六王連合   作:帯刀 撫臼

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44話 ~2章~ 呼魂招聘時宜

 乗合馬車の旅、二日目。

 

 本日も天気に恵まれ軽やかな風が平原を抜けていく。

 

 何の心配もない旅日和、俺はぼーっとフーディを見ていた。半分寝ているような状態で軽食のナッツを口にしてモソモソとやっているリスの化身のような少女を、ただひたすらぼーっと眺めていた。たぶん俺も眠かったのだと思う。

 

 荷台の上に流れていたのほほんとした時間は、御者の鋭い声で唐突に破られた。

 

「ナックの旦那、仕事ですぜ!」

 

 傭兵ナックはすぐさま荷台から飛び降りた。

 荷馬車に並走し御者のところまで駆け寄っていく。

 

「野盗か!?」

 

「オオカミの群れです! 馬はどうします!? 走らせますか!?」

 

「いや、少し待て……見たとこ若いオオカミだ。数は……五匹ばかしか。馬は今の速度のままでいい。手綱だけしっかり持っといてくれ、ビビッて急に走り出さねえようにな」

 

 御者に手早く指示をした後、荷台の俺たちに向けて声を張る。

 

「お前ら! 絶対に荷台から降りんじゃねえぞ!」

 

 盾になるようにナックがオオカミの群れと相対している。

 馬車の速度は通常時と変わらない、早歩き程度の速さのままじりじりとにらみ合いが続く。

 

 剣を突き出し、ナックが決めた境界線を踏み破ったオオカミには威嚇のために剣が振り回される。するとオオカミが下がるといった攻防が続く。

 

「どうですか? ヴィゴくん」

 

 カトレアが隣にやってきた。

 

「心配ないと思う。ナックさんはこういうのに慣れてるみたいだ。経験がある人の動きをしてる。ある程度の余裕を持ちつつ、適度に緊張感もある感じ。倒すんじゃなくて追い払えればいいって感じかな」

 

「……すごいですね」

 

「別にカトレアが一人でも、どうとでもなるだろ?」

 

「あぁ、いえ、ヴィゴくんです。見てるだけでそんなことが分かるんですね。ヴィゴくんもオオカミを追い払った経験があるんでしょうか?」

 

「あー……経験か、経験ねぇ……オオカミを追い払った経験は分からないけど、動きを見てるとその人がどのくらい強いのか、どういう風な目的で動いているか分かるってのは、経験か」

 

 そう言えば似たような事をを思い出した。

 

 角竜剣術の道場に行った時、クロエは門下生の強さを見ただけで感じ取ることは出来なかった。

 

 俺やアッシュのように、体術を修めた者と、クロエやカトレアのように魔術の心得がある人間とでは感覚そのものに違いがあるみたいだ。

 

「ね、ヴィゴ! どうする? やっちゃう?」

 

 フーディがいつの間に潜り込んだのか、俺の腕の中から顔を出す。荷台の人間が全員片側に寄っているので自分の見るスペースが無かったのだろう。

 

「いや、ナックさんに任せよう。もし危なくなったら俺が言うから、フーディにお願いしようかな」

 

「ふーん? 分かった!」

 

 視界の半分がフーディのふわふわした金髪で遮られる。

 

 フーディは髪の量が多いな。目の前にあるので頭を掴んでみると、毛量と反比例する頭の小ささに驚いた。そのうち髪を切ってあげたほうがいいかもな。

 

 こじんまりした頭を撫でていると、程なくして決着が着いた。オオカミたちは諦めて足を止め、去っていく俺たちをジッと見つめている。

 

 ナックは荷台の後方で並走し、オオカミたちと十分な距離が空くまで睨みを効かせている。

 安全なことを確認してから馬車に追いつき、荷台に飛び乗って一件落着だ。

 

「やあ見事なもんだ。アンタで良かったよ!」

 御者のおじさんが愉快そうに手を叩いてナックを労う。

 

「運賃まけてもらってるからな、値段分は働かせてもらうぜ」

 

 なるほど、馬車の護衛をする代わりに運賃を安くしてもらっているらしい。そういう手もあるのか。

 

 乗合馬車の仲間も礼を言い、ナックは誇らしそうだ。ただ、満足気な笑みを浮かべる中で少しの間だけ俺を不思議そうに見つめる時間があったのが気になった。

 

 その日はそれ以降、特に変わったこともなく夕暮れ頃に野営地を決めて野宿となる。

 

