六王連合   作:帯刀 撫臼

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35話 許されざる領域

 城下町の宿屋で迎えた朝、目を覚ますと金髪の美人に……違う、ティントアか。

 

 ティントアに体を揺すられて起こされた。

 何だろうか。体を起こしてみてもまだ皆は寝ている。

 

 昨日の今日だ、話があるのも頷ける。

 

 寝ている皆を起こすのは気が引けるので部屋を出ようとしたが、クロエの髪の結界が出入口に張り巡らされているんだった。フーディどころか腕の一本も通りそうにない。

 

 寝ているクロエにわざわざ頼むのも……と思っていたら意外にもティントアが行動する。

 

 うつ伏せで頬を潰して寝ているクロエの耳に口を寄せて囁く。

 

 なんとも絵になる光景だ。

 金の髪と銀の髪が艶々としていて、それが僅かに交じりあうのだ。

 

「へぁ、え、ティントア? あっそんな寝込みを強引に……。え、あー……ハイ」

 

 寝たままの体勢だったが入口の結界に穴を空けてくれた。

 器用なもんだな。

 

 顔だけ洗って眠気を払った。

 外に出て歩くにつれ意識の覚醒を感じる。

 

 白む空の下、ティントアと二人で外の長椅子に腰かける。

 

「昨日はごめん。俺のせいで、こうなってしまった」

 

 ティントアだけが悪いわけではない。俺も忍び込むのに手を貸した。

 

 だが、互いに自分が悪かったと言い合うのは気持ちが悪いので言わない。

 傷を舐め合うようで好きじゃない。

 

「アッシュが言ってたろ。クソ野郎はロジェだ」

「……そうだね。俺は、あの人を許せない」

 

 ぽつり、その後の言葉は続かない。

 

 どうして許せないのか、なぜあそこまで怒ったのか気になった。

 

 確かに俺も胸糞悪いと感じたが、ティントアの取り乱し方は異常だった。

 きっとティントアの中にある一線を踏み越えられる事だったのだ。

 

「許せないけど、でも、逃げた方がいいと、俺は思う」

 

 声を絞り出して言うようだった。

 

 本当はどうにかしたいのだろう。

 いっそ殺してしまいたいほどに、声には黒い感情がこもっていた。

 

 逃げるか、立ち向かうか、カトレアは後で対応を決めれば良いと言っていた。

 俺としては――。

 

「アッシュにお願いしてみよう、と思う。逃げること。ロジェはどうにかしたいけど、皆が無事のほうが、いい」

 

 仕方がないと自分に言い聞かせる姿は見ていて辛いものがある。

 俺は、せめてその選択を後押ししよう。

 

「俺も一晩考えたが、さっさと逃げるべきだと思う。面倒なことは嫌いだ。みんなでまた草原を歩いて、楽しそうなことを探せばいい。……アッシュの馬鹿を言い包めるのは、大変そうだよな」

 

「そうだね」と力なく、薄く笑うティントア。

 ほとんど顔を俯かせていて表情が見えない。

 

 金の髪が顔を隠す。唇だけが細かく震えている。

 

「戻ろう」

 

 どうやらこれで話は終わりらしかったので、促して宿へ帰ろうとして、俺は目を見張る。

 

 この朝の静謐な空気の中に、薄汚い笑みを浮かべている者がいる。思わず唾を飲んだ。

 

 ロジェがやって来たのだ。

 

 コツ、コツ、コツ……。

 革靴の踵でわざわざ音を立てているのだろうか。

 妙に耳障りに聞こえる。

 

「やあ、早いね」

 

 顔に張り付けた表情は友好的に見える笑顔だが、遠目で見たほくそ笑むような姿を俺は目に焼き付けている。

 

 寝起きのままで出たので武器は一つもない、ここで仕掛けてくるとは思えないが……。

 

 拳を固めたまま声を返す。

 

「何の用だ」

 

「沙汰を知らせに来た。全員を起こせ」

 

 ふざけるなと言いたかったが、宿屋の目の前にコイツが居て、全員を寝かしておくわけにもいかない。

 

 俺はロジェと睨み合うまま、ティントアに部屋へ行ってもらった。

 

 長くはない時間だったが、言葉もなく目を合わせ続けるのは神経を使う。

 

 まだ髪に寝癖をつけたままの仲間たちを見て、この目の前の男に引きずり出されたのだと思うと、ふつふつと怒りがこみ上げるのが分かった。

 

「揃ったか。では伝えよう」

 

 ロジェが骨ばった手で指さす。

 俺たちの中の一人を指さして言うのだ。

 

「そいつの身柄を引き渡せ」

 

 要求されたのはフーディだった。

 コイツ……何を言っているんだ。

 

「先日の件はそれで不問とする。即刻、引き渡せ」

 

 今、この場で? 

 

 俺たちからこの子を取り上げようと言うのか。

 頭の中のどこかで、線のようなものが切れたのが分かる。

 

 言いたいことはあった。

 なぜフーディ? 

