アッシュを迎えに行こうとしてティントアに呼び止められた。
「これ」と言って、いくつかの物を渡される。封筒入りの書簡と、きらきら光る水色の小瓶。それからごわごわした紙束だ。紙の表面には細かな赤い字が書かれているが、俺には読み取れない。
今日買ってきた物だろうか。一つずつ説明してもらった。
まず紙束、一番よく分からなかったので気になった。
「これは、魔道具」
ティントアが嬉しそうに言う。顔はほとんど無表情だが声が高かった。
どんな道具かと言えば「
魔力を流すと周囲の音を吸い込み、大きくして吐き出す紙らしい。
なんだそれはと思ったが、ティントアが話すのを聞いて期待が膨らんだ。
この紙を少し加工して、例えば糸に貼り付ける、するとどうなるだろうか。
拡声魔術の施された紙は周囲の音を吸収し吐き出す、吐き出された音は近くの紙がまた吸い上げる、また吐き出す。これを繰り返して行けば糸の端から端で会話が出来るのではないか、とティントアは考え付いたのだ。
……面白い発想だ。他にも何か組み合わせて出来ないだろうか、ついあれこれ考えたくなったところで次の物に移られた。もう少し話したかったのだが、後でよく聞こう。
紹介されたのはきらきら光る水色の小瓶。
なんと霊薬だそうだ。
なんと! という顔をしてみせたが実のところよく分かっていない。
物凄くよく効く飲み薬みたいな物なのだろうか。俺の大根役者ぶりを見抜かれたか、多少の間を置いてティントアが説明してくれた。なんだか小っ恥ずかしいな。
「霊薬は、この小さな瓶ひとつで、大抵の傷を治してくれる。すごい薬。掘り出し物だった」
「よくそんなの見つかったな、高かったんだろ?」
「売る人が、価値を理解していなかった」
なるほど、それは本当にめっけ物だ。
「誰か大けがしても、これで安心」
満足気に呟く顔に、何だかこちらまで心が温かくなるような気がした。
最後に書簡を指さしてティントアが言う「ギルドに登録、してきた」中を開けると細々したことが書かれていた。目は通しておきたいが、まあ後だな。部屋で読もう。
登録で一番気になったのはやはり冒険者ギルドで呼ばれるパーティ名だ。
カトレアが酔った勢いでほにゃらら庭園部隊とか、自分の好きにつけていなければいいが……。
ギルド名はこうだった。【
少し大層だが普通の名前だ。
いかにも力を誇示している感があるが、まあ他のアイディアの何倍もマシだった。
「いいんじゃないか? シンプルに強そうだし、派手でいい」
「良かった。ヴィゴとクロエは、今日はなにしてたの?」
特に何ということもしていない。
手を繋いでからかわれただけだ。それに、アッシュと別れてからそんなに時間もなかった。俺はジェシカに会ったことを伝える。
これから
「気になる。ロジェの白魔術……」
この食いつきの良さは珍しい。どうやらロジェに一目置いているらしく「立派な人」だと言うティントアの顔に、いつかジェシカに見せていた優しい顔を思い出した。
死霊術を操る彼にとって、死生観というのは大事な話なのだろう。俺がティントアと二人というのも珍しかった。ちょうどいいので色々と話そうとしていたら、こんな話を持ち掛けられた。
「今から、再屋に、行ってみない?」
よほどロジェに興味があるんだな。再屋か、それなりの金額を引き換えに故人を束の間だけ生き返らせてくれるという話だ。確かに気になる力だと思う。
俺たちの誰の系統でもない能力であり、純粋に興味はあった。
「ジェシカの両親を生き返らせる時に、出来るなら立ち会ってみたいけど……。難しいよね?」
たぶん無理だろうな。付き添いが可能かどうかは分からないが、親族でもない俺たちの同席を認めてくれるだろうか。
渡すものを渡せば問題ないのかも知れないが、ジェシカのための時間に水を差すのは気が引ける。だったら……。
「忍び込んでみるか?」
俺の提案にティントアは目を丸くしている。口元に手をやって驚く仕草を見ていると本当に女にしか見えない。
「いいの? ヴィゴがそういうこと言うの、意外。いつも抑える役割の人だから」
役割って……。しかし、そんなに意外か。優等生の悪ぶった面を見つけたような言い方だが、別に俺はそこまで健全な人間ではないと思う。アッシュが飛び出し過ぎるので常識的に止めているだけだ。
しかし不法侵入か、わくわくしてきたな。
音もたてず忍び込む、お目当ての物をを頂いて颯爽とずらかる。
蘇生されてから隠密の本領を発揮したことはほとんどない。
もしかするとこの高揚感がアッシュで言う戦闘なのだろうか。だとすれば多少は分からないでもない。
「いいんじゃないか? 誰にも見つからない、痕跡も残さない。そうすれば誰も知らない。俺たちが黙っていれば後は日常だ」
平気だと言い切って余計に驚かれた。口振りに喜色が溢れていたらしい。
「なんだか楽しそう」と言われ俺もそれを自覚する。
さて、善は急げ……いや、悪事は素早くと言ったほうが良いか。
ティントアと一緒に小走りで二段地区へ向かう。
事前に人に聞いていてくれたそうで、
大きな通りを抜け、突き当りの石壁を左に曲がれば二段地区へ登る大階段が見えるそうだ。
この辺はそういう風に繋がっていたのか。頭の中で城下の地図が埋められていく。
ということは……。そう思っていたら本当に会えた。
間がいいな。
「おー、お前ら、どこ行ってんだ?」
アッシュだ。いつもツンツンしている赤髪が汗で濡れて柔らかそうになっていた。
お前ね、いくら暑いからって上裸でうろうろするなよ。
俺たちの小走りに合わせてアッシュも横についてくる。
包み隠さずそのままを教えた。別にアッシュなら止めもしないと思ったからだ。
「面白そうじゃねーかよ。俺もついてくわ」
共犯者が増えた。それは別にいいとして、アッシュの成果はあったのだろうか。
正拳烈火、格闘技術の奥義のような技だったが、コイツなら何か掴んでいても驚かないような気がする。
「覚えられたのか?」
「いやー、ダメだわ。コツは分かったけど、一瞬のタメっていうのがまだ染みつかねえな。練習してナンボだ」
やけに機嫌いいな。
あのヴィクトールとよほど話が合ったのか。戦いを目の前で放棄され、おそらくだがアッシュより強いかも知れない相手でありながら彼の怒りの神経には触れていない。
認めざる終えない部分があったということなのか。カトレアが酔っぱらいながらも気にしていたが、本当に面倒にならなくてほっとした。
おっと、大階段まで来たか。
「アッシュ、そろそろ服着ろよ。これからコソコソするんだから、裸は目立って仕方ない」
「へいへい。コソコソ先輩はやっぱ目の付け所が違うぜ」
アッシュは軽口を叩きながらも大人しく服を着た。
潜入に当たってのハンドサインを決めておく。
俺の指示には必ず従う事も約束させておき、さあ、いざ伯爵邸へ潜入だ。