「ふざけるな! あってたまるか! ただの一人で覆せるなどと思うなよ!」
ロジェは叫び、手を振って合図すると二階の部屋から更に骸骨たちが飛び出し、階下へなだれ込んできた。階段すら使わず飛び降りてくるのだ。ティントアはそれにも手をかざし自由を奪う。
次々にティントアの力が戦力を塗り替えていく。
百どころの数ではない。
いったいこの空間にどれだけの骸骨がいるのか、支配権を奪い自壊させた骨たちが山と積み上がっていく。
この機は逃せない。
アッシュがまた走り出し、俺もそれに続く。
時間はあとどれくらいある?
間に合うのか、間に合え、間に合ってくれ。
今度こそ間に合わせてくれ!
ティントアが俺たちの進む場所に道を作ってくれる。
襲い来る骸骨達の海の中に、僅かばかりの道がある。
だが、足りない。このままではまだ遠い。
数の暴力は俺たちの時間を奪っていく。
近づかれる前に押しのける必要がある。
――脳内で閃きが走った。これなら、或いは……。
俺は両手に黒い靄を作る。
黒靄に包まれた手裏剣が突き刺さるのではなく、敵を殴りつけるように弾く。
黒い靄が直撃し、技の性質通り俺の手の中に帰ってくる。
一投、二投、三投……十投を行う頃には一投目が帰ってきており攻撃は継ぎ目なく連綿と続く。
黒弾逆巻。改め――
骸骨が俺とアッシュに届くより早く、十の刃が敵を弾き近寄らせない。
周囲に手裏剣の壁を展開し骨の海を割り進む。
あと少し、あと少し進めばアッシュの射程に入る。
だがもう時間が――
時間がないはずだ。
その認識はアッシュにもあったらしく、屈伸からの大跳躍で距離を詰めようとしていた。
ここから届くのか、分からない。
それでもアッシュは体を宙へやる。
一度の飛び込みではなく突っかけてくる骸骨達を踏み台にしてその上を走り、そして最後に大きく跳ぶ。
「串刺しにしてやる!」
飛び上がったアッシュにはロジェの攻撃が待ち受けていた。
歪な骨の剣が投擲され、命中するかに見えたが、寸でのところで宙に増えた足場を踏み、アッシュは更に高く跳んだ。
カトレアが絶妙なタイミングで木を伸ばしアッシュの動きに合わせたのだ。
届くか、これなら……いや、まだ分からない。
驚異的な速度で迫るアッシュにロジェは退いた。
距離を取ろうと一歩足を引いたのだ。
まずい、俺の目算では、このままでは届かない。
アッシュは一拍だけ遅れて二階に到達する。
この刹那的な時間に置いてその遅れがどれだけ長いのか、迎え撃たれるほうがまだ勝機が――
ロジェが、二歩目の後退を出来ないでいる。
迎撃する気になったのではない。
後ろに下がろうとする踵を、一本だけ張られたクロエの髪が押しとどめていた
これなら、これならば届く。
それぞれの力が重なり合い、固めた拳が到達する。
空中で長く拳を引き絞ったアッシュは、偶然か必然か、一瞬のタメが技の段階を引き上げた。
拳から漏れ出た魔力が赤々と光を放つ。
――
アッシュを中心に火炎が放出されたように空気が熱くなっている。
拳を覆い隠す赤の魔力は燃え盛る業火のように溢れ、真っ赤な流れ星のように尾を伸ばす軌跡でロジェへ迫る。
「これが俺らの力だ、たっぷり味わえや!」
骨の盾を展開するロジェ、それを上から叩くアッシュ、差は歴然だった。
盾はまるで防御の役割をこなせず、炎のような魔力に触れるや否や爆散し飛び散っていく。
何十枚と展開された盾がはじけ飛び、ロジェもろとも壁に叩きつけた。
勝敗は決したように思えたが、ロジェはまだ立ち上がった。
「なめ……る、なよ……ガキどもがぁっ!」
膝をガクつかせながら、それでもよろよろと歩き出し、ついには走り出す。
口の端が吊り上がっているのを見た。
アッシュに近寄っていく。
いや、だがもう終わりだ。そんな状態でアッシュに敵うわけがない。
――膝をつく音がした。ロジェではない。アッシュだ。
いつの間にか腹の真ん中に骨の剣が突き刺さっている。
どうにか倒れ込むのだけは耐え、アッシュが片膝のまま血を吐いた。
それを見て狂ったように笑うロジェ。
