物群と、それに群がる人々がいたのを思い出した。

 Facelessに報告をしていたオペレーターが記号化された表現で用いていたロケーションはまさしくあの近辺であり、倒壊と“彼“の作戦はどうやら結びついているようだ。

 

 ヴィルトゥオーサの興味関心は、既に話題の数手先までシフトしている。Facelessの数手先の返しまで考えているのが見てとれた。

 会話とは所謂二重奏であり、今この1秒が忠実であることに意義が寄せられる。先が見えると言うことは、単なるその補助線だ。

 

「“彼“はまだ作戦続行中の意識ということ?」

「はい。今回の作戦の経緯については存じ上げていますか?」

 

 彼女は極めて理解が怪しく見える、能面めいた笑顔(いつも通りではあるが、漂うバツの悪さがそのように見せたと思えばいい)で返事の代わりとしたが、これには一つ補足が必要である。

 

 ドクターには常々言っているが、ヴィルトゥオーサはロドスアイランドの作戦行動を“人に外傷を与えるための行為“と理解している。

 当然アーミヤCEOの真意を理解すれば、これはむしろアファーマティブアクションの一環であり、予測結果をより軽微な問題に矮小化するための行動が殆どなのは言うまでもない。

 

「文面上では読んだわ。ただ、作曲者の解釈は厳密ではないと言うべきかしら。いつだって計画は抽象で、意味は行為を統括した微分の終着点から読み取るもの。そうでしょう?」

「仰る通りです。説明しますね」

 

 Facelessは糾弾しない。それで問題ないからだ。

 

 アーミヤCEOは意義の理解を強要しなかった。ヴィルトゥオーサの偏りをアルトリア・ジアロであるための定義の一つとするからでもあるし、差別とは差別を許容し、妥協点を探ることから始めるべきだったからだ。

 

 よりわかりやすく言おう。

 アルトリア・ジアロはロドスアイランドとアーミヤCEOに敬意と好意を示すが、そのミクロな行為(例えば短期的な作戦)の意義を理解する気がない。故に、その学習も疎かにしている。

 イグゼキュターを含めた多くの人員の働きかけで改善は見られるが、見られるだけだ。この手の手合いは行為を容認し、積極的でなければ吸収効率が極めて悪い。

 

「まず、不明瞭な要素の多い源石に関する取引の記録があることを、地元の医療団体から情報提供された上での調査ということが発端です」

 

 流暢に喋りながら地図を取り出し、すぐに描きながらヴィルトゥオーサに地理を示し始めた。

 

 Facelessのその器用さと、すぐさま不要な地図を判断できる判断力にイグゼキュターは素直に感心したし、ヴィルトゥオーサはますます興味を示した。

 

「問題はここが“課題“の多発する複数国家の国境地点であり、干渉できる公権力に不足することです。具体的な国家はひとまず置きましょう」

 

 リターニア、カジミエーシュ、ヴィクトリアに隣接するウルサスの辺境。これが厳密な位置である。

 

「大事なのは現地の自治活動が盛んであり、それをロドスも協賛していたこと、そしてその協賛組織の一つから報告があったことが肝要です」

 

 Facelessが顔を改めて上げながらヴィルトゥオーサを見る。

 

「イグゼキュター、理解は出来てると思うけど念のため意見を聞かせてくれる…………あら?」

 

 ふと、ヴィルトゥオーサの動きが止まった。

 イグゼキュターが声をかける前に、得心したように表情が戻る。

 

「アルトリア?」

「ごめんなさい。続きを話してくれる?」

 

 腑に落ちない、とイグゼキュターが珍しく顔色に出したが、彼女が隠し事をしている時に暴くのは高度な尋問技術を要する。

 今回は諦めたようだ。

 

「では……この地域の不明瞭さを利用した源石関連の実験や、兵器運用にまつわる産業活動が行われている可能性があります。報告ソースも、発生可能性の低い条件下でのオリパシー罹患者などからの追加調査でしょう」

 

