昴くんはなにもしない 作:あまも
玄関入ってすぐ階段なんだぁ……(コナン展感想)
閲覧ありがとうございます!
阿笠さんの研究所の2階、日当たりの良い小さなギャラリー。
そのすみっこに、キッチン横のすみかから再設置したベッドテントやクッションソファーをかためた、私の新たな居住スペースが再誕していた。
車の運転も、杖つきながらだけどゆっくり階段昇降も、お医者先生から仕方なさそうにお許しが出たからね。
奥穂まで行ってきたのは白状済みだ。怒られはしなかった。
なんだかすごい顔はしていたが。
では山登りは解禁かと、これまでの生活に戻れるかと食い気味に訊ねたら当然却下で、激しい運動も控えるように、とは窘められた。
ただ、軽い運動……ウォーキングや、それこそ階段の日常使いは問題ないとのことなので、積極的に階段使っていこうかなと。
下に置いていたラックも小林くんに頼んで持ってきてもらったので、日光に焼かれないようにベッドテント内の壁の一面にラックを置いて、そこに隣の書斎から借りてきた小説がズラリと並んでいる。
闇の男爵も探偵左文字も読み終わっちゃって、小さいのがソワソワしながら分厚いホームズ掲げてきたが、今このラックに置いてあるのは金田一耕助シリーズ。
私はやっぱり、ホームズより金田一のほうが好きだ。
この……スッキリしない感じがリアルで。
勉強になるけど、こういうのは起きてほしくない事件のパターンである。
だって彼の事件パターンってこう……犯行の計画がすべて“完遂”されるまで、惨劇の幕が下りない傾向にあるじゃん。
大抵、被害者側がやべー奴らだからしゃーなし感はあるけどさ。
いたたまれないよね。
大きなガラス窓からは、柔らかな午後の光が差し込んでいる。
このギャラリー、夏はいられたもんじゃないが、なんか気付いたら夏じゃなかった。
いいよもう。
暑くないにこしたことはない。
手元にある『悪魔が来たりて笛を吹く』をめくりながら、のんびりとした時間を過ごしていた。
乾いた紙の擦れる音が、静かな空間に小さく響く。
阿笠さんはお買い物で出かけているし。
隣のお兄ちゃんはなんか知らんが留守のようだし。
もうじき、学校が終わって灰原さんが帰ってくるだろうが、どこかで寄り道でもしてくるのかな。
高校生たちは部活に励むだろうから……
そういえば、真純さんや本堂くん、せっかくの自由な学校生活なのに、帰宅部なんてちょっともったいない気がする。
真純さんが、どうやら本堂くんを連れ回しているらしいとは園子さんから聞いている。
本堂くんは私からのお願いの、『真純さんの調査』で頑張って真純さんについて回っていて、真純さんは『本堂くんの護衛』でついてくるならご自由に、とそれぞれの意図で動いてるってのもあるだろう。
ただ、これだけ一緒に動いているのに浮いた噂のひとつもないのだと、恋バナ大好き女子高生な園子さんと蘭ちゃんからのリークなのか愚痴なのかわからん話も聞いている。
それぞれ弟気質な本堂くんと、妹気質な真純さんだ。
彼らにお互いへの“恋愛感情”なんて微塵も無いだろうに、男女セットってだけでそういう目線で見るのは良くないと思う。
男女の友情ってのは、ちゃんと在るもんだと私は思うんだよ。
周りがとやかく言う話でも無いし……そっとしといてあげてほしい。
彼ら、多分なんだが……同世代の友人っての、あまりいなかったんじゃないかと思うんだよなぁ。
なんか……私みたいな隠キャでもないのに、距離感バグり散らかしてるのが、家族の他に親しい相手ってのを作ったことがない人みたいで、結果的に家族への愛情表現に近い方法でしか親愛を表現できないことに繋がってるような……
