六王連合   作:帯刀 撫臼

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29話 商人連国一の剣士

「なんだ前ら……?」

 

 無礼な闖入者(ちんにゅうしゃ)に殺気立つ門下生一同、向けられる意識で肌がひりひりする。

 この中の誰も彼もが小鬼や狼の比ではない。

 

 よく磨かれて光る板張りの道場は相当に広かった。

 

 奥の方が一段上がっており、師範が稽古を見る時は段の上に陣取るのだろうか。

 

 汗と、力が染み込んだ空間からは圧迫感を覚える。

 

 入口に一番近かった禿頭が睨みながら話しかけてくる。

 

「……久方ぶりに見たよ。お前みたいな命知らずの馬鹿は」

 

「どいつがヴィクトールだ?」

 

「おまえ……舐めてるのか? 急に転がり込んできて何を……」

 

 禿頭(とくとう)の男は言葉に詰まる。

 

 怒りだ。

 あまりの激しい感情に表情筋がひくついている。

 

 こんな無礼な奴が上がり込んできて、あろうことか頭首を出せと言っているのだ。無理からぬ反応だと思う。

 

「なあ、おい。ヴィクトールは――」

「ふざけるなよガキ!」

 

 アッシュの大声を倍にするほど張り上げて叫ぶ。

 

 ほとんど裏返った金切り声は怒りの沸点をやすやすと通り過ぎているのだろう。

 クロエが肩をびくっとさせていて少し可哀想だった。

 

「クロエ、離れておこう。こっちにまで飛び火しそうだ」

 

 落ち着きなくきょときょとしているので腕を掴んで引き寄せる。捕まれてようやく我に返ったようだ。とりあえず壁際に張り付いていれば道場破りはアッシュだけだと思ってくれるだろう。

 

 頭の先まで真っ赤になった男は振り返って仲間に聞く。

 

「俺がやっても構いませんか?」

 

 否定はないことから許可が出たということらしい。

 男は手に持った木剣を構え、アッシュを見定めた。

 

「構えろ! 身の程を教えてやる!」

 

「んー……まあ、こっちのが話が早ぇか。ああ、いつでもいいぜ」

 

「……構えろと言っているだろ!」

 

「は? 構えてんだろって……あ、武器か? 俺は素手が得物だから気にすんな」

 

 叫びまわっていた男の怒りがついには顔を歪めだす。

 

 人間は怒りが頂点になるとああなるのか、感情の制御が効かず、ぎこちない笑みがぎくしゃくと男の顔を震えさせた。

 

「分かった。いいなら……いい。俺も、構わん。怪我しても……しらんぞ」

 

 言葉を吐くのがやっとのようだ。

 切りかかろうとする体を押さえつけているかのようだった。

 

「いいからさっさと来いよ」

 

 アッシュが言い終わると同時に、禿頭が奇声を上げて上段から振り下ろす。

 

 速いな。鬼の振るう武器の倍は鋭いかも知れない。

 

 迎え撃つ無礼者の拳はきっとわざとだろう。

 わざわざやってくる木剣を目掛けて突き出されている。

 

 一瞬の出来事だった。

 木剣ごと男の顔を殴りつける。

 

 五メートルほど水平に吹っ飛び、何回転も床を転がってようやく止まる。

 仰向けに横たわった男は鼻血を吹き出して気絶していた。

 

 あの程度の相手じゃ、そうなるだろうな。

 俺としては不思議などなかったがクロエは大変に驚いていた。

 

「アッシュって、やっぱめっちゃ強いんだね……」

 

「まー、あれくらいならなぁ」

 

「え、ヴィゴも余裕なの?」

 

「万に一つも負けないだろうな」

 

 その答えにも意外だったようで、逆にこちらが驚いた。

 

 俺たちは魔術側の感覚がまるでないが、逆にクロエにも相手の腕っぷしが分からないのか。

 見れば何となく分かるのだが、色々と差があるもんだな。

 

 やられてしまった禿頭を見て、ただ殺気だけがあった道場内の空気が変わる。

 命知らずの馬鹿をどう捉え直したのだろうか。

 

「……驚いた。まさか一撃とはな、だったら今度は俺が――」

 

「お前じゃねえ、奥のやつ出せよ」

 

 アッシュが道場の奥で一段上から見下ろしていた短髪の男を指さす。糸目が特徴的な男だった。

 

「お前がヴィクトールか?」

 

 糸目の男は逆立つ髪をかき上げる。アッシュを値踏みするようだった。

 

「なぜ、僕がヴィクトールだと思ったんですか?」

 

「この中だとお前が強いだろ?」

 

 糸目の男がくつくつと笑う。

 

 その後で一足、ただの一足で道場の奥からふわりと跳躍し、アッシュのすぐ目の前で着地した。

 

