昴くんはなにもしない 作:あまも
タイトル、ホラーかな
ユーロビート流しながら書いていたら山道下っただけで話が終わっていました。
なんでやろな……
つまり話が進んでいません。箸休め回です
閲覧ありがとうございます!
見送りはよいと断ったのに律儀に見送ってくれた宿の女将さんが、銀色の霧の中に消えていくのと同時に、視界からは路面以外のすべてが消え失せた。
いや、正確にはそこにあるのはわかってるんだよ。
ただ、私の座っている位置が……絶望的に低すぎて、なんも見えないだけでさ。
普段乗り回していた運転席の高さは、充分な視野が確保されていたんだなぁなんて現実逃避気味に、宿らしき建物のぼやけた明かりを眺めている。
ハイエースやらミニバンやら、視界良好なあの高さほどでは無いし、確かにお鼻も長いのだけれど、それでもしっかりと、悠々と山や路面やら見渡すことの出来ていたSUV乗りにとって、このスポーツカーの助手席は、もはや公道を走る座椅子に違いなかった。
あっれぇ、こんなに低かったっけ…!?
シャコタンにしてないか!?
これ車検通ってるか!?
いやね、わかっているんだよ。
今の私は左足から力抜くために、椅子にしっかりと座っていないからだってのはわかってる。
にしたってよ。
低いし早いし揺れるし、あと隣の人がいつなんどきキレてエンジン唸らすか分からない恐怖!!
今のところ、後続車両が無いのが救い。
おまけに、四万から中之条へ向かう道がこれほどまでに荒れていたなんて、一週間前の小林くんの運転で上ってきたときは露ほども思わなかった。
小林くんが運転してくれた時は、段差なんてコトコトと可愛い音と共に、フォレスターくんのサスペンションが柔らかく消し去ってくれていたからね。
路面が結構荒れてるなぁ、としか思わなかった。
一方、この白い悪魔はどうだろう。
アスファルトの継ぎ目、補修跡の盛り上がり、冬の間に凍結して爆ぜたであろう細かな罅割れ。
そのすべてを『ゴツッ!』だの『ガツン!』だの、ダイレクトな衝撃として、シートにおさまっている私へと、そしてこの左脚に、『路面が悪いんスよ、路面が〜』と伝えてくる。
「……ねぇ、透くん。さっきから思って、たんですけど、これ、わざと段差踏んでません?」
「何言ってるんだ、心外だな。これでもかなりラインを選んで、衝撃が少ないところを走っているつもりだぞ」
安室さんが言うからにはそうなのかもしれない。
彼は慣れた手つきでスイスイと車を進めながら、霧の向こうを見据えている。
……ホントにぃ?
そんな殊勝な心がけがあるなら、まずこのバキバキに硬い足回りをどうにかしてきてほしい。
あまりにもダイレクトすぎる。
お前が走るのはサーキットじゃないんだぞ。
道路脇の汚れ具合が味わい深過ぎるガードレールの支柱が、ギュンギュンと間近を高速で流れていく。
霧のせいでガードレールの反射板も先の方のは見えにくく、結果距離感が狂い、油断すると、速度ののった勢いのままその鉄柱にぶつかりそうな錯覚に陥る。
しかも、この緩く伸ばしている左脚がとにかく厄介。
手術の傷はとっくに塞がり、四万の湯で肉芽も健やかに育っていたはずのそこ。
頭では、『まだまだ無理させたら駄目よ』と灰原さんが目尻を吊り上げて指を立てて注意してくれている。
しかし車がカーブに差し掛かったり、路面のギャップで車体が跳ねるたび、助手席のフロアを無意識に踏み締め、あるいは扉に押し付けて踏ん張ろうとしてしまう反射的な力が籠るのを、意識してなんとか力を抜こうと……こう、変な緊張がずっと続いていて、正直普通に乗ってるより2倍疲れる。
踏ん張らない。
力は抜くこと。
シートベルトがあるのだし、何より彼の運転なのだから。
そう自分に言い聞かせているのに、ググッと車体が曲がり始めるたびに、変な力みが全身に回る。
本来ならリラックスして景色を楽しむはずのドライブが、どういうわけかこんなことに。
どうして!