 街道から少し逸れ、背の高い木がぽつぽつ生えている地点が今日の宿だ。木を使うとテントが張りやすくていい。

 

「ええ~! 今日って外で寝るの!?」

 と、フーディが昨日言ったことを忘れて驚いている。

 

 ティントアが「野宿は嫌い?」と聞いたが「空見ながら寝られるから好き」だそうだ。

 そっちの反応だったのか。

 

 フーディが寝床の邪魔になる石や岩を浮かして端に寄せ、カトレアが草を操ってベッドを作る。俺たちだけではなく、ちゃんと他の人たちの分まで用意したのだが、一連の作業に口をあんぐり開けて驚かれていた。

 

「なっ、なん……どうやったんだ今の!?」

 ナックが真っ先に口を開いたが、マルゴもアウールも似たような反応だった。

 

 そこでようやく思い至る。俺たちが普通だと思っている事がいかにズレているのか。

 平然と魔術を扱うことがいかに珍しいのか、ということに。

 

「アンタら魔術師だったのか……!」

 

 ナックは表情を変え、俺たちから距離をとっていた。どこか構えたところがある姿勢には明確な警戒がにじんでいる。

 

 マルゴはただ驚き、アウールもナック程ではないにしてもどこか緊張を感じる面持ちだった。

 

 出方をうかがう気まずい沈黙が流れ、カトレアが歩み出た。

 

「驚かせてしまったのならすみませんでした。まず、私たちに害意はありません。遠方から旅してこの地にやってきたのですが、この付近で、こういった力は珍しいのでしょうか?」

 

 カトレアの声が通った後、やや間が空いてナックが答える。

 

「ああ……いや、大丈夫。驚いただけだ。まさか魔術師とは思わなかったんでな」

 

 次にアウールが喋った。

 

「……失礼、咄嗟(とっさ)のことで、取り乱してしまいました。……日頃の生活で魔術師に会うことは早々あることではないのです」

 

 最後にマルゴが話す。

 

「俺は……この人らは大丈夫だと思う。こういう不思議な力は初めて見たんだが……昨日と今日と一緒に過ごしてみて、ちょっと変わってる人らだが、おかしい奴らじゃないと思う。その草のベッドも、俺らの分も作ってくれたわけだしな」

 

 徐々に空気が和らいでいくのが分かり、俺は内心でホッと息をついた。

 

 風船豚を仕留める時に魔術を使用した時は、ここまで悪い反応をされなかった。魔術とは、人によってこれほどネガティブな印象を持たれている物なのか。

 

「あの、もし良かったら、皆さんが思う魔術について聞かせて頂けませんか?」

 カトレアが認識の齟齬(そご)を無くすために語りかけた。

 

 ナック、アウール、マルゴ、三人それぞれの認識で共通していることは、魔術への忌避(きひ)であった。

 

「魔術って言ったら、なんつうかやっぱり、怖いものってイメージかな。真っ黒のローブで夜の墓場に居て呪いの儀式をしてるみたいな……まあ、見たのはアンタらが初めてだがな」

 

 マルゴがそう言えばナックも頷きながら答える。

 

「そうだよなあ。夜遅くに出歩いていると魔術師に遭う、とか。子供の頃なんかは、言うことを聞かない子はコワイ魔術師にさらわれるぞ、とか。どこの家でも言われてきたもんだ」

 

 ナックの話にアウールも似たような反応をする。

 

「私もマルゴさんやナックさんと同じようなものです。一応、教会では信仰秘術(しんこうひじゅつ)を扱える者がおりますが、祈りの力や聖人の起こした奇跡を元にした術ですので、魔術を見たのは初めてです」

 

 人目があるところで軽率に使うのは避けた方が良いな。

 

 傭兵、司祭、鉱山夫という三者三様の目線から同様の意見が出ているわけだ。悪目立ちから厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンだ。

 

 女子三名が魔術についてあれこれ聞かれている。

 

 フーディが「魔力で石を掴むんだよ」とレクチャーしていたが、そんなアバウトさで分かるわけないだろう。俺ですら魔力と言われれば説明に困るのだ。

 

 フーディ先生のアバウト魔術説明会をワイワイやっているところ、ティントアがおもむろに俺の手を引いてきた。

 

「いまのうちにアッシュの様子をみとこう」

「ああ、そうだな」

 

 アッシュが入った麻袋を俺が担ぎ、人の輪から外れる。

 

 袋の中身が死体だなんて事実を知られれば、やっぱり魔術を扱う連中は頭のおかしい奴らしか居ないと思われかねない。

 

