俺たち六人が店員として働き出してから三日が経った。
どうやらホールで働く三人が評判となって客足が増えたらしい。
なんでも「普通の店の看板娘の三倍は可愛い子が三人も働いている」だそうだ。
まあ確かにブーブー言って接客する三人は可愛らしかった。
「アッシュ、出番だブー」
厨房までとことこ歩いてやってきたのはフーディだった。
長いエプロン姿も少し様になってきたかな。
繁盛のおかげで厨房の俺たちには余計な仕事が一つ増えた。
「あーん? またかよ? もうめんどくせーんだよ! お前らで何とでも出来るだろうが!」
「そういうわけにもいかないじゃん。だってあたしら看板娘だブー」
「ブーブーうるせぇ! ブタ小娘が! そんで、どこのどいつだその馬鹿は!?」
余計な仕事とは、うちの看板娘に絡んでくる客のことだ。
話しかけてくるくらいなら構わないが、酒が入れば中には性質の悪い奴もいる。
これで今日はもう四人目か。
赤髪で背の高いアッシュは威圧感があるので、その手の輩を追っ払うのに適役だった。主人のマチルダからも不届き者は叩き出していいと仰せつかっている。
厨房からチラりと覗けば、今回はクロエが絡まれていた。
「ほら~。はやくクロエを助けに行くブー」
「あーもう、うざってぇ! 俺はキャベツ切ってんだぞコノ野郎!」
手にしていた半分くらいのキャベツをまな板の上に雑に置き、ズカズカズカとクロエの方に行くアッシュ。あいつの大声はここからでもよく聞こえた。
「なぁ、クロエちゃん。ちょっとでいいからさあ、遊んでくれよお。俺こう見えてけっこう金――」
「お客さん! 当店の従業員が! 迷惑しとります!」
声でっか! 思わず笑ってしまった。
それにいつまで経っても正しい言葉使いというのが出来ないらしい。
なにが「しとります」だ。
「――うるっせえな! なんだオメーは? 邪魔すんじゃねえよ。オメーなんぞ怖くもなんともねえよ。ちょっと体でかいくらいで俺が怖がると思ってんのか? ぶん殴られたくなかっ――」
「ぶん殴られるのは! お客さんでございますぞ!」
だから声でかいな!
もうちょっとしたらアッシュのこめかみの血管が切れるんじゃないかというくらい青筋を立てて怒っている。客は襟首を掴まれて店の外に放り出された。
暴れようが何しようがアッシュは止まらない。有無を言わさず引きずって店外だ。それで大抵の奴は酔いも冷めるのか謝ってくるのだ。おそらくアッシュの腕っぷしの強さが嫌でも分かるからだろう。
だが、たまにいるのだ。それでも大人しくならないタイプの奴が。
今回はそのタイプの人だったらしい。
「いってえなコラ! てめえ! マジでぶん殴るぞ!」
「始まったぞ!」と客の誰かが言い出した。
これは店の新しい催しのようになっていた。
その名もずばり店外乱闘だ。
別に乱闘というほど大勢もいないが、それは言葉の響きだろう。
「おら! こいよ! クソ赤毛野郎が! マジでぶん殴ってや――」
最後まで言えずに酔った男が吹っ飛んでいく。
もちろんアッシュに殴られたからだ。
「おいオッサン。言っとくが俺はマジでぶん殴れねーんだよ。マジでぶん殴ったら、お前程度じゃすぐ死ぬからな。分かったら金おいてすぐ帰れ。まだやるんなら死なない程度に殴りまくってやるよ」
さすがに敵わないと思ったらしい酔っ払いの男は、財布を叩きつけ地面にツバも吐き捨ててどこかへ消えた。
窓から見物していた客は大賑わいだ。
そんなこんなで俺たちの従業員生活も三日が過ぎた。
店の売り上げは抜群に上がったらしい。いつも不機嫌そうな女店主マチルダが嬉しそうに言う。
「あんたら、明日は休みでいいよ」
「いいんですか?」てきぱきと椅子を机の上にやって店内清掃の準備を進めるカトレア。
「あんたらのおかげで食材が尽きちまった。こりゃ嬉しい悲鳴だね。明日は大急ぎで仕入れしないと、せっかくこんだけお客が来てんだ」
なるほど。出すものがなければ店も開けられないか。
「おい、マチルダ。一か月の契約、もっと短くなんねーか?」
おいおいアッシュ。そりゃさすがに無理だろう。
それにだ。
仮にも命の恩人だ。
一か月働いて返せるなら俺は安いものだと思う。
「なんだい、あんたもう音を上げたのかい? 見かけによらず根性ないねぇ」
