六王連合   作:帯刀 撫臼

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33話 奇跡の術を目の当たりにして

 白く立派な石階段を登り切ると再屋(ふたたや)兼屋敷が見えてきた。

 

 二段地区は一段地区と明確に違う。道一つ取っても手が込んだつくりだ。

 

 何気なく傍にあった欄干(らんかん)に細かな装飾が彫られている。

 

 生きるのに不要なところへ手をかけてこそ豊かさは現れる。

 見て回るだけでも楽しめそうだが、それはまた後だ。

 

 屋敷はひと際に大きかった。

 

 周囲の家々も十分に立派だが、ロジェの物と並べば肩身が狭いだろうな。

 警備らしき者がいたので手筈通りに俺は話しかけた。

 

「あの、すみませんが」

 

 話しかけられた警備の男が俺の方へ向く。

 無表情だな。お喋り好きだとありがたいが、どうだろか。

 

「なんでしょうか?」

 

「こちらがロジェ・フォード・エル・ロンド卿の御屋敷でしょうか? 再屋(ふたたや)の?」

 

 俺が「再屋の?」と聞いたことで、男は大体のところを予想してくれたようだ。

 

 無表情の中に少し対応が見える。

 

「ご予約の方でしょうか?」

 

 やっぱり予約制か。

 俺は話しかけながら位置を変える。男の顔の向きを誘導しなければならない

 

「あ、やっぱりいるんですね、予約……。あの、どれれくらい待つ必要があるんでしょうか? 予約はすぐに取れるものですか?」

 

「そうですね……。すみませんが、私からすぐにはお答えできません」

 

 俺がめいっぱい困った顔をすれば説明を始めてくれた。

 

 たぶんこの人は、警備だけの雇われではなく再屋の職員だ。

 淀みない話し方から説明に慣れていそうなことが分かった。

 

 正規の手続きでは予約用の書類にあれこれと書いて再屋に提出するそうだが、俺のように飛び込みで聞いてくる者も多いのだろう。

 

「ご丁寧にありがとうございます」

 

 心から助かったような顔を浮かべてお辞儀をする。

 

 それからアッシュとティントアが越えていった壁の辺りを、俺も隙を見て駆けあがった。

 

 アッシュの足音が少し大きくて心臓が跳ねたが、何事もなくて良かった。

 

「……びびらせんなよ」

 

 音もなく越えて来た俺を見て二人がびくりとする。

 

 なんで二人とも地面に伏せているんだろうか。

 アッシュの鼻なら近くにひと気が無いことは感じ取れていると思うが。

 

 何故かと聞いてみたら可愛い答えが返ってきた。

 

「潜入ってこういうもんだろ? 俺は知ってるぜ」

 

 なんかフーディっぽいな。

 言うと怒りそうなので黙っておこう。

 

「疲れるから普通に歩こう。ほふく前進が必要になったらその時に言う」

 

 アッシュは少しつまらなそうに「了解」と答える。

 ティントアは見るからにがっかりしていた。

 

 期待に沿えなくてごめんなティントア、今度フーディとごっこ遊びで楽しんでくれ。

 

 しかし、金のかかった屋敷だな。

 

 華美に過ぎるほどではなかったが、豪華という言葉は十分に当てはまる。

 

 手の行き届いた芝は狩り立てなのか歩きやすいほどだ。いま現在は庭にいるらしいが、そこかしこに大きな蛇の彫刻が飾られている。

 

 蛇か、死と再生の象徴なのでロジェにはぴったりだろうが、ここまで乱立しているとありがたみがない。

 

 よほど儲けているんだろう。物陰が多くて隠れやすいのはありがたい。

 

 気配の感じからして見回りが二人いる。

 

 互いがすれ違うようにぐるぐるとして庭を回っている。

 タイミングだけ見ていれば特に脅威でもない。さっさと屋敷に入ろう。

 

 鍵はかかっていなかった。

 

 表に警備の者がいたし、主人のロジェも在宅のはずなので当然か。開錠する手間が省けて良かった。

 

 外があれだけ豪華なら中も相当だろうと思っていれば、想像以上だった。磨き上げられた白石の継ぎ目のない床、その床の上には色彩の暴力のような幾何学模様(きかがくもよう)の絨毯が敷かれている。

 

 椅子やテーブルの調度品はことごとく細かな造形美を誇り、極めつけはシャンデリアか、ほとんど宝飾品の域にある。素直に言ってうるさい部屋だ。

 

 まるで引き算が出来ないのだろうか。

 

 入ってすぐに客を迎える大広間なので、いくらか見栄を張るのは当然だろうが、見せびらかすような下品さを感じた。あのロジェがこの部屋を許しているのだろうか?