ま、根っこは明るい彼らのことだ。
そこら辺の立ち回りは私が考えることじゃないだろう。
自慢じゃないけど、私は学校生活ってのを上手く立ち回れた気がしないし。
■
今日のところはここでのんびり、読書の時間ってので過ごすのも悪くない。
最近の私は頑張ってたし……長野出張もひかえている。
しかし、そんなのんびり穏やかな平穏が長くは続かないのが米花町。
にわかに階下が騒がしくなった。
1階に、灰原さんが帰宅したのと一緒に、あの賑やかすぎる少年探偵団の面々がやって来ちゃったようだ。
クッションソファーの陰に隠れるようにして、1階から見上げてもいつもの私のすみかしか見えないようにしているが、灰原さんも新一くんも私の在宅には気付いているだろう。
聞こえてくる子どもたちの賑やかな高い声は、吹き抜けを通じて驚くほどよく響く。
耳を澄ませるつもりがなくても、その内容が自然と鼓膜に滑り込んできた。
話の主題自体は、少し前の事件の話をしているらしい。
小嶋くんのお父様が、全国コジマさん選手権なる奇妙なオーディション番組に出演するかも、となって、少年探偵団と阿笠さんが、応援に向かったところ。
その番組の企画をしたスポンサーが、階段から突き落とされて頭を打って亡くなった、なんて事件だ。
まーた新一くんの行く先で事件が……これはいつものことか。
そこで、容疑者のひとりとして捜査線上に上がってしまったのは小嶋くんのお父様。
ケンカっ早くてお人好しで、曲がったことが大嫌いな、生粋の江戸っ子らしい。
そんなお父様が、カッとなってやっちゃったんじゃないかなどと。
阿笠さんと灰原さんから、話だけは聞いていたけれど、私が詳しく聞いたのは、そこで起こってしまった事件のほうだからね。
結局小嶋くんのお父様は、認めようとしない事件の犯人を前にして、足払いしてすっ転ばせて、顔面掴んで本来の、普段の荒っぽい江戸っ子全開のべらんめぇ口調に戻り、犯人のことを脅しつけたのだという。
テレビに出るのだから、少しは賢そうなフリしろと、奥様の言いつけで無理に度入りのメガネをかけ、標準語を使って知的に振る舞おうとしていたそうな。
……小嶋くんのお口の悪さ、お父様譲りなんだねぇ……
とはいえ、その話はちょいと前の事件のことだったはず。
何を今更ここまできてしてたのかと、ようく内容を聞いてみた。
どっこい、そこから、会話の矛先が別なほうを向いたらしい。
悪口ってのは、しっかり聞こえちゃうのが人の耳だ。
声を潜めたのは円谷くんだった。
ボク、思い出したんです、と彼は言った。
メガネをかけて、糸目で、いつものんびりおっとりしてて……丁寧な話し方をしている男ってのには、彼らは心当たりがあったそうだ。
いやぁ誰のことですかねぇ。
バスジャックの時に犯人を煽り倒したり、
いやぁ……誰のことですかねぇ。
……へいへい、人のいない隙に悪口ですかと。
聞かなかったふりしてベッドテントに潜ろうかと、そのままクッションソファーからずり落ちたのだが、まだまだ彼の言葉には続きがあったようだ。
小嶋くんのお父様と同じで、表面上は大人しそうにして、なんでもできる大人ぶっているだけで、本当は……すごく不器用で、根は熱くて優しい人なんじゃないか、と。
……いやぁ、……誰のことですかねぇ?
吉田さんも、歩美もそう思う、と躊躇いがちに同意の声を上げた。
バスジャックの時に、コナンくんたちを庇って犯人に殴られていた人のことを覚えているらしい。
優しい、……優しい?