新たな骨の剣を取り出して止めを刺そうする寸前――
俺は、アッシュと目が合った。どうして見破れたんだ。
そんな状態で、そんな腹に大穴を空けておいて、どうして俺を見つけられたんだ。そんなことになるくらいなら……避けてくれよ。
俺は、
骨の剣は振り下ろされない。それより早く俺が殺した。
「アッシュ!」
俺は叫びながら近寄るが、ろくに返事も帰ってこない。まだ続きがあるように、目の中に炎を宿したまま物を見ている。見れば骸骨たちはまだ動き続けている。
カトレアの叫ぶような忠告が聞こえてくる。ティントアが魔力の使い過ぎで血を吐き、それでも尚、骸骨たちを抑え込もうとしているのだ。
まずい、せっかくロジェを倒したのに、ティントアが潰れれば俺たちの勝利は瓦解する。
アッシュはもう動けない。いますぐにも治療を受けさせなければならないような傷なのに。
ふと、俺たちの後ろに立つ足音があった。
小さな、この中で最も小さな足音だ。
「……ヴィゴ、ありがとう。アッシュ、ごめん。助けてくれてありがとう。おんぶしてくれて、ありがとう」
フーディが真っ白な顔をして、それでも微笑んでいる。
「今度は、あたしが、背負うから」
叫びながら、残り少ない魔力を絞り上げて部屋中の瓦礫、壁、屋根を引きはがして骸骨たちを雪崩のように巻き込んでいく。
フーディはぶるぶると体を震わせながら、力を使い続けた。
口の端から血が漏れて、そうしてようやく骸骨達は動かなくなり、手下の死霊術師も瓦礫に飲み込まれ、俺たちの戦いは決着を迎えたのだった。
階下の三人が上がってきて、アッシュの側に駆け寄った。
……そうだ、ティントア。
霊薬なら、そう思ってすがるように顔を向けたが、苦しそうに顔を横に振るのみだった。
屋敷は屋根が全て落ち去り、壁もほとんどが剥がされ、周りに城下の人々が詰めかけているのが分かった。騒ぎで集まったのは分かるが多すぎる。何故……。
「ティントアくんの持っていた拡声させる魔術を使ったんです、クロエの髪と私の生成した植物に巻き付けて街に張り巡らせておきました。おそらく、ロジェの台詞が城下中に届いたんだと思います」
取り囲む群衆のほとんどは戸惑いだったが、中には俺たちを称えるような声があった。
ロジェの屋敷を掘り返して証拠でも見つかれば捕らわれずに済むだろう。
だが、今はそんな後のことより――。
「……勝った、みてぇだな」
血を吐き出しながら、アッシュが呟く。
「やめろ喋るな! 大人しくしてろ! いま医者を探して――」
「馬鹿か……。助かると、思ってんの、か? こんなデカイ穴、開けられてよぉ……」
ゴボリ、喋るたびに血が固まって落ちてくる。
「クソ……空中じゃ、避けらんねえ、よな」
ハハ、と。おどけて笑ってみせるのだ。
血だらけのくせに。
だが、いつも見せていた強がる姿だけは、もう見せようとしない。
「ヴィゴ……。
「喋るなって言ってんだろ! 動くな、すぐに助けを――」
「自分の、ことだ。自分で……分かる」
血が止まらない。手で押さえても止められない。
俺の手を赤く染めるのみだ。
「最後に……。仲間の、俺らのパーティの……旗揚げを、見せて……くれよ、リーダー」
最後、リーダー。
お前からそんな言葉を聞きたくなかった。
お前がリーダーで良かった。
いつも強がっているなら、今も強がってくれよ。
なんでお前が死ぬはめになるんだ。
誰よりも強いような顔をして、いつも真っ先に飛び出して、お前となら、もっと遠くまでいけたのに。
アッシュの言葉を聞きたくなかった。聞けば本当に、命の火が終わってしまうような気がして。
アッシュは、腕を差し出した。もはや拳も握れず、軽く丸めただけの拳を俺の顔に向ける。
フーディが言い出したパーティの挨拶。
そんなの、聞き届けるしかないだろうが。
拳を突き合わせ、俺は立ち上がり、腹から声を出す。
「俺たちは
声は震えなかった。聞こえたかアッシュ。
お前も揃って六王連合だ。
「はっ……ダセー……なまえ……」
アッシュの手から力が抜けて、だらりと垂れた。