 

 何の目的があってそれを要求するのか疑問は沸いたが、理性はもう遠く、俺は拳を握り直す。

 

 一歩踏み出したところで後ろから手を引かれて止められた。

 昨日握ったクロエよりもずっと小さな手が、フーディが俺を行かせまいと手を掴んできていた。

 

「ヴィゴ、だめ!」

 

 一瞬、フーディの止め方が強烈に印象に残り、自分から出て行くと言い出すのかと悪寒を覚えたが、そんなわけがない、単純に俺を止めたかっただけだ。

 

 ロジェの視線から逃げるように俺を盾にし、相手の様子を窺っている。掴まれた手が冷たいことに、彼女の不安が伝わってくる。

 

 止められるのは一人までだった。

 

「テメェよォ、寝ぼけてんのか?」

 

 アッシュはほとんど顔を突き合わせるようにしてロジェの前に立つ。

 

 身長差があるのでアッシュが上から見下ろすようにしているが、壁のような圧力のアッシュを前にしてもロジェの態度は少しも改まらなかった。

 

「いや、目は覚め切っている。もう一度言おうか? その子を渡せ」

 

「あぁ、そうかい。てめえは今から地面で寝てろ」

 

 言い終わると同時にアッシュは拳を繰り出した。

 

 ロジェは後ろに飛び退きながら何か白いものを散らす。まるでアッシュが手を出すのを予期していたように対応が早い。魔術師にも関わらず眼を見張るほどの体捌きだった。

 

「骨の盾がここまで壊れるとはな、今ので余罪が一つ増えたぞ、愚か者が」

 

 辺りに散らばる白く固い破片は骨だった。アッシュがすぐに追撃するかに思えたが、拳がずたずたになって血が流れていた。砕けたとしても破片が突き刺さるようになっているのか。

 

「上等だよ、マジで殺す」

 

「おや、殺す気もなく殴ってくれたのか。ずいぶんとお優しいのだな」

 

 挑発を受けて流せるような奴ではない。

 今にも飛びかかろうと腰を落としたアッシュを、カトレアが声で止めた。

 

「時間を下さい」

 

 睨み合う両者のうち、片方のロジェがカトレアを見る。

 

「時間など必要か? これは要請ではなく通告だ」

 

「旅の仲間との別れに、いくらかの時間も与えて下さらない程、伯爵閣下は料簡(りょうけん)が狭いのでしょうか?」

 

 別れ、そう聞いたフーディが俺と繋いだ手をわずかに震わせる。分かるように強く握り直した。大丈夫だ、カトレアは時間を稼いでいるだけなんだよ。

 

「ほう。中々、訴えかけてくるじゃないか」

 

「我々としても有力な方に目を付けられることは本意ではありません。準備も相談も必要です。三日ほど下さいませんか。まだこの子と一緒に街の見物すら出来ておりません」

 

「最後の思い出というやつか。ハハ、美しいことを言うね。だが、三日もいらんだろう」

「……でしたら二日」

 

 ロジェは首を振って一方的に言う。

 

「今日一日だけだ。明日の朝に屋敷へよこせ。断じて言うが、これ以上の譲歩はない。こちらは今ここで連行しても構わんのだ」

 

 カトレアは納得がいかない様子だったが、しずしずと頭を下げた。尚も引き下がれないアッシュに耳打ちして何とか落ち着かせる。

 

 用が済んだと言うようにロジェは踵を返した。

 嵐は去る。

 

 残された俺たちは宿の部屋に場所を移して話し合いを始める。

 

「カトレア、あたし……」

 

 今までよく耐えてくれていたフーディだが、部屋に入る途端、声に不安を乗せてカトレアを見る。

 カトレアは彼女の頭を胸で抱きかかえて話し始めた。

 

「大丈夫ですよフーディちゃん。あんな人に渡したりしません。絶対に、そんなことはしません」

 

 分かっていたことではあったが。フーディも改めて口にして欲しかったのだろう。カトレアの体に腕を巻き付け、固く抱きついている。

 

「カトレア。さっさと説明しろよ。俺はわざわざ止まったんだぜ? 考えってやつを聞かせろ」

 

 耳打ちした時のことを言っているのだろう。

 

「逃げるっていうなら、俺は聞かねえ。そんなことなら、いますぐアイツのとこ行ってケリつける」

 

「逃げたりしませんよ。私も頭にきました。ですが一度、城下を出ましょう」

 

 立て直すということか。

 アッシュが異を唱えようとするのを、喋り続けることで黙らせる。

 

「逃げではありません。よく調べ、備える時間が必要です。ロジェの身のこなしはアッシュくんも体験したはずです。当然アッシュくんが負けるとは思えませんが、それでもロジェは弱くはない。現に手傷を負わされています。ただ強いだけの者と揉めているなら叩くことだけを考えればいいでしょうが、相手は地位のある敵です。力だけで押さえられない部分もあるでしょう」

 

 カトレアはまだ喋り続ける。

 アッシュもまずは聞くことにしたようだ。

 

「アッシュくん。必ず君へ、機会を渡します。直接的に正面からぶつかる時を作り出します。それまでのお膳立て、戦いの後で私たちが不利にならないようにしますから、それまで待ってくれますか?」

 

「……約束できるのかよ?」

 

「ええ、必ず」

 

 目は真剣に、唇だけで笑い、カトレアがアッシュの前に拳を突き出して断言する。

 

 不承不承(ふしょうぶしょう)、自分の前に来た拳へ同じように手を固めて「了解」を返す。

 

「ロジェと戦うことについて、反対する意見はありませんか?」

 

 手は上がらない。

 

 今朝、逃げることを相談していたティントアですら、心に火が付いたような目をしていた。

 クロエもフーディも同じだった。

 

 小さな手を握り締め、フーディも発奮(はっぷん)している。

 

「……ムカついてきた。なんか、ちょっとだけ怖かったけど、今もう平気だ。皆であいつをやっつけるんだよね?」

 

「はい。こらしめてやりましょう」

 

 カトレアがニヤリと笑う。

 

 作戦会議が始まった。

 

 もはや俺たちの許せる領域を越したのだと、六人全員の空気が変わっている。

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