六王連合   作:帯刀 撫臼

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37話 降りかかる火の粉は

 そろそろ日が暮れ始めるか、いつの間にか眠ったフーディが目を覚ます。

 

「……外、ちょっとだけ、出てみたい」

 

 今のこの状態で体を起こして欲しくはないが……。

 

「……ちょっとは元気になったよ。たぶん」

 

 手で測ったが、熱っぽさは依然として変わらない気がする。

 

「ねぇヴィゴ、ちょっとだけ、ほんとに……ちょっとでいいから」

 

 俺は……。本当に少しだけと約束して、許した。

 

 また背負おうとすると自分で歩くと言い張って、それも許した。

 

 ダメなのだ。弱っているフーディに頼み込まれると断れない。

 

 本当はこのまま寝ていて欲しいが、それと同じくらい、こんなささやかなお願いくらい聞き届けてあげたい。

 

 俺も随分と参っているらしい。

 そろそろ皆が帰ってきてくれないだろうか。

 

 せめて皆が居れば、明るい空気だけでもこの子に感じさせてあげたい。

 

 宿屋の前に出て、長椅子に二人で腰かける。

 フーディはまだ頭がぼうっとするようで、ほとんど体を寝かせるようにして座っていた。

 

「ほら、フーディ、もうそろそろ――」

 

 宿へ戻ろうと言いかけて、明確な濃い殺気を感じ、俺は刀を抜き放った。

 

 何だ? 事態は把握できていないが、確実に今、俺を見て、黒い感情を放った者がいる。

 

 感じた気配の方へ眼をやる。

 居る。確かにアイツが居る。

 

 遠くの家の屋根からロジェが目を細めてこちらを見ているのだ。

 

 辺りは、陽の赤い光で満ち始めた。白と灰の街並みが赤くなる。

 

 戦闘態勢へ切り替わった頭と、こみ上げてくる怒りが辺りに拡散されたように、赤色が広がっていく。

 

 フーディはどうする。宿に戻したほうがいいか?

 

 咄嗟に抱えて逃げるならこのまま外に居たほうがいいか。

 逡巡したがこのまま外で待ち受けることにした。

 

 皆はいまどこに居るのか、俺が広域な魔術を使えれば、派手な騒ぎで異変を知らせられるのだが……。

まあ、いい。向かってくる奴は全員殺す。

 

 神経を研ぎ澄まし、周りの気配を窺う。

 宿屋を背後にし、右手に二か所、左手に一か所、敵が来るならその三方からだ。

 

 ――来た。

 通行人を装っているが、殺意を持って近づいてくる者がいる。

 

 道行く人と変わらない何の変哲もない服装だが、俺には分かる。

 歩き方から、上着の下に武器を隠し持っていることも見てとれた。

 

 ホルスターから手裏剣を一枚とって放つ。一人目の敵は反応すら出来ず喉元に手裏剣を突き立てられ倒れた。突然に倒れた人と、当たりに撒かれる血に悲鳴が上がる。それが開戦の合図となった。

 

 三方から一人ずつ、もはや隠す気もない出で立ちの男が三人。

 

 手にはそれぞれ剣を持っている。敵がどれほどの数か分からない、手裏剣は温存して刀に移行する。フーディと離れすぎないよう、しかし多少は前に出て三人を引き付ける。

 

 一人、二人と喉を切り裂いて殺し、距離を取ろうとした相手には瞬断一足(しゅんだんいっそく)で背後に回って止めを刺した。先に投じた手裏剣をすぐに回収してフーディの元へ戻る。

 

「ヴィゴ、あたしも……戦える、よ」

 

 迷う。無理はさせたくないが、フーディがいくらかでも力を使えるなら、不測の事態にかなり対応が効くだろう。どうしたものか一瞬だけ考え、出来るかどうかを聞く。

 

「出来たらでいい。皆になにか合図を送りたい。派手で、すぐ気付けるようなやつ」

 

「分かった……できるよ」

 

 フーディは立ち上がり、腰かけていた長椅子を宙に浮かせる。なるべく高くして目に付くように、ということだろう。運よく空を見上げてくれればいいが……。

 

 これはフーディに使える力のぎりぎりが、今はこの程度しかないことを意味している。

 

 やはり無理はさせたくないが、可能性は少しでも広げておきたい。

 

 それに、もう新たな敵がやってきている。

 あまり側で戦って巻き込みたくないので前に出て迎え撃つ。

 

 今度は多いな。

 十人はいる。

 

 ロジェは私兵を抱えているのだろうか。

 雇いの傭兵? 