 アッシュの死体はティントアの施した防腐処理がきちんと作用しているかこうして毎晩チェックしているのだ。昨日も見たが、物言わぬアッシュはただ眠っているだけのように見える。

 

 ティントアの死化粧によって戦いの傷は消され、血色まで生きていた時の様子と変わらない。

 だが、地面に下ろす時に触れた肌の冷たさは彼の死を伝えてくる。

 

 ティントアはアッシュの額に触れて目をつぶる。ちょうど熱を測る時の仕草とそっくりだ。

 

「……うん、問題なし。魂も安定してる。さすがアッシュ」

 

「アッシュじゃなかったら安定しずらいものなのか? 魂っていまいち俺には分からないけど」

 

「他の人じゃこうはいかない。死を迎えた体に魂を安定させておくには色々と条件がある。アッシュは魂の強度が高い。普通、死んだら魂はどんどん薄くなるんだけど、アッシュのは生きている時と変わらないくらい濃いままなんだ」

 

 アイツは魂までしぶといのか、と思うと少し笑いがこみ上げてくる。

 

「これだけ安定してるなら、アッシュと話せるかも」

 

「は?」と、言った俺の顔はきっと間抜けだっただろう。

 

「魂を俺の体に入れれば、アッシュと話せる」

 

「いや、いやいや、そんな急にポンって、え?」

 

「前に言ったと思う。死者と話せる、口寄せという術があるんだけど。やってみようか?」

 

「え? ちょっと待ってくれティントア。今から? ほんとに今からそんな――」

 

 あまりの急展開についていけなかったが、マイペースなティントアは何かしらの術を初めてしまった。

 

 目を瞑り、アッシュの額に手をやったまま呪文らしき物を呟く。すると俺の声でもない。ティントアの声でもない、酷く懐かしい声が聞こえてきたのだった。

 

「よお」

 

 なんの前触れもなく、ティントアの口からアッシュの声が響いた。

 

「…………」

 

 俺は、驚きのあまり声が出なかった。

 

「おい、誰かそこに居んだろ? 呼ばれたから来てやったんだぜ? なんか言えよ」

 

 思わず目頭が熱くなった。ひとつ息を吐き、落ち着いてから返事をする。

 

「……久々だな。アッシュ」

 

「おー、ヴィゴか。すげー久々な感じするわ」

 

「……えーと、あの、元気か?」

 

「元気なわねーだろ? 俺、死んでんだぜ?」

 

「まあ、そりゃ、そうか。あぁ、えー……あの、色々話したいことあったと思うんだけど、なんていうかスマン。頭まっしろだ……」

 

「ま、ダセーことに俺も死んじまったからな。積もる話もあるわな。あ、そうだ。とりあえず俺を袋詰めして持ち運ぶのやめろよな。芋になった気分だぜ? もっとこう、カッコイイ感じの棺桶(かんおけ)とかにしてくれよ」

 

「いや、棺桶引きずって旅してるのはヤバいだろ。なんで死体つれてんだってなるぞ」

 

「あー? んなもん気にすんじゃねーよ。とりあえず袋は……お、やべえな、すげえ眠い。なんか……急に……」

 

「アッシュ? ……おい、アッシュどうした? 大丈夫なのか? おーい」

 

 糸が切れたようにティントアの口を借りて話していたアッシュが動かなくなる。

 

 大丈夫なのか? 

 どうしていいのか分からず、ただじっと二人を見ていた。

 

 俺に魔術的な知識は皆無と言っていい。ティントアに呼びかけていいのだろうか?

 うちの魔術組に聞いたほうがいいだろうか? そう思い始めたいた頃にティントアが静かに目を開ける。

 

「良かった。アッシュ、元気そうだったね」

 

「ティントア……お前、急に……いや、まあ、いいんだけども」

 

「うん。呼魂招聘時宜(ここんしょうへいじぎ)も徐々に伸びるよ。闇帯一説(あんたいいっせつ)であんなに受け答えが何度も出来るなんて凄い。たぶん次にやる時は副小々節(ふくしょうしょうせつ)までいけると思う」

 

「あの、スマン……なに一つ分からん」

 

「今度はもっと話せる時間が伸びるよってこと」

 

 なるほど。

 旅程の通りであれば、明日の夜は小さな町に着くはずだ。

 

 宿の中ならゆっくり話すことも出来るだろう。

 後で皆にも教えてあげないといけないな。

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