昴くんはなにもしない   作:あまも

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1年も長々と書いててロクな設定もないなと思い、記念がてらに出そうとしていたけど25日には間に合わなかったものがこちらですね

少し戻って番外編、世良ちゃん視点のお話です
怒らないでね……

閲覧ありがとうございます!


62-1-S:兄のともだち

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 ホテルの分厚い絨毯を踏みしめながら、ボクは部屋に戻った。

 

「ただいま、ママ」

 

 電子ロックのドアが閉まってから声をかける。

 薄暗い部屋の奥からは、紅茶の香りが漂ってきていた。

 

 ソファーには、あの日、悪い奴らに毒薬を飲まされて、帰ってきた時にはすっかり小さな姿に縮んでしまった……けれど間違いなく本人であるボクのママが、静かにティーカップを傾けていた。

 隈の特徴的な目が、ボクのほうを見る。

 

「おかえり、真純。……それで、どうだった。例の依頼人は」

「ウン。吉兄から聞いてた通り、なんだかすごく……気のいい人だったよ」

 

 ライダースジャケットを脱ぎながら、先ほどまでいた東都の総合病院、その最上階にあった病室で出会った青年を思い返す。

 

 

 

 沖矢昴。

 

 吉兄が昔から親しくしているという、東都大学の大学院生。

 

 吉兄からはよく、その友達が何をした、とか友達と何をした、とか……色々と教えてもらっていたから、一方的にではあるけれど、あまり知らない人という感じはしなかった。

 ボクが聞いていた限りでは、出不精な吉兄を外遊びに連れ出したり、ボードゲームに付き合ったり、恋愛の相談に乗ったりする、本当に仲の良い男友達。

 そんな友達の彼から、『とある高校生の護衛』の仕事を頼まれたのは、ボクやママが日本への渡航を考えていた時期のことで、狙ったんじゃないかとすら思えてしまうほどタイミングが良かった。

 けれど、その詳細を聞かされた時。

 その友達は、どこかの富豪の息子か、何かきな臭い組織の人間だったんじゃないかと疑ってしまうことに。

 

 だって、親戚でもなんでもない子どもの護衛のために、ボクの依頼料も渡航費も、ましてやホテル代まで全部持つ、だなんて、普通の学生に言えることじゃない。

 

 いやいや、もしかしたら、義理の弟とかそういった話なのかもしれない、なんて思いながら彼について調べたら、今度は何にも出てこないし。

 見兼ねたママが手伝ってくれたけれど、データ上での顔写真すら手に入らなかった。

 ママが手伝ってくれたのに、だ!

 そこまで情報が隠されてる人物なんて、よっぽど強固なセキュリティに守られてるか、もしくは情報そのものが残ってないほど、“裏側”に生きてる人なのか。

 

 おまけに、いざ会いに行くとなって場所を聞いたら、なんと入院中!

 しかも彼が入院していたのはセキュリティ万全のVIP専用個室。

 

 ママはなんだか真剣な顔して、「実際に見極めて来い」だなんて言い出す始末。

 

 吉兄に聞いたら、『アイツと会うなら、馴れ馴れしいくらいで丁度いいと思うよ』なんて呑気なこと言ってさ。

 

 なのに、その肝心の本人に会ってみると……

 

「ママがあんなこと言うから、覚悟して行ったってのにさ。ボクがちょーっと馴れ馴れしくしただけですぐに打ち解けちゃって。彼からは警戒心ってのが全然見えなくて……なんだか調子が狂っちゃったよ。

 とてもじゃないけど、裏社会で立ち回ってるようなタイプには見えなかったな。天涯孤独で養子になってるっていうし、実家が太いわけでもなさそうだったから、どこかからお金集めてるのかも。そんなに商売上手なようには――

 あ、でも状況を整理する頭の回転は悪くなさそうだったけどね」

 

 吉兄のアドバイス通り、わざとらしいくらい親しげにしてやったら、確かにほとんど警戒してない様子だったけど……むしろ警戒しなさすぎて……

 面と向かって「かわいい女の子」だなんて言ってきたのにはビックリ。

 

 そういう女ったらしな言葉を照れなく言える辺りは、きっと女性の扱いに慣れてるんだろう。

 もしかしたら、“そういう”パトロンがいるのかも。

 分厚い包帯の下にある傷は相当酷いものである様子ではあったけれど、それにしたって、VIP専用個室って。

 あまりにも待遇が良すぎる。

 

 

 あんなにのほほんとした警戒心無さそうな顔で……あれで本当に、探偵の助手なんて出来るんだろうか?