 

 ともかくやることは同じだ。

 出てくる奴は殺す。

 

 近いやつから順に刀を振っていく、一、二、三……。

 これで四人目がくたばった。

 

 遠いところにいる奴らが方向を変えフーディの方へ向かおうとする。

 その素振りだけで血が沸騰しそうになる。

 

 左手で黒弾逆巻(こくだんさかまき)を作って投げつける。

 

 黒い渦が男の眼前で炸裂し戸惑ううちに手裏剣を投げつけ仕留める。

 

 十人いたが、これで三人まで減った。残りの奴らは目に見えて体を固くしていた。

 

 薄葉灰影(うすばはいかげ)の刃を向け、問う。

 

「動けば殺す。この場から逃げても殺す。お前たちは何人いる? 答えれば見逃してやる」

 

 男たちの中に動揺が走る。時間は与えない。

 

「三つ数える。そのうちに答えなければ左端から順に殺す。ひとつ、ふたつ――」

 

「あと二人だ! 後ろに二人いる! 俺らは雇われただけだ! だからもう見逃し――」

 

 左端の男の首に手裏剣を投げつけ黙らせた。

 

「嘘をついた場合も殺す。後ろにいるのは五人だ。もっと後ろにも何人かいる。答えろ」

 

 次の男に刀の先を向け、告げる。俺の探れる範囲では遠いところの人数までは分からない。

 

「ひとつ、ふたつ――」

 

「分かった! 言う! 言うから! 全部で三〇人だ、だから――」

 

 三〇人……。

 

 嘘かどうかは分からないが、ひとまず殺しておく。どうせ殺すかさらうかする仕事を受けるような連中だ。フーディを守るためなら何人死のうが構わない。

 

「待ってくれ! 嘘は言ってねえんだ! 俺たちはほんとにさんじゅ――」

 

 残る一人は距離を詰めて切り殺す。

 元より生かす気はない。距離が近いうちに一人片付けておくのは普通のことだ。

 

 口振りから見て三〇人というのは確からしい気がした。

 今で半分くらいは倒しているか、もう半分程度なら一斉に来られても対処可能だろう。

 

 蹴散らすように簡単に人を殺している。その事実に驚かないでも無かったが、火の粉は払わなければならない。

 

 後ろにはフーディが居るのだ。

 俺が心を痛めている暇などない。

 

 使った手裏剣を回収してすぐフーディの元へ、皆はいつ帰ってくるか……。

 

 気を張って警戒を続けるが、十数名が早々に死んだのを見て突っ込んでくる奴は出て来なかった。遠目から窺ってくる気配はある。そのまま時間が過ぎてくれればいいが。

 

「もう、無理」

 

 後ろから声がして振り向けば、フーディが限界を迎え、地面にへたり込んでいた。

 見上げれば長椅子は魔力の支えを無くして落下し始めている。

 

「大丈夫フーディ。十分だから、そのままゆっくりしていていい」

 

 わずかな返答がある。ほとんど聞き取れなかったが、たぶんまた「ごめん」と言ったのだ。

 

 その言葉を聞くたびに胸がぐっと締め付けられる。

 

 こんな状況で、どうしてこの子が謝るはめになる。

 また俺の中で苛立ちと怒りが膨れ上がる。

 

 ……新たな敵だ。

 自分の中の炎はお前にぶつけてやるぞ。

 

 そう思って相手を睨んだが、どこか様子がおかしい。手に武器がない。

 ……それに、その、腹の膨らみ方。

 

 アッシュが一杯食わされた時の、死体の爆弾を思い出す。

 

 そうだ……コイツ、気配がない。

 現に目に見えるところに出てくるまで察知出来なかった。

 

 腹の膨らんだ死体は、俺を見ず、いや、視線はどこも向いていない。

 

 操られているだけだ。首をぐらぐらと動かしながら近づいてくる。

 

 この死体の爆弾があるということは、おそらくロジェは王都周辺で子供がさらわれる事件にも関与している。

 

 反吐が出る。

 

 俺は即座に手裏剣を放つ、喉に命中したが、死体は動きを止めない。予想はしたが効果は薄い。どうする? 俺の攻撃で遠距離からこいつを処理できるのか。

 

 手裏剣を十枚投げても同じことだ。

 

 近づけば爆破の餌食になる。俺は側に落ちている長椅子を掴んで投げつけることにした。

 

 ある程度の質量がある物をぶつけて死体を遠ざけようと――

 

 こいつ、走れるのか!

 

 それも速い、さっきまで襲い掛かってきた人間よりよほど速く動ける。

 

 でたらめな足の動かしかた、否、動かされ方で獣同然に襲い掛かってくる。

 

 フーディを爆発に巻き込まないよう前に出るしかない。

 

 胸で抱えた椅子を蹴飛ばして当てると同時に、死体の腹の膨らみは頂点に達し、ぐちゃり、弾けた。

 

 咄嗟に後ろへ飛んだが、それでも爆発の圏内からは逃れられない。空中で出来る限り身を小さくしたが、俺の左手にいくつもの骨が食い込んだ。

 

 フーディは!? 

 

 どうやら無事だ。

 

 俺の左手も動く。何とか凌いだ。

 

 だが、今度は三方から腹を膨らませた死体が出てきたのだ。

 

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