ゆるく流れる景色と、尻へやってくる振動を感じ、馬車の旅は始まった。
徒歩もいいが、こういうのも悪くない。なんせ乗っているだけで目的地へ着くのだ。
「どうだったフーディ、馬に乗ってみた気分は?」
ほくほくした顔で荷台へやってきたフーディは聞くまでもないくらい機嫌が良かった。
「馬ってすっごいあったかい! 毛並みがね、すぅーって、手に吸い付いてくるみたい!」
「そりゃ良かった」
念願の馬に触れられて小さな子はご満悦だった。
馬の体温か、冬の寒さが厳しい朝は馬の首に抱きつくと思わず息が漏れるくらい暖かくて気持ちいいのだ……前世の記憶だろうか? 急に一場面だけの絵が頭の中に広がった。
荷台の後ろ側には俺たちが詰め、前側には三人の男たちが乗っている。
乗合馬車で共に行く人たちだ。
少し前に軽く自己紹介を終え、傭兵のナック。炭鉱夫のマルゴ、司祭のアウールと名前を聞いた。
「お前ら、見たとこ随分と若いが、何やってる奴らなんだよ?」
ナックが不思議そうな顔で俺たちを見まわしてから言う。年の若さと言うと特にフーディは目立つ。
「ただの冒険者ですよ」
カトレアが余所行き用の笑顔でにっこりしながら答えた。
まさかこの十日間ずっとその笑顔を維持していくのだろうか。
「冒険者って、親はどうしたんだよ? まさかその身なりで孤児院の出ってわけじゃねえだろ?」
ナックが俺を頭からつま先までまじまじと見てくる。
確かに報奨金のおかげで服は新調したばかりだ。
華美になることは避けたが、服の生地と作りを見れば安物でないことはすぐ分かるだろう。
「ええ、お察しの通り孤児院の出身ではないです。色々と訳ありでして、全員親元を離れて旅をしているんです」
「へえ、訳ありかい。まあ旅してる奴らってのは半分くらい訳ありみたいなもんだわな」
ナックはまだ詮索したそうな顔をしていたが、カトレアの作り物じみた笑顔が気になったのか、それ以上は聞いてこなかった。
馬車の荷台で交わされる言葉が途切れ、ややあってカトレアが俺の耳に顔を寄せてきた。
「……私たちの
「……そうだな。古代の王とか、蘇生されたとか、話したところで信じて貰えないと思うけど、何か面倒になっても嫌だし言わないでいいと思う」
認識を合わせておくことは重要だ。
俺たちはそれなりの実力こそあるだろうが、世の中の知識や常識の面は足りていないのだ。
余計な面倒事を呼ばないためにも全員に共有しておこう。
アッシュが居たら考えなしに話すかも知れないな、という想像がふと頭をよぎった。
「……アッシュくんを蘇生させる話も秘めておいた方がいいと思っていますが、ヴィゴくんもそれでいいですか?」
「……ああ、込み入った話になって面倒だし、いいと思う」
カトレアがフーディとティントアに伝え、俺もクロエに耳打ちする。
俺の吐息が耳にかかって「ゾクゾクする、もっとやって」と言われ少し引いた。
「あ、逆にさ、わたしが耳にフーフーしてあげるよ」
「……いや、別に、耳に息を吹くのが主目的じゃなくてだな」
「いいから、いいから!」
生暖かいクロエの吐息が俺の耳を覆う。
近い、耳と口が近すぎる。
神経が耳に集中するような感覚がして確かに背筋がゾクっとする。
人目があるのでほどほどにして離れた。
特に、あまりフーディに見せてはいけない気がしたのだ。
「しっかし、アンタら見栄えがいいね」
途切れた会話の後、こちらに水を向けてきたのは炭鉱夫のマルゴだった。
「俺よお、ゴルドルピーの城下街で一度だけ演劇を見たことあんだが、始めはアンタらも役者さんなのかと思っちまったよ。えらい美男美女が揃ったもんだ」
マルゴがそう言って俺の顔を穴が空くほど見つめてくる。
視線もそれだけ遠慮がないと流石に気恥ずかしい。
カトレアが笑顔を継続したまま礼を言うのが印象的だった。
傭兵のナックと炭鉱夫のマルゴがうちの二人に見とれている。
仕事柄も考えれば年相応に味の出た大人と俺たちを比べると差は歴然であった。