 Facelessは頷いて見せたが、ヴィルトゥオーサには“微動だにしていない“と感じ取れた。

 

 イグゼキュターの視線が一層鋭くなった。恐らく、ヴィルトゥオーサにしかそう見えない。

 

「“冬の王“ですか」

「ご推察の通りです。恐らく、彼女かと」

 

 冬の王。或いは春を殺す者、もしくは霙穿ちの君。かつて、ロドスアイランドで“リーリエ“と騙っていたもの。

 この近辺に突如発生した不明国家ボレアスの女王であり、彼女の関与は氷を見るより詳らかである。

 

「事実、源石を護送する面々はボレアス領内の薪の騎士に一致しました。これの調査のための潜入が今回の作戦概要です」

「潜入を逆手に取られて分断されたのね?」

「恥ずかしながら」

 

 その後の作戦概要は、さして重要なことではない。

 

 

 

 

 

「Facelessさん、だったかしら。随分冷静なのね」

 

 小さなかあかりをつけて、文字を読むFacelessの顔は指摘通り笑顔で変わりない。ヴィルトゥオーサは同類の気配がずっと彼女から匂って仕方ない。

 

 反響そのものが本質かのように振る舞う。ヴィルトゥオーサとは音叉のように調律し合い、不思議と両者の思想は薄ぼんやりとするばかりだ。

 

「焦っていますよ。その時間で何も解決できないだけです」

「理性が強いのね、本当に演奏が全くブレていない」

「おや、聞こえておられるのですか」

 

 聞こえていない。厳密には、ヴィルトゥオーサのアーツ的聴覚はFacelessに関わる限り“鼓膜が破れたまま“になる。

 最初、感情がないのかとも疑っていた。実態は全く逆で、“揺らぐ事なく姦しい“のだ。

 

 聴覚と呼ばれる、いわゆるアルトリア・ジアロの魂のキャパシティを常に満たしきってしまうような、過剰な感情量が常にFacelessからは流れている。それは全く乱れがなく、澱みを知らず、虚空のように空疎であるがために理解に時間を要したのだ。

 

「聞こえない、けれど無音も楽章たりうるの。“彼“は怒るでしょうね、この言葉遣いを」

「私も怒ると言ったら?」

「貴方は怒らないわ。形だけが上手でも、本当に大切な震えは補えないもの」

 

 気づいた理由は、横のフェデリコの音すらまともに聞こえない事だった。

 専門家が推察するなら、現在のアルトリア・ジアロは特定人物の過剰な密度の感情を感知した結果、一時的に機能が欠落しアーツを使用できなくなっている。などとも言うだろう。

 

 時々時間が飛ぶのも同様である。彼女はずっと、ショックを受けていたのだ。心的ではなく、神経系そのものが。

 

「不思議な人なのね。音楽たり得ない音量と音圧を常に維持しているし、環境音のように自然と入ってくるのに、全然馴染まない。楽章の体が崩れない」

「分かるようにはしたのですが、分かる人間は少ない。アーミヤCEOとは既に話がついています」

 

 そんなことに興味はなかった。

 何者で、何故こうなるのか。それこそがアルトリア・ジアロが自身に運命づけた知るべきことである。

 

「どういう構造なのかしら。楽章に終わりすら見えないというのに、舞台を降りることはできるの?」

「誰しも舞台の影法師に過ぎない。私もいつか降りるが、今日ではないでしょうね。そして、そのようなことに私は興味もない」

 

 Facelessは一貫して自己に興味がないようだった。妙な符号であるが、同じ形式は相性が悪い組み合わせである。

 

「貴方は演奏家ではなく作曲家、そういう匂いがする。きっと今回のちょっとした問題も、貴方からすれば計画通りで、さして驚きのない一幕なのよね?」

「それは誤解です、アルトリア。私は確かに仕組んだし、計画通りではある…………ですが貴方の変化を含め、予測していなかった事態はあるし、それに満足しています」

 

 何が変化したのか、と聞き返す前に答えが続く。

 

