魔王   作:杜甫kuresu

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6.私の臓腑の不発弾

 手に持った“不生不殺“を、ケルシーは可能な限り見えない速度で抜刀しろと俺は教わった。元から出来ているから、継続している。

 間合いを見抜かれる前に殺すか、今生の別れとする。俺の師はそんな物騒な決まりを守るように言いつけ、だから俺はロドスに来るまで人と長く関わることを一切しないようにしていた。

 

 今もそうだった。冬の国から来た白い防寒具の連中は、何やら俺の制服を見ながら何か言っていたが、手つきは殺意まみれだったので取り敢えず3日は眠ってもらう傷をつけて手打ちにしている。

 

「殺し損なった…………ではねえな。お前、殺さなかっただろ」

「敵対勢力に語ることはありませんね。止血が同時に発生する刀とは言え、医学の真似事までしているわけではないので、暫し静かにしては如何でしょうか」

 

 迫る白い影。辿るにはあまりに遅く、伏せるには鮮烈な命の色をしていた。

 握るほどに熱く手を灼く柄に触れ、一拍で”収めた”。遅れて斬れたアーツから流れ込んだエネルギーで目に映る術師の大体はショック状態に陥り泡を吹く。

 

 少し遅くなった気がする、前はもう少し早く振れた。

 アーツは常に動いているものだから、たった一瞬手を遅らせただけで斬り落とすにしても予想外が発生する確率が生まれる。可能であれば目視と同時に斬る必要がある。

 

「貴方も掛かってきた方が良いのではないですか。白兎殿」

 

 居たはずの人影が既に消えていた。

 下がったか。何人部下を置いていこうが同じことだが、俺に殺すつもりが毛頭ないことに勘付いたらしい。賢しい女め。

 

 だが、当時受けていた連絡と違う。切り捨てることは出来るが、ここまであっさりと? だが、その背格好はあの日ドクターが運んでいた彼女で間違いない……。

 

「化け物かよ…………それで利き手凍らせてあるって何の冗談だ?」

「片手で無理やり引き抜こうが、鞘は“少しくらい“なら空中に残ります。居合などと言う扱いづらい代物をやる限りは当然の技に過ぎない」

 

 不生不殺は鞘の血に浸し続けなければ機能がすぐに不全を起こす。ありとあらゆる方法で居合の体を保つ事は当然だし、教わってもいた(流石にこれはぶっつけ本番だが)。

 

 アーツ不全で痙攣する、或いは突っ伏したままの味方を見ながら最後の数名が手を挙げる。降参とのことだ。

 最初からそうして欲しい。

 

「殺すにしろ捕まえるにしろ、質問一ついいかい?」

「構いません。我々は非人道的組織かのように気取るつもりはない」

「なんで姐さんの質問に固まったんだい」

 

 質問。反芻する。

 

『現実は過酷であり、事実の酷薄さだけが己を保証していると信じているのだな。だが、死と冬を受け入れた顔つきではない』

 

 その言葉が、単に図星だったからだろう。

 最近、変なノイズが何かと突っかかる。アレ以来、俺も考えを改なねばならないと思わされるプレッシャーのようなものを環境から感じていた。

 

 世の中は、もっと淡々としていると思っているのだが。

 

「強ち間違いでもない、と感じただけですね」

「素直なんだな。隙を作ろうとしていたのかもしれないぞ?」

「それで? 私は逃げるに至るまで、いつでも彼女を殺せましたよ」

「事実にしても言い方があるぜ、ロドスの兄ちゃん」

 

 敵に行う配慮など僅かなものだ。これでもオブラートに包んだ。

 俺は殺すだけならコイツらに関して対話の余地すら与えないことができる。自己判断も、ロドスアイランドの測定結果でも肯定されたただの現実だ。

 

 まあ、この考えに一石を投じられたばかりなのだが。

 

「まあ安心しろよ。姐さんより強いやつなんかここに呼ばれちゃいない、どっしり構えときゃいい」

「そうは言いますがね……」

 

 閉じ込められた。むしろ彼女がどうやって出ていったのかを教えて欲しい、冬の国については不審点が多すぎて分からないかもしれないが。

息絶え絶えの(とまでは言わないにしろ)怪我人を置いて行くわけにもいかず、その場に座り込んで、レンガの凍て付きを肌で浴びる。

 

 寒さに勝つのは難しい。確かに受け入れがたかった。

 

「ロドスに居るのが意外な言葉遣いだし、何よりそんな人間を動かすに至った何かについても気になる。暇だし、話してくれよ」

「知ったような口を…………そんなものか」

 

 別に“彼女“に限った話ではないと気づいてからは、とやかく言うのも馬鹿馬鹿しくなってきた。

 人は恐怖し続けられず、耐えられない。見えないものに名前をつけるしかないし、俺もある程度はそうらしいのだ。

 

「私の道理から逸脱した同僚が出来たもので。否定しかねる風向きなので、改めているだけです」

「否定しかねるねぇ。アンタの顔は自己嫌悪に見えるよ」

「かもしれませんね」

 

 俺は恐らく、ただ他人を推し量り損ねたのだ。

 理由はない。特別な出自も、驚くべき因縁だって持たない。ただ俺は考える機会がなく、推定すると言う振る舞いに根付いた体温のようなものが、単に育たなかった。

 

 アーミヤCEOに感じる引っかかりも、“彼女“への違和感もそれだった。

 

「王道を話しているつもりで、願望を話すばかりだったんです。あの音楽マニアには、思う壺でしょうがね」

「何だ、気に入ってるのかい」

 

 何故そう思ったかは知らないが。

 そうなのだろう。何かと絡まれる時間を、口では鬱陶しがって見せたが、待っていたのは俺自身でもあった。

 

