昴くんはなにもしない   作:あまも

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誤字脱字報告ありがとうございます!

漢字に弱い……

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22-3:寒蝉鳴く山の際にて

 

 

 

 

;;;

 

 

「ああ、エゾリスが居ますよ」

「えっ!ど、どこじゃ!?」

「ほら、そこのトドマツの木。今降りてきますね。これは目の前を走ってくれそうです……お、動いた」

「お〜!可愛らしいのお!」

「ええ、かわいいですね」

 

 トドマツの木、だと手袋が指さした木の幹から張り付くように降りてきた小さなフサフサの毛の塊が、駐車場の道の前に降りてきて、彼の言う通り跳ねるようにして目の前を駆け抜け、反対の茂みへと潜った。

 博士はその小さな、けれど本土のリスよりはずっと大きいエゾリスの忙しない仕草に、まるで女子高生のような動きで歓声を上げ、大きな声でエゾリスを驚かせないために慌てて自分の口を塞いでいる。

 

 エゾリスを見てかエゾリスにメロメロな博士を見てかは知らないが、にこにこと微笑む沖矢昴は首を少しだけ傾けて、背中の私へと目を向けてきた。

 

「灰原さんも、もう少し近くで見ますか?」

「……いいえ、遠慮するわ。驚かせてしまっては悪いもの…」

「ふふ。そうですか。……どうやら貯めていた食べ物を探しているようですね。あのクマザサの集まった所の手前です。ここだと……鬼胡桃かな。ああ、見付けましたね」

「かわいいのぉ……」

 

 色つきの眼鏡をかけて、前見えてるかも怪しい糸目だというのに、落ち葉と茂みの中からあんな小さな茶色い生き物を、よく見つけるものだと感心してしまう。

 

 逐一報告される実況と、一心不乱に観察している大柄な男性が並んで道の端で立ち止まっている様子に、徐々に駐車場から人が集まってきていた。何を見ているのかと訊ねてくる初老の女性に、彼は丁寧に指先で示し、言葉で教えている。

 

 工藤くんの言う通り、彼は眼鏡をかけてはいるが、視力は普通以上に良いということがわかる。

 

「ここで彼らを見付けると、幸運に恵まれるそうですよ。良かったですね、阿笠さん、灰原さん」

「そうじゃのお。哀くん、良いことがあると良いのお」

「……ええ」

 

 ……北海道神宮の公園敷地内にはエゾリスは生息しているし、目撃例も少なくはないとパンフレットには記載されていた。ただし、会えない時は会えない、とも。

 それでも、彼が『出発まで時間はまだありますし、少し散策しましょうか。そうだ、ここは鳥居が沢山あるんですよ』と、わざわざ、車で来ない限り使わないような北の駐車場まで歩いてきて……この、管理された森林地域までやって来た理由。

『こちらの鳥居はまだでしたか』なんて、変なことは言っていたけれど……

 

 キョロキョロと、観光目的だけでないのだろう視線は、エゾリスや、その他の野生動物をずっと探していたのかと、今の言葉でわかってしまった。

 

 駅で電車を降りて、荷物を駅のロッカーに預けてから、ずっと背負って移動してくれている。広い神宮の敷地内も、参拝の時には降ろしてくれるものの、ほとんどずっと。

 

 ……この人は、最初こそ私のことを警戒していたのに、今ではこうして、気を遣ってくれている。

 気を許した(・・・)のではなく、気を遣って(・・・)くれている。

 

 阿笠博士の言う通り、根は心底優しい人なのだとわかってしまうからこそ、彼が最初にあれほど……

 私を邪険にしたのは、私の存在を危険だと判断しての事だったのだと……理解できた。

 

「灰原さん?疲れましたか?休憩します?ここ、お茶屋さんがあるんですよ。六花亭の、判官さまというお菓子が有名で――」

「おお!たのしみじゃのお!」

「おっと。阿笠さんは昼にカニ、たくさん食べたでしょう。ですから私と半分こですよ」

「ええ!?トホホ…」

「ふふ。灰原さん、甘いものは大丈夫ですか?判官さまは美味しいですよ。焼きたてを是非食べてみるべきです」

 

 本当に、あの時あんなに嫌味を言ってきた人と同じ人物だとは思えない。

 これが内心を隠しているとかではなくて、努めて歩み寄ろうと見せてくれている姿勢なのだと、わかってしまう。

 彼が着けているのを見たことが無い、真新しい大きなウエストポーチは、タオルやハンカチ、ペットボトルなど、柔らかいものしか入ってなかった。腰より高い位置に留めたそれは、背負われた私にはとても楽だけれど……