安室さんは、そんな私の内なる格闘には目もくれず、淡々と語り続けている。
なんでも、彼がポアロでバイトしていたら、小五郎さんが蘭ちゃんと小さな名探偵を連れて来店したそうで、そこで弟子として小五郎さんにコツやノウハウを教わっている新米探偵の“安室 透”として、名探偵へとご挨拶出来たのだそうな。
さらに詳しく、どのような設定を彼に説明したのか、そして説明することにしたのか、という、本来ならば聞いておくべき重要な話。
けれど、今の私にはそんな文字情報を処理する余裕なんて1ミリもない。
薄ぼんやりの霧の中、流れる木々の輪郭から、ざっくりと道の流れを読んで次のカーブへの心構えの用意を整えるのに必死である。
「――で、毛利小五郎へあらかじめ……おい、聞いているのか?」
「ヒィ……聞いてますよぉ……
江戸川くんがポアロの新人さんに興味津々で、透くんがそれに上手く乗っかったって話ですよね。どうせ小五郎さんところの依頼、いくつかの事件についていけば自ずと信頼も……待って、それより、タコメーター、3000回転超えてません!?」
思わず身を乗り出して、センターコンソール越しに運転席の計器を覗き込む。
霧で周囲どころか前方すらも視界不良。
それなのに、いやこれは出発の時から思っていたけれど、タコメーターの針はシフトダウンの度にびょんと動いて、この車特有の澄んだ音が、湿った空気をつん裂いて響く。
「3000回転程度で騒ぐなよ。この車にとってはまだアイドリングみたいなものだぞ」
「下りですよ!? なんで回す必要が……ちょっと、カーブ、カーブ!速度計見てください、ほら、今、あれ、40キロ……あ、45キロ! カーブの手前ですよ!早い!早いって!ブレーキ!」
「法定速度内だろ。それともお前は普段、山を下る時に歩くような速度で走っているのか?」
安室さんは呆れたように鼻息混じりに吐き捨てて、滑らかなシフトワークで減速する。
悔しいが、その動作に一切の無駄はない。
ブレーキを踏むタイミングも、鼻先を向ける精度も、私がフォレスターで「はーどっこい」と曲がるのとは次元が違う。
……いやでもこの広さの道でこの霧なら私だってかなり減速して曲がるし……
そも、この“上手すぎる運転”が怖いのだ。
この男は、そしてこの車はその気になればいつでも、この霧を突き破って誰にも負けない速さで駆け抜けられるポテンシャルを持っているのは私だってわかっている。
あまりMT車は乗らないから詳しくはないけれど、それでもこの車が回転数を上げた方がコントロールしやすい、というのも、一応頭ではわかっては、いる。
かといって、こんな……下りなのに常にアクセル踏んでるのはおかしいじゃん!
もしも今、背後から事情を知らない元気いっぱいなヤンチャなお車が現れて、ちょっとでもこの白い悪魔を煽るような仕草を見せたら?
このパッと見ヤンチャ勢なイケメンのスイッチがパッチリ入って、タイヤを横滑りし始めたりしたら。
私の足やら魂やら諸々が、遠心力でどこかへ飛んでいってしまうのではないか。
その恐怖ばかりが先走る。
「あぁ!もう……ブレーキが、ブレーキが遅い!
オーバースピードじゃないですか!私のフォレスターなら、ずっと1500程度で充分なのに!なんなんですかこの、やる気満々の音!3000から全然落ちませんけど、ガソリン代がもったいないと思わないんですか!」
「お前……そっちのエンジンと違って、コイツはロータリーだぞ。回してなんぼだろ」
「ヒィィ……大丈夫です?これ、本当に安全運転なんですよね? 私を怖がらせて楽しんでるわけじゃないですよね?」
「前にも言っただろ。この車にとってはこれが一番安定するんだ。……それとも何か? 下り坂でフットブレーキだけに頼るような、素人同然の危なっかしい運転をこの僕に期待しているのか?」
「そんなブレーキぶっ壊すような事は言いませんけどぉ……」
バックミラーで後方の霧の中もしっかり確認しながら、彼はフンと鼻を鳴らした。
理屈はわかる。
現在、彼が運転しながらエンジンブレーキを効かせているのも、回転数を保って不測の事態に備えているのも。
ドリフトなんて真似は微塵もする気配はないし、安全運転と頼んだ通り、しっかり法定速度を保って運転してくれている。
