昴くんはなにもしない 作:あまも
本編はこちらです。
時系列順ではありません。
よろしくお願いします。
1-1:駆け付けた大学院生
ご近所さんからの爆発タレコミで夜中に駆け付けると、道路側に出ていた瓦礫を敷地の方へ片付けている阿笠さんがいた。実験の失敗で、家の道路沿いの壁を爆破し大穴を開けたらしい。
老体の腰をやると悪い。代わりにやるからと瓦礫を奪い、ひとまず彼を壁の穴をビニールシートと衝立で塞ぐ作業へ追いやった。
「経過観察中の薬品を放置?」
「うむ……丁度反応も落ち着いたし、朝からロクに食べておらんかったから、外で軽く何か食べて来ようと思ってのう……出る時は、1時間くらいは大丈夫とふんでおったんじゃが、ついつい長居してしまって…」
「で、コロンボから急いで帰ってきたものの、物は間に合わなくて臨界点。慌てて外に持ち出したまではいいものの、雨の地面に滑って、壁に突っ込み、爆発、ですか?」
「おお、そうじゃそうじゃ。よくわかったのう」
「よくわかったのうじゃありません。それじゃあなた、爆発に突っ込んでるじゃありませんか。怪我は?薬品の煙を吸っていませんか?」
ざっと全身を見る。雨に濡れて汚れているが、血で滲んでる所はない。穴の空いた壁を見るに、燃えたというか衝撃で吹き飛ばされたに近いか。転んだ時に擦りむいたりしていそう。骨や頭をやってないか心配だ。
「ハッハッハ。大丈夫じゃよ。転んだ時に手からすっぽ抜けて、先に爆発した所に突っ込んでしまっただけじゃから」
「大丈夫とは……?」
笑いごとではないと思うんだけど。若い時と違うのだから、気をつけてほしい。
「にしても、新一くんといい、よくワシがコロンボに行っていたとわかったのう」
「阿笠さんがいくらおっちょこちょいでも、何も無しに実験中に離れることは無いと思ってますが、今阿笠さんの家にロクな食料は無いので外に出ざるをえなかったんでしょう。あとヒゲにミートソースの色、付いてますよ。カピカピになる前に早く洗って下さいね。
あとは実験の合間にすぐ帰るつもりで行くならここから近くて、ミートソースの料理を出す洋食店で、阿笠さんが良く行くのはコロンボくらいでしょう。
残りは当てずっぽうの勘です。当たってよかった。
……新一くん?ああ、爆発音で出てきてくれたんですか?なら阿笠さんの片付け、手伝ってくれたら良いのに……まったくあの子は」
阿笠さんの家の冷蔵庫事情は知っている。レトルトも今度の休みに買い足す予定だった。
何故か慌てている阿笠さんを横目に、工藤氏の屋敷を見ると、明かりが灯ってない。
もう寝たのか?おいおい……薄情な奴。
…………いや、そこまで薄情な子では無いだろう。流石に。いくら最近生意気でも、流石にお前。他人の迷惑になる道路の瓦礫掃除くらいはせめて手伝うのでは?
というかそれを手伝わないのは薄情とかでなく、親切心が足りない。注意するべき?
工藤邸を見据えたまま立ち上がると、慌てた博士が穴から出てきた。そういえば雨で服が濡れているままって、雨が上がったのは少し前だけど、すっかり濡れてしまう程外で作業してたのか?
「や、いや、新一くんはな、その……」
「……明日が早いから寝るとかは聞きませんよ。それとも、居ないんですか?この時間に?」
夜である。22時なんて平気で越えている。それで帰ってないのは……
高校生一人暮らし。自由にしてたいお年頃。だからといって、こんな時間まで外なんて私も見過ごせない。いくら面白そうな事件があったからと言っても。
「えーと、えーと……そ、そうじゃ!用事があって、今晩は出かけ先で泊まると連絡があってな!」
「外泊? ……まさか、蘭さんとですか?」
今日はトロピカルランドに二人で遊びに行っていたはず。デートじゃんとニヤニヤしてたが、まさか……そこまでいったのか。
「あっ……それは……いや……そうじゃけど……そうじゃなくて……」
「……?」
なんか阿笠さんの態度がおかしい。ずっとおかしい。曖昧な態度で、度々何かを言おうとして口をもごもごさせて、の繰り返しだ。
「阿笠さん、私に何か隠してます?」
「ギクッ」
おい口で言うな口で。その通りに肩を跳ねさせ、視線を逸らして下手な口笛。この人の物を誤魔化す態度、いつも同じなんだよなぁ。
……いや、隠そうとしてる事を詮索するのは良くないか。
「まぁ……今度新一くんが帰ってきたら厳重注意ですね。まったく。最近一層小生意気になってきて……なまじ頭が良いのも考えものです」
「そ、そうじゃのォ〜こ、困った困った」
私からの詮索が止んで、ホッとしたのか油断している阿笠さん。その油断を突いてしまっても良いけど、なんか察せてきたな。
幼なじみの蘭と遊園地に遊びに行って…、から始まるいつもの口上が、新一くんの声で頭の中を再生される。
かなり記憶は薄れて来ているけど、そろそろ真面目に思い出す時期が来たかもしれない。
名探偵……ついに小さくなったか?