 

 

 帰りの北斗星6号の車内で、鳩尾あたりを摩っている彼にどうしてここまでしてくれるのかと訊ねた。

 

「どうして…とは?」

「だってあなた、私のこと嫌いでしょう?」

 

 この言葉に驚いたのか、見開かれた目は、とても薄いグレーがかったライトブルー。彼の目は、初めて見た。

 これ程薄い虹彩なら、太陽光どころか室内灯でも相当眩しいはず。

 ぱちくりと目を瞬かせて、ぎゅうと音がしそうな程強く目を瞑り、何事か唸りながら首を振る。左右に。

 

「え?いやいやいや。嫌いなら私、徹底的に近寄れなくするので、嫌いなんてそんな。

 灰原さんは、阿笠さんや新一くんが認めた人ですからね。だからといってイヤイヤ受け入れてるってわけでは……嫌いではないですよ。

 …………いやほんと、最初のアレは……申し訳なく……でもあの時言ったことは忘れないでいては欲しいんですけど……あの態度は私も悪かったなって……」

 

 首や手を振って強い否定を示した後、ウジウジと勝手に悩み始めた彼。

 これが皆が言う、勝手に一人でネガティブになる彼の特徴か。

 ……本当に突然こうなるのね。

 

 規則的な列車の振動は眠気を誘うもので、車窓の景色は暗く、キラキラとした街並みを写していた少し前とは打って変わって暗闇が広がっていた。

 夜の山の中は、これ程暗いのかと。

 ふと、先程の青い目の彼は、この闇の中でも動物を見分けられるんだろうか、なんて考えてしまった。

 

 

「……私ね、赤い車、本当は苦手だったんです。見るからに派手ですからね」

 

 長らく徒歩散策に付き合って疲れたのか、寝ている阿笠博士を横向きに転がして、ブランケットを掛けてアラームをセットしてやりながら、そんなことを言い始める。

 

 彼の車は、濃くて暗い赤だったはず。

 

「でも使ってるうちに愛着が湧いてしまって、今ではすっかり、可愛い大事な、私の愛車です。本当に好きな色は緑なんですけどね」

 

 ケータイとかも赤ですし。と、アラームをセットしていた赤い携帯電話を振る。

 

「売れ残りだったり、貰い物だったり。結局、いいものは接してるうちにどんどん良く思えてくるものなんです。『愛着が湧く』って、そういうものでしょう?」

 

 だから手に入れる時にはその色や見た目を気にはしないのだと。

 使ってて良いものはそのまま使うだけだと。

 

「……ま、深くは考えなくて良いと思いますよ。こういうのは、なぁなぁで過ごしていくのが一番良いんです。

 いちいち派閥分けるのって、面倒でしょう?」

 

 にこと、いつもの胡散臭い笑顔とは違う、困ったような笑い方。

 ……彼は本当は、こう笑う人なのだろうなと。

 

 

「……なんてね!」

 

 徐に彼は立ち上がり、テキパキと荷物を集めると扉に手をかけた。

 

「では、私は小林くんと積もる話がありますので。灰原さんも、夜更かししてはいけませんよ」

「……あなたもね」

「はは……お休みなさい、良い夢を」

 

 ……真面目な事を言うのが恥ずかしくなるくらいなら、いつものようにふざけていればよいのに。

 

 

 阿笠博士と工藤くんの言う通り、本当に……不器用で器用な、捻くれた人。

 

 

 

 

 ■

 

 

 おかえりただいま東都は米花町!!

 

 今日も今日とて米花駅は賑やかである。

 

 

 ………………うん!賑やか!内訳は……うん。

 聞き取らないようにしてるけどね!

