歩く、歩く、緑の道をひたすら歩く。やることがないので雑談が始まる。
昨日は魔術・魔力の扱いについて話していたが、フーディが思い出したらしく話題に出した。
「ティントアの
まだニンジン食ってるのか。
「こう……魔力を飛ばして、死体の体に入れて、押さえる感じ。魂も触る。支配する感じかな……」
「支配かぁ……系統的に契約もしてる? あたしにも出来るかな?」
「無理かな。フーディの魔力はこの中で一番に質がいい。けど、死霊術は、心の面が大きい。泣いてしまうようだと、まだまだ早い」
「そっかぁ……」
「泣き虫には無理ってことだな!」
アッシュのアホ! と叫んで手近な石をそこそこ高速で飛ばす。
やめろコラァ! と叫んで拳で石を打ち払った。
この対応の差は面白い。
今のは明確にアッシュが悪いが、ティントアの言うことはずいぶんと素直に聞き入れている。
フーディならティントアにも噛みつくかと思ったが、死霊術が使えないらしいことにしゅんとしただけだった。
「フーディちゃん、石は危ないから飛ばしちゃダメです。アッシュくんもほどほどにして下さい」
俺としていはアッシュとフーディのやり取りを見るのはけっこう好きだ。
日常感が溢れていて何とも平和な気分になれる。
「カトレアなら、死霊術を使えるかも、そんな感じがする」
「うーん、無理だと思いますよ。昨日、クロエを見て髪を操ろうとしてみたんですが、ほとんど動かなかったんですよ。私は私の魔術しか出来ない気がします。……あ、私のアホ毛ってどうなってます?」
よっぽど気にしていたのか俺を見てカトレアが聞いてくる。
「大丈夫、もう立ってないよ」と答えたらほっと息を吐いていた。
「俺も、髪を動かすの、やってみるよ」
お、これは意外な挑戦者だ。ティントアは何となく興味ないかと思っていた。
「…………」
数分待ってみたがティントアは表情ひとつ動かさず停止している。
「やんねーのかよ!」とアッシュが叫んだ。しかし声でかいな。
「やったよ。全然、動かないね」
「なんだ、やってたのかよ。お前がボケたんだと思って、これは強めにツッコミ入れたほうがいいと思ったんだぜ?」
「……?」あ、ティントアはまるで意味が分かってないな。
「あたしもやりたーい!」
次はフーディの番だ。
大きく息を吸って渾身の力で髪に魔力を流しこんでいる……のだと思うが、俺の目にはリスのように頬をふくらせているだけにしか見えない。頬ってあんなに膨らむのか。
何の前触れもなくフーディの金髪がワサッと持ち上がる。
左右で一房ずつ、まるでまとまりの悪いツインテールのようになっている。
これはどうやら驚愕の事実らしくカトレアと、そしてティントアまでもが目を見開いてフーディを見ていた。
「だー! 疲れた!」
頬袋のようになっていたほっぺたから空気がシューと抜けていく。
「そんなに凄いのか?」
「とんでもないことですよ」
「純粋な魔術の才能は、たぶんフーディが一番だと、思う」
そんなに大層なことだったのか。
そして俺に順番が回ってきたが、予想通り髪の一筋も動かせない。
最後にアッシュの順番が回ってきた。
「気合の足りねー奴らめ。見てろ、もうバッサバサ動かしたるわ!」
案の定、ガッチガチに一本も動かなかった。
「じゃあ、お手本みせてあげるね」
クロエは、得意げ少し頭を振って白い髪を操ってみせる。さすがに本家本元だ。
銀の髪が日の光を照り返して輝く。
こうしていれば文句のつけようもない美人だと改めてそう思った。
最後に舞台挨拶のようなお辞儀をして締め括る。
「はい。お粗末様でした」
「……おまえ、もうずっとその感じで居ろよ」
アッシュなりに褒めたんだろうか?
