人外に勝利して転生したらなんか溺愛されるようになった。 作:you are not
授業が終わり、昼休み。生徒たちがそれぞれのグループで談笑したり、食堂へ向かったりするなかで、俺はノートを鞄に仕舞いながら小さく息を吐いた。
隣ではリリスが、昼食を取るわけでもなく、じっとある一点を見つめていた。そこにいるのは、あの女。
──さっき授業中に、俺にやたらと距離を詰めてきた肉食系女子。
「ねぇ、ちょっとだけいいかな?」
リリスがすっと立ち上がると、女子に声をかけた。
「あら、何かしら?」
「デイモン君のことで……話があるの」
にっこりと微笑むその様子に、女子は少し警戒しながらもついていった。これはやばいかと思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
もう杞憂通り越して、秒読みだからだ。
俺は急いで走って追いかけるが二人の姿はなかった。あかん、このままじゃあの女が死ぬ。魔力探知を全力で走らせて、リリスを探すことにした。
―――
人気のない学園裏庭。そこは昼休みでもほとんど人が通らない、鬱蒼とした樹々に囲まれた静かな場所だった。
「それで、なに? あの子のこと……本当に付き合ってるの?」
女子がからかうように笑みを浮かべて口を開いたその瞬間、空気が変わった。
「──消えろ」
ぼそりと呟いたその声と同時に、空気が震え、重くなり、皮膚の奥から冷や汗が湧き出し、吐き気すら覚える。
──視線の先に、リリスと言う少女が立っていた。
ただの少女の、はずだった。
だが「今、目の前にいるのは、人ではない」と女子には直感的に理解できてしまった。
「──アダムたんが迷惑そうな顔してた。そんな奴、」
少女──否、『ソレ』が、ふわりと笑った。
「いらないよね?いらないいらない」
背中から音を伴って何かが飛び出す。羽……に似たそれは、明らかに違った。羽毛はない。質量もない。だが『世界にあるべきではない感触』だけが、皮膚にまとわりついた。
羽ばたくたび、空気がきしみ、音のない衝撃波が走る。その存在は、視界にあるだけで吐き気を催すのに、目を逸らせば背中から刺されるという本能的な矛盾を感じざる得なかった。女子は震えながら、数歩、後ずさった。
「や……やめて。そんな、ちょっと話しただけで……っ!」
リリスは応えなかった。否、言葉を必要としなかったのかもしれない。
「じゃ、そういうことだから」
羽が大きくしなり、女子生徒の方へとムチのように向かっていった。女子生徒は死を悟った。
その瞬間、割り込む影があった。
「やめろ。リリス」
それは、デイモンだった。デイモンは腰の剣を抜刀し、羽は斬りつけた。羽は横にずれてしまう。その瞬間に、剣を突き刺し、羽は水に溶けるように消滅していった。空気が一気に緩んだ。重圧が消え、女子はその場にへたり込み、泡を吹いて気を失ってしまった。
数秒の沈黙。やっと脳が現実を処理したのか、リリスはハッと目を見開いた。
「ア、アダムたん‥‥」
「その呼び方変えろっていっただろ」
剣を腰にしまいながら、デイモンは呆れたように答える。その声色には怒気はなかった。が、リリスはデイモンに抱き着き、顔を埋めてしまう。
「ごめんなさいごめんさい。許して、嫌いにならないで、何でもするから」
「‥‥‥‥」
その姿はもう、『最強の大悪魔』ではなく、ただの泣きそうな少女だった。デイモンは無言のまま、リリスの頭に手を当て、撫でるように動かす。
その様子にリリスは涙を流しながら顔を上げる。
「まったく手のかかる奴だ、明日も飯作れよ?」
リリスは目を丸くした後、ふわっと顔を赤らめて笑った。
「うんっ!」
瞬間、リリスの翼が小さく震え、花が綻ぶように笑った。その笑顔は、どこまでも無邪気で――どこまでも、危うかった。
デイモンが顔を上げると、足元には気を失って白目を剥いた女子が倒れているのが見えた。しばらくは悪夢にうなされるだろうが──生きてるだけマシだろうとデイモンと結論づけた。むしろ、一人が死にそうになっただけと言う結果に驚いていた。
彼の学園生活は、今日も蜘蛛の糸よりも細い綱渡りで成り立っている。
デイモンさぁ‥‥そんなだから、厄介な女に目を付けられるんだよ。