♤
オレの体が小さくなってから、もう三日目になる。
黒ずくめの男の情報は未だに探偵事務所には入ってこない。
博士に相談しに行くと、今は焦って動くことは無いと止められてしまった。
オレの正体がバレれば、オレや、オレのまわりの人…蘭やおっちゃん、それに博士まで危険になる。
でも、蘭が心配している、なんて聞いてしまうと、焦ってしまうのは仕方ない。つくづく、この小さい、何も出来ない体が忌々しいぜ。
地下の研究室から階段を上がりながら、阿笠博士の作ってくれた変声機を弄って色々な声を試す。女性の声も出せるのか。使い道は色々ありそうだな。
「とにかく、まずは一件でも多く毛利探偵に依頼をこなして貰い、彼を名探偵に──」
「ホー……まさか本当とはね。不思議な話もあったものです」
不意に、頭上から声が降ってきた。
顔を上げると、地下と一階の扉の前に、壁に寄り掛かる形で立つ、すらっとした長身の姿。
「ゲッ」
「なっ、なんでここに!!」
紅茶色の猫っ毛髪に、青色に反射するレンズの、フレームの無い眼鏡をかけた男性。首まで覆うセーターに、厚手の革手袋の厚着姿。にこにこと細められた目の、面白いものを見たと言いたげな顔は、見慣れた顔だった。
彼はこちらの反応を見て、即座に眉を下げる。
「なんですかその言い草。実家に帰ったら嫌そうな顔されるなんて私……悲しくなりますね」
「す、スバルさん?!」
彼は阿笠博士の養子で、今は離れて一人暮らししているはずの大学院生、沖矢昴。
『彼が何故、ここに』と考えた瞬間同時に、この人ならそうか、と納得してしまった。
そうだ、この人ここの鍵持ってる。それに……
「何故ここにというか、来てしまっては悪いんですかと言いますか……まぁまぁ、聞いてしまったものは仕方ないでしょう?詳しいお話、窺いますから。コーヒーでも飲んでゆっくり“おはなし”しましょうよ。
ねっ。阿笠さん。と……江戸川コナンくん?」
にこにことした笑顔はいつもの顔。1階への扉を開けて、外へと促す手つきには、どこも動揺した様子は無い。
間違いない。彼はこちらの正体を、確信を持って、話を聞きに来ているらしい。
♤
「ホー……なるほど、なるほど。阿笠さんが最近何やら作っているのは知ってましたが、いやはや、小さくなった新一くんの為の装備でしたか」
頷く彼。申し訳なさそうな博士。
落ち着いた今なら、彼がここに来ていたことも仕方ないとわかる。
確かにこの人は今現在一人暮らししているが、昔世話になった博士の事を心配して、かなりの頻度でこの研究所を訪れ、食事や洗濯、掃除や片付け、買い出し等、世話を焼いていくのだ。
『阿笠さんの体が心配なんですよ』と殊勝な顔で、博士の太鼓腹をぽよぽよと揺らし、お前はメタボであると言外に指摘する、そんな人なのだ。
「博士。スバルさんが来るなら教えてくれよ」
「いやいや新一くん。私が阿笠さんに何も言わずに来たんですよ。阿笠さんもキミも、何にも言ってくれなかったので!」
キッチンカウンターの外と中。サイフォンを弄るスバルさんは、不満ありげに口を尖らせている。嫌味な言い方をしているのも、自分はそれだけ腹を立てている、というパフォーマンスでわざとらしい。
物に当たる人ではないけれど、コーヒーを淹れる手つきは丁寧だった。
差し出されたマグカップとコーヒーを、阿笠博士が頭を下げて受け取る。オレの分はわざわざ氷で冷やして、グラスを出してくれているからアイスコーヒーにしてくれるらしい。
「すまんのう……じゃが、今回の新一の件は、知る事すら危険な可能性があったんじゃ」
「だからこそですよ。頼れる人を頼ってくれればよかったのに。…………私は頼りなかった、という事でしたら仕方ないのでしょうが」
「そんな事ない!」
そんな事は、ない。肩を落とし、さみしそうにしながら出来上がったアイスコーヒーを差し出してくれる彼に、つい大きな声が出てしまった。