クロエとしては照れるような感想だったらしく、ほんの少し顔をうつ向かせてごまかしている。不自然に髪を触るのがなんとも健気だ。
歩いていく道のりは順調だった。
なだらかな平原は緩やかにのぼりとくだりを繰り返していた。
まだ廃墟の街からはそう離れてもいないので鬼に出くわすかと思ったが、いまのところ気配を感じる感覚には引っかからない。
鼻のいいアッシュも何も言わないので近くには大した脅威もないのだろう。
俺たちは何時間か歩き続けている。三時間か四時間か……。
もしかすれば二時間そこそこくらいのものかも知れない。疲労と空腹で早めの昼休憩をとることにしたが、いまこのタイミングが適切なのかどうか、時計がないので時間の目安も分からない。
「あれ、もう終わりですか?」
問題はこのあたりから見え始めた。
カトレアがニンジンを詰め込んでいた大袋に顔を突っ込んでいる。
相当な数があったはずだが、そう言えば全員がかなりの量を食べていた気がする。
どうもあのニンジンもどきは実がすかすかで、だからこそ、その点が美味さに繋がっていたというか、やたら食いやすかった。
いま気づいたが腹にまったく溜まった感じがしないのだ。
「残りはこれだけですか」
わずかばかりだが、俺たちが小鬼の拠点から発つ前に集めた食料を確認する。黒くて硬いパンがいくつかと、ビンに入っている保存食、それから袋で小分けされたナッツ類だ。
食料ひとつめ、硬くて黒いパンについてアッシュが物申す。
「このパンよぉ、硬くてまずい上に水がないと飲み込むのもしんどいぜ? そもそもちょっと水に浸しとかねぇとアゴが疲れるレベルで硬いし、捨てた方がいいんじゃねえか?」
「確かに、こんなパンを一口だけ食うのに、貴重な水をいちいち使うのは避けた方がいいかもな」
俺とアッシュの意見にカトレアも賛成して頷く。
食料ふたつめ、ビンに入った保存食だ。
カトレアが瓶を持ち上げて下から覗く。
「この保存食も、食べようと思うと水が必要なんですよね。味が濃すぎて喉が渇きますし、単品では食べられたものじゃないです」
最後の食料はナッツ。味は可もなく不可もなく……というよりほぼ無味だった。
ティントアが無表情の中にどこか渋い表情をして言う。
「このナッツも、けっこうキツイ。一粒食べるだけで口の中パサパサ」
「なんか、どれもあんまり食べたくないなぁ……」
皆の気持ちを代弁してフーディが呟く。
「食べない方がいいかも知れませんね」
「え、なんで?」
「下手に食べて喉の渇きのまま水を減らすよりは命に繋がると思います。どこかの街に着くまで歩き続けるわけですが、水さえあれば数日は動けるでしょうし」
先を考え、生きられるための行動を意識する必要がある。
カトレアの注意をもって全員が事態を再認識させられる。
いよいよそういう深刻さを迎えつつあるというわけだ。
「その辺の動物とか狩って食えばいいんじゃねえのか?」
「知識と道具が足りませんね。解体の技術や調理する道具、とりあえず肉を切り出すことは出来ると思いますが、いまは鍋すらありません。……いや、そもそも火起こしからですか」
現状、魔術が使える四人に火を起こせる能力はない。
俺とアッシュにしても、体力だけで火を起こすのは休憩の時に挑戦してみたが無理だった。大きな摩擦と火付きの良い物を合わせることはそれなりの理屈がいる。
前途多難だ。
しっかりとしたマシな食事が出来る休憩はこれが最後かも知れない。
全員がその空気を感じ始めていた。
「ま、そんなに暗くなることもないよね」
「おう、何とかなるだろ」
フーディとアッシュの意見が珍しく一致している。
根拠はなくとも前向きでいられるのが二人の良いところだ。
……休憩は終了、出発だ。
俺たち六人はふたたび歩き出した。
歩けども歩けども、このだだっ広い平原にはまるで終わりがないように感じられる。
一陣の風を受けて波のように揺れる草を見ていると、自分が緑色の海に居るような錯覚をした。海原を行くといえば聞こえもいいが、ほとんど当てもない。暗雲立ち込める中へ漕ぎ出す気分だ。
「なんか進んでる感じがしないね」
後方の廃墟の街を見てクロエが言った。周りの景色の代わり映えのなさを見て俺も同意した。
「確かにな、もし今が森の中だったら同じとこグルグル回ってるか? とか想像してたかも知れない」
「だよね。……ちゃんと進んでる、よね?」
「勿論、これだけ開けたところだ、廃墟の街を背にして歩いてるから間違いなく進んでるよ」
「うん」とクロエが不安そうに俺へ返事する。
本心から進んでいないと思っているわけではないだろうが、不安を解消するために話したかったのかも知れない。
歩いて歩いて、全員とも疲労から口数を減らし黙々と歩いた。
途中小さな休憩をいくつか挟んだが、誰も何も食べようとはしなかった。
カトレアの言う通り水だけ飲んだほうがいい、というのに六人が頷いた結果だ。
「このダラダラした感じの坂しんどいよぉ~」
フーディが左右にフラフラしながら言う。俺は空を見上げながらおおよその時間を確認した。
「今は、二時か三時くらいかな。そろそろ一旦、休憩いれるか?」
「そうですね。足の疲労もそこそこ溜まって――」
「なんか、犬くせぇ」
犬? アッシュの唐突なセリフだ。
見れば平原の端にある林の中から四つ足の生き物が駆けてくるのが分かった。
「でかい犬だなぁ」
アッシュのさして興味なさそうな口振り。一、二、三……十匹ほどか。
確かに体の大きな犬……。いや、あれって。
「狼なんじゃないか?」
狼と聞きつけて全員の顔つきが少し変わる。
戦闘の匂いを感じ取ったのだ。