六王連合   作:帯刀 撫臼

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30話 最高の自由

「なに話すか知らねえが、下らねぇ内容だったら聞く気はねーぞ」

 

「下る、下らんは俺に保証できないが、まあそこんとこはお前が判断してくれ」

 

 睨みを効かせるアッシュとは対照的に、相手は穏やかだった。

 

 どうもこのヴィクトール・アインホルンという男は、見た目と話し方が一致しないと感じた。

 

 まだ偽物と疑っているという意味ではなく、武骨な見た目からは想像外の柔らかい声をしているところが一致しないと思ったのだ。

 

 戦闘の直前で「話そうか」と軽い申し出をするような人物なのか。

 

「アッシュはどうして道場を破りにきたんだ?」

 

「そりゃお前を倒したいからだよ」

 

「腕試しってわけだな?」

 

「ああ」とアッシュが短く答えた。ヴィクトールは本題に入るのか、少し笑みながら問う。

 

「アッシュは、強いっていうことは、どういうことだと思う?」

 

「もし俺に、本当の強さは心だとか、礼儀がどうとか言いたいなら無駄だぜ? 強い奴は強いだけだ。この世で一番シンプルな答えだ。強い奴が強い。うまく言えねーけど、強けりゃ強いほど、何でも出来るだろ」

 

 返答に反応するヴィクトールの顔は、晴々とするほどの笑顔だった。

 

「分かるよ! 俺もそういう感じなんだよ。強い奴が偉いんだよなあ! この世で誰も勝てないような力が欲しいよな? 軍隊を一人でやっつけちまうようになれたら最高だと思わないか? 俺はなあ、昔から法律って嫌いだったんだ。俺が生まれる前から勝手にルールが決まってるんだろ? 物を盗むな、人を殺すなってな、そりゃ別に盗まないし、そう簡単に殺したりしないよ」

 

 話すほどにヴィクトールの言葉が熱を帯びていく。

「でもな」と、区切ってまだ続く。

 

「法律が勝手に決められてるのは気に食わない。法律に同意した覚えなんて無いもんな。それにだ、別に法律が人を守るんじゃない。法の下で人が動いて現実にしてるだけだ。人を殺したとして、それで罪に問われ衛兵に追われても、その衛兵を殺しちまえばいい。そうしたら誰もなんも文句ないさ。そんなふうになりたくてなぁ……。まあ、つまりだ。究極の暴力は最高の自由だ。そう思うってわけだ」

 

 アッシュが、構えを解く。

 

 目を見開く顔には夢から覚めたようなハッとした表情があった。

 

「……そう、そうそうそう……そうだよ。そういうこと言いたかったんだよ! 分かるぜ! すげーよく分かる! 強い奴が偉いよな!? いま、なんかこう、俺が言いたいことが全部! あんたが言ってたことが全部だ! 俺の中のやつが形になった気がするぜ!」

 

 ええ……ちょっと待て。

 アッシュお前……そんなに喜ぶようなことなのか。

 

「分かると思ったんだよアッシュ! お前はいい顔してるもんなあ! 俺にそっくりだと思ったんだよ!」

 

「おいおいおーい! 俺そんな岩みたいな顔してねーし!」

 

 アッシュが笑いながら言う。挑発的な笑いではない。

 心から友好的に笑いかけて言った台詞だ。

 

「岩ってお前、それはあんまりだろ~」とか言ってヴィクトールの方も笑っている。

 

 いや、まてまて、何で急に笑っているんだ。

 まるで分からない世界観だ。

 

 ひとしきり笑って握手まで交わした後、二人は示し合わせたように戦闘のための構えをとった。

 

 俺は、思わず一歩、後ずさった。

 

 ついさっきまで談笑していた二人の和やかさから、一転してこの落差。

 

 崖から落とされるような落差で、まさか俺が空気に気圧されるとは思わなかった。

 

 道場の空気が張り詰めていく。

 耳に痛いほどの静寂があるはずなのに、睨み合う二人がいるだけで何か、どこか、騒がしいような気がする。

 

 いつの間にか、俺は手を握り締めている。開けば汗を掴んでいた。

 クロエに至っては額を拭うほどだ。

 

 わずか数十秒の、だが延々とした硬直時間はアッシュが先に動き出した。

 

 地を這うほど身を低くし、顎を刈り取るような掌底が突き出る。首を逸らして避けたヴィクトールは回避しながら片手だけで剣を払った。アッシュは肘を跳ね上げ、木剣の軌道を逸らす。

 

「なあアッシュよ! お前なんで素手なんだ!?」

 

「素手のほうが強いだろ!」

 

「そうか? でも剣はかっこいいだろ!?」

 

「俺も剣はかっこいいと思うぜ! でも手は便利だろ! 殴って掴める!」

 

 喋りながら戦っている……。

 

 随分と楽しそうに。

 

 互いに手を抜いているようにも見えない。

 触れれば死ぬような一撃の中、紙一重が連続しながらお喋り中だ。

 

 いつまでも続くように思えたやり取りも必ず終わりはやってくる。

 

 アッシュが攻撃をかわし、反撃の出鼻に拳が飛んできたのだ。

 

 剣にしか意識がなかったようで、遅れながら腕で防ぎ、そして即座に組み付かれ投げ飛ばされた。

 

「なるほど、確かに便利だな!」

 

 してやられたアッシュは舌打ちするもどこか嬉しそうだ。

 

「まだ若いのに、本当にお前は強いよ。……よし、ひとつ教えてやるか」

 

 ヴィクトールが木剣を放り捨てて拳で構えた。アッシュは少しだけ考えるように立ち止まったが、すぐに再開する。

 

 ヴィクトールの放つ拳にアッシュも合わせた。

 衝突の時、アッシュの手の速度について行けない魔力が漏れ、オレンジ色に光った。

 

 では相手は?