 “お手伝い”している彼から依頼人の個人情報が漏れてたりしてそうで、毛利小五郎の探偵事務所の情報面が、心配になってしまった。

 でも確かにデータのセキュリティはしっかりしてたんだよなぁ。

 なんだかチグハグな人だった。そんな印象だ。

 

 

 ボクの報告を聞いて、ママはゴホ、と、ずっと治らない咳を零しながらも小さく鼻を鳴らした。

 

「……血は争えんということか。……あの男も、平時はまるで気の抜けた炭酸水のような男だったからな」

 

 気の抜けた炭酸水……たまにシュワっとするけれど、ほとんど普通の水みたいな人。

 あぁ、確かに?

 紅茶色の頭だなぁなんて思ってたよ。

 

「あの男……あ、それがもしかして?」

「ああ。依頼人の、父親の“オキヤ”のことだ。お前は会ったことはないが、おそらくお前の会ったその青年も、奴と同じ反応していたのだろう」

 

 ママの言葉には、呆れ混じりに懐かしそうな、旧知の友を思い出して楽しむような響きがあった。

 

 

 吉兄の個人的な友人だと思っていた沖矢さんは、なんとママの知人だったらしい。

 

 正確には、沖矢さん()の父親を知っているに留まり、沖矢さん自身とは会ったことはないらしいけど。

 

 ママが言うには、ママの知る“オキヤ”という父親と、今日ボクが出会ったその息子の沖矢さん、どうやら、見た目も中身もそっくりなのだそう。

 

「沖矢さん、自分は子どもの頃の事故で父親を亡くして、それ以前の記憶はないって言ってたけど……無意識でも覚えてるってコトなのかな。

 あ!じゃあ、VIP病室の手配とかも、もしかして……」

 

 知人の息子が怪我をしたから、その見舞いに病室を手配したのかと思ったら、ママは首を横に振った。

 

「それは私たちではない。他ならぬ彼自身の資金によるものだろう。彼は最近、資金繰りに忙しく活動していたようだ」

 

 ママは……ううん。

 ママ“たち”は、どうやら彼の動向は、詳しく見ているらしい。

 

 

 ……どうして?

 

 ママはティーカップをことりとソーサーに置いた。

 

「彼をこの東の果てで保護したのは世界的な推理小説家……工藤優作だ。工藤優作は、彼の父親と奇妙な縁があった。……友である男の不審な死の真相を探るため、そして天涯孤独となった友の忘れ形見を保護するため、手元に引き取ったらしい」

 

 窓の外を見ているママは、窓の外よりももっと遠くを見ているみたいだった。

 

 というか、そこまで詳しく沖矢さんのことを知っていたなら、会いに行く前にボクに教えてくれたら良かったのに。

 

「あの男……自分が匿った子供の背後を、察した上で動いているのだろうな」

「背後?」

 

 ママが呟いた言葉は、きっとその世界的な小説家、工藤優作の事。

 吉兄の友人。世界的な小説家の庇護。VIP病室。

 そして何より、MI6の諜報員であるママが、まるでかつての戦友を懐かしむような、ひどく静かな目をしてその“父親”のオキヤさんという男についてを語っている。

 

 それにその……背後にあるもの、ってのは。

 

「……ねえ、ママ。沖矢さんの父親って、一体何者だったんだい? イギリスで、ママと一緒に仕事をしてた人とか?」

 

 ボクが身を乗り出して尋ねると、ママはふいと窓の外からティーカップへと視線を戻す。

 表情は懐かしむような、最近の張り詰めていたママには珍しく、柔らかいものだけれど……これは笑顔ではない。

 ……悔恨?

 

「……我が国の“要人”が、ひどく気にかけておいでなのだ」

「要人?」

「ああ。“オキヤ”が消息を絶った時、酷く憂慮しておられたお方だ。彼が見つかり、しかしそのすべてを忘れ、この極東の地で一般人として暮らしていると知って……そのお方はようやっと安堵なされたが、同時に、『彼が何にも縛られず、自由に生きているのなら、それでよい』と……我々が接触し、連れ戻すような真似は固くお禁じになった」

 

 ママの口ぶりに、ボクが考えていたよりも問題ははるかに大きいのではないかと背筋がゾクッとしてしまった。

 

 ママがわざわざ“要人”と呼び、敬語を使う相手。

 ママたちのさらに上にいる存在なんて、イギリスの……それこそ政府の高官か、あるいは……

 

 いやいやまさか。

 

 あの、ちょっと頼りない、けれど優しそうな、気のいい一介の大学院生が、そんな雲の上の人物から無事を願われて、離れた地でも元気でやってるのを「自由にしてやれ」と放任され、けれどその動向はママたちに監視……いや、見守られている?

