図書館の一件で少し暗くなってしまったため、気分も変えてこの辺りでお昼を摂ることにした。
「ヴィゴくんは何かありますか? 食べたいものとか」
カトレアも少し声を明るくして聞いてくる。
「そうだな。肉か、もしくはさっぱりしたもの」
「そんな対極の気分ってあります?」
「俺は常日頃から肉ばっかり食っていたい。つまりデフォルトで肉が食いたいんだ。肉じゃないならさっぱりしたものかなー、という感じだな」
「まるで分からない感覚ですね……ではケーキにしましょう。昨日クロエと見つけたお店です」
昼飯にケーキ……。これこそ俺には分からない感覚だが、まあいいか。
ケーキについて了解したカトレアの足取りから少し嬉しそうな感じがした。やはり彼女も甘い物は好きらしい。ならば尚のことそれでいいかと思えた。
店は通りから外れた奥まった場所にあった。太い木で組んだ風情のある店だ。
古くからあるだろうことは分かったが、よく手入れされた木は適度な油で照っているような艶があり古臭い印象はない。
扉を開けるとカラコロと大きなドア鈴が鳴る。店の中も落ち着いた黒い木で椅子からテーブルから揃えてあった。かなりこだわり派の店主なのだろうな。
豆茶とケーキを注文、ケーキはレンガのような見た目からは想像もつかないほど軽い食感だった。口の中に広がるふわっとした甘みが香ばしい豆茶にもよく合っている。良いお店だな。
客が俺たちしかおらず、とても静かだった。カトレアは買ったばかりの植物図鑑をさっそく広げて目を落としている。随分と熱心に読んでいるな。気になって同じように目で文章を追っていると視線に気付かれた。
「一緒に読みますか?」
「はい」も「いいえ」も答えぬ間に向かいの席から隣に移ってくる。
それじゃあ一緒に読むか。薬草の知識なんかが付くかも知れないし。
肩を並べて植物の絵と説明を読んだ。
「カトレアは、やっぱり植物が好きなんだな。草花や木が」
「そうですね。それに、
なるほど。趣味と実益を兼ねるとは無駄がないことだ。
「……俺たちの力はどこから来たんだろうな」
「ええ、不思議ですよね。ふと気が付いた段階で魔術の扱いに迷いはありませんでしたし、ヴィゴくんは姿を消せますし、皆それぞれに他者と比べても強力な力を持っていて、それぞれの分野について何か修めてきたように物を知っている」
不思議な感覚だ。
俺は隠密に関する才能があり、例えば似通った技術である手裏剣の扱いも初めから得意だった。
緑生魔術を使うカトレアは薬学にも通じるように、それぞれが派生的な分野にも適正がありそうだ。
一度、自分たちが出来ることを書き出してみるのもいいかも知れない。
長所と短所をはっきりさせればまた見えてくるものがあるだろう。
「話は変わりますが、今後はどうしましょうか?」
今日明日ではなくて、長い目で見た俺たちの行く末のことか。
それは、考えたことは勿論あるが、いったい何をどう定めればよいのだろうか。
「すぐに困るようなことがないんだよな……。俺たちなら、ちょっと狩りに出て獲物をマチルダさんに捌いてもらえば簡単に生活が出来るだろうし」
「そうですねぇ。差し当たってやらなくてはいけないことは、実はそんなにないと思います。知識の面もまぁ、そのうち嫌でも吸収すると思います」
共に似たような意見だ。
そして、言外のところも同じような気がした。
「でも、ぬるま湯は面白くない」
どうやら通じていたらしく、本から顔を上げたカトレアは目を真っすぐに俺へ向けてきた。
どこか勝ち気な笑みを浮かべ、
「ギルドに入りませんか?」
ギルド。商人組合や漁師組合から出来た言葉だ。今では職業別組合に限らず、傭兵や護衛、冒険者を秘境調査へ送るギルドなんかもある、と図書館の本でそう書いていた。
「俺たちがギルドか……」
わくわくする話だ。
チームとして旗を上げて何か大きなことを成す。
それを俺たちの今後とするのはふさわしいような気がする。
「帰ったら皆に話してみるか」
「ええ、アッシュくんやフーディちゃんが喜びそうですね」
確かに、こういうの好きだろうな。他のメンバーもどんな顔をするだろうか。
俺とカトレアの時間は、その後もゆったりと店で過ごすことになった。
茶を飲み、ケーキを少し崩して食べる。
取り留めのない軽いやり取りの会話が続き、ふいに途切れ、カトレアは図鑑をじっと見ながら呟いた。
「彼の王は草花の心を知る。だが人の心は分からない」
さっき読んだ文の、カトレアの……
呟く声があまりに切なげで、俺は否定せずにはいられなかった。
「カトレアのことじゃないだろ」
彼女は本から目を離さない。
「俺たちは確かに、かつて王様をやっていたのかも知れないが、今の俺たちは違うはずだ。カトレアは良く気が付くし、頼りになる奴だよ」
「ありがとうございます」と形だけ礼を言った後で、本から顔を上げて俺に目を合わせてくる。
ついさっき見た翡翠の目は揺れていた。
「私は、クロエやフーディちゃんほど感傷的になれません。あの二人が命を奪ったあと、時おり思い出したように悩む姿を見ました。私も、ないではありませんが……二人に比べればとても薄いんです。それが、何だか……」
人と比べて心が冷たいのか、そういう風なことを気にしているのだろうか。
意外だった。
動じない事に動じてしまう、負いや引け目は誰にでもあるものだが、カトレアのそれは少し特殊かも知れない。
「……ヴィゴくんはどうですか?