なんなら法定速度以下ですらある。
わかっては、いる。
けれど、フォレスターの静かな音に慣れきった私の耳には、この回しすぎに思えるエンジンの唸り声が、いつ爆発するかわからない時限爆弾のタイマー音にしか聞こえないのである。
■
霧の深淵から、この車とは違う、明らかに異質な……野太く、そして腹の底を揺さぶるような爆音が聞こえて来ていた。
「……来ましたよ、透くん。噂をすれば何とやら、ですよ」
「の、ようだな」
徐々に大きくなる音。やかましい程聞こえた頃には、カーブの度にこちらの車内がチラチラと照らされ始めた。
後ろを見ると、濃霧を山吹色に染めて迫り来る光の塊。毒々しいほどに明るい、黄色のヘッドライトが見える。
霧の中を、車間距離という概念を忘れたかのように詰めてくる光。
あれは……マフラーは換えているのかね。
威圧感のある音は、まさに山道に慣れてそうな車のそれ。
うるさい、眩しい、近いときたもんだ。
煽られている。
誰がどう見ても、これは煽られている。
けれど、この隣の安室透という男は、ここでアクセルを踏み抜くような男ではない。
こんな安い挑発には乗らない。
「おっと、随分と急いでいる様子だね。……ちょうどいい、少し避けてやろう」
わざとらしい“安室さん”は実に滑らかに、左のウィンカーを出した。
路肩のわずかなスペースを見極め、減速。
タイヤが舗装の端の砂利を噛む音が聞こえるほど、徹底して脇に寄せて徐行する。
うわガードレールちっか。
その挙動は、教習所の模範解答よりも丁寧で、非の打ち所がない。
詰めてきていたバカ……もといその黄色の目の持ち主は、脇を抜ける際、これ見よがしに『パァン!』と近所迷惑そうなやかましい音を響かせ、加速していった。
霧の向こうへ消えていく真っ赤なテールランプ。
うーん。
「あー……良かったですね、絡まれなくて。ね、……」
私は胸をなでおろし、安室さんの横顔を見た。
……そっと目を逸らした。
安室さんはステアリングを握ったまま、赤いテールランプが揺れて消えゆく霧の先を、瞬き一つせずにじっと凝視していた。
今のこの隣の人は、善良な人当たりの良いポアロの看板店員じゃない。
………………こっわ。
「…フン、ランエボか。……群馬 330、“な”の、――――……、と。ありがちだな……」
ヒェッ
ボソリと、彼はその数字とプロフィールを呟いた。
あのランエボのナンバーも、凹んでいるリアフェンダーの傷の位置も、一瞬ニヤニヤと笑って通り過ぎてった鼻ピアスドライバーの染めた髪の色すら、今の数秒で脳内にアーカイブしたに違いない。
「と、透くん。まさか、あの、あとでこっそり調べるとか、そういう怖いことはしませんよね?」
「何を言っているんだい?昴。僕はただ、この霧の中をあんな速度で飛ばすのは危ないな、とあの彼のことを心配していただけだよ」
「目が、目が全然心配してる人のそれじゃないですよ!」
喫茶ポアロで見れる笑顔を浮かべ直した安室さんは再び前を向き、何事もなかったかのようにFDを本線へと戻した。
針は相変わらず、3000回転付近をキープしてカーブの度にビョンビョン行ったり来たり。
視線固定してるとぐらぐらしてくるな。外見なきゃ。
「あの車、大きなカーブの入り口で、少しリアが流れていただろ。……タイヤと、足回りのセッティングが甘い。あのままの勢いでこの霧の中に突っ込んでいたら、ガードレールの餌食になるのもそう遠い未来じゃないな」
「ヤダ!分析が専門的すぎて怖い! 頼むから追いかけないでくださいね!? 『助けてあげなきゃ』とか言って、急にブーストかけたりしないでくださいよ!?」
「あはは!まさか、そんなことはしないよ。僕は安全運転の……代行ドライバーだからね」
彼は柔らかく口角を上げ、にこりと笑う。
その笑顔は、接客用の貼り付けたそれである。
「……早く……早く中之条へ……」
私はもう、祈るような気持ちですっかり仲良くなってしまったグリップを握りしめた。
仲良くなり過ぎて、手袋がぎちりと鳴っている。
「早く?急いでいいのか?」
「ばっか!安全運転ですよ!!」
「あはは」
なにわろてんねん!
ははじゃねーってばよ!