ふん、と鼻を鳴らして睨みつけるマチルダ。
さっきまでの上機嫌が嘘のようにいつもの不機嫌顔になっていた。
「まあ待てよ。なにもタダとは言わねぇよ。俺は必ず借りは返す」
「へぇ……。なにかアテがあるってわけだ?」
「この辺にぶっ倒せば金になる奴いねぇか? 懸賞金のかかってる怪物とか、何ならムカつく奴でもいいし、明日仕入れするんならそのへんの豚百匹捕まえてこい、とか何でもいい。俺らの借金、残り二七日分を一気に返せる物、なんかねえか?」
「ったく生意気な奴だねまったく……よっぽど腕に自信があるわけかい」
マチルダはいつか見せたような、なにか勘定している顔で考えこむ。
そして口を開いた。
「それじゃ
えー! と口を揃えて言うのはフレヤとジェシカだ。
フーセンブタ? 聞いたことがない。
「おう、話が分かるじゃねーか! それでその
えー! とまた口を揃えて言うフレヤとジェシカ。
そりゃそうだ。なんで知らないくせに自信満々なのか聞きたくなる。
「そうか、あんたらこの辺の奴らじゃないんだったか。ジェシカ、説明してやんな。私は明日の準備があるからもう奥に引っ込むよ。まあせいぜい頑張んな」
せいぜい、か。
マチルダはその風船豚とかいうのをまず捕まえられないと見ているらしい。
ジェシカの説明を聞く。
風船豚というのはその名の通り、風船のように膨らんで宙へ浮いている豚だそうだ。高低差のある崖に生息し、その肉の味は大変に美味。そしてやけに日持ちがするので大量に在庫を抱えてもダメにする心配がないのだとか。
豚の性格は穏やか、ほとんど攻撃してくることはないが、もし怒らせると巨体で押しつぶそうとしてくる。
生息地と鼻から吹き出す息で敵を寄せ付けず、仕留めるのは相当に難しいのだとか。隙をついて矢で殺し、谷底からロープで引っ張り上げる労力もあるので、なかなかの重労働なのだそうだ。
まあ、確かに、それなりに大変そうか。
「余裕そうじゃねーか。そんなもん何匹でも捕まえてやるぜ」
えー! と、またまた口を揃えて言うフレヤとジェシカ。
「アッシュ? はなし聞いてた? どの辺が余裕なの? ほんとに馬鹿だね」
「馬鹿すぎてたぶん理解してないんだよ。アッシュって馬鹿だからさ」
「しばき回すぞお前ら」
二人ともこの三日で随分と仲良くなれた。
アッシュに馬鹿と言うのはコミュニケーションのひとつだ。
「お前らどっちでもいいから明日ちょっと案内しろ。その豚どの辺に行きゃいんだよ」
「案内はまぁ……別にいいんだけど。街からけっこう近いし、てか、ほんとに本気で言ってる? ねえカトレア、止めなくていいの?」
アッシュを止めるなら確かにカトレアだが、彼女は「それでは案内をお願いしますね」とだけ答えた。
「え? カトレア? うそ? えー……じゃあ、まぁ連れてくけど」
「うーん、たぶん本物の風船豚を見たら無理だって分かると思うよ?」
フレヤとジェシカはどうも懐疑的だった。
ということで明日は豚狩りに決まった。
どっちが店番でどっちが連れてくか揉めていると少しうるさかったのかマチルダが様子を見に来た。
「それじゃあ二人とも行っといで」と、主人の許可が出たので明日は八人で行くことになった。
その日は朝早く起きて出発した。
豚のいるところは歩いて一時間くらいで着くらしいが、フレヤとジェシカは当然のように狩りが成功するとは思っておらず、ピクニック目的で弁当までこさえていたのだ。
まあ現地で昼飯を頂けるのはありがたいことだ。
それに、失敗しないとも言い切れない。
この街に来てもう四日目だというのに俺たちはこの街のことをほとんど知らない。
ここは
国で三番目に出来た自由都市だからだ。ちなみに自由都市というのは、国やそれに順ずるような支配勢力から独立し自立性を強めた街らしい。
サドンは昔、商人たちの取引所で、次第に人と物が増えて街が興ったというわけだ。
自由都市はその名の通り自由が売りだそうで、誰でも受け入れるため治安が多少は荒れるがそこはそれ、税金は安く済み、街へ入るのはどうぞご自由に、店を開くのに必要な許可も少ない、と色々なメリットがあるのだそうだ。
さて、風船豚とはどんな生き物だろうか。
街のこともそうだし知らないことが多すぎる。俺たちの手に負える獲物を願うばかりだ。