 

 迎え撃ち、噛み合った拳は赤く煌めいていた。

 オレンジよりも数段、色濃く、激しい。

 

「熱っ!」

 

 赤に押され、アッシュが後方に弾け飛ぶ。

 壁に着地するように受け身をとったが、衝撃よりも打ち合わせた手の方を気にしている。

 

「アッシュ、お前はまだまだ強さの途上にいる。今の俺の拳が分かったか?」

 

「……俺より、威力があった、確実に」

 

 悔しさを滲ませ、けれども笑みを浮かべたままアッシュが言った。

 

「その若さで魔力を置き去りにするのは驚いたが、実は、もう一歩先がある」

 

 ヴィクトールがその場で正拳突きを披露する。

 

 アッシュとは目で見てレベルが違うのだと言うように、拳に赤い魔力を宿している。不思議に揺らめく赤はまるで炎のようだ。

 

「この領域にある正拳突きはこう呼ばれる。正拳烈火(せいけんれっか)とな」

 

 ヴィクトールが火を放つ正拳について説明を始める。

 

 拳が魔力を置き去りにするには段階がある、まずは黄色の魔力が漏れ出る。

 

 次にアッシュのようなオレンジ色、このオレンジの段階に到達するのには筋のいいものでも五年はかかるそうだ。

 

 そして更にその先、体から離れるはずの魔力に合わせ、ほんの一瞬だけ待つ。

 

 その待つための動作が魔力を捉え、捉えた力が腕に反発力を呼び、結果として速度が爆発的に上がり、魔力は赤に昇華する。

 

 外に出た高密度な魔力は世界に熱をもたらし、まるで本物の炎のような性質を持っているのだそうだ。まさしく烈火のごとき正拳突きだ。

 

「どうだアッシュ、知りたいか? 正拳烈火、炎の拳だ!」

 

「……めちゃくちゃ知りてぇ、めっちゃくちゃかっこいいじゃねーか」

 

「じゃあ今日はもう戦いは終わりだな」

 

「……は? なんでだよ。終わった後でよくねーか?」

 

「それがなぁ」

 

 困ったような顔でヴィクトールが渋る。

 

 それから、本当はずっと抑えきれなかったのだろう。

 さっきの晴々した笑顔とは真逆の、禍々しい笑い顔で言う。

 

「あんまり戦っているとなぁ、こう、な? 殺したくなってくるんだよ」

 

 虚空に向けて伸ばした手で何かを掴み、指を解いてまた掴む。

 必死に衝動を抑え込むように見える。

 

「まだ殺したくないから戦わない。俺は強くなるのが好きだが、強い奴を見るのも大好きなんだ。だからもう今日は戦わない。代わりに教えてやるから我慢してくれ」

 

 荒い息を整える大男は戦闘で乱れた息というより、どこか他からやってきた興奮のせいで落ち着かない様子だ。

 

「……俺がこのまま戦ったらどうする?」

 

「俺、今日はもう殺る気ないよ。ホントにうっかり殺したくなるくらいお前は魅力的だから――」

 

 途端、道場の床板を弾いてアッシュが飛ぶ。

 

 真っすぐ、一直線に矢のような拳が不動のヴィクトールに直撃する直前、そこでアッシュは自ら動きを止めた。

 

「てめー……マジでやる気ねーのかよ!? 今のが当たってたら死んでたぞ!?」

 

「だからやらないって言ったろ。それにお前なら止めるって分かった」

 

 やり場を失ってしまい、アッシュは体をぶらぶらとさせる。

 

 不完全燃焼なのはありありだが、それでも相手が無抵抗では彼の信条に反するらしく、手も足も出さない相手には手も足も出ないのだ。たぶん、俺なら殺しはしないまでも殴っていただろうな。

 

「あー……クソ、白けるぜ」

 

「そう言うなよ。正拳烈火(せいけんれっか)を教えてやるからさ」

 

 それから、二人はまるで周りが見えていないかのようだった。

 

 いや、もともとそうだったか。

 腰を落として正拳突きを繰り出すアッシュを真面目な顔してヴィクトールが指導している。

 

 なんて人を振り回す奴らだ。

 

 しばらく見ていたが埒があかないのでアッシュに声をかける。

 三度も呼び掛けてようやく声に気付いたほどだった。

 

「あ、お前ら先に帰ってていいぞ、俺もうちょいココいるわ」

 

 はあ、そうですか。

 

 体も動かしていないのにどっと疲れた気がする。

 

 放っておいていいらしいので俺はクロエと道場の外に出た。

 

 門下生の連中もなんだかいつの間にかアッシュを見る目が変わり、修行の行方を好ましそうに見ているのだ。

 

 なんだろうな、この正面戦闘を好む連中っていうのは、価値の基準がとにかく「強い」という一点にあるようで肌が合わない。

 

「なんか違う世界って感じだったね」

 

 クロエも同じ感想を持ったらしい。

 汗の匂いがした道場から外へ出ると日が暮れ始めた頃だった。

 

 放って出てきたはずなのに何だか俺たちが放り出されたような気がするのだった。

 

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