ギャンと曲がった先に、テールランプが見えた。
すわあのランエボかとも思ったが、形が違う。
前方にてゆっくり走る、地元民らしき、四葉マークをつけたその白い軽トラを視認して、安室さんはびっくりするほど素直に車間距離を空けた。
やがて現れたカーブ付近の路肩の広いスペースで、軽トラが「お先にどうぞ」と言わんばかりにぐぐっと左に寄る。
安室さんは軽くクラクションを鳴らし、徐行に近い速度でその脇を抜けていった。
あぁ、良かった。
そう、山道とはこうあるべきだろう。
こうあるのが普通のはずだ。
霧の中では安全のために徐行するものだし、そんなどけどけと威圧的に迫らなくたっていいじゃんね。
「……あれは、こっちがこの車だったから挑発してきたんだろうな」
ぽつりと安室さんが呟いた。“あれ”ってのはさっきの輩のことだろう。
「この車……RX-7?」
「ああ。言っちゃなんだが、走り屋に人気の車だろ」
そりゃもう。
リトラクタブルのお目目がパカッと開くのはかわいいし、走っててもかっこいいのは認めるからな。
「……ダメですよ、追いかけては。速度超過禁止!」
「わかってるってのに」
このまま中之条まで、どうかこの市民の模範のような運転を続けてくれ。
すれ違いざまの金髪や、後ろからでも先程の白の軽トラの形がよく分かった程度には、麓に近付くにつれて霧がわずかに晴れてきていて、自然物にはない直線の影も見え始めていた。
あれが幻覚でなければ、きっと中之条の街並みのはず。
あそこまで行けば、コンビニがあるはずだ。
人間は明かりを好む生き物である。
「コンビニ、コンビニで休憩入れましょう?ね?」
「そういえば、水分を持ってなかったな。わかった」
安室さんも素直に頷いてくれた。良かった良かった。
そこで一旦。そう、一旦でもいい。
このド緊張の座席から解放されたい。
冷たいお茶を飲んで、ガチガチに固まった左脚の強張りを解いて……足もそうだけれど、手だってそろそろ限界だ。
安室さんは、クスクスと笑いながら楽しそうに、タコメーターをチラリと見てこう言った。
「ところで、江戸川少年と
「もう東都に着いてからでよくないですか?」
この車に乗ってる限り、話聞いて覚えたとしてもカーブの遠心力で記憶ごと吹っ飛ぶかもしれないからね。
■
中之条の市街地に入った。
市街地はかなり霧が晴れているが、山の奥よりはマシ、くらいだろうか。
空気はしっとりとしていて、まだまだ涼しい。
見慣れたコンビニの看板が、輝く灯台のように見える。
安室さんが駐車場にFDを滑り込ませ、きちりとアイドリングを止め、車がちゃんとそこに駐車したのを確認した瞬間、私は肺に残っていた空気をすべて吐き出した。
「休憩、しましょう。お茶。緑茶。ほうじ茶でもいい。冷たくて、刺激の少ないやつを……」
「まったく、温室育ちのSUV乗りはこれだから。いい、好きに休んでいろ。僕が買ってきてやるから」
助手席から私がへろへろと、体を引き剥がすようにして車体から這い出ている隙に、安室さんは実に軽い足取りでコンビニの店内に入っていってしまった。
降りる時ですら、地面が近い。
むしろびっくりした。ちゃんと車体が地面と隙間があって。
だってもう、座椅子かなくらいの距離感だったもん。
杖を突き、ゆっくりと体全体、そして左脚を伸ばす。固まっていた筋肉が悲鳴を上げたが、それでもこの揺れない地面の安心感といったら。
まるで実家!
日本って素晴らしい!
大地讃頌!
「ほら」
「あ、ありがとうございます」
コンビニで冷たいペットボトルのお茶を2本買ってきてくれて、1本をまるっとカラカラの喉に流し込んで一息つく。
安室さんはといえば、店の明かりに照らされた自分の白い愛車を眺めながら、スマートに缶コーヒーを傾けている。
霧でしっとりと濡れたFDと、金髪のイケメン。
この地でこのセットは完全に遠征に来た度胸ある若者なのに、中身は正義の味方である。
確かにここまでちゃんと交通ルールを守って運転してきてくれた。
見ていると、ボンネットについた虫の破片をぺいと指で飛ばしていたり、コーヒー飲む合間にふぅとひと息つきつきで、心なしかなんだか疲れているように見えなくもない。
……あれか。むしろ、この低い車だというのに、それでも可能な限りでこの霧の見通しの悪さの中、ギャップを見極めて慎重に走ってくれていたのかも。
そう、フォレスターくんが彼の言う通り、温室レベルに快適過ぎただけで、普通はこんなものなのかも。
思えば有希子さんのジャガーも、街中走ってる時ですらヤバかったもんな。
……私が、過剰にビビりすぎたのかもしれない。
いやしかし……
うーん……
見てて絵になりすぎて腹が立ってきた。
何だこの男。
こんなん、女の子がほっとかないだろ。
ちらりと周りを見ると、駐車場に他の車は止まっているのに人の姿はない。
出てくる気は無さそうだ。
車内で寝てるのか、それとも……
…………ん、もしやこの男の助手席に乗ってる私も、傍から見たらヤンチャ勢に見えてる……?