 

「派手な良い部屋だな~」

 

 あぁ、まあ、アッシュに似合いそうではある。

 

「けど、ちょっとクセーな。死体があるぜ」

 

 ティントアも頷く。死人の気配は俺には分からない。再屋としての仕事をするなら当然だろうが、当然では流せない量だと二人は言う。

 

「多すぎるよ。それに、ただの死体じゃないのもある」

 

 ティントアがきょろきょろと辺りを見回す。

 

 魔力の痕跡を追っているらしいが、ただの死体ではない?

 

 昼に会った腰の低いロジェと、この趣味が分かる部屋、俺たちが思う素直な展開から外れつつあるような気がした。

 

 再屋が実は一枚岩ではなく、ロジェと同等の権力者が居て、こんな風に大広間を作らせたとすればどうだろうか。

 

 違和感を埋めるならそんなところだろうが……。

 

 ともかく移動しようか。

 

 ティントアが死霊術の痕跡を見つけたので先導を任せた。

 

 壁にうっすらと灰のような物がこびりついている。目をこらさないと見えてこないのが本物の灰との違いだ。知識がなければ気付けない。

 

 人の気配は俺がカバーしながら部屋をいくつか抜けていく……と、見つけた。

 

 ロジェとジェシカだ。

 ちょうど室内窓から様子を窺える好位置だ。

 

 二人がいる部屋は大広間ほど広くはないが、蘇生術のための部屋なのだろう。

 

 床に壁にと俺には理解できない文字が書かれ、分厚い本と用途不明のまじない道具が、大棚に所狭しと並んでいた。魔術師の工房というやつか。

 

 間がいいことに、これから始まるところだった。

 

 ロジェとジェシカが向かい合っている。ジェシカの方は何度も頭を下げている。仕切りがあるので会話の内容は分からないが、ロジェはかしこまり過ぎるお客様を困ったようになだめている風だ。

 

 二人の間には白い布がかけられた物が二つある。あれがジェシカの両親ということか。布からはみ出している血の気のない手が、確かに死んでいることを告げている。

 

 ロジェが横たわる二つに手をかざす。

 

 一時とはいえ蘇生させるのだからもっと大掛かりなものを想像していたが、それだけで死体は息を吹き返した。

 

 ゆっくりと、しかし確かな足取りで両親が立ち上がる。

 

 ジェシカは思わず近寄って、触れようとしたのだろうが、途中で我慢するように手を引っ込めた。きっと何か決まりがあるのだろう。ロジェも悲しそうに頷いている。……美しい時間だ。

 

 ジェシカの目から、いくつも光るものが零れてくる。それは止めどないものだった。

 

『おとうさん』『おかあさん』

 

 声は聞こえずとも分かる。口がそう動いていた。

 続く言葉は口を読まなくても分かった。きっとまた、感謝の言葉だ。

 

 俺は、もう盗み見るのをやめた。

 

 少し、興味本位が過ぎた。割って入りこそはしないが、本来は垣間見ることさえあってはならないのだ。この純粋な時間に、無遠慮がありすぎたことを反省したほうがいい。

 

 アッシュとティントアの二人に手を振って合図する。

 

 再開の時間は短く、そろそろジェシカが出て来るので俺たちは物陰に隠れてやり過ごさなくてはならない。潜むところは立ち並ぶ本棚の影にした。この部屋の中で一番印象が薄い。

 

 こういうところはまず見つからない。隅に埃がかぶっているところを見ると正解だろう。掃除をする人もつい見落とすということだ。

 

 二人分の足音、それからジェシカの暖かな感謝の言葉。涙声のそれはほとんど綺麗に発音出来ていなかったが、ロジェは優しく、子供の話を聞くように返答している。

 

 ロジェが使いの者にジェシカを任せた後は一息ついてこの部屋にある椅子に腰かけた。

 

 面倒なことになったな。このまま部屋で作業でも始められたら抜け出すのが手間だ。

 

 俺一人ならいくらでもやりようはあるが、今は二人連れている。

 

 どうにか声を殺して方法を伝え――

 

「いったいどこの不届きものだ!」

 

 突然、ロジェはがなり立てた。

 

 先ほどまでとは打って変わって、こんな太い大声が出せたのか。

 

「出てこい! そのまま殺してやろうか!?」

 

 ……まずい、なぜ分かった? 

 

 手立てを考えるうちにティントアが立ち上がり陰から飛び出る。

 俺の目の前を通り過ぎた彼の横顔は、涙で濡れていた。

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