 自分に欠けたものを持っている人間だったから、知りたかったのだろう。それ以上に複雑な何かは恐らくない。

 

「リアリスト気取りが堂に行ってたのに、崩れる相手が出ちまったわけだ」

「乱暴に言えばそうです」

「姐さんに似てるな」

「流石にあそこまで劇的な何かはないですよ」

「凡人気取りはすぐきっかけの希少性で物を言いやがるな。変化は等価なんだぜ」

 

 確かに悪癖だ。

 

「とは言え、良かったな。嫌なやつを気取るしかなかったが、そうじゃなくていいって言ってくれる相手が出たんだろ?」

「…………そうか」

 

 そうなのかもしれないな。

 

「殺さなくて良かった。人なんか死なない方がいい」

「自己判断か?」

「いいえ、指示です」

 

 Nyarlathotepは“敵か味方か判別出来なければ攻撃するな“と言った。いつも通り、この状況を知っているようだったが気にすることもない。

 あの女はいつも不審で苛つかせはするが、悪性であると判断出来る指示は一度もない。それが重要なことだ。

 

 分からないことに不安や好奇心を無理に持つ必要もない。

 

「……不味いな」

 

 言ってる間に足が冷え切って、ただ立つだけも辛くなって崩れてしまう。全く、あの冷気は一級品だな。戦闘地点を訪ねた時の、あの芯から冷え切る感じを思い出す。

 

 殺せば良かったんだろう。俺は確実に体力が奪われているし、このままここに釘付けにされていればいつかは死ぬ。

 

「ミスだな。あの人は殺されても、間違いなく文句は言わなかったよ」

「かつてロドスが仲間と呼んだ以上、武器を向けられようが“判別“出来ない」

「そうかい。実際のところ、自分が殺したかなかったわけだ」

 

 どうなんだ?

 そうなのだろう。

 

「その言い草、本当に“彼女“にそっくりだ」

「血は繋がってねえぞ?」

「実のところ、私が反響しているだけでしょう」

 

 思考は劣化する。正しい振る舞いを知ったつもりでも、環境と時代は目まぐるしく切り替わるのだから、こうあるしかないという回答はない。拘泥し過ぎれば、最後には宗教となる。

 

 頭では分かっている。俺は“彼女“に不可逆な変化を与えられた。

 

「以前なら殺したのでしょう。もう、殺せなくなった」

 

 これは実際のところ。“彼女“に会ったせいなのだ。

 それきり、ずっと嘘をつけなくなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルトリアは貴方の介抱に積極的でした」

 

 留守番電話の合成音声めいた説明文が、知らぬ間に飛んで、知らぬ間に帰ってきた意識を出迎える。

 

「彼女の立場と経歴が関係性の維持に関する考慮材料として大きいことは認めますが、現状は感謝を述べるのが妥当かと思われます」

「起き抜けでそれか、イグゼキュター。だが仰る通りで」

 

 起きるなり胴にヴィルトゥオーサの頭が乗っていた。

 睡眠を取ることも介抱をすることも驚きが勝っていて、逆に言うとそれ以外は概ね予想通りだったかもしれない。

 

 付き纏われると言うと変か。

 何かと縁がある。恐らくケルシーの陰謀だ。

 

「しかし彼女らしくないやり口だ。やれそうな印象もなかった」

「私も全く同意の発言を彼女にしましたが、返答は簡素でした」

 

 イグゼキュターは素っ気なく喋っているようにも見えたが、むしろそれは相当数の驚きがあると俺には判断出来た。

 思わず、こちらまで神妙に言葉に構えてしまう。

 

「貴方の望むアルトリア・ジアロは、こうするべきなのだろう。とのことです」

「…………はぁ〜、アーツはやっぱ嫌いだ」

「正解だったようです」

 

 こいつもうっすら似てきたな。

 だが、こういうのは自明の理という奴なのだろう。

 

「そうだ、そうとも。だがコイツに言うなよ、正解であることは認めるが、スタンスは認めない」

「状況ごとに対応は厳密に区別し決定されます」

 

 そらそうだろう。それを度外視しろと相談しているのだから。

 まあ大方、俺はあのまま思い切り気絶した挙句、どこかで復旧できたであろう通信も使わずに死にかけていたところを助けられたに違いない。

 

 右腕に巻かれた包帯の奥、まだ凍えが生きている気がした。夢ではない。

 

「状況は」

「貴方の追っていた“冬の国“の部隊は追跡を振り切ったようです。Facelessさんは“生きている筈はないし、生きていると安易には断定しない“とのことです」

 

 Faceless? Nyarlathotepはまたそんな変な名前を名乗ったのか。

 俺はずっとNyarlathotepだと記憶しているのだが、当人は時々で別の名前を名乗っているし、初対面で全員に違う名前を言うものだから俺以外が記憶も出来ていない。

 俺が知る名前もただの“多くのうちの一つ“だったりするのだろうか。

 

「判断が少々無理をしているとの指摘もありました」

「この女のせいってことで頼む」

「了解しました」

 

 マジでそう報告する前に止めた方がいい。

 ヴィルトゥオーサのアーツは隠された欲求を引き抜くことに使えるらしいが、あいにく俺はそういう劇的な背景に欠ける。

 

 ただ最近、こういう小さい判断ミス(生き残ることは目に見えていたのだから、小さい)が増えた。主に感情的な問題で。

 やっぱりアーツを使われているんじゃないか? ケルシーに調査の要請でも出すか。




何故かここすき欄に“彼“の異常発言への投票が多く、まあ多少は必要かと思って今回は書きました。
今回で終わりきらなかったですねー、次回で間違いなく締められると思いたいのですが、とりあえず未定で。

ヴィルトゥオーサ書きたいんですよね、書けてないけど。
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