いやいや、メガネしてるし、外だからちゃんと今日の私はキッチリコーデ。
こんな真面目なヤンチャ勢、そういないでしょ。
え?インテリヤクザ?
誰がやねん!!
ひと息つけて、私もようやく落ち着いた。
きっと安室さんも頑張って運転してくれたのだ。妙に怖がってしまって申し訳ない。
ここから先は国道通って、後はインターから高速乗るだけだし。なんにも怖がる必要はない。
そう。思えば安全なアトラクションみたいなものだったわけだ。
「透くん。わざわざお迎えありがとうございました。あとは前橋まで、国道を大人しく流して帰るだけですね。高速代もこちらが出しますから、どこから乗ってもらっても」
そう、ここからは基本街中ばかりの、安全で平坦な道だ。
これならきっと耐えられる。
空元気で笑顔を作り、私は助手席に戻ろうとした。
なのに安室さんは、ふ、と短く息をついて、コーヒーの空き缶をゴミ箱に放り投げると、とんでもないことを言い出した。
「いやいや、何言ってるんだ。ここからが本番だろう。ヒロからお前の希望を聞いているぞ。
……霧の“冬名峠”が見たいんだって?」
ハェッ!?
私の喉から、マヌケな声が漏れた。
ま、待って。
それは小林くんに『“SUBARU”の車で、快適な乗り心地を楽しみながら、“安全運転で”、よく描写されるあの霧を眺めにいきたい』と頼んだのであって、この『低空飛行零戦エンジンで峠を攻めてくれ』などと頼んだわけではない。
見たいか見たくないかだと圧倒的な“見たい”だが、見たいと乗りたいは違うのだ!
「い、いいです! いいですよ透くん! お気遣いなく! ほら、霧も深いですし、危ないですから! 大人しく前橋に向かいましょう?
忙しいんでしょう? あなた。ポアロのシフトとか、……その、“別の”ほうとか!あ!私、急に論文のこと思い出しました! ああ、早く帰らないとなぁ! 」
「遠慮しなくていい。わざわざこの時間に出てきたんだから。それに、この車であの山だからな……お前の希望通りだろ?……何、ちゃんとお前の脚は考慮してやるし、お前の“ご希望に沿って”、あの峠のヘアピンを何本か通って帰ってやるよ。見たかったんだもんな?」
「見たかったのは見たかったんですけど、別にそんな、乗り心地はここまででもう十二分ってか、お腹いっぱいっていうか、むしろ胃もたれというか!奥四万ですら
「この僕の運転で危ないなんてことあるわけないだろ」
「オメーどの口が言ってやがる!」
「この口だが」
断固たる固辞も虚しく、安室さんは「さあ、乗った乗った」と、さっきより一段と
この……3面ゴリラ!ゼロの執行人!
「……ああ、そうだ。言い忘れていたが、上りは“下り以上に”回すからな。……しっかりとドアグリップを握っておくんだな」
ぎゃあ!
私の揶揄程度でにっこり笑顔深めやがって!
「もう出発ですか!?待って待って透くん!まだお茶飲んでな」「さっき1本飲んだろ」
ガチャン、と無情にも閉まるドア。
シートベルトの締まる音。
再び火が入ったエンジンが、今度は心なしか唸り声ではなく吠えるようにウォンと鳴く。
安室さんの細長い指が、カチリと一速にギアを叩き込んだ。
「さぁ、行こうか」
嫌じゃー!
誰だ、この聖地で運転
私か。
私のバカ!
うっかりさんな私の目は、ちゃんと朝の薄暗い、濃い銀白の霧の中でも、景色が見えてしまうのが恨めしい。
ちょっとでも、あのスタート地点が見れるかも……というワクワクした高揚感が否定できないのが恨めしい!
わかってる。
大丈夫。
これから向かうのは“裏”だろうから、路面はさっきよりマシ……登りなのが怖いけど……まだ……まだマシ…………
広いし直線も多いからスピード出しやすいのが怖いけど……ま、まだ……
えーん!
助けてぇ、みっちゃん!!
これ別荘の行き帰りに似たような話があったんですけどあの時は大幅カットしたのでその分ここに詰めたらこの文字数
なのにこんなことに。
ゆるして
ところでおばあちゃんがGT-R運転して、本人も「ダラダラ走って寝ちゃいそうになった」と言っていて、山の事件ばかりよく呼び出される上到着も早めな“群馬”県警のミサオちゃんってもしかして、車の運転……
読んでいただきありがとうございました!