六王連合   作:帯刀 撫臼

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36話 仲間のサイン

 対ロジェを想定し、朝食をかき込んだ俺たちは準備を始める。

 

 作戦会議で決まったことを大まかに言うとこうだ。

 街から出て外に潜伏し、ロジェの犯した罪の証拠を押さえ、お縄にかける。

 

 必要な物を買い揃えたりしたいのでさっそく動きたかったが、ひとつ鬱陶しいことがある。

 俺はとある方向へ顔を向けて言う。

 

「見張られている」

 

 アッシュも気付いていたようで意外な顔はしなかった。

 宿屋の入り口を見ているのだろう。数までは分からない。

 

 クロエが声を落として聞いてくる。

 

「わたしたちが外に出るのは、さすがに止めないよね?」

 

「ないと思います。街を見て回るのも終わっていない、と言いましたから、そこで何か文句をつけてくるとは思えません。ですが、夜に発つところを見られるのは面倒ですね。私達なら強行して突破できるとは思いますが……」

 

「俺とヴィゴで片付けてから出てけばいいだろ。だいたいの場所は分かるぜ? そのうちやり合うんなら敵がどんくらいのやつか分かってちょうどいいだろ」

 

「……そうですね。見つからずに出るのが難しいようなら、それもいいかも知れません」

 

 カトレアは少し考えた後で言葉を付け足す。

 

「買い物の時に少し考えてみます。上手くやれそうな手が思いつくかもしれませんし」

 

 今日の行動予定は、まず六人で街を観察。

 特に二段地区のロジェの屋敷周辺はよく下見しなければならない。

 

 その後は分かれて行動だ。クロエとカトレアは聞き込み。再屋(ふたたや)の利用客にはおそらく富裕層が多い。この前に買った上等な服に身を包んだ二人であれば同種の空気から聞きやすいかもしれない。

 

 アッシュ、ティントア、フーディは必要品の買い出しだ。

 これから王都の外で隠れ潜んで行動することになる。

 

 必要な物は多い。

 

 俺は一人で外壁に登ることになった。

 

 周辺の地形から拠点にふさわしい場所を探すのが目的だが、壁の上は衛兵しかいない。おそらく一般人には許されていないので見つからないようにしなければならない。

 

「うーし、じゃあ行くぞ」

 

 掛け声はいつもアッシュだ。確かにこいつの言葉は勢いがつく。

 

 カトレアが考えたことでも、何か全員を引っ張っているのはこのうるさい奴のような気がしてくる。

 

 闘うという姿勢を一切崩さないことに、知らず皆も影響されているのだろうか。

 

 気合十分なアッシュの背中に、フーディが待ったをかける。

 

「なんだよ、ちびっ子」

 

「これやろうよ、これ」

 

 フーディが手をグーにして腕を伸ばしている。

 

 さっきアッシュとカトレアがしていた拳を合わせるやつだ。

 

「これ、ギルドの挨拶にしようよ。やるぞ! って時に皆でグーやってから始めるの」

 

 アッシュが笑う。

 

「悪くねえ」それから二つの手がコツ、と合わせられた。

 

 その仕草を見てクロエが思いついたことを口にする。

 

「あ、じゃあさ! 指輪もつけようよ。石の小鬼のとこで見つけた銀の指輪。ちょうど人数分あるし、指輪と指輪のとこでコツン! って、団員の証みたいじゃない?」

 

 あぁ、そういえばそんな指輪もあったな。

 

 自分の荷物の中から皆それぞれ指輪を取り出す。

 

 なにか魔術的なものが込められているのか、俺は左手の薬指にはめてみたが測って作ったかのようにピッタリだった。

 

 銘々が好きな指にはめるが同じようにぴったりなのだ。

 

 改めて、指輪をつけた手で拳を打ち合わせる。

 

 六人全員がそれぞれ一人ずつと突き合わせていく。

 指輪同士で合わせるとキン、という綺麗な高い音がした。

 

 ティントア、クロエ、フーディ、カトレア。

 そして最後にアッシュと合わせる。

 

「やるぜ、ヴィゴ」

 

 短く「ああ」と答え、少し強く、いい音が鳴るように突き合わせてやった。

 行動開始だ。

 

 六人で城下を見て回る。

 

 必要そうな物が売っている店に目星をつけ、夜に脱出する時のための下調べとして、逃走経路を何本か選んでいく。

 

 監視と思われる視線はしっかりとこちらを追跡してきていた。

 

 何人かは顔も分かったが、あまりじろじろとは見ない。まさかこの昼間から大胆なことはしないだろう。

 

 景色を目に流す時にほんの少しだけ注目したが、たいした使い手には見えなかった。

 俺なら後ろをとって気絶させられる。

 

 六人での散策はあまり浮かれられるような時間ではなかった。

 

 見張られているとどうしても窮屈だ、不自然がないように当たり障りのない雑談はするが、いつもならもっと笑い声がある。

 

 午前中いっぱい、足を使って城下を見て回った。

 

 買い物組は買うべきものを紙に書き出し終わり、聞き込み組はこれから人にあたっていく。

 

 俺は壁の上から場所探しだ。

 

 城下をぐるりと覆う高い壁は八つある塔のどこからでも登れるらしい。鳥瞰(ちょうかん)すれば楕円のような形をしているであろう壁は八つの点が均等な感覚を空けて距離をとっている。

 

 一段地区の西の端が最も手薄なので侵入場所に選んだ。

 

 衛兵の目を盗みながら塔に入るのはそう苦労のないことだった。

 

 衛兵がどれだけ多かろうと必ず目につかない場所、時がある。

 俺はその隙間に入り込めばいい。

 