心の中でその言葉を反芻し、呆れを通り越して苦笑したくなった。
とんでもない誤解をされたものだ。
私が彼らのために体を張ったり、山の中で説教を垂れたりしたのは、単に大人としての責任を果たすための義務感に過ぎない。
子どもという分別を欠いた生き物が、大人の目の届かない場所で無茶をして、その不始末を周囲が被るという状況が、私は心底我慢ならないだけだ。
誰が片付けるって……どの場面でも阿笠さんが責任を取らねばならなかったからね。
彼に迷惑をかけてはならない。
バスジャックでのタゲ取りも、山でのヒル除けも……すべては事態がこれ以上面倒な方向へ転がらないための、打算まみれの防護策だ。
私に、彼らと仲良くなるために歩み寄るつもりなど、もう微塵もなかった。
だってもう、私は諦めた。
彼らを助けるのは無理だと判断したのだから。
しかし、階下の小さなお兄さんお姉さんたちはさらに余計な補強を加えた。
「まあ……あの人はああ見えて、オメーらの動向をよく見ているからな。不器用ってのはちげーねーけど」
「そうね……偏屈な人なのは間違いないけれど、子どもを危険から遠ざけることに関しては、それなりに必死になるみたいだし……根っからの悪人ではないわよ」
などと、ふたりして調子を合わせている。
オゥオゥオゥ、やめていただきたい。
あのふたりは、私の性質を知っているはずなのに、何を企んで子どもたちを焚きつけているのか。
仲良しごっこを始めるつもりなど毛頭ないというのに、外堀を埋められるのは非常に困る。
開いたままの本に視線を落とし、すっかり文字が頭に入らなくなったページを眺めながら、内心で盛大にため息をついていると、小さな、躊躇いがちな足音が階段を上ってくるのが聞こえた。
歩調が遅い。
1段上がるごとに、長い沈黙が挟まれる。
それが誰の足音であるかは、容易に察しがついた。
円谷くんだ。
ギャラリーに上がってしまえば、クッションソファーの陰に居たって私の姿は見えてしまうだろう。
どうせ小さなお姉さんが下から、ここにいる私のことでも、彼らに報せたにちがいない。
現に、さっきまで話をしていた彼らが階下では静まり返っている。
後ろめたい思いするような話、してるんじゃないよ、まったく。
やがて足音は、ギャラリーをぱたぱたと通り、私のこのスペースからひとつ離れた柱の陰で止まった。
彼はそこに立ち尽くし、もう一歩と踏み込んでいいものかどうか、激しく葛藤しているようだった。
気配が固まっている。
私は本から目を上げず、ただページをめくる指の動きだけを止めない。
私は、読書を、しています!
だから、忙しいぞ!
まぁ……文字なんて1文字も読んでないが!
しばらくの間の後、衣服が擦れる音がして、円谷くんが小さな、しかしはっきりとした声を絞り出した。
「あの……沖矢さん」
私はそこで初めて、ゆっくりと顔を上げた。
いつもの外向けの“沖矢昴”を完璧に貼り付け、穏やかな微笑みを心がけて、彼に向ける。
「おや、円谷くん。どうかしましたか?」
可能な限りの、普段通りの丁寧な調子で問いかけた。
何も……私は聞いてませんのだわ!
円谷くんは緊張で肩を硬くし、抱えた小さな両手をせわしなく動かしている。
その目は、以前に山で私に向けたような、殺人鬼を見るかのような怯えではない。
「その、この前……群馬の時は、本当にありがとうございました。ボク、あなたに助けてもらったのに、ちゃんとお礼を言えていなくて。
……それに、あの時編んでくれたホタルかご、すごく嬉しかったです」
彼は一気にそこまで言うと、ふう、と小さく息を吐いた。
大人の都合を顧みずに、土足で境界線を踏み越えてくる奔放さは、今の彼にはない。
むしろ、大人の静かな空間を壊さないように、子どもなりに必死に配慮し、ひとりの人間として対峙しようとしている。
その様子を眺めて、さて、どうしたものやらと。
私は基本的には子どもという生き物は一様に苦手だ。関わりたくはない。
けれど、この子どもが、自分の犯した危うさを少しは反省し、大人の領域を侵さないように弁えているというのであれば。
あちらはあちらなりの態度を示した。
ではそれ相応に態度を返さねばならない。
……彼はこんな態度の悪い大人に、それでも勇気を出して接近を試みたのだから。
何かしらの打算があったとしても、頑張ったのなら……報われないと。
仕方がない。
私は、できるかぎりで口調を和らげた。
威圧してるつもりはないけれど、動物だって目と目を合わせられると緊張するものだ。目もそらす。
「……丁寧なお礼をありがとうございます。ですが、あの時の私は当然のことをしたまでですよ。それよりも、今日の読書はとても捗っていて、この静かな時間を邪魔されたくはないのです。
