俺たちはおんぶのまま街道をしばらく歩き続けた。
平原に少し角度が出てきた。
背中に人を乗せたままではそれなりに重さも感じる。
まだまだ余裕はあるのだが、前方……見ているだけでうるさい動きの暴れ馬、アッシュはいまだに気性の激しさを保ったままでいた。
この坂でもずっとアレなのか、ほとんど飛び跳ねている。
さすがにあの運動量は俺には出せないな。
アッシュに掴まったまま未だに楽しそうな顔が出来るフーディもそれはそれで凄い。
ふと、気配を感じてクロエを降ろした。
性急な対応が必要だったわけではないが、感じとった方向を睨めば森の中にいくつか影が見える。
俺は走り出す。少し遅れてアッシュも――
おいおいアッシュお前、背中にまだフーディがくっついてるぞ。
フーディが風にたなびくマントのようになっていた。
その状態じゃ俺とのかけっこは差が開くばかりだ。
まあ都合がいい。俺は一人で森へ入る。
背の高い草がぼうぼうに生えた森だ。
俺が目で捉えた影たちは草藪に隠れ、こちらに敵意を向けていた。
数は三つ。
この距離、察知できる息遣いからほとんどピンポイントな位置は分かっている。
だから俺はあえて見当違いの方を向いて隙を晒した。
あまり物を考えないらしいソイツは陰から飛び出して襲い掛かってくる。
すぐさま体を向け直し、愛刀、
柄の握り心地は吸い付くような安心感がある。
敵は、石の小鬼の亜種か。
肌のあちこちに小さな岩石のようなコブがある。
わざわざ防御力の高そうなコブがある腕を目掛けて刀を振ったが、容易い。
柔らかなバターに刃を通した程度の感覚だ。
そう、試してみたかったのだ。
この刀と手裏剣と、そしてもうひとつある。
一匹目を即座に仕留めると、隠れていた二匹が飛び出してきた。
今のやりとりで力の差が分からないのか。
それとも弔い合戦か、どうあれ逃げないのはありがたい。次は手裏剣だ。
素早くホルスターから二枚を取り出して二枚同時に放つ。
小鬼は反応すら出来ず、喉と胸に投剣を浴びて倒れた。
もがく間も与えず止めを刺す。あと一匹。
じりじりと間合いを詰めてくる鬼、俺は刀を持たない左手に黒い
俺の新技、
投げつけ、鬼の目の前で弾は広がって黒い影の渦を作り出す。
だがこれは飲み込むわけではない。直撃させても大した威力はないだろう。
急に視界を覆う黒い渦、つまり目くらましだ。
混乱して慌てる鬼を処理し、二匹目に投げた手裏剣を回収して戦闘は問題なく終わった。
一足遅れのアッシュがやってきてやはり怒る。
「ヴィゴてめぇ! なに一人で突っ走ってやがる!」
人のふり見て我がふり直せよ。
「そんでなんだ! 今のせこそうな技は! 俺はそういうのは好きじゃねえぞ!」
「お前の好みで戦っとらんわ!」
「今の黒いのってなにー?」
「あれ、お前まだくっついてたんか……。なんかスピード出ないと思ったわ……」
気付けよ。脳みそが馬以下じゃないか。
「これは
刀をしまった俺は両手に黒い弾を作り出し、適当なところに投げる。
射程は二〇メートルほどか。
それくらいまでいくと開いた渦が閉じ、逆回転して手元に戻ってくる。
直接的な攻撃技じゃないが、手軽に牽制出来て便利そうだ。
「お前のそれって、魔術じゃねーよな? 技の延長?」
確かに魔術ではない……と思う。
魔力は使用しているし打ち出しているのだが、何というか火や水の魔術を使用したという感覚はない。
「ああ、技だな。うまく説明できないが、フェイントとか、猫だましみたいのを煮詰めた感じか」
「やっぱせこい技じゃねーか!」
別にせこくないだろ。
アッシュの性格と真正面でやり合うスタイルからすれば方向が違うというだけだ。
「ちょっとヴィゴ! なんで急に降ろすの! わたし何もしてないよね!? ねえ!?」
走って追いついてきたクロエが怒っている。
ちょっと雑に降ろしたのでそれは謝っておこう。
「ごめんごめん。ちょっと試してみたかったんだよ。新しい武器と新技をな」
言いながら俺は
「ああーもう分かった、分かったからクロエ、ちょっと待てって」
おんぶする方にも準備があってだな、荷物の位置とか気にしないとクロエだって痛いだろうに、俺の背に戻った彼女の顔は分からないが、たぶん満足気なのだろう。
自然と俺の能力の話になって、魔術ではないのに黒い靄を発生させるのはイマイチ理屈が分からないと魔術側の面子が言い出した。
「そもそも魔力をどうやって体の外に出してんだよ?」
まず根本的に分からん! という調子でアッシュが言った。
「え? でもアッシュは魔力出してるよね。あのオレンジ色のやつ、パンチする時に出してるじゃん」
