歩けば前に進む。
止まっているよりかは前向きになれるだろう。
行く先が見えてくれば自然と顔は上がり、目に入った物が素晴らしければ声も漏れる。
「すごい……」
感嘆の声がクロエとフーディから上がっている。俺だってそうだ。
商人連国ゴルドルピーの城、そして広がる城下町。
遠目に分かるほどの大都市の迫力。サドンの街も十分に大きいと思ったが、さすが城のある街は桁が違う。小高い山の上に建てられた都市は堅牢な壁に守られ難攻不落の要塞のように感じる。
都市だけではない。
付近には馬屋が並び、畑が広がり、水車が回り、人の活気の大きさと生活の息遣いがある。
ここはもう野山や森といった外ではない、人の領域の中にあるのだ。
人里を見ればほっとするのは、今が過酷でなくとも起こる当然の反応なのだと知った。
「いいですか皆さん、城下町はですね~」
カトレアがこれから訪れる都市について説明をする。
声が弾んでいるのは気のせいではないだろう。
城下町は大きく分けて三つの地区から成り立っている。
三段の階段になぞらえ、一段地区、二段地区、三段地区と分けられている。
一段地区は一般的な市民の生活の場。
市場、宿屋、冒険者組合の集会所などがある。
二段地区は裕福な商人や貴族、古い名家の生活圏だ。
生きるのには必要ないがあれば嬉しい娯楽施設などが揃うのもこの二段地区である。
ジェシカが言っていた城下の役者がいる歌劇場もここにある。
そして最後に三段地区は城があり、当然として王族、そして上級貴族と、王に仕える一部の家だけが住んでいる地区だ。安全警護のためとして三段地区へ登るには許可が必要なのだと。
カトレアは短時でよくそこまで本を読みこんだな。
「じゃあ俺は四段地区を作るぜ」
アッシュがまた馬鹿なことを言い出した。
合いの手を返すのは勿論、喧嘩漫才の相方フーディだ。
「なにそれ、作ってどうすんの? てか誰が住むの?」
「馬鹿め、それは勿論この――」
「ックシュ!!」
ティントアのくしゃみがオチをさらっていくので思わず吹き出して笑ってしまった。
凄いな、測ったようなタイミングだった。
「ティントアてめぇ! それはなんのクシャミだコラ!!」
「鼻がむずむずした時の、くしゃみだよ」
そりゃそうだよなと思ってまた笑いが出る。
やめとけアッシュ。たまたまのクシャミに喧嘩を売っても勝ちようがないぞ。
「おまえらゲラゲラ笑ってんじゃねえ! おいクロエ! おまえ城下に着いたらどこ行きたいか言ってみろ!」
とんでもなく強引な話題の替え方だ。俺には無理だ。逆に恥ずかしいと思う。
「えっ、デート? 連れっ、連れてってくれるってこと?」
クロエもいつも通りだな。
「もう黙ってろ!」
半分くらい素だったと思うが、クロエが少し考えてからアッシュに返す。
「じゃあアッシュはどこ行くの?」
「決まってんだろ。ヴィクトールのとこだよ」
この話をし始めるとアッシュの顔がぐっと真剣になる。
表情は変わらずとも目の奥がギラつき始める。
実際問題、アッシュはどこまで通用するだろうか。
相手は商人連国一と言われる剣士だ。
善戦するだけでも十分な成果だろう。荒れるであろうアッシュの姿を思い浮かべ、どうやってなだめたものか思案する。
クロエに抱きつかせたらまた大人しくなってくれるだろうか。
カトレアの方が意外性があるだろうか。
「勝てるといいですね、アッシュくん」
カトレアの何気ない応援もアッシュは気に入らないようだった。
わざとらしい溜息をついてから問う。
「勝てるといい、ってのは、俺が負けるかも知れないってことかよ?」
「アッシュくんが強いのはよく知っていますよ。ですが国一番の剣士ですからねぇ……。勝って欲しいなーと思います。がんばれがんばれアッシュくん!」
その場で小さく腕をピッピッと振って応援の真似をするカトレア。
「信じてねえな……まあいい。結果で喋ったほうが早ぇわな」
続けて、アッシュは声のトーンを落として俺に聞く。
「ヴィゴ、お前はどうすんだよ。別にやれとは言わねえが、来んのかよ?」
まあ行ったほうがいいよな。
アッシュの現段階の強さもそうだし、その後のフォローも考えれば行くべきだ。
「ああ、観に行くよ」
「私も行きますよ。気になりますしね」
「えっ、じゃあ、わたしも行く。皆でアッシュを応援的な?」
「あたしは行かない! お菓子を買う! ってか! カトレアはあたしと一緒にお店探してくれるんでしょ?」
あ~そうでしたね。
と声には出さないが絶対に忘れていたカトレアが「もちろんフーディちゃんと一緒に回りますよ」と、何事もなかったように言い切った。ちょっと怖い。
じゃあちょうど三人ずつで分かれるのかと思っていたところで。
「俺も、アッシュのとこ、行こうかな」
その時のフーディの顔ときたらもう、見ていられない。凄い顔しているな。アゴ外れてないのかそれ?