特にクロエやカトレアの肌質を彼らと見比べれば、絹と岩の表面くらい差があると言っても過言ではない。
「しかしヴィゴよ、男一人でこんなに美人ばっか連れてると大変だろう? 酒場でも行った日にゃ絡まれないわけないもんな」
マルゴがそう言ったが、男一人……か。
ティントアは薄く笑む。
彼にそんな気はなかっただろうが、金髪の美人が優しげに微笑んだようにしか見えない。
俺と違ってティントアの着ている服は丈の長いローブだ。
体付きが隠れるため余計に見間違う。
「ティントアはこう見えて男でして」
目をパチクリさせてマルゴと、それからナックとアウールも似たような反応をしている。
「男って、えっ……嘘だろう?」
「俺、そんなに女っぽいのかな。街でも、よく間違えられた」
ティントアが自分から女性的な振る舞い意識することはないだろうが、彼の持つ静けさと落ち着いた所作が勝手に性別を結び付けてしまうのだろう。
「はぁ〜……世の中ってのは広いもんだな」
ナックが思わぬところで見聞を広めている。
「ナックさんは傭兵でしたよね。行先はどこなんですか?」
カトレアが世間話を振る。
「東にある城塞都市だよ。エドナとゴルドルピーの国境沿いだな。仕事でちょっと怪我しちまって、傷が癒えたからそこで合流ってことになってる」
なるほど。
国境沿いの都市なら傭兵の仕事も多そうだ。
次にマルゴのことを聞く。
「俺は、
「その炭鉱都市に住んでいるんじゃないんですね」
ふと気になって尋ねてみた。
「ああ、炭鉱夫用の下宿があんだけど、故郷はゴルドルピーの近くにある村でな。妹が結婚したんで、お祝いに行ってたんだ」
俺はお愛想で祝い言葉を贈ったに過ぎないが、マルゴが嬉しそうに感謝を口にする。
感じのいい男だ。
最後に司祭アウール。
物静かな人だが、喋るのが嫌いというわけではなさそうだ。
「私は見ての通りエドナ教の司祭ですので、
人それぞれに目的地がある。
教国、炭鉱、城塞と行先は違えど乗り合わせた縁は不思議なものだ。
「それで、アンタらはどこ向かってんだ?」
マルゴの質問にナックも興味深そうな顔をしていた。
「俺たちもエドナ教国に向かってるんです。司祭様と同じですね」
「そうだったんですか。……巡礼者でしょうか?」
「いえ、俺たちは教徒じゃなくて、まあ
「そうですか。それは、良かった」
妙な返答だ。
同じ教徒の方が良かったんじゃないだろうか。
違和感を覚えたが、解消する前にナックが俺たちに聞いてくる。
「それで、アンタらはエドナ教国でなにするんだよ? 俺らの話なんかよりよっぽど気になるぜ」
さて、何を言ったものか。
俺が考えているとカトレアが話し出した。
「大したことはありませんよ。本当に、ただ行って色々と見て回るだけなんです」
「ほんとにそうかい? 疑ってるみたいで悪ぃけどよ。アンタらの身なりと出で立ちはどうにも浮いてるんだよな。旅に不慣れってわけじゃなさそうなんだが、その辺の旅人と一緒には見えねぇな、フツーっぽくないっていうかよお」
「まあまあ、ナックさん。簡単に話せることばかりでもないでしょう」
「俺は司祭様と違ってよお、つつしむ事が良いモンだと思ってないんでね」
「ただの観光ですよ。以上も以下もありません」
カトレアは笑顔を絶やさず言い切った。
友人を生き返らせるために、と言えばどんな反応をされるのだろうか。
ゴルドルピー王家から聞いた情報は、エドナ教団にある最高位の
また、教団においても蘇生術の存在は一部の人間だけが知っているところで、あまり大っぴらに伝えられることではないそうだ。
死んだ人間が蘇るというのは、どうしても世の
倫理観の欠如や、そもそも魔術としての難易度を鑑みても、
乗り合わせた三人は今のところ悪い人たちでは無さそうだが、長くとも十日ほどの付き合いで話す内容ではないだろう。
このゆるりとした馬車の旅が天気と平和に恵まれたまま続くことを祈るばかりだ。