フーディが背中に居るまま話すのでアッシュは耳をくすぐったそうにして首をそらした。
「俺のは確かに魔力出てるけど、あれは自分で出してんじゃねんだよ。拳の速度に魔力が追いついてなくて、離れるっていうか、漏れてるっつー感じ」
それなら理屈は分かる。
その魔力の遅延や誤差をわざと利用する技があったはずだ。
名前は忘れた。
「魔力が漏れる? 誤差、遅延?……。ちょっと、わたしには分かんないな」
クロエの声が近い。
アッシュの気持ちが分かった。確かにこれはくすぐったい。
たぶん多少わざとやっている気もするが、とりあえず一度目は不問としよう。
魔術派と体術派の溝は深いな。
そう思っていたらティントアがタイプ分けをして説明してくれた。
ティントア、クロエ、フーディ、カトレアはそれぞれ魔力の扱いや資質について異なったところに居るそうだ。
「まず、俺は魔力の量が多い。他のところはそこそこだけど、たぶん、フーディとカトレアとクロエの魔力の総量を足しても、まだ俺の方が多い」
そうだったのか。
フーディとカトレアが「確かに」と言っていたが、クロエはピンときていないようだ。
「フーディは魔力の質が良い。例えば、同じ魔術を使った時でも、フーディの方が効果の高いものになる。魔力の量も、扱いも、基本的にかなりレベルが高い」
フーディは目に見えて誇らしげな顔だ。
「クロエは、実はその髪を操っているのは魔術じゃない」
けっこう驚いた。そうなのかと背中のクロエへ聞いてみると。
「……えっ? そうだったんだ」
いや、お前も驚いてんのかい。
ティントアが話を続ける。
「クロエの技は体質によるところが大きい。そんなに魔力の伝導率が高い髪の毛は見たことない。でも、魔力の扱い自体もすごく上手いから、どんな魔道具でも扱えると思う。魔術師じゃなくて魔道具使い? という言葉があるかは知らないけど、そっちの方が似合う」
そうか、クロエは純粋な魔術側ではないのか。
だからさっき魔力の量について話している時にピンときていなかったわけだ。
カトレアがニコニコとしている。順番待ちだものな。
「カトレアは扱える魔術がとてもレア。白・赤・黒を
「そうです。スーパー・ウルトラ・レアのカトレアです」
カトレアが珍しくエヘンといった感じだ。
珍しいのは分かったが、いまいちその希少性が分からない。
アッシュが「白赤黒ってなんだよ」と聞くのでティントアが魔術の基礎から説明してくれた。
俺もアッシュも本当にそちらはからきしだな。
あらゆる魔術は前提として白・赤・黒の三種からなる物だそうだ。
白は始まる魔術、赤は変化する魔術、黒は終わる魔術。
赤魔術はやはり火が象徴としてある。
連続する変化、現象の扱い、火を生み出して操る赤魔術は魔術の入門として広く知られた事なのだそうだ。
そもそも白も黒も赤魔術に比べて適正のある人間が少なすぎるため、水を生み出す魔術も、風を吹かせる魔術も、それら全ては変化する魔術というジャンルの括られ方をする。よってほとんどの魔術は赤魔術なのだとティントアが説明する。
イメージ的に赤魔術師なら火しか使わなさそうだが違うんだな、と認識が改まった。
比率的には十人いたら九人は赤魔術師だそうだ。
カトレアの緑生魔術は……。
始まり(芽吹き)、変化(成長)、終わり(枯れる)、それらが一つの魔術で完結しているので、完成度が高いということだ。確かにスーパー・ウルトラ・レアって感じだ。
魔術のことは聞き出せば終わりがなさそうだな。
そのうちゆっくり聞いてみるのも面白そうだ。
アッシュが野ウサギを見つけて走り出したので旅路は再開された。
ほんとに元気な奴だな。
中継地点の町に着いたのは俺の読み通り、昼少し前くらいだった。
人の多さ、街の大きさが第三自由都市サドンとは比べようもないほど小規模だったが、街と王都を繋ぐ地点なので物はけっこう揃っていそうだ。
ちゃんと衛兵も配置されている……が、なにか様子がおかしかった。
衛兵たちが慌ただしい。武器を担いで走っている者までいる。
あれは……。
突然、騒動の主が姿を現す、俺の気配を感じ取る能力にひっかかりもせず、地面からわらわらとその姿を見せ始めた。
骸骨が動いている。
生物から分かる気配の無さが感覚を鈍らせたのだ。
「お、行ってくるわ。ちょうど動きたかったしな~」
先陣を切るのはやはりアッシュだ。もう少し事態の把握に努めて欲しいところだが、まあ大して強そうな相手でもないし、いいか。俺も武器を構え参戦することにした。
~~~ 魔術用語集 ~~~
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