「うそ。嘘だよフーディ。ティントアジョーク。お菓子、一緒に食べよう」
ほっと胸を撫でおろす。
フーディもそうだが、俺としても寂しそうに屋台を回るフーディは見たくなかった。
「ティントアのアホ!」
からかわれた小さい子がティントアに飛びかかったが、背中をバンバン叩かれてもただ楽しそうに笑っているだけだった。
嗚呼、のどかだ。
――ようやく王都に着く。
見上げるほどの外壁はそびえるように高く、最近に補修工事でもしたのか、ひび割れ一つないほどに綺麗な白一色だった。分厚い大門をくぐり、いざ城下町。入ってすぐは市場が広がっている。
うちの食べ盛りの子がそわそわとしていて今にも駆け出しそうだったが、まずは宿屋だ。
寝床がないと満足に食べ歩きも楽しめない。第三自由都市サドンの街と比べてこの城下は白色がイメージカラーなのだと思う。白い丸石で舗装された道、立ち並ぶ家々も白に近い灰色。
彩色には乏しかったが、逆に洗練された印象がある。
動き回る人々もどことなく良い服を着ているようで、やはり城下へ住むのはある程度の身分や収入が不可欠なのだろう。
宿屋は市場のすぐにある【
名前の割には掃除の行き届いた部屋だった。
「じゃ、行ってきまーす!」
フーディが待ちわびた様子で走っていく。
ティントアとカトレアの手を引いて「はやく! はやく!」と声が聞こえる。
俺は、晩飯まで何をしていようかな。
まだ明るいが、じきに日も暮れるだろう時間帯だ。
その辺をぐるっと散歩でもしようかと思っていたら。
「うし、じゃあ俺らも行くぞ」
え、今から行くのか?
「着いたばかりだぞ。けっこう歩いたし体力も――」
「どうだっていいんだよ。俺がやるんだから関係ねえだろ」
確かに戦うのはお前だが、それはあんまりにも無謀だろう。
だがこうなったら何を言っても聞かないのは良く知っている。
好きにさせてやろう。
通行人を捕まえて話を聞いてみれば、ヴィクトール・アインホルンの剣術道場は一段地区の、それも俺たちの現在地からそれほど遠くないところにあるらしい。大きな通りだけを通っていけるので、目的地にはすぐに着いた。
狭い間隔で建っていた家々が端に追いやられ、この道場の付近一帯が広場のようになっていた。広い場所を活かして鍛練用の器具や剣の練習台にする木の人形がそこかしこに置かれている。
どことなく空気が重い。
闘うための場所はやはりどこか人を寄せ付けない雰囲気がある。
剣術道場は古い木造で出来たドーム型の建物だった。
古く、巨大で、物々しい。
正面入り口には【
アッシュは一切の物怖じなく扉を開け、腹から声を出す。
「道場破りに来たァッ! ヴィクトールを出せぇえぇいッ!!」
道場全体が震えるかのような大声、気合十分なのはよく分かったが、本当にこの馬鹿は……。