スバルさんは、阿笠博士と同じくらい信頼できる人でもある。オレが小さな頃から家族ぐるみの付き合いで、博士の世話を焼く程度には家族想いで、根は優しい人だ。
何より、発明やメカに関しては博士だろうけど、恐らくコンピューターやプログラムに関してはスバルさんの方が数段上だろう。電子データの情報のやり取りで、警察に頼られている姿を知っている。
そして、何より──勘が鋭い。
もし何も言わずにいたとしても、いずれ遭遇してしまった時、オレの正体なんてすぐに気付いてしまっただろう。
あとついでに、阿笠博士がスバルさんに隠し事を隠し通すことが出来るわけない。長年一緒に生活してきた彼は、それでなくとも鋭いのに阿笠博士の事となると殊更目敏くなるのだ。
「頼りになるなら、なんで私に話してくれなかったんですか?まぁ、阿笠さんは話すかどうか、新一くんと相談してからにしようとしてた、という事にしましょう。で、新一くん」
「それは……」
そう。普通に考えれば、博士に伝えた時点で、彼に隠し通せることでは無かったわけで。なら、この人の事も頼らざるをえなかったはずなのだ。
が、そうしなかった理由と言われると……
「………いいですよ。ええわかりますとも。
忘れてたんでしょう。──ええ、ええ。この二日間、波乱万丈でしたしね。そうですね。新一くんのその脳細胞から忘れられる程度の存在ですとも。ええそうでしょうね」
アチャー。始まった。
カウンターに肘をつき、突っ伏す。
「あぁ〜残念ですねぇ〜哀しいですねぇ〜〜新一くんのお兄ちゃんのつもりで、これまで頑張って来たのに、忘れるなんてねぇ〜〜」
なんて、嫌味ったらしく、拗ね始めた。普段はしっかり者でキチンとした、立派な大学院生やっているのに。
根は優しい人、なのは間違いないのだけど、心配性…いや、心配“症”で、マイナス思考が標準装備。一人で暗い予測を立てて、そちらに向かって考えを進めてしまう。
だから、何かとすぐ……ごねるし、拗ねるのだ。
こういう所が母さんや蘭に似て、なんか子供っぽくて女々しいこの人の面倒な所なのだ。
この人、これがあるから面倒なんだけど──
「と、面倒がられても仕方ないですが」
いきなり起き上がるな人の心を読むな。
切り替えが早すぎるのもこの人の特徴。どうせ長々と考えても、この人はすぐに切り替えて次の話に入る。本人は『保留癖がついてるんですよ』と苦笑いしていたが。母さんや蘭と違って、長引かないからまだ良い方だと思う。
「さて、話は聞かせてもらいました。阿笠さんや新一くんが大変な事になっているなら、他人事ではいられません。私も可能な限り協力させていただきます」
それは助かる。情報集めはこの人の得意分野とも言えるだろう。
ただ、危険な事をわかった上で手伝わせるのは気が引けるのだけど……そう考えてるのを察したのか、彼は阿笠博士を指差し、此方を見る。『彼はどうなんだ』と、言いたいらしい。まぁ…仕方ないか。
「うん。阿笠博士を巻き込んだ時点で私もセットで付随しますよ。お得ですね。
──では、協力するにあたって、1つ2つ…いえ、3つですね。私から伝える事があります」
真面目な口調で、さっき突っ伏した拍子にズレた眼鏡を直し、コーヒーに口を付ける。
革手袋をはめた指を三本立てて、拳に戻す。そして人差し指を立てた。
「1つ。黒ずくめの男ですが。────彼らを追っている人達は居ます。私には、その心当たりがある」
「えっ!?」
書き溜めはありません。サクサク投稿ではないので、申し訳ありませんが気が向いた時にチラリとご確認ください。
読んでいただいてありがとうございます。
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