遠目に見える獣の群れを見つめアッシュが聞いてくる。
「なあヴィゴ、でかい犬と狼って一緒か? 狼と犬って違いあんのかな?」
言われてみると疑問に思う。だがそれよりも走り出さないアッシュの方に違和感があった。
「犬? 狼? あいつらどっちだ? つまり、でかい……でかい狼ってことか?」
おまえ、どうした急に。いつもなら既に走り出して狼を蹴っ飛ばしている頃だろうに。
「どうでもいいか、ちょっとあいつら追っ払ってくるわ」
いつものアッシュに戻った。気だるげに走り出したのは彼にも疲労がある証拠だろう。
とろとろと駆け出したが、それでも気付けばとんでもない速度で狼に迫っていた。狼より早いんじゃないだろうか。
十匹中の半分を蹴飛ばしてから言う。
「ヴィゴ! こいつらツノ生えてるわ! じゃあ狼ってことか!?」
眠いのかおまえ? 普通の狼にツノ生えてないだろう。
半分はアッシュが片付けたが、もう半分の五匹がこちらに向かってくる。狼たちのスピードに対応し、すれ違いざまに五匹を処理したアッシュは流石と言える。
あとはこちらで何とかしようとしたら狼たちが一斉にこけた。足を何かに縛られたように見える。
「平原はいいですね。そこら中に草が生えてますから、私は最強かもしれません」
カトレアの魔術か。たぶん草を結んで狼たちの足を捉えたんだろう。
狼から遠く離れたこの距離でそれが出来るのは確かに強い。クロエもフーディもまだ攻撃準備のところ一人だけ仕掛けられたのだ。
俺としては楽が出来てよかった。
かなり疲れているので狼の速さに対抗しながら戦うのは辛いところだ。
キャイン! と狼をひと鳴きさせた後でアッシュがこちらへ帰ってくる。
何をしたのだろうか。ここからではよく見えなかった。手になにか持っている。
「見ろ! ツノだぜ!」
ツノだな。
狼の頭に生えていたツノだ。けっこう鋭い。毛並みと同じ灰色をしたツノで、狼の体格からすると不釣り合いなほど大きいツノだ。サイズだけで言うなら大型の鹿の頭に生えていても頷けるくらいか。
「いいだろ。欲しかったら自分でとってこいよ?」
妙にテンション高いな。
なにかアッシュの好みに当てはまったらしい。
戦利品を嬉しそうに掲げて様々な角度から鑑賞している。
十匹程度のツノ狼ならわけなく対処できた俺たちだが、体の疲れはピークに達しようとしていた。幸い、だらだらとした登りを超えてようやく目標地点へたどり着けた。街道に出たのだ。
「ようやくか……」
俺の呟きは全員の気持ちでもあったらしい。これがゴールではない。ここから更に街道を右か左に進んで人里なりを見つけなければならないのだ。もうあと何十㎞を歩かされるのか。
「ここからどっちに行くか決めないといけませんね。ちょっとそこの木を伸ばして上から見てきます」
カトレアお得意の緑生魔術で木を成長させ上から見てくるということだが、ひとつ疑問を覚えた。そんな高いところ平気なのだろうか。塔の上で青い顔をしていた姿を思い出す。
「ご心配なく。自分の魔術ですから大丈夫です。制御が効きますから」
そういうものなのか。高いものは高いと思うんだが。
「カトレアは休んでて、あたしがやるよ。さっきの狼の時に魔力使ってくれたし」
魔力の扱いにも体力的な疲労があるらしく、協議の結果フーディが望遠を務めることになった。
どうやるのかと思ったら手頃な岩を浮かし、それに乗って見てくるというシンプルな方法だ。ふと思いつきを言う。
「フーディなら歩くより、それに乗って移動したほうが楽なんじゃないか?」
「あたしも考えたんだけど、岩ってあんまり掴みやすくないんだよね。動かすのは土とか地面のほうがやり易くて、でもそれだと足場になるくらい固めないとダメだから、この岩とかと変わんないくらい疲れる。たぶん歩いたほうがマシかなぁ」
操作する対象によって魔力の抵抗が変わるそうだが、まあとにかく歩いたほうがいくらか疲れないらしい。魔術は便利だが万能ではないのだな。
かなり高いところまで上がって右に左にきょろきょろとしていたフーディが下りてきた。
「左の道しかないね。右のは途中で細くなって途切れてた。こっちの左の道はちょっとずつ太くなってるみたい。街とかは……見えない」
いまだ街の影も見えないか。
フーディもそこそこ高所から眺めたはずだ。あの塔の景色には及ばないだろうが、だが感覚的に十㎞県内に人の住む場所はないのだと予想する
あとどのくらいだ。もう一日、今日のように歩くことは可能だと思われる。食料はないが水なら持つ。だが、その日にも見つけられなかったら?
次の日も歩いて探すことになる。水の残りはよく持っても明日中には尽きるだろう。
それでもどこへもたどり着けなければ?
「行こうぜ」
不安に押しつぶされるより前に、考え込むよりも先に、とにかく足を動かそう。
アッシュの言葉で俺はそう思ったのだった。