 問題は壁の上だった。見晴らしが良すぎてどうしても見つかってしまうのだ。

 

 王城を除けば壁より高い建物はほとんどない。

 市街と距離があることから影となる場所など皆無に等しい。

 

 太陽が傾いて山影が落ちるのを待っても良かったが、太陽と山の方角から見て俺の侵入場所が暗くなってくれる時間まで待たなければならない。

 

 余裕があれば待っても良かったが……。

 

 結局、俺は衛兵の装備を拝借することにした。

 

 詰所で寝ている者がいたので傍にある一式を借りてくる。

 これを着れば遠目には分からないはずだ。

 

 面突きの兜が共通で支給されていたら良かったが、顔は布を巻いて隠す。

 

 塔の階段をぐるぐると登っていく途中で衛兵一人とすれ違ったが、適当な挨拶を交わして素通りすることが出来た。

 

 壁の上は、この景色は、少し見とれてしまうほどに素晴らしい。

 

 目線が高いというだけでなぜこんなにも街の景色が素晴らしいと思えるのだろうか。

 

 さて、俺の感動は置いておいて先にやるべきこと片付けよう。

 

 辺りを見渡す。近くに森があればいいが、それか窪地、打ち捨てられた廃墟でもいい。

 

 フーディとカトレアなら地形を変えることも可能なので、完璧なロケーションでなくとも良いはずだ。

 

 いっそ地中に拠点を作るというのはどうだろうか? 

 フーディに土を操作してもらえれば簡単に出来るかもしれない。

 

 塔を三つほど抜けたところで下から何か飛んでくるのを感じ取った。

 

 視線をやると拳ほどの石が向かって来ている。

 気付いていなければ直撃コースだぞ……。

 

 下を見るとやはりアッシュの仕業だ。

「降りてこい」的なジェスチャーをしている。

 

 近い方の塔から降りる、と指さしてみたが伝わっただろうか。塔に入って階段をぐるぐると降り、お借りした装備を返して外に出ると二人が下で待っていた。

 

 アッシュとティントア……二人? 

 

 いや、ティントアがフーディを背負っているのか。

 

 ……良かった。

 一瞬だけ嫌なことを考えてしまった。

 

 三人のところに寄っていくとアッシュが聞いてくる。

 

「首尾はどうよ? 終わったか?」

 

「ああ、大体は済んだ」

 

「そか。終わってんならちょうどいい。こいつ任すわ」

 

 アッシュが顎で指すと、ティントアが背中のフーディを見せてくる。

 

 背負われた姿はいつも彼に甘えている顔ではなかった。

 息苦しそうにしている。

 

「フーディ? なんで、どうしたんだよ?」

 

「あ……。ヴィゴ……。なんか、あたし調子悪いっぽくて……風邪かなぁ」

 

 おでこに手を当ててみるとかなり熱かった。

 

「ごめん、ね。こんな時に……ごめん」

 

 こんな小さな子に、熱で浮かされた声で謝られるのは、俺にはいたたまれないことだった。

 

「俺らまだ買い物も終わってねーから、フーディお前に見といて貰おうと思ってよ」

 

 当然引き受ける。

 下見もほとんど終わっているし問題はない。

 

 フーディを俺の背に乗せる。

 背負ってすぐ分かるのは体の熱さだ。間違いなく熱がある。

 

「んじゃ行くわ。さっさと済ますようにすっけど、たぶん夕方くらいまでかかるぜ?」

 

「分かった。フーディはいつからこうなったんだ?」

 

 答えたのはティントアだ。耳打ちで教えてくれる。

 

「お昼を皆で食べて、しばらくしてから、だね。……俺は、このタイミングの悪さを考えると、どうしてもロジェが何かしたのかと思う。けど、魔術的な感じはしない。ロジェが近かった時に、そんな素振りもなかったから……分からない。風邪であって欲しいけど……」

 

 ごく小さな声でフーディに聞こえないよう伝えてきた。

 確かに俺もこのタイミングで急に体調が悪くなるのは運が悪すぎて訝しんだ。

 

 ……しかしだ、ロジェがなにか仕掛けたとして、ティントアが見ても見破れない魔術的な何かを俺が看破することは難しいだろう。とにかく看病してあげないと。

 

 二人と別れ、俺はフーディを連れて宿へ帰る。夕方くらいには皆も帰ってくる頃だろう。

 そして夜に発つが、それまでにいくらか回復していて欲しい。

 

 俺かアッシュが背負って移動するのはそう大変なことではないが、町の外でフーディをしっかり休ませることが出来るだろうか。不安が募る。

 

 宿に帰る途中で冷やされた果物と水を多めに買っていく。

 

 ベッドへすぐに寝かせたが、フーディは俺が離れるのを凄く嫌がった。

 トイレに立つにも苦労するほどだ。

 

 具合の悪さと、今のこの状況が重なり心細いのだ。

 

 どこか人に触れていたいようでずっと手を離さない。朝に繋いだあの冷たかった手が、今は汗をかくほどに熱くなっている。

 

 何度目か分からないが、額に乗せている水に濡らしたタオルを替える。

 

 顔と首回りの汗を拭いてあげると、小さく「ごめんね」と言うのだ。

 

 謝る必要なんてひとつもないのに。

 

 俺は何度も「大丈夫だよ」と言って聞かせるが、力なく笑うだけの効果しかなかった。

 

 今は看てやることしか出来ない。

 

 傍にいてくれとフーディは言う、それはいくらでもしてやれるが、もどかしい。

 

 自分に出来ることがどれだけ少ないか思い知らされた。

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