特にこれ以上、私に対して何か具体的な要望や用事がないのであれば、このまま放っておいていただきたいのですが」
私の言葉に、円谷くんは一瞬、拒絶されたと思って顔をこわばらせた。
まぁ待て。まだ続きはあるから。
「1階で君たちが騒がしく遊んでいる分には、私は一向に気にしません。ですが、下からコソコソと私の噂話をされるのは、非常に耳について気になります。ですから、その話ももう終わりにしてください」
私なりの最大限の譲歩で、頼むからそれ以上は踏み込んでほしくない厳然たる一線を引いた上での妥協だ。
話は聞くけどさ。
それ以降の時間まで取られたくはない。
灰原さんが、私の子どもじみた頑なさに苦言を呈していたのは記憶にあるけれど、かといって容赦なくズカズカ来られても、こっちもあっちも大変だろうし。
とはいえただ追い返すだけでは、また下で妙な勘繰りをされてしまうかもしれない。
……取引だな。
こいこいと、手招きするとおずおずと円谷くんが近寄って来た。
そばのノートPCから抜き取ったそれを、彼の手のひらにポトリと落とす。
「それを下に持っていき、灰原さんに頼んで、パソコンにセッティングしてもらってプレイしてみてください。私と、私の知人たちでほんの退屈しのぎの暇つぶしとして作ったシューティングゲームです」
円谷くんは私の意図を正確に汲み取ったわけではないだろうが、強張っていた表情がいくらか和らいだようだ。
適当に組み上げたはずのこのゲームは、ちょっとした暇つぶしで私が提案し、ノアズ・アークが、骨組みを作り、見た目をノアズ・アークとヒロキくんが整えて、私が注文つけまくった末になんか気付いたら出来ていたものである。
彼らは私にクリアできないものをと目指していたが、私が難しいのばかりではいくらでも難しくなるのだから、逆に如何に低レベルから難易度を上げていくかの挑戦でもあった。
……身内の悪ノリが祟って、いつの間にか恐ろしく本格的な出来栄えのゲームへと変貌してしまっていたのだけど。
なんせ響輔君に曲作ってもらうまでしてたからね。
だいたい悪ノリに乗っちゃう彼も悪いよ。
自軍、敵軍それぞれで残存コストによって曲に盛り上がりをつけるなんて発想するから……曲数は当初の予定より大幅に増えたし、作ってもらったものが良曲すぎるから、使いたくなってステージどんどん増えたし……イメージ伝えたらさらに新曲書き下ろしてくれちゃうし……
家のごたごたを気にしちゃって、仕事詰め込んで考えないようにしていた彼に、息抜きのついでのお遊びで頼んだつもりだったんだがな。
まぁ、なんだ。
子どもたちの退屈を凌ぐには十分すぎるほどの代物だろう。
「それなりに難易度も高くて楽しめるはずですから、皆さんで遊ぶといいでしょう」
側に来られるのは遠慮するが、下の階でワイワイとゲームに興じてくれる分には構わない。
結果的にはまたもや物で釣るような形にはなってしまったものの、これが私の提示できる最大限の譲歩であり、遠ざけるための妥協点だった。
円谷くんは手の中のデータメディアと私の顔を交互に見つめ、驚きの後にどこか嬉しそうに破顔して、「はい、ありがとうございます!」とキビキビ頭を下げた。
今度は軽い足取りで、パタパタとスリッパを鳴らして階段を駆け下りていく。
下からは、戻ってきた彼を案じる子どもたちの声――酷い目に遭わされなかったか、怒られはしなかったかという、いささか人聞きの悪い心配が聞こえ、その直後にはゲームの存在を掲げてみせた彼に歓声をあげる賑やかな声が、やんややんやと聞こえてくる。
なんか……下で言ってるな。
手だけ柵から見えるように挙げて振っておく。
緊張とか、心配とか……暗いよりかはああいう明るい声のほうが、聞く分には良い。
下からは電子的な起動音と、響輔くんの用意してくれた、こんなのにはもったいないほど良いオープニングテーマと、それに続く子どもたちの大きな歓声が響き始めた。
これならもう、私のプライベートを邪推するような内緒話がこちらまで届くことはないだろう。
チラリと柵越しに階下に目を向けると、見上げていた灰原さんと新一くんと目が合った。
新一くんが、口パクで『次は元太と歩美ちゃんだな』とか言っているような気がするが、いやぁ、眩しくて見えないな。わからんわからん。
さてさて、金田一耕助さんの奮闘ぶりでも読もうかな。
……ところでこれ、とっくに読んではいるだろうけど……新一くん、いつ頃読んだんだろうな。
探偵ミステリーものってどうしても内容に大人向けな出来事が絡むのが多くて、なんだかこれ子供に読ませて良いものなのかと思うと同時に、内容についてこれはどういう意味かと問われた工藤優作がいたのだろうかと思うと
いやでも普通に答えそう……
読んでいただきありがとうございました!