もっと自分は、弱くあったほうがふさわしいと思ったことはありますか?
手についた血は気持ち悪いですが、それは不衛生さが気持ち悪いだけで……たしかに全く動揺しないわけではありませんが、でも、それと同じ早さで、手を洗う場所を探していました。洗えば落ちると……」
目に見えた狼狽でもなかったが、けれどずっと思うところがあったのだろう。容易く振るわれる力にさしたる感傷もなく、人並みに悩めず悩む。救いのなさそうな症状だが、一つ言えることがある。
「カトレアの心の強度についてはともかく、俺はカトレアが優しい奴だと知っているよ」
あの時こうしてくれた等とは言わない。
カトレアに人の心はある。俺はそう思うのだから言い切ればいい。
色々と考える人は悩み方も面倒なものだな。カトレアらしいとも言える。
「……ヴィゴくんは、たまにカッコつけますね」
またからかわれるのかと思ったが、そっぽを向いての窓の外へ顔を向ける。
どんな顔をしているのか見てみたいが、やめておこう。
嬉しそうにしてくれていればいいが、まあ嫌な顔はしていないだろう。
場繋ぎに茶を一口。
しばらく静かな時間が流れ「いいお天気ですね」とカトレアが澄んだ声で呟いた。
もう大丈夫らしい。そのままゆっくり時間が過ぎる。
あんまりゆっくりしていて服屋に行き忘れるほどだった。
――
――――。
六人が揃い、樽乗り豚でテーブルを囲む。
昨日は貸し切りでパーティ状態だったが今日はそういうわけにもいかない。
開店し客を迎え料理を出す通常営業の樽乗り豚だ。
店員のフレヤとジェシカも忙しそうにブーブー言いながら店を行ったり来たりしている。
働いていた時に来ていた常連客が俺たちを見つけ話しかけてきた。
「あれ、君らもう働いてないの?」
「はい。今はただの客ですよ」
噂に聞いた三人娘を見に、客は大入り、そこかしこから視線を浴びるのが少しうっとうしいが、これくらいなら我慢しよう。飯時に荒事は無粋の極みだ。
「魔術の道具は見つかりました?」カトレアがティントアとフーディを見ながら聞く。
「お店いっこも無かったよ! 城下町ならお店あるんだってさー」
今日は買い食いも控えていたそうでフーディの食の進みがよかった。
「魔道具はとても、貴重。基本的に値が張るらしい。扱うところも大きな街とか、限られるって聞いた」
ティントアが緑の野菜だけをフーディの皿に移しながら言った。たぶん嫌いなんだろうな。
「ティントアありがとう!」いや、食べたくなかっただけだと思うぞ。
「そちらはどうでした?」
アッシュとクロエの散策組を見る。
「別にフツー。ぶらぶらして飯食って、雑貨屋とか回ってたくらいか。街の東に塔があんだけど、そこの眺め凄いぜ。半分くらいそこでぼーっとしてたな」
これぞ休日といった過ごし方だな。
「楽しかったよね、アッシュ!」
「てめーがセクハラしてこなかったらもっと楽しかっただろうなぁ!」
「またまた~、わたしのこと守ってくれた癖に」
クロエにしつこく絡んできた輩をアッシュが蹴散らしたそうだ。
それでクロエはさっきから機嫌がいいのか。良かったなクロエ。
「ふらふらしてっからだ、ああいうのは見かけ次第、お前の髪で切断しろ」
物騒すぎるわ。
別行動組の話を聞き終わり、次は俺たちだ。わざわざカトレアが俺たちの話を最後にしたのはもちろん意図的だろう。この話はきっといくらか長くなるからだ。
カトレアは得た情報をすっ飛ばして本題だけ話した。
「冒険者ギルドに入りませんか?」
案の定、アッシュとフーディの目が輝き出すのだった。