 

 ふと、吉兄が養子として、羽田の家に行ってからの事を思い出した。

 

「……もしかして、ママ。吉兄との連絡は頻繁に取るようにってボクに言ったのに、自分は全然会おうともしないのって……」

「……ああ」

 

 ママは小さく頷いた。

 ママが直接会ってしまっては、その“要人”の希望に反する結果となりかねない。

 

 吉兄と沖矢さん、学生の頃からずっと仲良さそうだったけど、大学のころなんてかなり遊び回ってたみたいだから……会う、となったら、ママと沖矢さんが出会うことになってたかもしれない。

 けれど、連れ戻すことは望まないとしても、動向はよく見ておく必要はあって……だからこそ、そこで吉兄が彼の友人となったのは渡りに船、ということだったのかな。

 

 友人という自然と近しい人物の視点から、彼の身に何かが起きても知ることはできて、今回のように“友人とその妹”として、近くまで来れた。

 

「……真純があの子と連絡を取っていてくれたおかげで、これまでは露骨な監視は必要なく済んでいた」

 

 これまでは、ということは……それではもう、足りなくなってしまったのだろう。

 

 それはきっと、ママがこの国に調査に来る事になった原因にも繋がる。

 

 

 ……悪い奴らの、ママの姿をこんなにした、その幹部の女ってのが、この日本で目撃されたから。

 

 

 吉兄と沖矢さんが参加した仮装パーティーで起きた事件と、その裏で行われていたFBIと謎の勢力による銃撃騒ぎ。

 吉兄からの『友達に誘われたパーティー』の話が無ければ、その事件についてママが気づくことは無かっただろう。

 

 その話を知った時のママの顔は――それはもう恐ろしい形相で、小さくなってもママはママだと再認識した――思い出しただけでもゾッとしてしまう。

 

 ママと大喧嘩してでもアメリカにひとりで渡って、自由にやってる秀兄ならまだしも、この安全な日本で安全に暮らしてるはずだった、自衛手段もロクに持たない吉兄に、悪い奴らの手が近付いたからだろう、って思ってたけど……

 まさかそのお友達(沖矢さん)とセットで、奴らに近付いたからだったとは……

 

 

「真純。改めて、頼みたい」

 

 

 すっかり低いところになってしまった視線は、それでも以前のママと同じ、強い意志が籠っている。

 ボクは椅子に座って咳き込むママの前に膝をついてしゃがんだ。

 

「ゴホッゴホッ……これは身を隠して以降初めての……彼から、こちらへの接触だ。ここで私の正体がバレてしまえば、もしかしたら彼は……“オキヤ”は、またどこかへと飛び去り、雲隠れしてしまうやもしれない。

 私たちは、名目上は連中の捜索に来ているが、これはその名目を隠す為の、便宜上の任務のついで、ではない。全く別の任務となる。

 

 お前には……あの方の“雛”を……極東の空の下にいるあの青年を見守ってやってほしい」

 

 

 ママの言い方は、まるでママの知る“オキヤ”さんと、ボクの出会った沖矢さんとを混同しているかのような言い方で、なんだか奇妙だったけれど、きっと家族まとめての“付き合い”のあった人……だったんだろう。

 

「……うん。任せてよママ」

 

 ママ“たち”としての目標は、ママをこんなにした女。

 ボクたちはあの女を捕まえて、ママの体を元に戻す方法を聞き出すことだった。

 

 来日の便宜上の“探偵、世良真純”の目標は、依頼人の希望した、『高校生の護衛』。

 今日聞いてきた通り、その高校生……“本堂瑛祐”については、さらに詳しいことを彼が説明してくれる手筈となっているけれど、少しずつこっちでも調べてみようと思う。

 彼が“警察”と言っていた所が、少し引っかかるから。

 

 そして、今ここに、ボクにとっての極秘任務がもうひとつ追加されたってことだね。

 

「ボクは、“依頼人”を優先していい、ってこと?」

「いいや。彼がオキヤと似た性格であるならば、それは悪手だ。

 奴らは他人を優先する。自分の親しい相手が優先されていた方が良いだろう。……難しいとは思うが、真純は依頼人からの“依頼”を優先し、まずはアレの信頼を得て欲しい」

 

 信頼って……それは“難しい”事なのかな?