「貴方はアーツではなく、言葉と形で人を測る側面が身につきつつある。つまり、他者の感情という投与される回答ではなく、世界に置き去りにされた情報を元に自ずから結論を出し始めているのです。素晴らしいことだ」

「お褒めに預かり光栄だわ。けど、それが何か?」

 

 しみじみとしたようなフリをして、ようやく開いていた本を閉じた。何にも遮られることなくその相貌がアルトリアに降り注ぎ、そしてその無機質さを誰よりも深く理解した。

 

「人はよく勘違いをします」

 

 あらかじめ用意していたかのように、Facelessは陰からコーンスープを持ち寄って席に置く。軽く摩る机に、ポツンと空いた席。アルトリアもこの“世界“にある作法に則り、静かに席についた。

 

「内面は本質ではありません。外面はただの規格でもない。双方は密接に相互連関し、見分けることの意義を問いただせるほどに曖昧となる」

「あら、私のアーツを知っての皮肉かしら」

「本質の一側面を提供しているのです。人とは聳える塔であり、塔とはすなわち螺旋に成り立つもの」

 

 Facelessのコーンスープはすぐに消えた。

 身振り手振りが多く、また抑揚は大袈裟だ。却って殆ど変わらない表情は浮いてしまうし、アルトリアから見ればその瞳の奥にある遠大な静寂と信じがたい質量には似つかわしくない。

 

 まるでこの世のものではないかのように。

 

「貴方は面白い人だ。いや…………このテラの存在は、概ねが期待できる。芸術のような均衡も、貴方達という奇跡も、生きるばかりで理にそぐわないこの大地も」

「その話し方、得意ではなさそうね」

「凄いな。そこまで見えるのか」

「違うわ。聞こえるの」

「そうだったか」

 

 カラカラと笑うFacelessには、もう初対面の時の気配はない。

 本来は隠していなかったのだろうが、しかし隠したフリをすることにこの女性は長けていた。

 

 一方、アルトリアは暴くことに長けていたのだ。

 

「“彼“は無事で、これからも安全なの?」

「さあ。私は予想がつくが、見てはいない」

「貴方の意見が聞きたいのよ、■■■■」

 

 小さく瞳を見開き、少し考えるそぶり。息をゆっくりと吐く。

 デクレッシェンド。

 

 スタッカート。

 

「私は貴方達に見届けて欲しいと思っています。現状は実際に、私にとっては予想外なのです。その奥底を見てみたい」

「それは私も同意するわ。貴方は予想外という意味では、もう予想の範疇なの。でも、もっともっと奥底があるはずでしょう? 貴方は楽曲ではない、音の持つ歴史だわ」

 

 Facelessは一笑して返事をしなかった。

 

「アルトリア・ジアロ。“彼“は好きですか?」

「興味深いわ、私の裏側にいる人だから。私が音を重ねるたびに聞いたことのない耳触りになるの、綺麗」

「もっと率直に言葉にする癖をつけることですね、少なくともアレと関わるなら」

 

 アルトリアはFacelessの言葉にクスクスと堪えるように笑い出し、口元を押さえた。Facelessは表情を変えることはなかったが、不自然な硬直がアルトリアの反応に好奇と驚きを感じているのを如実に示している。

 

 何故?はなく、

 

「だって」

 

 から会話が切り結ばれる。

 

「“彼“は私に変われなんて、言うわけないんだもの」

 

 一本取られた。

 Facelessはそう答えると、しまい込んでいた資料を取り出した。




お気に入りが100件、好き勝手に書いているので「よく読んでるな……」が先に来ますね。ランキング入りもお世話になっております。
遅かったのはナイトレインしてたからです、マッチングつら過ぎ。

一応次でこの章を締めるつもりです、引き続きよろしくお願いいたします。
質問等は感想でもメールでもお答えしますが、内容の新鮮味を削ぐ場合のみご容赦ください。

※備忘録ついでですが、アンチ・ヘイトタグをつけておきました。単にキャラクターを擁護しない気質なだけです。
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