まずい、死体の爆弾が三体も……。
さっきの一体でさえ対応に困ったのだ。
もう手近に投げられるようなものはない。
いま自分に出来る対処法がひとつしか思い浮かばず、俺は突っ込むように走った。
まずは距離の空いている左からだ。突っかけ、距離がみるみる間に縮まり、腹が比例するように膨れていく。
途中、俺は急停止して様子を窺った。
……腹は膨らみ続け、俺の停止の後で遅れて膨れるのを止めた。
ということおそらく、死体は距離に反応して自動的に膨らむのではない。
死霊術師が遠隔で操作し、俺が近づいたところで爆発させるつもりなのだ。
理解した。
やはり方法は一つしかない。
死体の爆弾に直前まで近付き、破裂する寸前、後ろに跳んで爆風を避ける。
当然だが全てを避け切ることは出来ない。
被弾する面積を少しでも小さくするため空中で丸まって、手足にいくつもの骨が突き刺さった。
固い石の地面に丸くなったまま叩きつけられたが、体勢をすぐ整えなければならない。
相当に痛い。
手足だけで受けるにも限界がある、飛んでくる骨がもっと太い物なら更に大きなダメージを受けることになる。
そこら中に腐った血が飛び散り、色の悪い骨が転がっている。
その上に立ちながら俺も傷を受け、血を流している。まだ、二体。
同じようにぎりぎりまで近付いて誘い、爆発をくらう。痛みに奥歯を噛みしめる。
あと一体。同じように対処しようとして、今度は相手が上手かった。
俺が飛び退くタイミングを計ってこちらへ突っかけてきたのだ。
腕の隙間から迫るそいつを見て何とか地面にもう一蹴り入れる。
だが確実に爆心に近かった。
目に見えるまずい結果が俺の左腕に残っていた。
尖った太い骨が腕に深々と突き刺さっている。思わず声が漏れた。
幸いそれでも腕の挙動に問題はない。ひどく痛むが、まだ戦えるはずだ。どうにか三体を生きて抜けられた。
今のうちにフーディを連れて逃げる選択をとる。
このまま宿の前で防衛していればジリ貧だ。
クロエかカトレアの力で離れたところから無力化しないと俺もそのうち死ぬ。
へたり込んでいるフーディに向き直って目を疑った。
どうして彼女の背後に死体がいるのか。
見ればその死体は、宿屋の主人だ。
昨日、今日と世話になった人が死体に変えられ、醜く腹を膨らませながらフーディに迫りつつある。
腕の痛みなど置き去って走った。
速く、一歩でも速く。
頼むから間に合ってくれ、頼むから俺に守らせてくれ。
動けないフーディの元へ、俺の方がいくらか先に到達し、引っ手繰るように抱きかかえた。
どうにか届いた。
瞬時、来ると分かった爆発を間近に浴びる。
背中が焼けるように痛い。
爆風と痛みで思わずのけ反りそうになって叫びながら踏みとどまる。
体で包み守っているフーディは、今こうして俺が一心に傷み続けなければ決して守れない。
ただ一瞬のはずの爆発が、とてつもなく長い時間だったように感じられた。
直撃し、背を盾にした俺は耐えきれず膝から崩れ落ちた。
既にぼやけ始めた視界でどうにかフーディを確認する。
大きな傷はないはずだ。かすり傷程度で済んで良かった。
激痛によって辛うじて意識を保ててはいるが、自分がほとんど壊れかけているのが分かった。
俺の体に、骨は何本刺さっているんだ。背中にいくつも突き立っているのはわかるが、痛みが激しくて感覚が無いに等しい。
痛い、熱い。
思考の大部分をそれが持っていく。
立て。
考えなければいけない。
膝をついているような暇はないというのに。
腕が痺れ始め、フーディを抱えることすら出来なくなった。
血と肉と骨が散乱する地獄に、フーディがごろりと横たわって服に赤黒い染みが出来ていく。
ぼやける視界でそれをただ見ている自分に涙が出た。
「……フーディ……逃げろ」
辛うじて出た俺の言葉に、彼女からの反応はない。
もはや答えられるほどの余裕もなく熱に喘いでいる。
汚らしい気配が近づいてくるのが分かった。
夜に溶けるような黒いローブを着て現れたのはロジェだった。
「しぶとい奴だな、あれでまだ生きているとは」
にたにたと笑っている。
立ち上がろうとしても体はもう言う事を聞かず、血で滑ってうつ伏せに倒れ込んだ。
ロジェはどうして今になって襲撃を仕掛けてきたのだろうか。
約束は明日の朝だったはずだ。気狂いに道理は通じないのか。なにか見破られたのか。
「こちらの子供にも驚かされたよ。ハチミツの飴をやっただろう? あの飴は特製でね、この症状はそれが引き起こしている。ここまで症状の進行が遅いとは思わなかったがね。並みの魔力量ではない。この年にして私と変わらん領域にあるということだ。分かるか?」
ロジェは語り続ける。
欲した物を手にする高揚感からか早口で捲し立てるようだった。
「この子は私が貰ってやる。一目見た時から気に入ったさ。必ず手にしてやろうと思った。赤髪と金髪が屋敷に忍び込んでくれて良かったよ。まあ口実は何でも良かったのだがね」
ロジェがフーディを抱きかかえたようだ。
俺はうつ伏せで呻くことしか出来ない。
悔しさで身が震える。だが拳を握ろうにも、その力さえ出せなかった。
「とどめは刺してやらんぞ。そこで惨めたらしく死んでいけ。素直に私に従っておけばよかったのだ。お前が悪い、お前たちが悪いのだよ」
足音が遠ざかり、俺の意識も遠のいていく。
「これからは大きな屋敷が君のお家だよ」
吐き気のする台詞が遠くから聞こえる。
胸の中に渦を巻く怒りと、体中に走る絶え間ない痛みの中、俺は途絶えた。