==== この物語はあくまでもフィクションです =========
私の名前は野本由起夫。姪の名前は如月来夢(らむ)。
私は、脊柱管狭窄症が進み、車椅子生活になった。私と大姪との同居生活が始まったのだ。
母が亡くなった後、私は徹底して『終活片づけ』をしていたので、大姪(妹の孫)は2階に居住した。
私が母と同居していた時の名残の『ナースコール』を復活して、私は必要時に大姪を呼ぶことになった。
大姪が帰って来たとき、私はコーヒーメーカーのコーヒーを用意しようとして、流しが随分汚れているのに気づいた。
そう言えば、今の体勢になる前に、少し汚れていたが・・・。
大姪は、「汚いからの脱出」に不慣れだよな、多分。そう思って、私は掃除を始めた。
ゴム手袋をし、クレンザー、ブラシを用意し、車椅子を流しのギリギリまで持って来て、ブレーキをかける。
三角コーナーを横に避け、三角コーナーにかけた『水切りネット』を取り除き、避ける。
立ち上がりながら、母を施設の窓側まで連れて行き、立ち上がりの稽古をさせたが上手く行かなかったことを思い出した。
先ず、シンクから『ゴミ受け』を取り出し、ワントラップとか言う部品を取り出す。
この時、配水管ゴミ受け『水切りネット』も取り外し、ゴミだらけの2つの『水切りネット』をポリ袋に入れる。
ワントラップという部品は、配水管側のものと、シンク側のものがある。
シンク側のものは、簡単に取り外せる。
配水管側の物は固定されているから、周りをクレンザーの付いたブラシで、擦る。
次に、取り外した、シンク側のワントラップの表裏をブラシで擦る。
今度は三角コーナーを・・・滑って落した。
後ろから、大姪がやってきて、凄い形相で睨んでから、「バカ!!」と私を平手打ちした。眼には、一杯涙を溜めていた。
「私に一言言えばいいじゃない。汚れていたのは、分かっていたよ。でも、掃除してくれって頼めばいいじゃない。オッチャンのバカ!!」
10分後。私は、台所のテーブル前に車椅子を移動していた。
大姪は、予備のゴム手袋を出し、嵌めて、私が説明した手順で掃除を進めた。
シンクを洗いながら、「クレンザー、今度買って置くよ。やっぱりギリギリの量しか無かった。」と、大姪は言った。
流しが綺麗になった所で、コーヒーメーカーとコーヒー豆の準備をし、スイッチを押した。
「叩いたりしてゴメンね。痛かった?」「痛かった?」「反応、した?」「した。」「スケベおやじ!!」
最後の台詞だけ、音量ゼロにして欲しいな、と思っていると、コーヒーのいい匂いがして、スイッチが自動オフになった。
コーヒーカップに注いで、向かい合わせに座った大姪は、一口飲んで、「美味しいね。何でいつもはインスタント?」「手間暇かかるからね。洗い物も多いしコーヒーゴミもあるし。」
「そか。まあ、たまに、でいいか。」
夕飯の後、PCに向かって書いていると、妹から電話があった。
「叩かれたんだって?」「ああ。手順書作って渡せば良かったな。」
「立てるの?」「五分が限界かな。」
「叩かれて興奮した?」「した。」「反応した?」「した。」「スケベ。」
電話は切れた。電話の向こうで笑っていた。
一言多いのは、やっぱり遺伝子、DNAだな。
―完―
後ろから、大姪がやってきて、凄い形相で睨んでから、「バカ!!」と私を平手打ちした。眼には、一杯涙を溜めていた。
「私に一言言えばいいじゃない。汚れていたのは、分かっていたよ。でも、掃除してくれって頼めばいいじゃない。オッチャンのバカ!!」