 

 米花町に出張で来た様子のサラリーマンが、真っ青な顔で改札に向かうの見てると……頑張れって気持ちになる。

 

 米花町初めて? 噂ほどにはそうそう巻き込まれないって。ただし、悲鳴と子供と黒ずくめには気を付けろよ。

 

 

 

 北海道旅行から帰ってから、なんとなく……なんとなーーく、ではあるが、灰原さんがちょっぴり、懐いてくれた気配がする。

 懐いたというか……私や阿笠さんのやってることを、じぃっと見てる事が増えた。

 

 保護した、怪我した野生動物を家に置いてる気分。

 お兄さんたち、ヤサシイヨ〜いぢめないよ〜

 

 噛んだら怒るけど。

 噛まれないよう、お互い気を付けような。

 

 

 無事、彼女の怪我のほうも後遺症も無く治りそうで良かった。ありがとう神様。

 

 

 

 クリスさんの移住計画(過激)は順調で、智明くんも出張が勤務になっちゃって、と困り顔で準備に大忙しな様子。

 保本さんやミツさんも連れて、皆で青森の方で頑張ってきて欲しい。

 

 零くんは私と景光くんの言葉を信じてくれて、口が堅いとお墨付きの智明くんへとキチンと1から説明しての協力を頼むことにしてくれた。

 公安的にはかなり有り得ない事だったらしく、景光くんがとても驚いていたけれど、内容聞いたらどこがキチンと1からなのかと顔を顰めたくなるほど曖昧で、デタラメな話。

 そういうとこやぞ。

 

 つまりは、最近外人の患者様が増えてらっしゃるが、その中の一人の女がすこぶる悪い人で、彼女を狙って更に外国から悪い連中が押し寄せていて、あの女が通っているこの新出医院が危険かもしれない。

 そのため、こちらで用意した青森の診療所に移っていただき、安全が確認出来るまで、そこで待っていてもらうと……

 そのため、青森への出向は私たち以外には話さないでもらって。

 

 ……あながち間違いでもなかったな。

 

 智明くんも、保本さんやミツさんに危険が及ぶ事は避けたかったのか、素直に頷いてくれた。内容の真偽に疑問はあろうが、実際危険なのは違いない。

 成実さんも、件の別荘での管理人兼診療所開設も了承してくれた。

 誰もいなくなってしまう新出医院を閉めていかなくて良いのかと不安そうではあるものの、零くんが上手いこと手続きしてくると言うのでまかせたそうで。

 ホントに?

 

 

 ジョディさんからは、それとなく新出医院についての探りを入れられている。零くん曰く、彼女は私とクリスさんの仲を疑って、私について嗅ぎ回っているそうなので、クリスさんと接触はするなよと厳命されている。

 何もないっすよ。彼女からの圧力は、クリスさんで耐性上げてなければ難しい対応だった。

 こう……FBIとしても教師としてもそれでええんかと言いたくなる、こう……りっぱな……

 わたしはそういうのよくないとおもう!

 

 だがしかし、そんな彼女も一足遅かった。

 すでに外堀は零くんが大体埋め終わってしまったので、あとは智ちゃんや成ちゃんそれぞれを外に出してから堀を掘り直す。

 いっそ甲斐甲斐しいまで献身的に新出医院周辺を整えて、クリスさんを迎えようと準備している零くんは、

 

「FBIに自国の国民も守れん様なぞ見せられるか…!」

 

 と、異様な敵愾心でもって燃えておられた。

 そっちなんだ……

 

 景光くんと成実さんとでささやきあってたのは、『あの安室って人、もしかして階級偉い人なの?』という話題。

 実際偉めだっけ?

 

「確か今の安室は階級だけなら警部ではあるけど、警視庁の警部にその気になれば指示出せる程度の権限はあるな」

「偉いの?」

「うーん……微妙なところ。表立って指示出来るわけじゃないから」

「あー」

「ちなみに唯景さんは?」

「殉職したから二階級特進?でも実質除名処分に近いからそんなのも貰えてないか。

 実質無職!プー太郎だな!」

「うん……」

「身分といえば、麻生成実の医師免許まだ失効してなかったんだな。安室さんに言われて初めて気付いたけど」

「うん……」

 

 死んだ事になってる人達で返事しにくい話題に花咲かすのやめてね?答えにくいから。

 

 

 ■

 

 

 来葉峠に来ましたよっと。

 

 秋なら紅葉で良い眺めだったろうが、新緑の木々と青い空に白い雲のビビットカラーが並ぶ夏の景色も悪くない。

 

 

 灰原さんが撃たれたのは雪の降る冬だった気がするが、この間の北海道は既に過ごしやすい初夏で、今は丁度よく盆の時期なので来てみた次第。

 

 もう季節は順繰りに巡ってくれればそれでいいよ。速さは気にしない。

 

 

 いつ来ても、人気(ひとけ)というものを放り投げた閑散とした峠道。

 前にも後にも道はあり、街にも何処にでも繋がってはいるけれど……

 ここよりずっと走りやすくて早い道が下にあり、ここより景色のいい道が他にある。

 