「よし。いいでしょう。やりましょうか。君の言う通り、僕がヴィクトールです」

 

 こいつがそうか。確かに雰囲気があった。

 トップ直々に相手をするということで門下生全員がどよめく。

 

 よほどないことらしい。

 

 アッシュとヴィクトール……どちらが強いだろうか。どちらも強いことは分かる。

 

 ではどちらが? と言われるとそこまで精確には強さを測れない。

 見合う両者の間にだけ、空気が重たさを持ち始める。

 

 アッシュが小さく「行くぞ」と言った。

 

 繰り出したのは拳ではなく貫き手、開かれ、揃えられた指が槍と化して放たれる。

 最速、最短、最小の動きでヴィクトールの顔を目掛け突きこまれたが、木剣にいなされる。

 

 だが完全に見切られてはいなかった。肩を掠めた手の槍が鮮血を散らしている。アッシュは開いていた手を今度は閉じる。

 

 一撃を加えると同時に肩を掴み、引き倒して蹴りを見舞った。

 

 直撃、今度は剣でいなすどころか受けられてもいない。高々と蹴り上げられて壁に激突した。

 

 アッシュは無言のまま受け身をとって立ち上がる相手を見ている。

 たいしてダメージは無かったのか、ヴィクトールは息も切らさずに口を開いた。

 

「君、名前は?」

 

「アッシュ」

 

「覚えておきます。僕も、本気でやります」

 

 ヴィクトールの放つ雰囲気が、一段と鋭くなる。

 アッシュの方も迎え撃つように、纏う空気に厚みが増す。

 

 それからの戦いは熾烈で、ほとんど互角だった。

 

 斬りつけられる木剣を拳で払う、返しの蹴りを飛んでかわす。

 飛んだまま振り下ろされる剣、身を捻りかわしたアッシュは回転して裏拳を叩きこむ。

 

 互角に思えた、だが、十合、二十合とやり合う内に拮抗した凌ぎ合いも片方に傾き出すのだ。

 

 上をいったのはアッシュの方だった。

 木剣の突きに紙一重、頬をかすらせるも溜めにためた鉄のような拳がついに顔面を捉えた。

 

 人が、真横に、なにか機械でも使って打ち出しような速度で吹っ飛んでいく。

 

 意識を刈り取るには十二分な一撃だった。

 というよりも、俺はヴィクトールが死んだと思った。

 

 そう思わせるほど会心の一発だったのだ。

 

 受け身も取れず壁にブチ当たったが完全にダウンしたわけではないらしく、よろよろと立ち上がる。やられた顔には信じられないといった表情が貼り付けられていた。

 

「信じられんな、アッシュよ、お前、いま年はいくつだ?」

 

 ヴィクトールが放った言葉ではない。

 

 見れば、今まで門下生の中には居なかったはずの大男が出した声だった。

 

 奥の部屋からでも出てきたのだろうか。ヴィクトールが荒い息を吐きながら言う。

 

「アッシュ、この人が……本当のヴィクトール・アインホルンです」

 

 ヴィクトール・アインホルンだと、そう言われた大男が口元だけ笑って頷く。

 

 デカイな……。

 

 長身のアッシュより更に一回り、縦も横も大きい。

 

 (いわお)のような顔、体。岩石を人型にくり抜いたらこんな人間が出来るかも知れない。後ろに流した長い黒髪を邪魔にならないように括り始めた。

 

「メンドクセーな! お前ほんとにヴィクトールなんだろうな!?」

 

「ああ、からかってスマンかったな。いまお前とやりあってたのは師範代のエメリヒだよ」

 

「そんで? てめぇをぶっ飛ばしたら、また別のが出てくんのか?」

 

「ないない。ほんとに俺がヴィクトールだよ。弱いのとやるのが嫌でね、エメリヒに勝てそうな相手としかやらないことにしてるんだ」

 

「イラつくことしてんじゃねーよ」

 

 アッシュはガシガシと頭を掻き「でも」と続けた。

 

「確かにお前のが強そうだ」

 

 アッシュの雰囲気がまた戦闘中のそれに変わる。

 

 苛々したり怒ったりする時の彼はまさしく炎を思わせるが、戦いの最中は真逆の印象だ。

 

 人型の冷たい鉄が動き回っているように見える。

 

 たぶん、この感覚はクロエや他の皆には分からないだろう。アッシュの攻撃がいかに正確で、それがどこか人から逸脱しているような感覚を覚える。

 

 鉄人形とでも言えばいいだろうか、全身が冷徹さに染まり、そして渦巻くような火が目の中に宿っている。

 

「戦う前に少し話そうか」

 

 今すぐにも駆け出せるよう備えていたアッシュが一瞬だけ気を緩めた。

 どうやら応じるつもりらしい。

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