 

「割ともう、仲良くなったと思うけど……」

「油断するなよ真純。アレは主以外には素を見せない。その“警戒心のなさ”さえも、お前を油断させる為の演技だと思った方がいい」

 

 キリリと、ママの目つきは鋭い。

 けれど、ママは会ってないはずの沖矢さんの様子を思い浮かべると、なんだかママの言葉が過剰なものに思えてしまう。

 

 でも、ええ?……あれが?

 

 ボクの頭に浮かんだのは、へにゃっと笑った笑顔。

 ベッドの上の、体格は良いのになんだか頼りない青年の姿だ。

 あれが全部演技だって言うなら、そりゃママがここまで言う程のことはあるかもしれないけど……

 

 あれが?

 

 ママ、なんだかやっぱり……そのママの知る“オキヤ”さんと混ぜこぜになっちゃってないか?

 

 ……にしても、“(あるじ)”、ね……

 …………

 

「ママ、その沖矢さんの父親って、誰かに仕えてたの?」

「……まぁ、そうだな」

「でも日本に居たんだね」

「アイツは長い休暇を貰ったと言っていたな」

 

 その返事で確信した。

 

「ママ、その人と友達だったの?」

「……友人、とくくるのなら友人、だったのだろうさ」

 

 さっきから、ママの言葉の端々からは、ほんのちょっとだけ感情的な、苛立ちの気配があった。

 なんだか奇妙な言い方だ。

 

「その人、一体何者だったんだよ?」

「今となっては誰も知らん」

「えっ」

 

 ママの顔を見返したら、ママはすっかり冷めた紅茶をグイッとあおって飲み干してしまった。

 誰も知らない?

 

「アレは職務を全うし、役目を終えた。正真正銘、ただの一般人だ。そうすることを望まれたからそのようになり、そして役目を持たないまま消えた。

 だから、アレが何者だったかなど、もう誰にも追えない」

 

 空のティーカップとソーサーを手に、流しへと持っていくのか椅子から立ち上がったママは、ボクの前をケホと咳払いしながら通り過ぎていく。

 

「……でも、その元々の“役目”として何をしてたのかくらいは……」

「真純。」

 

 カチャリ、と静かに、流しにカップの置かれた音が静かな部屋に残った。

 

 

「追えないものを、追おうとするな。

 ……お前は今の彼を手伝ってやれ。それで見えるものもあるはずだ」

 

「……うん」

 

 流しで、ママが使ったカップを洗っている水の音を聴きながら、ボクはソファーにどさりと腰を下ろし、天井を仰いだ。

 

 吉兄は昔から食えないところがあったけど、まさかこんな、得体の知れないものとの縁を繋いでくるとは。

 どういうことだろう。役目が終わったから、もう正体はわからないって。

 そうなると、ママも一応、その役目を終えた“オキヤ”と、今日ボクの出会った沖矢さんは違う人物だと、わかってはいるみたいなのに、どうして彼らを混同してしまっているんだろう。

 

 

 沖矢 昴。

 ただの一般人。

 あの胡散臭くて、……でもどこか憎めない笑顔を思い出す。

 

 あの顔、あの様子……彼自身は何も知らないのではないだろうか。

 ママたちも、ママの言う“要人”も……彼には接触しなかったというのなら、記憶のない彼は自分のルーツも知らないはずだ。

 

 

 ああ、でも。

 

 

 ボクの魔法使い。

 その彼の父にして、その頭脳の手本となった男、工藤優作。

 沖矢さんの父親の友人だったという彼なら、もしかしたら……

 

 

 事情はまだ全部は見えない。

 でも、そこには怪しい危険な影と……どうやら(秘密)があるらしい。

 

「ボクに任せておいてよ、ママ」

 

 呟いてみる。

 当然、返事は無い。水の流れる音に紛れてしまった。

 

 

 窓の外、広がる東都には、まだ見ぬ危険な連中が、確かに潜んでいる。

 それらを追って、FBIや、この日本の警察……そして公安まで動いていたという。

 

 

 ママたちの気にかける『彼』に、その悪意が降り掛かると言うのなら……ボクは『雇い主』を守るだけだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 その魔法使いが、昔と全く同じ姿で彼の近くに居るなんて、ボクは聞いていなかった。

 

 

 なんで言ってくれないのさ!

 

 

 

 





英国サイドって少ないなって思っ




読んでいただきありがとうございました!

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