 わざわざここを通るのは、一部の物好きだけと言える。路面状況も決して良いとは言えない。サスペンションバッチバチの私の車ですらポンポン跳ぶ時があるのだから、軽とかで来たら一大事だぞ。

 

 それに、カーブにガードレールが無い所がいくつも。

 

 私が今立っている崖の際だって、あんな事故が起きているのに未だにガードレールはない。

 坂を登りきって、そのままスポンと空へ飛び出せる形。

 

 おかげで毎回、花を供える場所に困るんだよ。数年前はヤケクソでぶん投げたんだっけかな。

 

 崖の上だけあって見晴らしはいい。カナカナと鳴く蝉の声が、どこか遠くから聴こえてくる。

 吹き上がってくる風は、まだまだ暑い夏特有の湿ったもの。それでも流石に山なだけあって、じわりと熱気を含んだ下界の風とは違ってどこか涼しさを感じる。

 こういう山の風は良い。清々しいとも言える。

 

 

 飛び出す瞬間、どんな気分だったのだろう。

 状況を考えるに、その時の彼に意識があったのかは定かではない。

 

 下を見れば、かくんと下がってブロック擁壁が幾つも波打ちながら連なり、深い森へと続いている。

 我ながら、この高さからノンブレーキで飛び出して良く生きてたな、などと。

 

 

『落ちないでね』

「落ちませんよ」

 

 毎年ひとりで来ていたが、今回は同行者がいるんだっけな。

 ノアズ・アークが注意してくれたので、崖際から1歩下がり、そこに花束とペットボトルの緑茶、果物の詰め合わせの籠を供えた。

 線香を3本、このため以外に使ったことのないライターで火をつけると、お盆にだけ嗅げる特有の香り。

 死の近い人はこの匂いがする、なんて都市伝説もあったな。

 

 手を合わせた後、線香が3本とも灰になるのを見届けてから生花だけのこして残りを回収する。

 ここはそういうゴミ拾いの人すら来るかも怪しい。

 

『持って帰っちゃうんだ?』

「ええ。置いていってもゴミになりますからね」

 

 草花程度なら自然も許してくれるだろう。

 ああ、野生動物が食べてくれそうな米や豆なんかを次は持ってこようか。

 

 

 この事件の進捗は、あの頃からなにも進んではいない。

 

 最終事件解決機構工藤優作大先生をもってしても、あれ以上の情報は何一つ掴めていない。

 

 何もかも消されてしまったのではと思える程に、なにも残っちゃいないのだ。

 

 ……正真正銘、何もかも消されてしまったのだろう。

 時間ばかり過ぎていって、ここで事故があった事なんて関係者しか覚えてない話になってしまった。

 

 とはいえ、状況だけでも不可解な点は数多い事件なので、オカルトな話としてわざと都市伝説のように纏めた情報をネットに上げてみているが、どういうわけか一定期間で削除依頼が飛んできて、消されてしまう。削除依頼の申請主をその度に追うんだが、毎回どうでもいい連中で止まるんだよなぁ。

 それでもごくごく稀に優秀な人材の出てくるオカ板ではちまちまと、都市伝説として広まりを見せてるようで安心だ。

 

 謎として追ってくれる人が出ればいい。いずれ特集されてくれたらもっといい。

 どんな些細な情報でも欲しいからね。

 

 

 帰り道に車を走らせながら考えるのは、なんの目的があって、暗い夜に、この曲がりくねった峠道を、レンタカーで走ることになったのか。

 

 当時からの情報を一からさらって、覚えてる限りを思い出してみても、新しい情報はなにも出てきてはいない。

 

 手がかりのひとつもないのでは、かの工藤優作であっても難しいのは当たり前。

 

 

『景光くんや零くんに手伝ってもらったら?』

「いいえ。……彼らの手を借りるとすれば、今ではない」

 

 借りてもいい、とは思う。きっと力を貸してくれるはずだ。

 

 タイミングとしては、それこそ彼らが警察学校にいた頃に頼んでいたらまだ何かみつかったかもしれない。

 でもそのタイミングは、逃してしまったから。この先は、彼らの抱える今現在の組織関係が片付いてからでようやく、だろう。

 

 うん。今じゃない。

 

 

「今年も保留ですね」

 

 また今度、だ。すまんね沖矢さん。

 

 

 




お前、絆されてるやんけ


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